その事に気づけたのは、気持ちいいほど晴れた早朝のことだった。
最近町に越してきたハンター、オルザウェイは初対面時のプレシパス評の通り、イケメンな好青年だ。引っ越す前にいた場所でも彼は人気があり、中には好意を寄せている者もいたぐらいだった。もっとも、彼の心はすでに決めている人がいた。
とにかく彼はどちらかといえば、好かれるタイプの人間だった。
小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝。彼はすれ違う人に挨拶を行うタイプだ。
その日も挨拶を行った。相手は2人の若い女だった。
「おはようございます」
「あ、おはようござ……ひっ」
「ひえっ」
挨拶を行ったオルザウェイをおっかないものでも見るかのような目。そしてその女たちは慌てて逃げて行った。
「……な、なんだ?」
もしかして後ろに何かがいたのでは、と振り返っても何もない。気になった彼は去って行った女たちを追いかけた。
少し走った先に目的の人物たちを見つけ、オルザウェイが先の理由を聞こうとする。
その女たちはオルザウェイが追いかけていないと思い2人で話し合っていた。
「こ、こわかったぁ……殴られるかと思った……」
「やばいよね……こないだはナルガ装備の女の人が殴られてたし……やっぱりグラビモスと殴り合うだけあるわ……」
「あんな爽やかな顔して影で女とか殴ってるんだよ絶対」
「ウワ、サイテー」
オルザウェイは、どちらかといえば好かれるタイプの人間だ。いや、好かれるタイプの人間、だった。だがそれは前に住んでいた村での話。ここでの彼の行動は基本的に、男の娘に求愛する、グラビモスとどつきあう。セクハラナルガに制裁を下す。この3つが主だった活動だ。
グラビモスは町の人間からの評判がもともと少しアレなためともかく、セクハラナルガについては最近町にきた人間。しかもセクハラはパーティメンバー以外にはしていないらしく、町の人からはただの巨乳の女性にしか見えないらしい。そのため制裁を行う彼の姿は傍から見て、怖い人になっていた。
2人の女は思い思いのオルザウェイの恐ろしく感じる点を愚痴りあっている。
オルザウェイはただショックを受けていた。それと同時に、どうにかしないといけないと思った。まずは2人の誤解を解くために、声をかけた。
「その、少しいいかな?」
「ヒッ!? ご、ゴメンナサイー!」
「キャーーーー!!」
「いや、ちょっと、話を」
「キャーー!! 来ないで、来ないで!!」
「スミマセンでした! スミマセンでした!!」
「いや、話を……」
「助けてー!」
「イヤーーー!」
2人は悲鳴をあげながら逃げて行った。
オルザウェイはどうにかしなくては、とますます決意を固めた。
「というわけだプレシパス、リナ」
「ああ、なるほど」
「うん? いや、意味がわからないんだけど。オルザウェイが嫌われてるのはオルザウェイのせいだろー? 私関係ないじゃん」
「お前の肉体言語も原因だ!」
いつもの酒場ではなく、何故かオルザウェイの家で4人集まっての会議。
オルザウェイが神妙な顔をしていたから真面目に聞いていたのに、なんだこの話。要するに町の女の子から嫌われているってだけの話じゃないか。
だというのにオルザウェイのやつ、私の制裁への応戦だのなんだの。まぁリナへの制裁が誤解されているのはかわいそうに思うが。あれはリナが悪い。
「私の肉体言語って、私はお前の失言や暴言に制裁してるだけだしな。乙女をグラビモス呼ばわりするやつへの制裁としては可愛いもんだろうに」
「乙女はジャーマンスープレックスしない。あ、ひょっとして乙女って自虐ネタだったか? わっるーい!」
「そういうとこだコラァ!」
「くらうどっ!?」
もうこれ絶対わざとだろ。
一本背負いで投げられたオルザウェイは受け身をしっかり取っているんだし、狙って私の攻撃を引きだしているようにしか思えない。それに今回はすんなり投げれたが、時々投げ返してくるんだから厄介だ。
「ま、まぁでも、オルザウェイが嫌われてるって意外だね。前住んでたとこじゃむしろモテモテだったのに」
「モテてたか? 実感がないな……俺はずっとメーイルしか見てなかったからかもしれないが」
「えっと、ゴメンナサイ」
「俺は諦めないからな!」
「諦めてほしいなぁ!?」
まぁ確かにオルザウェイは初対面時の印象はモテそうなイケメンだった。メーイルの言う通りモテモテだったのだろう。
というかメーイル、私に何度も助けを求めるな。もうそのオルザウェイは私だけの手じゃ負えないんだ。成長する変態って本当に厄介だ。
「一途に想うというのは美しいね。その心が我にだけ注がれたら、なんて考えるとゾクゾクしちゃう。あ、勃っちゃい──」
「平然と変態発言してんじゃねぇ!」
「メーイルに汚らわしい言葉を聞かせるな!」
「やぁんっ」
私とオルザウェイによる制裁を受けても懲りないこの変態も本当に厄介だ。むしろ最近は攻撃を受けて悦んでいるようにも見えてきた。
「とにかくオルザウェイ君が求めていることは、我とプレシパスに攻撃されるようなことはしないでほしい、ということなんだろう?」
「そう! その通りだ!」
「いや、私はオルザウェイが普通にしてたら何もしないっての。だから原因はオルザウェイだ。リナは反省して悔い改めて」
「我のはただのスキンシップなんだけどな」
行き過ぎてるんだよ、そのスキンシップが。
「というか、オルザウェイ君の評判を覆すには大人しくするだけでは足りないんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「その女の子たちは影で女を殴ってそうとまで言っていたんだろう?」
「おう……」
「それならオルザウェイ君が我やプレシパスに優しくなっても、結局影では殴っていると思われたままだろうね」
「なんだと……」
ショックを受けているオルザウェイには悪いが、見てくれだけはイケメンが非モテ組になるのはちょっと嬉しい。笑っちゃいそうである。
「なんてことだ……」
「ドン☆マイ☆」
「コイツ、楽しそうに……!」
プギャー。
「なんとかならないんでしょうか……」
「メーイルだけが癒しだ……メーイルに好かれるなら他のやつに嫌われても構わない……」
「このままだとそのうち、ボクの身に、危険が迫りそうですし……」
「前みたいに強引にキスしてくるかもしれないしな」
「はい……」
「メーイルの嫌がることはしない! はず!」
「断言しろよ」
「酔ったらどうなるかわからんから難しい……」
「今度から飲まないでね?」
「わ、わかった……」
酒断ちを決意するとは全力で愛に生きるつもりらしい。私には真似できそうにない。
「まあ酒を断ったところでオルザウェイの非モテコースは確定なんですけどねー!」
「プレシパスさんっ、からかわないであげてくださいっ」
「ごめんごめん、ごめんて。だからオルザウェイ、拳を降ろそうな?」
まったく、そういうとこだぞ。すぐに手が出るところはよくないぞ。
「話が脱線しているから戻そうか。オルザウェイ君の評判をあげるならカッコいいところをアピールしたらどうかな?」
「カッコいいところ?」
「そうそう。影で女を殴ってそうだけどカッコいいあの人がそんなことをするはずがない、って妄想してくれるかもしれないよ」
リナの提案はわかるものだが問題がある。
「オルザウェイのカッコいいところってあるか?」
「あるだろう! な! メーイル、あるよな!?」
「え、えっと……あ、腕相撲が強いっ」
何気にオルザウェイはこの4人の中で1番腕相撲が強い。2番目はメーイルだ。武器種の影響もあるかもしれない。ハンマーは特に腕力を使うものだし。大剣は腕だけでなく肩や腰、全身のバネを使って振るものだ。私は腕力より脚力の方が重要なので、脚相撲とかがあれば私が1番勝てると思う。
ちなみにリナはその日の気分によって武器を変えている。本人曰く、夜の役割もその日の気分で変えているとか。そのトリビアはいらなかった。
「他は!」
「え、ええと……」
「あ、私思いついた。使っているハンマーのデザインがいい」
「それですっ」
「それって全然俺の良いところじゃないよな!?」
他に何かあったか……防具のデザインがいいとか? ティガ装備一式はなんかこう、少年の心を擽ってると思う。
「今ある魅力をアピールするだけではオルザウェイ君の評判は変わらないよ。新しい魅力を見せないと」
「おかしい。変態が一番まっとうなことを言ってる……」
「我に惚れ直しちゃった?」
「もともと惚れてないんだよなぁ」
「戯言は置いといて、新しい魅力を見せるって難しくないか?」
私の疑問にリナは動じることなく具体的な方法をあげた。
「たとえば悪漢に襲われて困っている女性をオルザウェイ君がさっそうと助ける、なんて場面を見せてやればいい。悪者が良いことを少しすればあっさり評価は変わるからね」
「俺は別に悪者じゃないんだが……」
「というかそんな場面滅多にないだろ……。この町の治安は割とまともだし」
「うん、だから一芝居打つんだ」
リナの話はこうだ。
オルザウェイを除いた私たち3人で、悪漢役、襲われる女性役を決めて演技するというもの。当然ヤラセと思われないために、私たちは変装して行動するとのこと。
わかりやすい特徴があれば、人の印象はそちらに引かれてしまうそうで、普段から私たちの恰好はわかりやすい。そのため普段と違う恰好をすれば別人に思われるのは簡単なのだとか。
「変装なぁ……普段着がもうこの格好だから普通の服すらないんだけど」
「オシャレとかしないんですか?」
「昔はしてたけど面倒になってなー」
「というか普通の服じゃダメだよ。人目のつきやすい場所、まぁ酒場でやらないとなんだし。酒場にいても不自然じゃない格好で、なおかつ他のハンターが手だししづらい状況じゃないと」
まぁ一般人の悪漢なんて腕自慢なゴリラども集まる場所じゃ即鎮圧されてしまうだろう。襲われる役が一般人でも同じだ。一般人がゴリラに襲われているなんて、他のゴリラの評判まで落ちかねないのだから全力で止めにかかってくるだろう。
つまりハンターがハンターに襲われる図が一番と。ハンターならある程度自分で防衛できるだろうって気持ちもでるだろうし。
「メーイルちゃんもプレシパスも今はもう使ってない防具とかないかな? 今から加工屋で作ってもらうと変装だってバレかねないから昔使ってた防具でなんとかしたいんだ」
「あんまり乗り気になれないんだが……」
グラビド防具以外着たくないよぅ。この頑強そうなデザインでないと心細く感じてしまう身体になってしまったんだ。
「プレシパスはともかくリナは変装できるような防具なんてあるのか? 悪漢役をするならその……それを隠すのは難しそうだが」
オルザウェイはリナの胸部を見ながら言い淀んだ。一歩間違えればセクハラだ。というか普通にセクハラだ。
「つーかナチュラルにメーイルが襲われる女の子役なんだな……いや、いいけど」
「え、ボクなんですか……?」
「まぁオルザウェイ君の気持ちが入りやすい配役ならそうなるね。あと我はレズビアンな悪漢役で行こうと思う。ボーン装備しかないから」
「悪漢は1人で大丈夫みたいだな」
「だな」
「我だけ仲間外れ……」
ボーン装備って露出度が凄まじいやつじゃねぇか。動物の頭蓋骨を模した頭部は蛮族っぽさがあるけども。ていうかそんな変な設定を加えようとするな。そもそもその破壊力ある胸部もろ出しだとすぐバレるだろうが。
「昔使ってた防具なぁ……オルザウェイ、防具貸してくれない?」
「なんでだよ。昔使ってた防具全部売ったのか?」
「いや、あるにはあるんだけど……」
あるにはある。グラビド防具を着だす前の防具が。
だが問題がある。リナと同じような問題だ。
「……ザザミ防具なんだよ」
ザザミシリーズ。盾蟹ダイミョウザザミの素材を使った防具だ。
防具の性能はともかく、問題はそのデザイン。ミニスカだ。ミニスカなのだ。
「バサル防具じゃないのか……」
「わーってるよ! 似合ってないってわかってらぁ!」
「いや、まぁ、その……ま、まぁ悪くないんじゃないか……?」
ダメだ。煽ることすら忘れて慰めに入っているあたり、ガチめにダメだこれ。
わかっているとも。私のイメージからかけ離れているとはわかっているとも。でも昔はザザミシリーズが好きだったんだよ! 悪いか! 今ならせめてバサルシリーズにするべきだったと思うとも!
「しかしなんというか、やる前から計画がとん挫してるな……」
「もうレズビアン悪漢ズでいいんじゃないかな? 我は一向に構わないし」
「わ、私はものすごく構うんだが……」
ノリノリなリナを除いて、私とオルザウェイは頭を抱えた。
そんな中、黙っていたメーイルがおずおずと手をあげる。
「あの……ボクも防具に問題が……」
「メーイルの防具は問題ないだろう? アシラ装備やヒーラー装備とか、どれも可愛くてよかったぞ! また見たいなと思っていたんだ!」
「あ、我も見たい」
「お前は見るな。メーイルが穢れる」
「えっと、昔の防具は全部売っちゃって……」
「!?」
「ありゃま」
そういやメーイルはオルザウェイを誤魔化すために変装しようとしてたんだし、以前の防具は処分しているか。今着ているキリン装備も処分する予定だったみたいだし。
「だからボクの持ってる防具ってコレか……ディアブロシリーズしかなくて……」
「ディア……ブロ……」
襲われる女の子(ディアブロ装備)を襲う悪漢(ザザミ装備&ボーン装備)の図。
うん。
「無理じゃね? どう考えても悪漢が返り討ちコースだわ。そうじゃなかったらヤラセにしか見えないわ」
「確かにな……」
「というか、ボクが悪い人の役をしたらいいんじゃないですか?」
メーイルが悪漢役……?
頑張って想像してみると……うん。
「無理じゃね? どう考えても悪漢が返り討ちコースだわ。そうじゃなかったらヤラセにしか見えないわ」
「確かにな……」
「どういう意味ですかっ!?」
どういう意味って、そのままの意味だけど……
いくらディアブロ装備を着こんだところでメーイルじゃなぁ……迫力不足だ。くねくねしてそう。くねくね揺れるディアブロ悪漢とか……まぁ、気味が悪くて怖さを感じそうではあるけども。
「というかその場合、私が襲われる役だけど……」
「お前じゃ無理だな……」
「だよな……」
「そんなことないですよっ」
メーイルの謎のフォローに、私とオルザウェイが微妙な顔をしているとリナが言った。
「我が襲われる役でもいいよ?」
「それは無理だと思いますよ……?」
「解せない……」
まぁコイツの忌々しい胸部装甲じゃ変装は無理だし。
これ以上頭を悩ませても仕方ない。試しに練習芝居でもしてみよう。どうせメーイルが棒演技したりオルザウェイが「役とはいえメーイルを攻撃するなんてできない!」とかなって、演技作戦にすっぱり諦めがつくだろうし。
そんなわけで私はおおよそ1年ぶりにグラビド以外の防具、というかザザミ防具を着ることとなった。
「メーイルも私も着替え終わったわけだけど……なんでリナも着替えてるんだ」
「気分だよ気分」
ボーン装備の痴女は演技作戦には出ないだろうに。
そうか、気分なら仕方ない。何が仕方ないかは考えない。めんどいし。
「うぅ……やっぱり前が良く見えない……」
男用ディアブロ装備で身を包むメーイルはフルフェイスな兜に苦戦しているようだ。声がくぐもっているので声音を変える、なんてしなくてもよさげである。
「プレシパスのザザミ装備は目つきが悪いな。似合ってはいるが」
「目つきはサンバイザーにもなる兜のおかげだし。私のせいじゃねぇし」
「しかし事前にプレシパスだと知らなかったらわからないな」
「ボクもよく見たいのに……なんでディアブロ装備なんて作っちゃったんだろう……」
まぁイメージが大きく違うのだから当然だ。グラビモスが突然ミニスカとか誰もわからないだろうに。ミニスカからグラビモスに変わった時も誰も気づかなかったぐらいだからな。
いかん、胸中で自分のことをグラビモス呼ばわりなんて自虐はいかん。向けようのない怒りが募っちゃう。
とにかく、見た目で私たちがバレることはなさそうだ。あとの問題は演技力のみ。
「我は監督役するね。今ぐらいしか役割がなさそうだし」
「おう、頼む」
「それでは配置について」
脚本、というほど立派なものではないが、想定している簡単な流れとしては……
1.酒場でぼけっとする私にメーイルが怒鳴りながらナンパする。怒鳴りながらの理由は注目を集めるためだとか。
2.私が嫌がるそぶりをする。そこに「その女性から離れろ!」とオルザウェイがさっそうと現れる。
3.オルザウェイのパンチ。メーイルは吹っ飛ばされ、一目散に逃げる。
4.私が「なんて親切な人。是非お礼を」とか言って、オルザウェイが「お礼なんていりません。当然のことをしたまでですから」と言いながら爽やかに去って行く。
という流れだ。
ぶっちゃけ馬鹿じゃねぇの、と思わなくもない。
とにかくまずは通しでやってみれば、やはりと言うべきか。
「おうおうおうっ」
「……メーイル、迫力が全くない」
「お、おらあっ。ちょっと付き合って、くれよおっ」
「…………メーイル」
「……恥ずかしいですコレ」
「間近で見てる私も恥ずかしいわ」
メーイルの演技力が悲しいことになったり。
「その女性から離れろ!」
「なんだとおっ。……」
「……オルザウェイ君、ちゃんと攻撃しなきゃ」
「お、俺にはできない……! メーイルを殴るなんて……!」
「いや、ちゃんとボクも吹っ飛ばされる演技するから、せめてパンチをするフリだけでもしてよ」
「もしも当たったらどうするんだ!?」
「メーイルもハンターだから大丈夫だろ」
「メーイルはお前のようなグラビモスとは違うんだ!」
「ぶっころ」
オルザウェイがやっぱりメーイルへの攻撃に抵抗を覚えたり。
まぁ躓きまくりの演技練習だった。
一通りの演技を見て監督リナが総評する。
「メーイルちゃんとオルザウェイ君が問題だね……」
「くっ……! 俺にもっと演技力があれば……!」
「うん、演技力とか以前の問題だよ君は……。メーイルちゃんへのパンチじゃなくて取っ組み合いにしてみる? それなら周りからは腕の動きが見えにくいだろうし」
「それでボクが攻撃された演技をすればいいんですねっ」
「そうそう」
「メ、メーイルと取っ組み合い……」
オルザウェイが何を考えているかわからないが、きっとロクなことじゃない。
「まぁオルザウェイの問題はそれでギリギリ解決できるとしても、メーイルの演技力はどうしようもなくないか?」
「うぅ……ボクにもっと筋肉があったら……」
「筋肉は十分過ぎるほどあるから。というか筋肉の問題じゃないから」
「練習を重ねれば演技もマシになるかもしれないし、もう1回やってみようか。はい、配置についてー」
マジか。もう諦めてもいいじゃないか。
そんな思いを持っていたのは私だけなのか、メーイルもオルザウェイも、リナの指示に従って動く。オルザウェイの人気なんてどうでもよくない?と思っているのは私だけなのか。
私も観念して演技を続けることにした。
「うん、最初に比べたらマシになったかもしれないね。すごいよメーイルちゃん」
「あ、ありがとうございますっ」
監督に褒められて喜ぶメーイル。だが私は言いたい。お前は本当にそれでいいのかと。
「プレシパスも口の動きを小さくしてあれだけ大声を出せるなんてすごいよ。本番でもメーイルちゃんの台詞、よろしくね」
「……うっす」
結局、メーイルの台詞は私が言うことになった。私ができる限り低い怒鳴り声で私に声を掛け、それに対し私は嫌がる声を出す。意味がわかんねぇ。ちなみにメーイルは口パクだ。その口パクもフルフェイスな防具で全く見えないが。
「オルザウェイ君も取っ組み合いが上手くなったし」
「字面が乱暴者そのものだな」
「もう我から言うことは何もないよ。みんな、明日は頑張るんだよ」
「はいっ」
「おう!」
監督からは言うことがないそうだ。でも私からは言いたいことはある。
私の負担大きすぎないか? マジで明日やるの? なんでコイツラこんなにやる気満点なの? オルザウェイの人気ってそんなに重要か?
などなど、色々言いたいことはあった。だけど私は、
「……うっす」
全て飲み込む大人の女なのだ。クッソつらい。
翌日の真昼間の酒場にて。
あのくだらない演技作戦決行である。当然私の恰好は、ザザミ装備。
昨日はあの3人の前だから特に感じなかったが、恥ずかしさがヤバイ。昔の私はよくこんな装備でうろつけたものだ。
……それにしても、普段とは違う恰好だからか、向けられる目の感じが全然違う。
いつもはもっとこう、イロモノを見るような目だが……今はなんだろう、これ。誰とも目が合わないが、なんだかチラチラ見られている感じ。ひょっとしてバレているのか? もうさっさと終わらせて着替えたい。
なんか絶対変なウワサされてるよ。あのグラビモスがザザミとかwwwみたいな感じで馬鹿にされてるよ。近くのコソコソ話とか絶対そうだよ。
「……なあ、あの絶壁の女って」
「ジョンと一緒に引退したと思ってたけどまだハンターしてたんだな」
聞こえてきたコソコソ話に「あ、これ気づかれてねぇわ」と確信した。まぁそれはそうとこの格好を着替えたいけど。あと絶壁とか言ったお前の顔を覚えたぞ。
ていうか他の連中はまだか。メーイルとオルザウェイはまだか。
……あ、メーイル見っけ。あの角だらけの防具はわかりやすいな。あとはオルザウェイの配置待ちか。
「なぁ」
「あん? っと、なんですか?」
オルザウェイを探してキョロキョロしていると男に声を掛けられた。あれ、コイツは確か……
「あんた、ジョンの恋人じゃなかったんだな」
「急になんですか」
「確認したくてよ。そ、それより一緒に飲まねぇか?」
あ、思い出した。メーイルと関わる前に私へアタックしたかったと言ってたやつだ。
も、もしやコイツ、マジで今からアタックしようとしているのか? くそ、モテ期が来たのに状況が悪すぎる! こんな格好の時じゃなくて普段着の時に来いよ!
「ごめんなさい、先約があるんで」
「そう言うなよ。この町に来たのは久しぶりだろ? うまい飯屋も知ってるんだ」
久しぶりじゃねぇし。前からいるし。ってかマジでグラビド防具の私を別人と思ってたのかコイツ。自虐的に考えてたのにまさか真実だったとは。しかし気づかずに私にアタックとか片腹痛いわ。
さて、普段ならここで裏投げなりジャーマンスープレックスなり、一本背負いなり体落としなり、大外刈りなりと、いずれかで対処しているところだが、それをしては次に控えている演技大作戦が不味いことになる。あくまで今の私はかよわい女の子設定なのだ。だからここは穏便に諦めてもらおう。
「あの、困ります」
「困りますって可愛いなぁオイ!」
「困りますって言ってんだけどなぁ……!」
いかん、素が出かけた。やりにくいな。というかもう、演技大作戦とかどうでもいい気がしてきた。よし、やっぱりぶん投げよう。それが一番だ。
そう思い、行動に移そうとしたとき。
「……」
「あ? な、なんだよお前」
ディアブロ装備が男の肩をがっしり掴んでいた。ディアブロ装備、というかメーイルだ。
「……」
「なんか言えよお前。てか離せよ」
メーイルは喋らない。たぶん声を出すのが恥ずかしいのだろう。まぁ助け舟はありがたい。
「離せよ! 離せって言って……イテテテテテッ!? や、やめっ!」
「……」
「やっぱりゴリラ……」
メーイルの握力が凄まじいのか、男がメーイルの握撃から逃れようとするも、倒れることすらままならない。
まぁ大剣は握力も大事だからね。っていうかメーイルのやつ、マジで喋らないな。これ、ひょっとして私の台詞待ちか? 私がメーイルの台詞代弁しないとなのか?
しょうがない。できる限り声を低めて、口を手で覆いながらこの場に合った台詞を言う。
『ひとに迷惑かけてるんじゃねぇよ、このスカタンがァ!!』
「……?!」
あ、違った? メーイルの抗議するような視線が痛い。だが効果はあったようだ。
「ひ、ひぃ! すいませんでしたー!」
男はそう言って逃げて行った。なんともベタなチンピラみたいなやつだった。
チンピラは去り、周囲から称賛の声があがりだす。そのすべてが寡黙なディアブロ装備に向けられた。
「カッコいいわ!」「渋いなアンタ! さっきの啖呵すごかったぜ!」「見ないやつだな! 今度一緒に狩りに行かねぇか!」「惚れちゃいそうだぜ! 俺もディアブロ装備作ろうかな!」などなどなど。
「……!? ……!?」
メーイルは慌てているのか、両手を前に出してわたわたしている。そんな落ち着きのない行動も、観衆は好意的に捉える。なんとも面白い光景だ。
そこに空気の読めない男がやってきた。
「その女性から離れろ!」
「は?」
「えっ、ちょ……っ」
ティガ装備の男、影で女を殴ってそうと言われる男、最近越してきたナルガ女を殴る男。オルザウェイだ。寝坊でもしたのか寝癖が少し見える。そして慌ててきたのだろう、息をやや切らしていた。
オルザウェイは状況を見ず、打ち合わせ通りの行動をするつもりだ。
ドタドタ走り寄り、メーイルと取っ組み合いをしようとした。だがよっぽど慌てていたのだろう。足がもつれるのが見えてしまった。
足がもつれ、転倒するオルザウェイ。せめて顔から倒れまいと動かされるやつの腕。その腕の先にあるのはメーイルの……股間。
「……ッ!!!!」
「てぃふぁっ!」
なんでだろう。メーイルの正体を知った時も似たようなことが起きた気がする。声になってない悲鳴をあげるメーイルと、意味の分からない声をあげるオルザウェイ。
だがあの時よりはダメージが薄そうだ。そう、ディアブロ装備の装甲ならね。
とはいえ、衝撃を完全に殺しきれなかったのか、やや前かがみのメーイル。
「~~~~!」
「だ、大丈夫か?」
「……チュラ……イ……」
きっとこの鎧の下じゃ顔は真っ青で汗だくだろうな。そう思わせる反応。
一方オルザウェイはというと。
「し、しまっ……痛っ!? 痛い!? な、やめてくれ! モノを投げるな!」
「サイテー!」
「何してんのよクズ! 暴力男!」
「テメェ、自分がモテねぇからって僻みはサイテーだぞ!」
観衆から物をぶつけられまくっている。そりゃまぁそうなるわな。
「と、とりあえずこの場から離れるか。歩けるか?」
「……ハイ」
「痛い! うわっ!? 誰だペイントボールを投げたのは! いた、くさっ!? くさい! や、やめてくれ!」
オルザウェイはもう駄目だ。置いていこう。
こうして、オルザウェイの好感度上げ大作戦は大失敗に終わった。
「……どうしてだ」
「ドン☆マイ☆」
「す、少し寝坊したばっかりに……どうしてこんなことに……」
机に突っ伏すティガ装備の暴力男。その背中は哀愁に満ちていた。
オルザウェイの悪評はすっかり広まってしまった。前よりもひどい悪評がだ。
前までは影で女を殴ってそうという陰湿なイメージだったが、今では。
「非モテの性悪サイテー暴力男なんて……あんまりだ……」
「ウケる」
「元はと言えばお前が他のやつに声を掛けられるのが悪いだろう!」
「いや、どう考えてもお前の寝坊が悪い」
「ぐっ……! め、メーイル……そんなことないよな!?」
「……人のせいにするとかサイテー男」
「うぐぅっ!?」
メーイルの冷めきった目にひどくショックを受けている。そんな様子もまたウケる。
「オルザウェイ君とは逆にザザミの女の子と謎のディアブロ紳士は大人気になったね。いろんな人がその2人を探していたよ。この町に愛想を尽かしちゃったんじゃ、って不安がってる人も多かったよ」
「もう絶対オルザウェイの評判は覆らないな」
「我もそう思うよ」
落ちぶれてしまったオルザウェイと違い、ザザミな私とディアブロメーイルの評判はかなり良い。まぁまたあの恰好になることはないが。
今は私たちは普段通りの恰好だ。
やっぱり普段の恰好が一番落ち着く。周囲からはあまり良い目で見られないが、それでもこれが一番しっくりだ。
ふとメーイルと目が合った。
「うん、やっぱりあれだな」
「はい? どうしたんです?」
「いや、メーイルはその恰好が一番似合うと思っただけ」
「あ、ありがとうございます。プレシパスさんもその姿の方が、らしいって感じがしますね」
「なかなかいい審美眼を持ってる」
そんな風にまったりしている隣では。
「俺の愚か者……俺の馬鹿……」
「オルザウェイ君、辛いなら我が慰めてあげよう」
「結構です。結構です、だと肯定とも捉えられかねないか。お断りです」
「我の優しい提案が詐欺扱い……まあ素直になれないこともあるか」
「やめろ! 尻を触るな! やめろ!!」
「良いではないか、良いではないか」
「まったりしてる横で何してんだセクハラ魔ァ!!」
「せっふぃろす!?」
ノルマのように、リナがセクハラを働いていたので制裁を下すことにした。
当初は1話のみの予定だったので特に防具を考えられていなかったオルザウェイ。
2話の時点ではティガ装備と決まってたのですが、書くことを忘れていたので3話目にしてようやく防具について言及される始末。