小説 真夏の空席   作:Nagi.rekka

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小説 真夏の空席 Episode.XIV -Kouichirou Phase-

 

【挿絵表示】

 

 

 

 まさか、と思った。

 確かに教授は言った。“何をしたいのか。そして、何をすべきなのか”けれど、これが答え? 正確には答えの半分だけれど、でもこれが?

 まるで実感が湧かなかった。突飛で、突拍子のない答え。そんな、そんな訳がない。ずっと趣味でやってきた、最近になってようやく色々な事を知り始めた程度だ。それなのに、そんなの分かるはず・・・・・・。

 “ふふっ・・・・・・分かるよ”

 彼女の言葉が、頭をよぎる。嘘だ、まさかそんな。・・・・・・待ってくれ、僕は、何をこんなに必死に否定しているんだろう。分からない、まるで分からない。

 ははは・・・・・・馬鹿げてる。だって僕は、今まで飛び級もして、大学で宇宙工学を専攻して、あのランダウ教授にさえ能力も認められて。このまま行けば宇宙工学者にだってなれる、もっと難しい問題だって解決してプロジェクトにも参加出来て、そして・・・・・・。

 “そして、どうなるのだろう”

 僕はそうして、どうなるのだろう。どうなりたいのだろう。分からない、すっぽりとその先が抜け落ちた空白のように、何もない。じゃあ、何のために? 僕は何のために宇宙工学を・・・・・・。

 ・・・・・・そうだ、違う。

 宇宙工学じゃなければ、ダメだった訳じゃないんだ。僕には何でも良かったんだ、だってそれが一番“難しそう”だったから。やっていて“楽しそう”だったから。でも、何故? だってそれさえやっていれば・・・・・・。

「退屈せずに、済むから」

 口から出たのは、その言葉だった。言った途端、身体中から力が抜けた。そのままうなだれベッドに座ったまま壁に寄りかかった。

「そうか、教授が言っていたのは“コレ”だったんだ・・・・・・」

 そうだ。僕の動機はこんなにも“不純”だったんだ。消去法、受動的でまるで能動的ではない理由だった。義理の両親に負担をかけなくていい、自分でも出来る、自立出来る、退屈せずに済みそう・・・・・・僕が選んだのはそういう理由だった。

 他の分野なら、教授は何も言わなかったかも知れない。でも宇宙工学は人の命をも左右する世界だ。そこにそんな“弱腰の”理由で僕は入ったんだ、パズルのように難問を解けば、給料がもらえて自立出来て、退屈せずに済んで・・・・・・それくらいの認識でしかなかった。

 教授は気づいていたんだ。

 もしそんな“自覚さえしないままに”その道を歩み続けていれば、どうなったか。教授の言う通り、僕は宇宙工学との“親和性”があった、相性が抜群だった。だからこそ危惧したんだ。人の命を判断する場面に立ち会った瞬間、何人、何百人の生活や安全に関わる物事に直面したとき、倫理観も、それに向き合う覚悟も持ち合わせないままの僕がそこにいたらどうなるか。

 教授は、あのテストで僕にその可能性が十分にある事を実感したんだ。きっと要職に就いたり大きなプロジェクトに関わるという事を、楽観的な予測ではなく、このまま行けば確実に迎える未来として悟ったんだ、だから。

 でも、客観的に考えれば当然だった・・・・・・。

 少し計算が得意な程度の人間が、そんな立場についていたら。

 例えば、テレビに映るような研究機関や開発グループの責任者が、そんな人間だったらどう思うだろう。見ている方は勝手に思う。きっと責任感があって、判断が出来て、信念や理想を持っていて人の生活や安全に細心の注意を払っていて・・・・・・。そんな地位や立場にある人なら当然そうだろうと思ってしまう、そんな保証はどこにもないのに。

 そうか、最初から僕には向いていなかったんだ。

 でも、じゃあ僕には一体、僕は・・・・・・。

 “ねぇ・・・・・・兄さまは、どうしても焦がれているものってある? ”

 僕には

 “欲しくて欲しくてたまらない事。何より、大切なもの。それを手に入れる為なら、すべてを賭けてでもって思いながら・・・・・・取り組んでいるもの”

 ないよ、そんなの。

 これまであんなにやってきた宇宙工学だって、この有様なのに。勉強ぐらいしか自信なんてないんだ、今更音楽なんて・・・・・・。

 “私の持っているのは、貧弱な翼。一直線に目指して、何もかも賭けても、たどり着けるか分からない、貧弱な翼。それでも、これで飛ぶしかない、目指すしかない”

 僕には分からない、そんな絶対的な物だなんて分からない。ただ“予感”があるだけ。

「・・・・・・予感」

 じゃあ、今まで他にこんな“予感”を感じた事なんてあっただろうか?

 ない。

 宇宙工学の勉強でも、探偵の手伝いでも、家庭教師でも、人助けでも・・・・・・。明らかに“性質”が違う。ずっと“ある問題を解いていく”のが主だった、全てだった。でも、僕は・・・・・・今の僕には。

「作り出せるかも知れない」

 また、心臓の奥がぞくりとする。強烈に身体を震わせる、予感。

 僕にも、僕にだって・・・・・・たとえひとつだけでも、何かを作り出せるかもしれない。それは今までは意識さえしなかった事。けれど、一度その“感覚”を知ってしまった。

 毎夜、一人きりのブースで続けたあの演奏。小さいけれど、一つ一つが僕の音だと気づいたこと。そして彼女がたった一人で描き上げた、紛れもない一つの世界・・・・・・。

 よぎった点のような思い出が、線のように繋がる。そして線の先には、予感。

 もしかしたら、あんな絵のように、僕も奏でる事が出来るかもしれないという予感。一作でも描ければいい、けれど、もし更にその先に行けるのなら。何作も、何作でも、奏で、そして奏で続けられる未来がもし仮に来る日があるのなら。

 より一層大きなぞくりという感覚が胸を打つ、身体を揺らす。背筋から頭に向けて、ビリビリと電流が走った。

 

 確信なんてない。まだ何一つ分からない、決まっていない。それなのに、僕はもう心臓を掴まれていた。

 彼女の言葉が、自動再生のように頭の中でまた流れた。

 “ふふっ・・・・・・分かるよ。だって、耐えきれなくなるもの。身体が。その存在を知ってしまった時、そして数%でもそこにたどり着ける可能性があると分かった時、もう、目指す以外の選択肢なんかなくなるんだよ。そして、その熱は消えない”

 気づいてしまった。

 僕はもう、彼女の言っていた意味を“分かって”しまった。

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