小説 真夏の空席   作:Nagi.rekka

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小説 真夏の空席 Epilog.Ⅰ -Kouichirou Phase-

 

【挿絵表示】

 

 

 白い光が、視界を満たした。

 閉じていた目は、眩しさに萎縮する。ゆっくりと、まぶたを開ける。

 同時に、低い駆動音と小さな飛行音が聞こえてくる。ぼやけた視界が整うにつれ、ここが飛行機の中だった事を思い出す。

 側面にある楕円形の窓からは、雲の海と水平線が見えていた。そしてその先の空には、どこまでも澄んだ青が広がっている。もう雲の中を抜けたのだと分かった。

 段々と、加速度的に思考が覚めていく。記憶が蘇る。

 フランス行きの飛行機に乗った事、向こうでもこんな風に晴れた夏空だった事、搭乗して間もなく眠ってしまった事。

 時計を見ると、もう7時間は眠っていた事になる。

「――ふっ」

 ぬるくなってしまったコーヒーを、少し飲む。まるで日本に来た時の再現みたいで笑えてしまう。けれどもう、あの時のような憂鬱や杞憂はない。

 自信がある訳じゃない。けれど迷いの中から抜け出した今、そんな事は些細な事だった。

 出来ないならやればいい、失敗したら修正すればいい。彼女から、そう教えられた気がする。

 何より、僕はもう触れていいんだという自覚を持てている。描く世界に触れていいんだという自覚を。

 

 スマホを取り出し画像を呼び出してみる。彼女の絵は、手のひらの中でも変わらず鮮やかだった。

 見るたびにきっと、いつでもあの時の空を思い出させてくれるだろう。見た瞬間、あの時間に、あの場所に連れて行ってくれるだろう。

 僕もいつか、こんな絵のような演奏がしたい。

 彼女のように、形ないものを形に出来るように、表現出来るようになりたい。

 まだまだこれからで分からない事だらけで、でもだからこそ、勉強していくんだ。そして目指すんだ。

 これから1年程は、パリ音楽院を受ける為に勉強する事にした。受かるかどうかは分からない、でもまずはそこからやってみようと思う。

 なるべく負担をかけないよう、奨学金や色々な制度を調べた上で義父にその事を相談してみた。僕の珍しいわがままを、義父は何故か静かに喜んでいるようだった。

 

 教授からの課題に、まだすべて答えられている訳じゃない。その半分、つまり“やりたい事”をようやく見つけられた状態だ。けれど、今はそれで良いと思える。

 ・・・・・・いつか、“やるべき事”を見つける日も来るかも知れない。それはたぶん、楽しい事ばかりじゃない。

 彼女だってやりたい事だけを追っていたら、あれほどに葛藤する事なんてなかったかもしれない。僕は・・・・・・僕ももし、同じような葛藤を迎える事になったら、その時僕は耐えられるのだろうか、どうなってしまうのだろうか。

 分からない、今はまだ何も。それでも、あの頃に比べれば、日本に来る前に比べれば僕は確実に変化していて、確かなものを手に入れる事が出来た。

 何もかもが、きっとこれからはじまる。そんな気がする。

 僕のこれからも、生活も、音楽や描く事に向かい合う日々も、そして・・・・・・葛藤さえも。

 すべては、まだ始まったばかりみたいだ。

 

 窓の外には、日本に来た時と同じ澄み切った青空が広がっていた。

 僕はもう、しっかりとその光景を見据える事が出来ていた。

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