白い光が、視界を満たした。
閉じていた目は、眩しさに萎縮する。ゆっくりと、まぶたを開ける。
同時に、低い駆動音と小さな飛行音が聞こえてくる。ぼやけた視界が整うにつれ、ここが飛行機の中だった事を思い出す。
側面にある楕円形の窓からは、雲の海と水平線が見えていた。そしてその先の空には、どこまでも澄んだ青が広がっている。もう雲の中を抜けたのだと分かった。
段々と、加速度的に思考が覚めていく。記憶が蘇る。
フランス行きの飛行機に乗った事、向こうでもこんな風に晴れた夏空だった事、搭乗して間もなく眠ってしまった事。
時計を見ると、もう7時間は眠っていた事になる。
「――ふっ」
ぬるくなってしまったコーヒーを、少し飲む。まるで日本に来た時の再現みたいで笑えてしまう。けれどもう、あの時のような憂鬱や杞憂はない。
自信がある訳じゃない。けれど迷いの中から抜け出した今、そんな事は些細な事だった。
出来ないならやればいい、失敗したら修正すればいい。彼女から、そう教えられた気がする。
何より、僕はもう触れていいんだという自覚を持てている。描く世界に触れていいんだという自覚を。
スマホを取り出し画像を呼び出してみる。彼女の絵は、手のひらの中でも変わらず鮮やかだった。
見るたびにきっと、いつでもあの時の空を思い出させてくれるだろう。見た瞬間、あの時間に、あの場所に連れて行ってくれるだろう。
僕もいつか、こんな絵のような演奏がしたい。
彼女のように、形ないものを形に出来るように、表現出来るようになりたい。
まだまだこれからで分からない事だらけで、でもだからこそ、勉強していくんだ。そして目指すんだ。
これから1年程は、パリ音楽院を受ける為に勉強する事にした。受かるかどうかは分からない、でもまずはそこからやってみようと思う。
なるべく負担をかけないよう、奨学金や色々な制度を調べた上で義父にその事を相談してみた。僕の珍しいわがままを、義父は何故か静かに喜んでいるようだった。
教授からの課題に、まだすべて答えられている訳じゃない。その半分、つまり“やりたい事”をようやく見つけられた状態だ。けれど、今はそれで良いと思える。
・・・・・・いつか、“やるべき事”を見つける日も来るかも知れない。それはたぶん、楽しい事ばかりじゃない。
彼女だってやりたい事だけを追っていたら、あれほどに葛藤する事なんてなかったかもしれない。僕は・・・・・・僕ももし、同じような葛藤を迎える事になったら、その時僕は耐えられるのだろうか、どうなってしまうのだろうか。
分からない、今はまだ何も。それでも、あの頃に比べれば、日本に来る前に比べれば僕は確実に変化していて、確かなものを手に入れる事が出来た。
何もかもが、きっとこれからはじまる。そんな気がする。
僕のこれからも、生活も、音楽や描く事に向かい合う日々も、そして・・・・・・葛藤さえも。
すべては、まだ始まったばかりみたいだ。
窓の外には、日本に来た時と同じ澄み切った青空が広がっていた。
僕はもう、しっかりとその光景を見据える事が出来ていた。