小説 真夏の空席   作:Nagi.rekka

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小説 真夏の空席 Episode.Ⅳ-Kouichirou Phase-

 

【挿絵表示】

 

 

「――へぇ、そんなことがあったの」

 大きなデスク越しに、叔父さんは珍しく椅子に座っていた。

 この探偵事務所のドアを開けたとき、真っ先に見えるのはこの大きなデスクだった。と言っても半分以上が平積みの本や書類で埋まっていて、覗かなければ誰が座っているのかさえ分からなかった。

「まぁツールも持たせてるし、護身術も教えたし、そうそうヤバイところまでは関わらせないようにしているとはいえ、こんな仕事手伝わせている時点で“気をつけて”なんて言える立場じゃないんだけど」

 僕は応接用のソファーに座っていたから、叔父さんの顔どころか向かい合う事もせずに話を聞いていた。別段仲が悪い訳ではなくて、それが叔父さんにとっての自然であり、僕もすぐに慣れてしまった。

「だがまぁ、心配はさせてほしいね」

「すみません・・・・・・ご心配おかけしました」

「ま、大丈夫だとは思っていたんだけどね。君の能力的には」

 立ち上がる音がし、本の山の影から叔父さんが顔を出す。いつも通りの顔をしていた。

「とはいえ、そんなものは所詮運も絡む問題だ。一般論として、というか客観的に考えて、まだ十代後半の親戚を心配したい訳だよ私としては」

 あの女性を助ける為とはいえ、通信を切ってしまうとは叔父さんも思わなかったらしい。

 騒動から数分待たずして、叔父さんは現場に現れると「急を要する場面ほど、他者との通信はつないでおくべきだ」とだけ言った。それからすぐに事務所に戻ると今まで起きた事、起こした事を説明した。

「しかしまぁ、よくそんな芝居を打てたものだね。若さのエネルギーかな?」

「内心は冷や汗でしたよ」

「ははは。まぁ今後の人生においては良い経験になったんじゃないかな。それより、その女の子から聞いた話が重要だな」

「コガネムシの指輪、ですか」

「そうだね」

 去り際に聞いた、犯人の特徴。

 けれど、犯行現場を見られてしまってはすぐ犯人に服装を変えられてしまわないだろうか。それとも・・・・・・。

「コガネムシの指輪と、何か関係ありそうな情報があるんですか? 関連しそうな組織とか、事件とか」

「ない、まったくない。今まで聞いた事がないね、こんなものは」

 叔父さんは何故か、楽しそうに答えた。

「やっぱりこの情報だけじゃ、手掛かりにならないですか」

「いや、なる。大いになる」

「どういう事ですか?」

「これでも私はずっと探偵をやって来ている、それもこの事務所でずっと。現代の探偵業は情報業とも言えるが、その私が聞いた事もないアイテムが今回出てきた訳だ。分かるかい? この“事実そのもの”が、ヒントとしてはたらくのだよ」

 叔父さんはスマホの画面を見せてくれた。コガネムシの指輪の画像がずらりと並んでいる。

「見て分かるように、このタイプの指輪は大抵リング部分とそう大差のないサイズで中石、今回で言えばコガネムシの部分がデザインされている。だから話に出てくるようなごついサイズのものなんて、一般には流通していないおそろしい金額のものか、骨董品レベルの古い物だという事が言える」

「そこまで言い切れるんですか?」

「専門家にも聞いて確認済だ。そして他の専門家からもうひとつ、別の可能性も教えられた」

「何ですか?」

「ウェアラブルユニットだ。そこにGPSやら通信機能やらあらかた入ってる、見てごらん」

 次に見せられた画面には、子供用アクセサリーの一覧が映っていた。

 服につける事で、迷子になっても遠隔で位置を把握したり、通話が出来るセキュリティー商品だった。

「こいつはセキュリティー商品をうたっているだけあって、傍受や通信障害みたいなものへの対策が異様に強固なんだ。きっとうるさい客と長年格闘してきた玩具メーカーが、法律上もおもちゃ扱いで規制のゆるいこの商品にオーバースペックな機能を持たせてしまったんだろうね。マニアックなサイトじゃ、こいつをバラして性能を事細かに調べて載せてるところもある」

「そんなものがあるんですね」

「あぁ、イマドキの警察の技術力を舐めてはいけない。素人が作った程度のツールなんて簡単に傍受出来てしまうし、そもそも未登録の機器なんて使えば通信局の電波監視に引っかかって役人が飛んでくる」

「なるほど」

「と言うことは、だ。正規の方法で既に登録もされていながら、傍受できない通信アイテムとしてこの“おもちゃ”は非常に都合が良いアイテムという事になる」

 叔父さんは一覧の中から、コガネムシのブローチという項目をタップした。いくつかのサンプル画像とスペックシートが表示され、その中のある一文を指さした。

「もうひとつ、このアイテムには特徴がある。それは布一枚でも上に服があると通信が出来なくなるという事だ。つまり、露出していないと使えない」

 確かに注意書きには、服の下、ポケットの中でさえ入れると使えなくなるので必ず服の上に取り付けるようにと書かれていた。

「これは技術的な理由じゃない、法令的な理由だ」

「法令的?」

「こいつはスペックだけ見れば異様だからね、電波法的には特に。だからメーカーはオーバースペックを指摘されないように、わざと機能を制限する仕組みを組み込んだんだ。そうする事で、各種の技術基準をクリアできるように。これなら服の上にしかつけられないし、用途も限定される。サイズもウェアラブルユニットとしては大きすぎるから、子供以外が身につけようなんてまず思わない。これで完全に、おもちゃとしての申請も通してしまったわけだ」

 言い終わるや、叔父さんはそのまま入口に向かっていった。

「すなわち、このコガネムシのブローチを指輪に無理矢理改造し、指にはめていつでも露出させる事で、仲間とのやり取りに使えるセキュアなツールとして使っている奴らがいる。と、いう訳だ」

 そしてドアの前に立ち、実に楽しそうに笑った。

「しかしこんな手の込んだ物使うだなんて、私に探してくれと言ってるようなものだ! この件は早い内に解決するよ。指輪の情報が大変大きな手掛かりだったという事を、ご理解いただけたかな?」

「はい・・・・・・」

 一つ一つの情報は、調べれば僕でも見つけられるものばかりだった。

 けれどそれらをこの短時間につなぎ合わせ、仮説を積み重ねてここまでの論理に飛躍できるなんて。この人はやはり、どこかが普通の人と異なっていると直感で理解出来た。

「あぁ、そういえば」

 ドアノブに手をかけようとして、突如叔父さんは振り向いた。

「君はその女の子にお礼を言ったのかい?」

「えっ、いえ」 

「それはいけないなぁ。こちらが危険だからと言っても、それを顧みずこんな大ヒントを教えてくれたんだから。それにまた襲われるのではと考えて不安だろうから、事件が解決したらその事を教えにいってあげないと。かわいそうだ」

 もう既に事件を解決した気でいる話しぶりだったけれど、確かに当人の立場で考えれば事件の結末を知るまでは不安かもしれない。

「でも、お礼なんて何を言えば」

「簡単だよ。あなたのおかげで事件は解決しました、ありがとう。と言えば良い。そういえば学校は違うが、彼女は君と同じ三年のようだね」

「もう調べたんですか?」

「君が映像を送ってくれたおかげで、そう苦労せず調べる事が出来たよ。と言っても、プロフィールを見つけた程度だがね。後で送るよ」

「僕に送られても」

「お礼は相手を知っているのと知らないのとでは、まるで変わるものだ。会う前に目を通しておくといい」

「はぁ」

「それと、これはあくまでも経験則だがね」

 不意に、少しだけ声のトーンが変わった。気のせいかも知れない、かすかな違いだったけれど。

「他者に与える事で、得られるものというのがある。・・・・・・君に良い言葉をあげよう。“まず与えよ”だ」

「聖書ですか」

「言っただろう? これは経験則だ。そして“課題を抱え、答えを求める者”に対する、私なりの真摯なアドバイスだ」

 その言葉に、僕はどきりとした。

「君の事は聞いている。何かしらの課題を抱えてはいるようだが、人には言わないのだと。何、それ自体を詮索したりとやかく言うつもりはない。大体、人にたやすく言える課題などたいしたことではないというのが私の持論だ。言えたら苦労しない、とね。とにかく君は何かしらの課題を抱え、それに未だ苦戦している。中々に聡明な君が、ここまで答えを出せていないという時点でそれは明白だ。何に悩み、何と葛藤しているかは知らないがね」

 返す言葉に詰まった。

 見透かされた、という言葉だけが頭に浮かんでいた。

「ただ、少なからず君より長生きした者として、言える事はある。・・・・・・本当に困難な課題に立ち向かう時は、なりふり構わぬ事だ。無論、結果の為にもう戻れなくなるような事は避けねばならない。必ず、元の生活に戻れるよう意識して動くんだ。しかしその条件さえ守っていれば、とにかく今まで取らなかったようなアプローチで、今までに触れなかった分野に触れ、広い世界に目を向ける事を躊躇すべきではない。何故なら、今手の中にあり、今までと変わらず考えてきた場所はもう、さんざ考えた後なのだから。そこに答えが見つかる可能性は低いと、考えられる。無論同じ領域でも、考え続け、より深く理解し答えが見つかる場合もある。だが、大概はもうそこに探すべきものはない。だからひとつ、今までと違うやり方を試してみてはどうかね」

 ゆっくりと言葉を選ぶように叔父さんは言うと、ドアを開けて事務所の外へと消えていった。去り際に一言だけを残して。

「探求だよ。君は、探求すべきだ」

 事務所に一人残された僕は、ぼんやりと同じ言葉を繰り返した。

「探求・・・・・・」

 窓から入るぬるい風が、しばらく頬を触っていた。

 その夜は、熱帯夜になった。

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