落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~ 作:もぬ
大樹を背に、木陰で本を読む。
“人間の身体に備わる魔力は、引き起こされる現象の差異によっていくつかの種類に分けられる。”
そんなことは知っている。読み飛ばす。
“風の属性を持つものは、大気を自在に操り、世界を自由に駆け回り、”
読み飛ばす。
“雷の属性を持つものは、とりわけ強大な力を持つとされ、魔を討ち払う者として大成しうる。以下に雷術の知識を記す――”
ざわ、と枝葉が揺れる。風の訪れを感じて、ページを閉じた。
「ミーファ……あれ? まだ来てないのかな」
「や、少年」
「にょおっ!?」
後ろから近づき、相手の腕に押し当てた指からわずかな魔力を放出する。
ピリ、とほんの糸くずのような電光がまたたき、ユシドは悲鳴をあげた。
「いた……くはない、けど! 何するんだよいきなり!」
「いやあ、その反応が見たくてね」
「もう、なにしたの? 腕がぞわっと変な感じだよ」
「雷属性の術さ、ほれ」
指の間に短く小さな電流の橋をかけてみせる。雨雲から降り落ちる雷電に似た性質を持ち、高い攻撃能力が特徴の属性だ。
お遊びで練習していたが……前回の旅で同行していた雷の勇者の力とは、まだまだ比べるべくもない。とりあえずはこうしていたずらに使う程度だ。
とはいえ、この年で魔法術を使う子どもなど、この町にはそういないはず。ユシドは悪戯への怒りも忘れ、感嘆した様子だ。
「へえ……! さすが雷の勇者の子孫。ミーファはたしか、まだ10歳になったくらいでしょ」
「おまえの上達ぶりには負けるさ」
「え、っと、へへ」
今日も今日とて稽古だ。この年の少年少女としては、オレ達はずいぶん変わり者に見えるだろう。しかし勇者候補ともなれば、町の連中も納得した目で見てくれる。
出会ってから、遊びながら修行をつけてきたこの2年で、ユシドは風術の扱い方をずいぶんわかってきている。オレが同じ年の頃は近所のやつらと鼻水垂らして遊んでいたことを思うと、ここからさらにどう成長していくのか楽しみだ。こいつの旅はきっとオレ以上の成果を出すに違いない。
「でも、驚くのはこれからだよ!」
互いに木剣を握り向き合ったところで、ユシドはいつになく興奮した様子を見せた。
何をする気か見守る。ユシドは目を閉じて集中したのち、剣を構えた。力が刀身に集中していくのがわかる。これは……!
「だあっ!!」
強い風が巻き起こった。勢いよく飛びかかってくる草葉から顔をかばいながら、だらしなくにやついてしまう表情を隠す。
あれこそはまさしく、先代風の勇者が使いこなした風の魔法剣。すでにここまで形にしたか。
風が落ち着いてから、ユシドに声をかける。こほん、あまり心のままに褒めすぎんようにしよう。勢いで、記念に今日は休養! などと言ってしまいかねない。
「……やるじゃないか、ユシド? 素晴らしい鍛錬の成果だ」
「へへ、ミーファのおかげ……うわっ!!??」
「ん?」
ユシドは慌ててオレから顔を背けた。なんだ? 顔になんかついてる?
思わず自分の身体を見下ろす。……ああ、なるほどな。
風の剣が、オレの魔力の守りを突破してしまったらしい。親から頂いた上等な服があちこち破け、白い素肌がやや露わになってしまっていた。うーわ、怒られるぞこれは……。
……まあ、オレの方はメイドや母親にこっぴどく叱られるだろうが、これは外で身体を動かして遊ぶ用の服として贈られたものだ。いつかこうなる運命だった。こちらも油断していたし、がなり立てるようなことではない。
しかし良い機会だから、先祖としてひとつ教育しておこう。
「ユシドよ、おなごの肌を晒させたからにはお前、責任をとらないといかんぞ」
「ごご、ごめ……せきにん……!?」
「なんてな。ハハハ」
近付いていくと、赤い顔で遠ざかるのが面白い。しばらくこのまま楽しんでもいいが……
どうやらやつには目の毒らしい。子どもの裸なんぞ男女で大して変わらんだろうにな。ガキにしては少し煩悩が多いんじゃないのか、きみ。
仕方ない、着替えを取りに行くか。これでは修行もままならない。いやある意味修行かもしれんがな。勇者ともなれば色仕掛けの罠によくはめられるものだ。お前も痛い目に遭うだろうな、ふふ。
少しして戻ってくることを告げ、ユシドに背を向けた。
屋敷の方向へと森を戻っていく。やれやれ、いかにしてメイドの目をかいくぐったものか。あるいは言いつくろったものか。
「………」
足が止まる。
異常な感覚が頭の中をよぎったからだ。
記憶の中を探り、原因に思い当たる。これは、破邪結界に異変があったときの警告反応だ。
このシロノトの町はあまり特色もなく凡庸な土地だが、安全で平和であるという点では他所に勝る。なぜならば、先代風の勇者が遺した結界に守られているからだ。
人間を襲う魔物たちの侵入を防ぐそれは、大昔にこのオレが、先代の雷に師事し、先々代の雷さまの遺した術を用いて作りだしたものである。自分にしてはまともで勇者らしい大仕事だったと誇っている。
……そこにいま、異常事態があった。すなわち、結界のほころび。
または――魔物の侵入。
感じ取れたのは僥倖だ。生まれ変わり、少女ミーファとなったとしても、何か前世の自分とのつながりがあるらしい。
さて。
放っておいても、結界を管理しているウーフ家の者が対処するはずだが……、
侵入者の位置はこの森の中。それに末裔たちが万が一ケガなどするのは嫌だ。ここはオレが出張ってもよかろう。
オレは踵を返し、木剣を握り締め、異物の反応がある場所へと走った。
森の深い場所へ足を踏み入れる。反応が近い。
幸運にも、ここは屋敷とも市街とも距離があり、人々がうろつくことはそうないだろう。
ならば……あの獣に、誰かが襲われてしまう心配はないわけだ。
「ウェアウルフか」
視線の先には、人間のように二本の後ろ足で歩行する狼がいた。
彼ら魔物は悪意をもって人を襲う性質があり、我々にとっては害悪でしかない。同じ世界に存在する生命ではあるが、ここに侵入してしまった以上、討ち倒すのみだ。
木剣を握り締め、遠くから観察する。
既にこちらを察知しているはずだ。やつらは鼻が利く。獣のごとき俊敏さで獲物に迫り、大男の体格からふるわれる爪、そして子供を丸呑みしかねない大口に備えられた牙は、魔物退治の経験がない者にはあまりに恐ろしいものに映るだろう。
しかし前世では、彼らには呪われかねないほど、あの手の獣人型は殺してきた。こんな木剣を振り回して敵う相手ではもちろんないのだが、オレならむしろ素手でも殺す手段はある。すぐに仕留めてしまおう。
奴に正対する。木の剣を構えた。獣の唸り声が肌を刺激する。集中し、己の内にある燃料に火種を近づけた。
やがて、木々がざわめき始め――、
「あれ? ミー、ファ……?」
「なっ――!?」
自分以外の、人間の声。
視線を横へ向ける。木々の間から、ユシドが顔を出していた。
想定外の事態に、頭が急速に思考を広げる。
なぜここに。ユシドは森のこんな端には立ち入らない。町の外に続く場所なのだ。オレや大人から口すっぱく言われているはずだ、常ならあり得ない。
……そうか! 結界の維持は一族が引き継いでくれている仕事だ。直系の子孫であり、いずれその役割を担うユシドが、オレの張った結界の異変を感知してもおかしくはない。ましてや次の“風”に選ばれる素養があるのだから。
「ひっ!? な、魔物……!?」
だが、自分に呼びかける何かの元が、魔物とは思わなかったのだろう。
子どもの身から見上げれば、ウェアウルフはとてつもない化け物だ。ユシドは恐怖のあまり尻もちをついてしまった。
魔獣の顔が、より手ごろな獲物の方を向く。まずい!
「う、うわあああっ!!」
獰猛な鳴き声をあげ、少年に襲い掛かる獣。柔肌を爪牙が切り裂くのは、瞬きの後か。
――させるものか。
風を足元に巻き起こし、一直線に跳ぶ。
一撃でやつを討つには魔力が足りない。爆発的な移動の分、魔法剣に回す風が不足している。
両腕を広げ、ユシドを捕まえ、さらう。
強靭な腕から振るわれた爪が、腕を掠めた。
「ッ……! 獣畜生が」
ユシドを背に庇い、立ち上がる。左腕に熱が走り、見ると、一筋の掻き傷から赤い血が流れていた。
家族に見られたら卒倒されるぞ。また悩みが増えたじゃないか。
「み、ミーファ……そんな、血が……!」
「やあユシド。ケガはないか?」
「僕なんかより、きみが!」
元気そうだな。本当に良かった。
さて、あとは目の前のこいつをやっつけてやるだけだが。
……自分で思っていたより、風の魔力が少ない。本来のオレなら無意識に身に纏っているものだけで、あれくらいの爪など通さないはずだ。通したとて、腕の筋肉の守りもあった。それがこのざまとは。
今、残る風を剣にかき集めて放っても、一撃で殺せるかどうか。万が一それを外したりしたら……。
歯を食いしばる。小娘になり、戦いから離れてもう10年。これしきの痛みに随分と弱くなったものだ。
だが、ここでユシドを守れなければ生まれ変わった意味など無い。この子はオレの宝だ。獣などにくれてやるものか。
意を決して、両手で剣を握り――、
「え?」
視界が遮られる。
魔物から庇うように、ユシドがオレの前に立ちふさがった。
「……何をしている、バカ者が! どきなさい!」
「いやだ」
「まだお前の敵う相手じゃない! どけ! 早く!」
「僕は……僕が、ミーファに怪我させたんだ。君に守られたままじゃ、自分を許せない」
「何を言っている!?」
やめろ、やめてくれ。
向こう見ずなガキは嫌いだ。ユシド、お前は愚かだ。ウェアウルフはもうそこまで来ている。
オレは痛む腕で、無理やり身体を引っ張ろうとした。
「自分も許せないけど――それより、お前が許せない!!」
「うわ!?」
突風に身体を押された。急な出来事に混乱し、周りを見る。風はどこから来たんだ!?
その背中を見る。風は、ユシドから巻き起こっていた。
木剣を上段に構える。今のオレとは比較にならないほど、濃密な風の魔力が剣を取り巻き、渦をつくりだす。
「だああーーッ!!」
ユシドが剣を振り下ろす。小さな嵐が、人狼の身体を巻き込んでいった。
「ハァ、ハァ。うっ……」
ユシドは膝を折り、身体をぐらつかせた。慌てて駆け寄り身体を支える。
オレの顔を見て、やつは安心したように笑った。……ほう。格好いい顔じゃないか。
そのまま気絶してしまったため、そっと草原に横たえる。魔力を急激に絞り出したことによる疲労だ。
……お前、良い剣士になるよ。この土壇場であれほどの魔法剣を繰り出すなど、他に誰ができる?
「ま、詰めは甘いようだが。なあ?」
オレは立ち上がり、ボロボロの身体でうずくまるウェアウルフに声をかけた。
ユシドの落とした剣を見る。やはりこんな木製ではあの威力に耐えられないか。攻撃がしっかり決まる前に刀身が風に引き裂かれ、威力が散逸してしまったようだ。
魔物は命を絶つとその身体を霧散させるはず。目の前の獣は相当のダメージを受けたようだが、そうはなっていない。やつがまだこちらを攻撃しようとしている以上、とどめを刺すまで終わらない。
「ガアアアアッ!!」
手負いの獣が向かってくる。
ユシドはよくやった。あいつが力を見せたのだ、オレも、力を振り絞ってみせよう。
――自分に必要だったのはきっと、新しいものを受け入れることだ。
木剣を握った手に、金色の火花がちらつく。ちりちり、パチパチという断続的な音は、間隔を縮めていき、すぐにけたたましい響きになった。
滾る力を抑えずに、思いのまま解き放つ。自分の中に眠る最高の力。
携えた魔法剣にあらわれたのは、“風”ではなかった。
「盛大に葬ってやる。じゃあなっ」
派手な光と音に、魔獣が斬り伏せられる。
やがて彼のいた証は消え失せ、草の焦げた地面だけがそこにあった。
「博打でやってみたが、なるほどね……」
振り下ろした木剣、だったものを観察する。刀身はどこかへ消え失せ、その根元は焼け焦げていた。炭にでもなってしまったらしい。
ふうと一息つくと、少しふらついた。ユシドと同じく魔力の急激な放出、あるいは枯渇によるものだろう。この身体もまだまだ未熟ということだ。
気絶するユシドの横に座り、膝を枕にして頭を乗せてやる。
――よく頑張ったな。まあ、こいつがオレに似て、バカなのもわかったけど。
髪をなでてやると、いくらか安らかな顔になった。心地の良い夢でもみているのだろうか。
「ん……? はは! こうなったか」
少年を撫でた手の甲に、さっきまではなかったものがある。
そこには、ユシドのものと同じ……剣のような紋章が刻まれていた。
魔力を高めるとほのかに金色に光るそれは、この身が“雷の勇者”に選ばれた証明だ。
魔物の消えた跡に目をやる。
これまで平和だったここに、あの程度の魔物が侵入するとは。
オレの張った、破邪結界の効果が弱まっているのだろうか。破邪の力が弱まるのも、魔物の力が増すのも、200年前のあのときと同じだ。
――世に魔がみつるとき、勇者あらわれ、かの地にて星を正す。
旅立ちまでの時間は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。前回の勇者たちは少し不甲斐なかったと言われても仕方がないな。本当なら、オレには過ぎた仲間たちだったのだが。
だが、きっと次の勇者の旅は、前回とは違った結果になる。
「偉い、偉い」
髪をさわる指が心地よい。愛しい我が子であり、孫であり、弟。
……ユシドよ。オレも君の旅についていこう。
この先代の風がお前をずっと、そばで守るよ。