落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~   作:もぬ

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03. 故郷を発つ

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

 森の主である大樹を手で撫でる。生まれ変わりから16年以上が経ち、随分と背は伸びたはずだが、目の前の大樹は変わらず雄大な存在として佇んでいる。

 しばらくそうしていると、やがて風が木々を揺らした。……ちょうど約束の時間だ。

 気配に振り返る。そこにはすでにひとりの青年が立っていた。その容姿を眺めて、いっとき呼吸を忘れた。

 茶の髪に翠の瞳。顔はまだあどけなさを残しているが、立派に成長した体格もあってかずいぶん精悍になった。何より、剣を腰に下げたその立ち姿は、どこかあの日の自分に似ていた。

 

「あ、あの……ミーファ? だよね?」

「他の誰に見える?」

 

 困惑した様子でおずおずと声をかけてくる青年。なるほど、中身は大して変わっていない。思わず笑ってしまった。

 

「あ、その笑い方はミーファだ」

「久しぶりだなユシド。大きくなったじゃないか」

 

 子供の成長というのはまったくあっという間で、ついこの前までちんちくりんだったものがすぐに大人の仲間入りをする。我々はそれを見て、自分が年老いたことを実感するのだ。

 

「今日こそ君に勝つよ。そのためにいろんな経験を積んだ」

「ふん。そうか」

 

 自信の灯った眼でこちらを見るユシド。今日のこいつは、オレに力を見せに来たのだ。

 ――大層なことを口にするが、あのままオレの指導を受けていた方が良かったに決まっている。

 あれはいつだったか。オレ達でこの森に侵入した魔物を倒してからしばらく後、こいつはオレから離れていったのだ。

 森に遊びに来なくなった、だけではなく、町からいなくなった。なんでも親類の商いについていき、護衛の傭兵や旅路を共にした冒険者たちから、戦いを教えてもらっていたとか……。

 後になって『勇者として旅立てるほど強くなって、君を迎えに来る』などという手紙をよこしてきた。やつの中で何か並々ならぬ決意があったようだが、なんでも自分勝手に決めおって。子孫に会うことが年寄りの唯一の楽しみだというのがわからんのだろうな。

 結局オレがまともに教えられたのは、風の魔法剣くらいだ。

 

「どれほどやれるようになったのかは知らないが、生半な技では旅立ちなど認めない。わかっているな」

 

 ユシドは頷き、長剣を抜いた。両手で握り構えるさまはそれなりに雰囲気がある。得物が以前のオレと同じというのは、まあ、教えた基礎は忘れていないらしい。

 しかしそれを十全に扱えるようになったかどうかは、見ないと分からない。

 

「ミーファも構えてくれ。ケガさせたくない」

「……ふうん」

 

 言うようになった。よかろう、その方が安心するというなら言う通りにしよう。

 オレは腰の片手剣を抜き、半身で構えた。意識と身体をやや強張らせ、自分を取り巻く魔力で身を守る。

 修行を積んでいたのはお前だけではない。オレを傷つけられるものなら……

 

「やってみろ……!」

 

 闘気に魔力を乗せ、威嚇する。

 よそで学んだしょうもない術など見せてみろ、その剣ごとお前をへし折ってやる。

 そして今までの分……6年ほどはオレの下で修行させる。商隊の選ぶ安全な道で得た経験などでは、全ての困難をねじ伏せる強さは手に入らない。それを教えてやるために、オレは今日ここへ来たのだ。

 正対する青年をにらみ、この場に緊張を充満させる。オレから攻撃はせんが、半端な攻撃ならば跳ね返す。ケガをしてしまうのはそちらかもしれない、そういう意思を込めて視線を投げる。

 だが……ユシドは、薄く笑っていた。

 

「いくよ。はああ……」

 

 大上段に掲げた剣に魔力が集中する。ユシドから巻き起こる風と、逆にそこら中から集まってくる風に、森の木々が不規則に揺れる。

 やがて、ざわめきが嘘のようにピタリと収まった。森が凪いでいる。やつの剣は、刀身を完全に隠し姿をゆらめかせるほどの濃い風を纏っていた。

 視線が交差する。オレは反射的に、自分の剣に雷を流し込んだ。

 

「風・神・剣ッ!」

 

 剣が振り下ろされる。

 息を呑む。先代風の勇者が振るったという魔法剣。小さな少年だったころに見せたものとは比べ物にならない。オレを飲み込む大きさの竜巻が、轟音を伴って目の前に迫っていた。

 風の魔力の塊に剣を押し当てる。衝撃で弾かれそうになった。こちらを怪我させかねないというのは大言壮語ではない。正面から受け止め、跳ね返せる技ではないな。

 だが、オレには届かないぞ……!

 至近距離の暴風に耐える。魔力が弱まるときを測り、渾身の力で嵐を切り裂いた。

 霧散していく風。その向こうにユシドが……いない?

 

「どうだった?」

「!」

 

 背後からの声に振り向く。

 ……実際の戦闘であれば、後ろからさらなる一撃を加えられる、と言いたいわけか。

 こしゃくなことをするようになった。

 

「……ふん。残念だが、さっきの剣はオレには届かなかったようだぞ。先代の風神剣ならば――」

「ちょ、ウワーーッ!!?? ご、ごご、ごめ……!」

 

 ユシドが慌てて自分の顔を隠した。腕の間から見える部分が真っ赤だ。不思議に思い自分の姿を見下ろす。

 まとっていた衣服が引き裂け、肌があちこち露わになってしまっていた。

 

「むむ」

 

 近頃は家族でさえ見ること叶わぬオレの肌を……。

 オレの守りを突破したということか。撃った後の余裕ある姿を見るに、本気を出せばさらに威力を出せるのだろう。

 その歳で、ここまでモノにしたか。

 

「これなら、旅に出られるな」

「せき、せきにんを……え? いま、なんて」

 

 手を差し出す。

 子どもの成長は早い。オレが見ていない所でも、君は強くなっていった。

 

「認めると言ったんだ。共に行こう、風の勇者」

 

 ユシドに未熟なところはまだまだあるだろう。だが、ひとりではない。

 先代の風が、そしてこの雷の勇者が、お前を守ろう。その思いはずっと変わらない。

 ふたりならば、道行く先の困難など、打ち砕けるとも。

 

「あ、あの……前隠して……」

 

 

 いよいよ。僕たちも、使命の旅に出るときがやってきた。 

 

 7人の勇者は、世界の魔を祓うための旅に出るのがさだめだという。

 では、旅に出て、具体的に何をするのか?

 答えは『儀式』である。世界のどこかにある、星の台座と呼ばれる聖地にて、人類最高の7種の魔力をささげる。

 そうすることで、世界の正邪のバランスが人間側に都合のいいように傾き、人を襲う魔物の弱体化や動物の繁栄、作物の豊作といった加護がもたらされるというのだ。

 この加護の効力が切れると、再び次代の勇者たちが集合して儀式を行う。そういう仕組みらしい。

 

「本当に行ってしまうの?」

「お姉さま~……」

 

 旅支度を済ませたミーファが、家族との別れを惜しむのを見守る。

 

「ユシド殿。娘をよろしくお願いします」

「この身にかけて、お守りします」

 

 そう格好つけると、彼女の父親――このシロノトの領主さまは、安心したようだった。

 心苦しい。本当は、僕の方が守られてしまうような実力差なのだ。今日こそ君に勝つなどと言いはしたが、とんでもない。まだ、旅立ちを認めてもらっただけだ。

 ミーファ・イユという女の子は本当に不思議な子だ。歳はひとつ下だというのに、僕の師匠なのである。

 残す妹や母に微笑みを振り撒く彼女をちらりと見る。ご家族は彼女の、傍若無人な強さを知らないのだろうか。

 

「お父様、お母様、ミリア。ミーファは行ってまいります。メイドたちにもよろしく」

「お前が雷の勇者として旅立つことを誇りに思う。……何年かかってもいい。無事で帰って来なさい」

「ええ、必ず」

 

 まるで別人のように丁寧な口調でしゃべる彼女を見ていると、すこしむず痒い感覚と、普段との差に新鮮さを感じてしまう。どちらが、本当の彼女なのだろうか。

 僕は彼女のことを、実はあまりに知らないと思う。だけど。

 

「行きましょう、ユシド様」

 

 美しい金の髪に、アメジストのような瞳。

 落ち着きを与えるはずのその色に覗き込まれると、このできそこないの心臓は逆に早鐘を打ってしまう。

 だから少しだけ目を逸らして振り返り、僕は彼女の前を歩いていく。

 

 

 

「なぁ~んだその態度。おまえ、オレと一緒が不満なのか?」

「いだだ! ち、ちが……」

 

 ウーフの家に寄ったとき、彼女が「私がユシド様を支えてまいります」などと言って微笑むものだから、心臓の音がばれそうでさらに早歩きになったのだけど……お気に召さなかったらしい。

 猫をかぶったときのミーファは本当に、僕なんかとは違う世界の女性みたいで、ドキドキさせられる。

 じゃあそうでないときのミーファ相手なら平気か、というと、そうでもない。

 

「違う。その、久しぶりに会ったら、すごく美人になっていたから……」

 

 子どもの頃はその言動もあって、男の子みたいに見えるときもあった。

 そのときから彼女のことが好きだったのだが……今のミーファはどうだ。

 この数年で、町の外でも色んな出会いがあったけれど、ミーファ以上の美人はいない。あの頃は見た目も割と粗野な感じが見え隠れしていたけど、今の彼女は高貴ささえ見て取れる理想的な女性だ。

 こうしてすぐそこまで近付かれて耳を引っ張られている今も、なんだかいい香りがして……いかん! ユシド! なんのために修行してきたのだ!

 心臓を落ち着けるべく、距離を取る。深呼吸をする。ミーファの香りがしたので、風の防護でカットした。

 

「ふうん? ふふふ、色気づきおって。まあ、わからんでもないがな」

 

 飽きずにつかつかと距離を詰めてくるミーファ。今度は動揺しないぞ。

 

「お前の幼馴染は領内一の美人ときている。このかんばせや立派なお胸を男たちにねめ回されたものさ。ほれ」

「ギリギリギリ」

 

 ミーファは剣士らしからぬ軽装を指で引っ張り、胸の谷間を見せつけてきた。この前事故で目にしてしまった白い柔肌が脳裏に浮かぶ。

 からかいやがって。目を逸らし、歯をくいしばって耐える。

 

「おっと。それとももしかして、こっちの私の方が良かったかしら、ユシド様?」

 

 耳元で淑やかな声を囁いてくるミーファ。

 うぐぐ……。

 

「ミーファ。そういうのやめて……」

「わかったよ、すまんな、面白くてさ」

 

 いいや、彼女は分かっていない。そうやってからかって、僕が本当に君に惚れてしまったらどうなる。

 そうなれば今までの関係ではいられない。勇者として共に旅をするのも苦しくなってしまうかもしれない。

 ミーファはそういうことに疎いのだ。僕のことは兄弟だとでも思っている。こちらの想いなど想像できていないだろう。

 だから、この気持ちは秘めなければ。

 

「あ、そうだ」

 

 渡すタイミングがなかったが、これを忘れてはいけない。

 足を止め、自分の荷物を探る。

 ミーファの顔色をうかがいながら、思い切ってそれを彼女につきつけた。

 

「こ、これ……ミーファに、おわびというか、贈り物、というか」

「……おわび、というのは?」

 

 紫の瞳がじっとこちらを見る。

 表情には色がない。やはり、怒っているのだろうか。

 

「その、君の修行を放り出して、ずっと外に出ていたことの……」

 

 彼女は無言で手を差し出し、僕からそれを受け取った。

 ……翠色の小さな魔石を使ったピアスだ。風の魔力とまじないがこもっている。身に着けると、わずかに風の魔法の効果を増幅させる効果がある……はずだ。マジックアイテムの創造は旅の魔法使いから学んだものだが、新品を贈りたかったから、効果のほどは試していない。うまくできているだろうか。

 雷の勇者であるミーファには、耳飾り以上のものではないだろうけど。

 言いつくろうように、饒舌にそんな解説をした。彼女はしげしげとそれを眺める。緊張しながら見守っていると、やがてそれを右耳につけた。

 

「似合うか?」

「う、うん」

 

 金の髪と白い肌に、翠色の飾りは良く似合っている。綺麗だ。

 

「ありがとう」

 

 そう言って彼女は笑った。嬉しくなって、僕も笑った。

 少しは許してもらえたかな。この程度で水に流せなどとは思わないけど。

 

 

 

 

「さて」

 

 シロノトの町を出てから少し経つ。

 町の外に出るのはずいぶん久しぶりだとミーファは言っていた。機嫌が良いのはそのためだろう。

 街道の分かれ道で、僕たちは立ち止まった。

 

「どこへ向かう?」

 

 僕たち勇者の最終目的地は、聖地『星の台座』だ。気が遠くなるほど遠い場所であり、この分かれ道をどちらに進むかなど小さな選択だ。

 勇者の旅とは、どう進めていくものか。

 基本的に、『何者にもとらわれず自由な者』などと謳われる風の勇者が一番に旅を始め、残りの6人を集めていくのがならわしだそうだ。誰が考えたのか知らないが、役割が重すぎると思う。

 僕たちはこれから聖地に向かいつつ、あちこちの人里によって、勇者を探さなければならない。しかし風の勇者が迎えに行くまで他の勇者がそれぞれの生活を営んでいるのだとしたら、彼らを見つけられるかどうかは運だ。

 難度の高い使命だ。なんか運命がどうとかで勇者同士自然と引き合うみたいなことがあればいいのだが……、

 そんなことはない。勇者の特徴は、手に刻まれた紋章と強大な魔力だけだ。紋章が互いに響きあうぜとかそういうのはない。魔力を高めると対応する色に光るだけである。

 

「普段は無用ないざこざを避けて紋章を隠している者も多いだろう。オレ達のようにな」

 

 ミーファは薄いガントレットに守られた右手を顔の前で揺らした。

 自分の利き手に目を落とす。グローブで紋章を隠しているのは、あくどい人間や知能ある魔物の目から逃れるためだ。

 こうなってくると、他の勇者を探すには、強い魔導師や魔法戦士のうわさにあたっていくしかないだろう。彼らの方も使命を受け入れ、風の勇者を待ちながら名を挙げてくれていればありがたいのだが。

 

「まあ最悪、勇者は2、3人いれば儀式はできる。オレとお前だけで聖地にたどり着いてしまったとしても、あと100年は平和にできるはずさ。同じ町にふたりも勇者が生まれるなんて史上最高のスタートだ」

「100年じゃ短いよ。叶うならば7人集めよう」

「わかった。……それはいいが、結局どっちへ行く? こういうのは風の勇者が決めるもんだ」

 

 遠い聖地へ行くだけならば、どちらを選んでも大差はない。ならば人里の多いルートを選ぶべきだが……。

 

「ちょっとだけ当てがある。じゃじゃん」

 

 荷物の中から地図を取り出し、ミーファに見せる。事前にしるしをつけた場所を指さした。

 

「1年後にこの大都市……バルイーマで、世界中の強者が集まる闘技大会があるんだ。上位に食い込むような人間は勇者かもしれない」

「おお。なるほど」

「年内にここへ入る。それを当面の目標にしようと思うんだけど……どう、かな」

「その大会って何か優勝賞品とかあるの?」

「1000万エンだったかな……」

「よし。出よう。豪遊しよう」

「いや、優勝できると決まったわけじゃないから」

 

 地図に従い、僕たちは歩き出した。シロノトの東の草原へ向かわず、西の森へ。

 見晴らしが良いあちらの街道と違い、こちらの道はあまり人は立ち入らない。魔物も出るだろう。

 だが、望むところだ。僕はもっと強くなりたい。ミーファを守れるくらいに……。

 

 時折他愛ないことを話しながら、森の中を歩いていく。ミーファの家の森とはちがって、木々に活力がない。魔が世界に満ちつつあるのだろうか。

 

「お。現れたな」

 

 ミーファの声につられてそちらを向く。

 ……出たか。

 魔物がいた。2体だ。獣人型……通称、ウェアウルフ。

 なんというか、思い出の魔物だ。あの頃はとても敵わなかった彼らに、今の自分は通じるのか。

 

「一匹はオレがやる」

「え?」

 

 言うや否や、ミーファの姿が隣からかき消えた。

 閃光のごとき身のこなしで、人狼の1匹の眼前に踏み込んでいる。彼女は腰の剣を抜きもせず、拳を敵の腹に突き刺した。

 ウェアウルフの声。いや、断末魔だ。金色の雷撃が槍の如く、その身体を貫いていたのである。

 ここに至るまで僕も、2匹の魔物も、戦闘態勢に入ることすら出来ていなかった。

 身体が震える。やはりミーファは強い……!

 

「この耳飾り、すごいぞユシド。旅が終わったら魔法細工師になったらどうだ?」

 

 いつの間にかとなりに戻ってきたミーファの足元を見る。足が、雷の魔力だけでなく、風のそれをも纏っていた。

 併用することで、あれほどの高速移動術を可能にするのか。

 

「そら、君の力を見せてみろ」

 

 なるほど。彼女は僕を試している。あのときの魔物に、あざやかに勝てるのかどうか。

 望むところだ。むしろミーファに早々に1匹倒された時点で、なんだか負けた気がしている。

 鬱憤をはらすように、数歩前に出て、長剣を抜いた。

 

「へえ、その剣……」

 

 先代風の勇者が使っていたという名剣。一族から受け継いだものだ。僕にはまだ重い。

 筋力が足りないという話ではなく、この剣の戦いの歴史がだ。こいつに見合う使い手に、きっとなってみせる。

 激昂したウェアウルフがこちらへ駆けてくる。僕は剣を腰に構え、魔力を乗せていった。薄く薄く、すりあわせ、伸ばし、研ぎ澄ませるイメージ。

 

「風神剣・断」

 

 斬撃が文字通り“飛んだ”。斜めに一閃、魔物の身体をすり抜けていく。

 真二つに切り裂かれた獣は、立っていられずに倒れ伏した。その身体が、光の粒になって散っていく。大地に還るのだろう。

 剣をしまい、一息つく。

 魔力消費もまったくどうってことない。うまくやれただろうか。旅路ではこのようにして、力を節約しながら無駄なく戦うべきだろう。これから経験を積み、敵の力量を測るすべを身につけねば。

 

「やるじゃないか。褒めてやるからおいで」

 

 おいでおいでと上機嫌に手招きするミーファの様子を見て、自分の戦いは及第点だったと判断する。

 ……しかし、お互い身体は大人になったと思うけど、まだ子ども扱いか。

 少し不満に思い、正面に立ってほんの少し上の目線からミーファを見下ろしてみると、彼女はやや驚いた表情になった。

 

「おまえ、随分でかくなったな」

「ミーファがちっちゃいんだよ」

「そうかい? 自分では、豊かなほうじゃないかと思うんだが……」

 

 彼女は難しい顔で腕組みをして、そのままおもむろに自分の胸を持ち上げた。たしかにそこは決してちっちゃくはない……いや違うそうじゃない……!

 ミーファの表情が、にやにや笑いに変わっている。僕は、つとめてあらぬ方角に目をやった。

 

「ともかく、これじゃやりにくいな。そこにしゃがみなさい」

「……これでよろしいですか、姫?」

 

 からかわれてばかりで、こちらは常に余裕がない……、というのも悔しいので。

 芝居がかった台詞と身振りで返事をして、ミーファの前で片膝をつく。

 

「おう、偉い偉い」

 

 柔らかい手が、僕の髪を撫でた。

 バカにされているようにも見えるが、きっとそんなことはない。彼女の手には親愛を感じる。

 そう、親愛だ。話に聞く男女の恋愛とはまた違うんだと思う。

 立ち上がる。

 でも、僕は君が好きだ。

 先ほどの戦い、ミーファは剣すら抜いていない。未だ追いつけないあの強さ。彼女にとって僕はまだ、強い自分が見守ってあげるような幼馴染でしかないんだ。

 もしも僕が、君に勝つくらい、君を守れるくらいに強くなれたら、そのときは……!

 

「ん?」

 

 アメジストの瞳に自分の顔が映っているのを見て、彼女をじっと見つめてしまっていたことに気付く。

 ごまかすように踵を返した。

 

「行こう、ミーファ」

「ああ。闘技大会までに、うんと強くなろうじゃないか」

「もちろん」

 

 そのときはきっと、君よりも。

 


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