落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~   作:もぬ

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39. 金髪美少女サンド

「……つくりすぎたかな」

 

 ここは宿屋の厨房。朝早くから許可をいただき使わせてもらっている。

 眼下に並んだ白い四角形の群れを眺める。我ながら綺麗な形に切れた。味付けした具材をパンで挟んだ食べ物……サンドイッチである。おいしさの秘密はデイジーさんから授かった門外不出秘伝のソース。

 食べるやつの顔を想像していたら、いつの間にか予定より数が増えていた。オレは食べるのは好きだが、男だったときと比べるとやや胃は小さい。この量はひとりでは無理だ。

 

「んー、まあいいか」

 

 ユシドがもりもり食べてくれるはずだ。育ちざかりだし、お坊ちゃまお嬢ちゃまが通う学園の食事では量が足りなかったりするかも。もともと食べさせるつもりで作ったのだし、量はこんなものだろう。喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 

「何にやけてるの?」

「うわっ!?」

 

 予期していなかったところに後ろから話しかけられ、素っ頓狂な声が口をついて出る。振り返るとそこには、ブラウンの髪を揺らして無邪気に笑うやつがいた。

 

「へへ、びっくりした? 子供の頃の仕返しだよ」

 

 普段の柔らかく落ち着いた雰囲気と違った、子どものような表情を間近で見せられ、少し変な気分になった。驚かされたからかやけに頬が熱い。おのれ調子に乗りおって、今に見ていろ。

 

「おはよう。朝早くから何してるの?」

「おはよ。これはな、お昼に食べるやつだよ。今日から持参するんだ。ほら、学生食堂って混むだろ?」

「なるほど。かしこい」

「そうだろうそうだろう。それと、ほら。キミの分もある」

「ほんと!? ありがとう、ミーファ」

「ふふ」

 

 話しながらひとつひとつを包装していき、ティーダとシークの分は残して、まとめて紙袋にしまう。荷物が増えることになるが、あの食堂を毎日利用するよりは楽だろう。

 ……そうして一仕事終えてから、気づいたことが一つ。

 

「においが気になるな」

 

 紙袋に収めたものの、おいしそうな香りが漂っているのがまだわかる。これでは教室の級友たちに迷惑だ。普段はこういうことをしないから、想定できてなかったな……。

 

「! そういうことなら……ちょっと待ってて!」

 

 何か思いついたらしく、ユシドは明るい表情を見せてどたどたと食堂を出て行った。自分の部屋にでも帰ったのだろう。

 やがて戻ってきた彼は、小脇にいくつかの箱を抱えていた。箱、である。

 頑丈そうにも見えるが軽いようで、ユシドはそれらをひょいとテーブルに置く。サンドイッチを入れた紙袋と同じ程度の容量がありそうだ。

 

「これは?」

「これかい……これはね……王都の有力な商会がついに開発に成功したという最新のアイテムでね……古代人が使っていたとされるものを現代によみがえらせたという伝説級の……」

「お前ほんとそういうの好きな」

 

 武具や食い物には財布のひもが固いくせに、たまに変なものを買いたがる。商人のセンスが何かをささやきかけるらしいが、絶対はずれをつかまされているときのほうが多いと思う。

 とはいえユシドには前世のオレと違って財産の管理能力があり、パーティーの経済状況をうまく回しているため、文句は言いづらいところだ。

 

「ともかく一言でいうと、これは“ランチボックス”だ」

「ランチ……これが?」

 

 昔ながらの、木で編んだ手提げのカゴが頭に思い浮かぶ。昼飯を入れて、るんるんと鼻歌を奏でながら腕に下げて、ピクニックに持って行くようなアレか? 

 そんなに仰々しく紹介するほどの品ですかね。

 と、微妙な気持ちが訝しむ表情として出てしまっていたのだろう。それに反発するように、ユシドはここからテンションを上げて商品を紹介してきた。

 

「ミーファさん。これは人類にとっての技術革新の第一歩なんだ。……すべての冒険者たちが抱える悩みのひとつである、食料の保存。そこに差し始めたひとつの光明。どんな剣や鎧よりも、この箱こそが! 我々の命を守るかもしれないんだよ!」

「具体的なことを言ってくださいね」

「こちらの商品、特殊な素材と加工により、中に詰めたものをより長持ちさせる効果があります。口にすればパワーは出るがすぐ痛みがちな食材を、ダンジョン探索などに持ち込めるわけですね」

「ふーん」

 

 それは別に、今まで通り日持ちがするやつを持って行けばいいじゃん。干し肉、レーズン、果実酒とかね。

 

「あとまあ、仕様的に、においやソースのたぐいを外に漏らさない。使ってみてください」

 

 それを早く言えよ。

 

「ねえ。お昼はどこで食べるつもりなの? 教室とか?」

「そうだなあ、どうしようか」

 

 紙袋から謎箱へと中身を移す作業をしていると、ユシドがまた話しかけてくる。

 昼休憩に利用できそうな場所……中庭にあるガゼボとか、そういう学生たちの憩いの場は、やはり人がいる。場所取りで若者といがみ合うのも嫌だし、ホームルームでいいか。

 

「実は良い場所を知ってるんだ。ええと、知人がひとり一緒になると思うんだけど、どうかな」

「……ふうん? わかった、いいよ」

 

 知人か。ユシドが良くしてもらっているという清掃会社の協力者か、それとも……。

 提案はありがたい。ユシドと一緒に、今日の昼休憩時間はゆっくり過ごさせてもらおう。いつも慌ただしくて疲れてたからな。

 ひとつ、楽しみができた。

 

 

 

 朝方の授業を終え、時刻は太陽が真上に来る頃。念願の昼休みがやってきた。

 ユシドの言うには、北校舎の入り口のあたりで待っているそう。あの辺に掃除屋の作業着で突っ立っていると目立つだろうし、早く行ってあげないとだ。

 

「そうだ、マリン……あれ」

 

 ふと大事な友人のことを思い出し、教室を見回してみるが、既にその姿はない。自分が荷物を準備している間に、教室を出て行ってしまったようだ。

 絵に描いたような良い子であるマリンにはひとつだけ、変わったところがある。お昼時になるといつも、ふらりといなくなってしまうのだ。彼女の食べる分も用意していたのだが、やはり今日も捕まらないか。

 一度本人に聞いてみたところ、家から持ってきた昼食を、ひとりでいろんな場所で食べるのが趣味だとか言っていた。うん、変わっている。

 まあ、ユシドは変な買い物、ティーダは滞在する街の裏通りの散策、シークは装備品の手入れという、誰しも何かしらの好むルーチンがある。そんなものか。

 さて。

 食べ盛り3人前ほどの量が詰まったランチボックスを大事に抱え、教室を出る。足取りは自分で思ったよりも力が入り、たぶん、今の自分は、にやついているのかもしれないと思った。

 

 せっかくのこの人生だ。旅の中で見つけた、こういう小さな幸福を、大事にしていたい。

 

 

 

 ユシドの手引きで案内されたのは、なんと北校舎の屋根の上である。最上階であるはずの3階に、上に続く階段があるのだ。気になってはいたが、実際に行くのはこれが初めてになる。

 ユシドが、立ち入り禁止との注意書きがある扉をゆっくり開けていく。自分は偽物の生徒だが、それでも学生としての規律を破るのには、少しドキドキしてしまう。

 日の光が視界を照らしていく。片手で陽射しを遮りながら、オレは屋上テラスへと足を踏み入れた。

 

「おおー」

 

 存外広い空間が広がっている。涼しさと日の熱さのバランスもちょうどよい。そして立ち入り禁止だから学生がいない。たしかに、ここは穴場だな。

 

「……ん?」

 

 学生がいない、というのは訂正する。

 しっかり見れば、屋上の端に、オレと同じ青い学生服を着た女生徒がいる。ユシドが言っていた知人とは、どうやらあの子のようだ。

 ……そういえば、いつかここで仲良く会話していたのを見つけたことがあったな。暇つぶしにあいつの位置を、例の魔力感知を使って探っていたときに気付いたんだ。

 ほう。あれからずっと仲良く親交を深めていたというわけか。学園のお嬢様と。以前もこういうことがあったが、こいつ、金持ちのお嬢と妙に縁があるらしいな。

 

「ええと、紹介します。こちらで知り合った、知り合いの……えーっと、知り合いです。いや友達。そしてこっちは……幼馴染の、ミーファさん」

 

 その少女とオレが顔を合わせると、ユシドが互いを紹介する。おそろしいことに、こいつ、どうもこの子の名前を知らないらしい。何が知り合いだ、バカ。

 そして。相手の困惑する表情を見ていると、冷や汗が出てきた。……知らない顔では、なかったからだ。

 今ほどユシドをアホだと思ったことはないかもしれない。

 失礼ながら、本人を前に小声で耳打ちする。

 

「……お前、この人が誰だか知らんの?」

「え? よくここでさぼってる学生さんだけど」

「ちょっ、大声で失礼なことを言うな!」

「あの、よろしいですか。留学生の……ミーファさん、でしたね」

「は、はいっ!」

 

 姿勢を正して向き直る。

 今日まで見てきた印象とは違って、眉尻を下げたしおらしい態度で声をかけてくる。

 ユシドの知人――その少女の名と顔を知らないのは、オレ達のように外からやって来た旅人くらいだろう。

 彼女の名前は、チユラ・メグォーサ・ヤエヤ。

 オレのクラスメイトであり、この国の第三王女だ。

 

 

 

 風の涼しさを感じながら、3人で顔を突き合わせて話す。

 

「今まで、黙っていてごめんなさい。……私のことを知らない人とお話しするのが、本当に楽しくて。仲良くなってみたかったんです。他の子たちみたいに、気楽な話し言葉で」

 

 それが、チユラ王女がユシドに素性を明かしていなかった理由らしい。貴人らしい、健気な悩みというか。意外と可愛らしい人だったわけだ。

 そういう話なら、ユシドがとるべき対応は決まっている。

 

「なんだ、言ってくれればよかったのに。それなら改めて。僕はユシドと言います。これからもよろしく、“学生さん”……じゃなかった。チユラさん」

「……! は、はい。あの、よろしくお願いします」

 

 王女様は嬉しそうに、顔を紅くしてユシドの手を取っていた。彼女にお友達がひとり増えたというわけだ。良い話。

 でもなんか、こいつ、思ったより手慣れた感じなのが腹立つな。歳が同じくらいの女性と話し慣れているのか? 色男ですこと。

 ユシドにだけ聞こえる声で、小さくつぶやく。

 

「……女たらし」

「えっ」

「チユラさま。以前の授業では助けて頂き、ありがとうございました。もしよければ、昼食などいかがですか? 私が今朝作ったものです」

「いえ、王族が市民を守るのは当然のことで……」

「お礼を受け取るのも器の見せどころですよ。さあさあ」

「あ、ありがとう」

 

 庶民と親しく話すのは本当に経験がないようで、あえてこちらが強気に出ることで押し切ることができた。心情を知れば年相応の女の子じゃないか。良い子だし、仲良くなろうとするに越したことはない。

 ランチボックスからサンドイッチをひとつ取ってもらおうとして、あ、と懸念が生まれる。

 これを食べて万が一この子の体調に何かあったりしたら、さすがにまずい。旅人が王女を毒殺未遂。処刑。終わり。みたいなイメージが一瞬頭を過る。最初の一口を彼女に食べてもらうのはよろしくない。王族というのはそういう人たちだ。

 

「ユシドくん、毒見をしなさい」

「もがっ!?」

 

 少年の口に、一切れ突っ込む。とても光栄な仕事だ、彼も喜んでいるだろう。

 ユシドはしばし悶絶した後、時間をかけてそれを咀嚼し、飲み込んだ。

 

「うまいです」

「よろしい」

 

 そうだろうとも。もっと食うといい。

 庶民の食べ物など口に合うか分からないが、王女様にも勧めてみる。彼女はひとつ手に取ってくれたものの、すぐには口にしなかった。綺麗な青い瞳は、オレ達をじっと見ている。

 

「ああ。おふたりは仲が良いのね。なんだか、私……」

 

 言葉の続きを待っていると、チユラ王女はおもむろにサンドイッチを食べ始めた。……どうもさっきから、こちらの顔を見るときの顔があまり気分がよくなさそうに見えるが、もしかして嫌われてないかな。これで不味かったらもう仲良くなれないかもしれない。どうだ……!?

 

「おいしいわ、ミーファさん。私のメイドよりずっと料理上手」

「!! ありがとうございます、光栄です!」

 

 手応えあり! デイジーさんありがとう……! やはり食事。食事こそが人間を救う。

 

「ねえ、明日もここに来て下さるの?」

「は、はい。お邪魔でなければ」

「お邪魔、ね。ふふっ」

 

 花が揺れるような、可憐な微笑みを見せるチユラ姫。仲良くできそうで良かった。美人だし。

 だけど、なんだろう。少し……

 目が、笑っていないような。ほんの一瞬だけ、そう見えた。

 

「おいしい、おいしいこれ、うん。意外に料理上手だ、ミーファは」

 

 意外には余計だ、もう作ってやらんぞ。

 オレと王女様が、どうしてかお互い無言になり、ちびちびと食を進める中。ユシドだけがもりもりと元気に食べていた。お前、もっと仲介者としての役割を果たせよ。

 ……どうしてだろう。

 なんだか今日は、いつも人と話すときとは、何かが違う。一言でいえば――

 ピリピリする。

 

 

 

 午後の授業は訓練場。今日は武術クラスの先生がやってくるカリキュラムの日らしい。

 魔法術クラスでも、白兵戦や格闘術を学ぶ機会はあるようだ。まあ今時は魔導師も動けないとな。そうでなくとも、ひとりで戦うにせよ仲間と組むにせよ、近接攻撃役の動きを知っていることは必ずプラスに働く。知識だけでも彼らの財産になるだろう。

 しかし。残念ながら今日は、単なる訓練のようだ。新しい知識を先生が教授してくれるというよりは、それらを自分に取り入れて実践する時間。もう少し早くこの学園に入っていたならば、講義を聞くことができただろう。少し惜しい。オレも魔物相手の経験こそ人並み以上だが、戦法は我流だ。先日の魔法術の授業に続き、新しいことを取り入れるべきである。

 この時間の訓練は、試合形式で行うらしい。ペアを組み、その相手と一緒に身体の動かし方を試す。ということはつまり、対人戦、あるいは人型の魔物との戦いを想定したものを、みんなは近頃学んだということだな。

 相手のいる修行は効率がいい。多くの学生が通う学園ならば実力の近い者を見繕いやすいだろうし、やはりここはいい環境だ。

 

「では、散開して4組ずつ試合を始めてください」

 

 指示を聞いた皆が動く。新参者らしく周りの流れを見守っていると、彼らは既にペアを組んでいるらしかった。

 むむ、どうしたものか。こういうときはマリンに声をかけるようにしているが、彼女今回は空いているかな。後衛のマリンに前衛の動き方を教える良い機会だと思うんだけど。

 視線をさまよわせ、マリンの姿を探す。……いた。しかし他の学生に話しかけられているようだが、どうしようか。

 

「ミーファさん、いいかしら」

「え?」

 

 声の方を向く。知っている声だが、まだ慣れてない。だから、驚いた。

 同じクラスの女生徒……チユラ王女が、そこにいた。

 

「私とやりましょう、ほら」

「わ、っと……」

 

 短くぶっきらぼうに告げ、訓練用のグローブをひょいと投げてきた。反射的にキャッチする。

 王女は返事も待たず、つかつかと試合場のひとつに歩いていってしまった。手の中のものを見る。これを受け取ってしまったからには、彼女と試合をしなければならないだろう。しかし、なぜ声をかけてきたのか……。

 その意図を、想像してみる。

 高貴な人を相手に殴る蹴る投げるを試すなど、よそ者のオレでも恐れ多い。まして国民なら……。それに彼女の近接戦闘の強さは、マリン以外の生徒もうわさしていた。魔法術クラスの子相手では訓練にならないのだろう。

 あの子はこれまで、対戦相手には恵まれていなさそうだな。学園の訓練時間は退屈だったと思う。突然やって来た留学生に、気まぐれに声をかけてみたってところか。

 ――おもしろい。

 光の勇者の子孫だという彼女がどんな技を使うのか、間近で見られる。無論、彼女は王族だし、女の子だ。こちらは手加減するけれど、退屈はしなかろう。

 いいひとときになりそうだ。

 

 試合場の中心に立ち、麗しい少女と向かい合う。グローブに手をおさめ、ぎゅっと締め付けながら、相手の様子をうかがう。

 彼女は胸を張って凛とした姿勢で立ち、気の強そうな目で、オレを見据えていた。

 

「ミーファさん。ひとつ、勝負をしませんか?」

「……勝負?」

「ええ。両膝をついたら負け。そして勝った方が――」

 

 薄く笑いながら言葉を紡ぐ少女の、どこか妖しい雰囲気に、ごくりと喉が動く。

 

「明日は、ユシドさんの隣に座る」

「は?」

 

 なに。

 それ。

 

「あら。だって、ミーファさんばかりあの人の隣にいて、ずるいもの」

「あ、ええと、あはは。席にこだわりがおありなら、譲りますよ」

「……そう。つまらない」

 

 いまいち意図がわからない。エキセントリックな子だな。王族って、庶民の常識では測れないところがあるのかも。

 身体を伸ばし、チユラ王女に向き直る。教師の号令がかかり、4つのスペースで、4組のぶつかり合いが始まる。

 オレは半身になり、腕を軽く構えて相手の出方を待った。

 

「……幼馴染だって言っていたけど。いつまでも独り占めできるとは、限らないわ」

「え?」

 

 王女が、踏み込んできた。

 速い! 初動からこのスピードは、戦い慣れない学生には出せないはず。相応の訓練を積んでいるんだ。

 だが動きは愚直だ。構えた拳を振りかぶり、真っ直ぐに右腕を刺してくる。狙っているのはこちらの顔面か。威力は怖いが、ガードしてみよう。

 腕をさらにあげ、顔を守る。しかし……

 力がこもっているように見えたその右腕が、静止した。

 

「あぐっ!? か、は……!」

 

 誰かがうめき、あえぐ声。いや、これは自分の声だ。視界には地面だけがある。何が、起きた?

 ……初撃はフェイントだったんだ。そうして無防備になっていた腹部に一撃、重いものを食らったらしい。早くうずくまって、苦痛が過ぎるのを待ちたかった。

 重い痛みと、冷たい汗を感じながら、考えるのは、チユラ王女のこと。

 “独り占め”。“ユシドの隣に”。そして、ユシドといたときの顔。

 彼女は、彼女は……

 

「……すごいわ。これで膝をつかないなんて」

 

 身体を起こし、少女に向き直る。膝をつかないのは、当たり前だ。

 考えるのはやめる。女の子の考えることなんて、明日の天気ぐらいわからない。ただ……

 負けるつもりは、なくなった。

 

「らあっ!!」

 

 相手の首を切り落とすイメージで、脚を振るう。

 それは硬く頑丈な腕によって防がれる。足を引くと、チユラ王女は、好戦的に笑っていた。

 拳が飛んでくる。今度はしっかりと受け止めた。……重い! ビリビリと、筋肉の奥の骨までしびれるようだ。

 蹴る。蹴る。殴られる。殴る。殴られる。そうしているうちにいつの間にか、彼女の拳は白銀の光を湛えていた。やり返すオレの手足もまた、雷の線をまき散らしている。それらは無意識に互いが纏っていた魔力障壁とぶつかり、時折強く輝く。

 ……強い。こんなふうに、筋肉と魔力で殴ってくるお姫様がいるか。いるんだけど。どんな育て方をしたんだ、ここの王様は。

 けれど楽しい。ぶつかり合うたび、綺麗な火花が舞い散って、身体が痺れる。心臓が調子を上げていき、身体が熱くなっていく。

 そして。それは、あの表情をみるに、向こうも似たような気持ちだと、思った。

 

「はっ!!」

 

 右拳直打が飛んでくる。もうガードはしない。自分のいつもの戦闘速度に、ようやく身体が追いついてきたからだ。

 肩のあたりを狙ったその攻撃を見切り、紙一重でかわす。そのまま腕を絡めとり、身をひるがえす。彼女の重さを肩に感じた刹那、腕を折らないよう留意しつつ、思い切り、上に投げた。

 うまくいった。空中に浮かされてしまえば、ほとんどのやつはどうしようもなくなる。あとはどうにでも討ち取ってしまえる。

 身体を深く沈ませ、拳を腰だめに構える。雷光が弾け、独特の音が訓練場を少し騒がせる。

 見上げた視線の先には、宙に投げ出された王女。……だが彼女は、そのままそこで身体を回転させ、姿勢を整えた。さすがだ。

 それだけじゃない。相手はそのまま、高さをアドバンテージに変えて、反撃をしようとしている。力を溜めるかのように身体を縮めたチユラ王女の脚に、眩いほどの光が凝縮している……!

 体現するのは、力強さと美しさ。今の彼女は一本の槍であり、流星だった。

 

「ロイヤル……キイィイーーーック!!!」

 

 なんだその技の名前。カッコ悪っ。オレの方がセンスがある。

 

「雷神グ……アッパーーーッ!!!」

 

 屈めた足をばねのように伸ばし、跳躍しながら、魔力を乗せた拳を突き上げる。

 黄金の稲妻が、白銀の流星とぶつかり――、

 

 

 

 

 昼休みになった。

 荷物の中から昼食を持ち、あの屋上へと向かう。人目があるときはゆっくり、人目が無くなれば、跳ねるように階段をのぼっていく。

 テラスへ出る扉を、力強く開けた。

 

「むっ」

 

 そこには既に、二人の姿があった。チユラ王女とは同じクラスのはずなのに、昼の時間になるとオレの目を盗んで必ず先にここへ来ている。一体どうやって……。

 そして、距離が、近い。

 どこから持ってきたのか、石畳の地面に優雅な絨毯のようなものを敷いて、二人は隣り合って座っている。

 ……まあ、いいんじゃないですかね。お姫様がこんな田舎出身の旅の優男の隣に座りたいというのなら、座ればいい。たぶん若い乙女にありがちな、恋をすること自体に酔うような、一種のお遊びだろう。多感な時期の少年少女が集うこの学園では、婚約を交わした男女のように仲睦まじいやつらもいるようだし、王女様もやってみたくなったとかそういう感じだと思う。数えるほどしか会っていない異性に入れ込むなんてこと、そうそうないはずだ。

 だから、別に、彼女がユシドにどう接しようと、オレには関係ない。

 

「ミーファも座ったら? これね、僕が買ってきたカーペット」

「……ん」

 

 オレは逡巡したのち、ユシドの左隣に腰を下ろした。姫様がいるのとは反対側だ。

 

「ん? あれ、お二人とも、なんか位置が」

 

 ユシドが違和感を覚えた通り、オレ達の位置取りはどうにもおかしい。

 三人横並びで同じ方向に顔を向けているわけで、これから観劇でもするのかという具合だ。

 ……あのとき、彼女との勝負は引き分けだった。互いの大技は膝をつくほどのダメージを与え、死闘に発展しそうだったところを先生に止められ、決着がつかず終わってしまったのだ。

 だからまあ。その、別に、ユシドの隣に座るとか、良い大人としては非常にどうでもいいんだが。

 引き分けは引き分けだし、彼女の意に沿うなら、こうするのが自然だろう。

 

「あ、あの。食事は向かい合って団らんを楽しむものでは?」

「………」

「………」

「なに……これは……?」

 

 そんなのオレにもわからん。わからんが……

 あまり、向こうの方ばかりは、見るな。

 

 

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