落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~   作:もぬ

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54. 少女たちの隠し事

 力の入らない身体を、信頼できる背中に預ける。

 ユシドが歩き始める。なかなかに苦しゅうない安定した運び心地に安心し、普段の印象よりも広い肩に腕を回し、上半身という荷物を押し付けた。

 

「……っ」

 

 そこで気が付いてしまった。……いつもより、互いの汗のにおいが強い。とても長い戦いを終えた直後だからだ。これでは、自分の匂いが気取られてしまう。

 離れようとしたけど、身体が持ち上がらない。それどころか、何故か鼓動のスピードが増していく。以前に背負ってもらったときには、こんなふうにはならなかったのに――。

 心臓はなおも鳴りやまず、密着している相手にそれが伝わってしまうのかもしれないと思うと、もっと落ち着かなくなる。

 これだけは気付かれたくない、と思い、オレはユシドの耳元で、ごまかすように、うわずった高い声を出した。

 

「や、やっぱり、イシガントに運んでもらおうかな」

「ん?」

 

 すぐ近くを歩く、長身の女性に助けを求める。よく考えれば彼女の方が断然、元気で力持ちだ。シマドだったときのプライドのようなものが邪魔したのか、彼女に頼る発想が先に出なかった。今は、ほら、見た目だけは細っこい女なのだから。イシガントに背負ってもらうのは、効率的だし、糾弾されるようなことでもないはず。

 視線で合図をする。彼女は、長年の仲間であるオレのサインを正確に理解し、にっこりと笑った。

 

「いやあ、お姉さん剣より重たいもの持てないからさ。ミーファちゃんって意外と下半身とか逞しいし、ちょっと無理だなー。ごめんね」

「……いて! 痛い痛い!」

 

 怒りのあまり、ユシドの身体にぱりぱりと電気を流してしまった。

 この女……! 思えばオレがシマドだったときも、ああいう表情でちょっかいをかけてきた。いずれ復讐してやる……。そんなことを考えていたのを、今になって思い出した。今世のうちに果たしてやるぞ。

 あと、別に重くないわ。

 ……重いのか?

 

「そら、念願の転移機じゃ。はよ帰ろ帰ろ、城で凱旋パーティーとしゃれこもう」

 

 魔王ちゃんが転移装置を起動させる。

 眩しい光に目を閉じると、余計に。ユシドの体温やにおい、呼吸の音が、自分のものと混じりあって。

 それは熱になり、自分の頭を茹でて、煮込んでいく。

 

 何故か今、さっきの、口元を重ね合わせた場面を思い出した。あれは仕方のない、緊急事態でのことだったはずなのに。

 「何故か」、じゃないか。もうわかっている。

 ああ。あってはならない。

 

 ……これはさすがに、子孫へ、弟子へ向けて良いものでは、ない……。

 

 零してしまわないように、口をきゅっと閉める。けれど身体はこいつに、まるで甘えるように、全部預けてしまっているわけで、これは矛盾だ。

 だから、

 ()()()()()()()うちに。

 オレは、ついに、おかしくなったのかもしれないと……そう、思った。

 

 

 

 

 狂乱化した魔物たちと、人間の戦士たちとの戦いは、最終局面を迎えていた。

 ヒトを憎む以外の心を失ってしまった、哀れな獣たちに、多種多様な形状をした武器や、魔法の光が突き刺さっていく。

 精霊の存在を重んじる魔人族たちは、星へ還る彼らが、また生まれ巡り現れることを祈り、刃を振るう。

 人族の勇者たちは、ただ自らの世界を守り通すため、死力を尽くす。

 

「ああああーーーっっ!!」

 

 シークは、重量のある戦斧を片手で前方に投げつけた。回転しつつ獣たちをなぎ倒していくそれを追うように、さらに二色の攻性魔力を吐き出す。魔物たちは肉体ごと浄化され、その魂は大地の奥深くへと沈み、生まれた場所へと戻っていく。

 少女の通る道は、あらゆる敵の屍によって形作られる。味方は大勢いても、同等の力を持つ者以外、少女の周囲に立つことはできない。

 

「よし! 奥の手を使う!!」

 

 赤髪の男、ティーダが戦場で吠える。

 唯一の武器であった槍を傍らに突き刺し、彼は……右腕の、内蔵機関を駆動させた。

 

「ええと? たしか説明書によると……親指の付け根を三度回して、手首に現れたスイッチを押し……これかな?」

 

 ティーダは鋼鉄の右腕をまっすぐに突き出し、魔物の群れに向ける。開かれた手のひらの中央には、琥珀色のレンズが、充填された魔力の運動により、煌々と輝き出していた。

 ――そして、熱光線。

 細い光が瞬き走り、獣たちを貫き、焼き払う。

 ティーダの右腕に仕込まれた機構は、これまでの地属性の魔法術とは異なる、鋭利かつ爆発的な破壊力を有していた。それは、全身を機械化していたあの大怪虫、地魔イガシキの操る、未知の武装に似ていた。

 

「あ!!! ()っっっっつ!!! ふざけんなよあいつ!!」

 

 赤熱する鋼が接続部の肉を痛めつけ、ティーダはあわてて義腕を外し、地面に叩きつけた。

 男の脳裏に、これを開発した友人の、能天気な表情と声が浮かんだ。青い空から、黒髪黒目の目つきの悪い人相が、ティーダを見下ろしていた。

 

(~わたしが作りました~)

「ムラマサ……覚えてやがれよ……」

 

 

「『斉射』」

 

 光の雨が降りそそぐ。それは味方側を丁寧に避け、敵方の魔獣たちを撃ち貫いていく。

 魔法術の使用者、パリシャ王女は口元を隠し、用意させたお立ち台から戦場を見渡してほくそ笑んだ。

 その間にも、運良く戦士たちの防御網を抜けたわずかな数の魔物たちが、王女の傍らに控える従者の男によって斬り伏せられている。

 

「終着が見えてきたな。このまま人的被害ゼロに持ち込めば、こちらの国民にも顔が効くようになるだろう。ふふ」

 

 パリシャは従者からの冷ややかな視線を無視し、拡声器を再び手に、影の国の戦士たちへと呼びかける。

 

「「勇敢なる戦士たちよ! 我らの勝利は目前である!! いずれ戻るあなたたちの王に、誇るべき戦果を示せッ!!!」」

 

 怒号のような歓声で、彼らは応えた。

 守護者としての誇りを刃に、災禍へと立ち向かっていく――。

 

 

 

 

「えっ? あれ……? なんか我が軍が、よその偉そうなおなごに統率されてるんだけど?」

 

 魔王城近隣の小高い崖から、戦場を見下ろし、魔王ちゃんが茫然と呟いた。

 どれどれ、と思って、ユシドの肩越しに、指揮官らしき人影に目を凝らす。しかし疲労で視力も低下しているのか、はっきりとした容姿までは捉えられない。軍隊のリーダーらしからぬ、ひらひらした服装をしているのはわかった。

 状況は詳らかにはわからないが……、おそらくオレ達が闇魔の亡霊と戦っている間に、凶暴化した魔物たちが、領内唯一の人里である魔王城に集まってしまっていたようだ。リーダー不在の状況は、彼らにとって大きな窮地なのではないだろうか。オレ達も参戦しなければ。

 

「あれは! ミーファ、シークとティーダさんも戦っているよ!」

「ん。おお……本当だ……!」

 

 あの赤髪と、周囲の魔物を単騎で屠っていく黒い影は、遠方からでもわかる。大事な仲間たちだ。ふたりとも武器や腕を失っているはずだが、こんな修羅場で戦えるのだろうか。なんとしても助力しないと。

 だが今のオレの力では心もとない。誰か、強力な助っ人を送り込みたいな。

 

「……ほら、魔王ちゃん。たぶんみんな、王様のことを待ってるんじゃないかな。さっさと参戦しないと、部下たちみんなあの女の子にとられちゃうぞ」

「うおおおお!! 今行くぞ我が精鋭たち!!」

 

 白銀の光を身に纏い、魔王ちゃんことマブイは、戦争の只中に飛び込んでいった。あいつが本気を出せば、敵がいかなる軍勢であっても、すぐに片付けてくれるだろう……。

 

「ユシド……、ここまでありがとう、もう下ろしてくれ。戦わなきゃ、だろ?」

 

 少年にそう頼むと、やがて互いの身体が離れていく。それを少しだけ名残惜しく思いながら、足を地面につけた。

 

「……あ、つっ……」

 

 ふらりとよろめく。すぐに、ユシドが支えてくれた。

 情けなさを抑えて、小さく礼を言う。

 ……オレは、なるべく表情をいつものままにしながら、彼に声をかけた。

 

「悪い、まだ体力が戻ってないみたいだ。この辺りで見学してるから、キミは行ってきなさい」

「ううん、ここで魔物に襲われないとも限らない。僕は残るよ」

「だーめ。風の勇者だろ、お前は。ここで戦果を挙げて、ちゃんとこの街の連中に認められてこい。“シマドの子孫”じゃない、キミ自身の名を、その力を」

 

 少年の目を見て語りかける。これは適当な言葉じゃない。本当に、ユシドにとって必要なことだから言っている。

 シマドを知る彼らの前だからこそ。ユシドには、それを成し遂げてほしい。

 

「……わかった……!」

 

 ユシドは素早く、オレの周囲に簡易的な結界陣を描く。優しい風の守りが、オレを囲った。

 やがて、ユシドは高台の縁に立って、両足に飛翔の魔力を纏う。……そして。こちらを一瞥して、朗らかに笑って見せた。

 良い顔だ。オレも、ちゃんと、笑って。彼が戦場へ行くのを、見送った。

 

「………」

 

 地面に膝をつく。背後の岩に背を預けて、座る。

 視線を持ち上げられず、視界いっぱいの荒れた砂地を眺めながら、声を絞り出した。

 

「君は行かないのか? 軍団長」

 

 わざと役割を強調して、すぐそばにいるだろうイシガントに声をかける。

 彼女は、あまり愉快そうではない声色だけど、返答をくれた。

 

「……そうね。行かなきゃ。でも、置いていって平気?」

「もちろん。オレが寂しんぼうの子どもにでも見えるのか?」

「見えますけどねぇ」

 

 彼女の足先が目の前までやってきて、あたたかい手が肩に触れる。オレは、その手に自分の手を重ねた。青い肌は、見た目には冷たそうだけれど、そんなことはない。

 しばし無言で触れ合う。イシガントが仲間想いなのは、ずっと昔から知っている。変わらないその気持ちが、嬉しかった。

 やがて、手が離れていく。彼女が翼を広げて、羽ばたかせる音がした。

 ……皆は戦場へと向かった。ここにはもう、誰の目もない。

 

「………あ、ぐ……っ! ぐ……」

 

 みっともなく地面にうずくまる。

 背中が、熱い。自分の背中の上を、焼けた鉄の蛇がうぞうぞと這いまわっているようだ。

 それはやがて体の内側に潜り込んできて、胸の内から何かを食い千切っていく。身体の先端からは温度を奪って、その蛇だけが、際限なく熱くなっていく。

 痛い。苦しい。

 もうだ。まただ。また、そのときがやってくる。

 ……悲しい。

 だが……それ以上に、腹が立つ。

 痛みに屈しそうな身体、折れかける精神を、無理やり怒りで縫い留める。

 蛇がただの痣に戻るまで、この痛みが治まるまで、自分の喉が出そうとする、弱者のような声を殺し続けた。

 

 

 

 

 戦いののち。影の国では、国民総出での戦勝を祝う祭が催された。

 彼らと共に戦った勇者たち。危機に駆け付け、自らも剣を掲げた隣国の王女。長きを生きる魔人族たちの記憶に、新たな友人らのことが刻まれた日であった。

 人々は三日三晩騒ぎ続け、一時の平和を大いに喜び、隣人を褒めたたえた。

 そうして、本来あるべき日常に戻っていった……。

 

 魔人族たちの住む里の中央にそびえたつ、頑健な王宮。通称は魔王城。

 その客間にて、この国では珍しい白い肌を持つ人間が、王である少女と向かい合っている。

 客人は、ヤエヤ王国第二王女。ふたりはこの場で、国家間の盟約や交易状況の確認などを話題にしつつ、個人的な交流関係を深めていた。

 魔人族にとっては、能力に劣る人族は単なる庇護対称であるが、互いが友好国であることに越したことはない。

 そしてパリシャにとっては、この異世界における最先端の文明を持つ、魔人族との交流を深めることは、非常に重要なタスクのひとつであった。

 

「次のヤエヤの王はそなたか、パリシャ王女。父親と比べて、何かと才に恵まれているようだな」

「いえ……。立場的に、兄には敵いそうにありません。ただ、兄の次には、私の息子が王位を継ぐでしょう」

「えっ? もう子どもいるの?」

「いませんが、ひとまずその予定です。ちなみに、これが夫」

「ほう」

「えっ!?」

 

 突然視線を注がれ、王女の斜め後ろに立っていた騎士、サータは狼狽した。

 夫!? いや、そんなの承諾してませんけど。息子を王に!? ……いや子ども!? 婿入り!? 子作り!? え!?

 冷や汗を滝のように流す青年を眺め、マブイはふたりの間柄を想像し、苦笑した。

 

 友好会議、あるいは交流会を終え、客人であるパリシャは席を立ち、恭しく礼の姿勢を見せる。

 客間の扉から出ようとすると、魔王が、パリシャを呼び止めた。

 

「おっと。もう少し個人的な話題を、ひとつ思いついた。ガールズトークじゃ。男子はちいと外で待っておれ」

 

 パリシャは、従者であるサータに視線を送った。逡巡の末、彼女は従者に頷いて見せる。

 客間に控えていた、魔人族の給仕たち共々、ヤエヤ王女の護衛たちはその場を出て行った。

 ガールズトークなどというものではないことくらい、誰もが察していた。パリシャはある種の覚悟を決め、魔王の前に再度座り、向かい合う。

 パリシャには、自分をじっと見つめているあの空色の瞳が、底知れないものに見えた。

 

「……なに、そう警戒するな。むしろ緊張しているのはこっちだというのに」

 

 少女は、もう冷めてしまった紅茶で、唇と喉を濡らした。

 

「ひとつだけ聞いておこう。興味があってな」

 

 カップを静かに机上に置き、また視線を交錯させる。

 しかし、少女の透き通る瞳は。

 今度は、パリシャの、胸の内側を視ているようだった。

 

「おまえ……。()()から、()()へ来た?」

 

 

 

 

 魔王城の食堂で、息のつまる会食を終え、そそくさと部屋に戻っていく。

 息がつまる、というのも、なんとヤエヤの王女様が、客人としてこの城に宿泊しているのだ。そうなると、食事は魔王ちゃんの主催する会食という形で、一緒の空間になったりする。なんでだよ! 貴人とはちゃんと分けろ。

 あと、昨日は浴場で鉢合わせになったりした。女性の風呂場に混ざることにはとうに慣れたとはいえ、さすがに王女様と一緒となると、不敬罪が怖い。というか、ちゃんと護衛には、外で入り口を守らせておいてほしい。全員浴場の中にいるのはダメだろ。

 このときはもう、浴場に何人もいる彼女の付き人の視線を肌に感じながら、鳥の水浴びのごとくさっと湯浴みを済ませる羽目になったのであった。一日の癒しなのに……。

 同じヤエヤの王女でも、チユラとはあまりに雰囲気が違う。顔はそっくりだが、パリシャ王女のほうは、どこか異なる世界の人間であるような感覚が強い。チユラが庶民派すぎるといえば、そうなのかもしれないが……。

 彼女がそういう雰囲気を纏っていることもあって、会食の間、オレは田舎領主家の娘として、令嬢ランクの低さを弁えながら、黙ってもそもそと食うしかないのだった。

 

 そして、そんな場から解放され。少し開放的な気分で、さっさと早足で部屋に戻っていく……。

 その、道すがらだった。

 耳が、自分に呼びかける声を拾う。

 

「もし。雷の勇者さま」

 

 少し動揺しながら、後ろを振り向く。

 オレを呼んだのはやはり、件の人物……パリシャ王女、そのひとだった。

 彼女は護衛もつけず、無防備な様子でこちらへ近づいてくる。チユラと似た、美しい金の髪とブルーの瞳が、窓から差し込む月明かりで艶やかに飾られていた。

 

「な、何かご用向きでしょうか」

「あなたにはまだ、お礼を言えていませんでした」

 

 王女は優しく微笑み……深く、頭を下げた。

 恐れ多くて、背筋と心臓が委縮する。もしチユラが同じことをしたとしても、こうはならないんだが……!

 頭を上げた彼女は、こちらを見つめ、静かに言葉を紡ぐ。

 

「少女の姿をした魔物から、我々を救出してくれたこと。心から礼を言います。……ありがとう。あなた方のおかげで、私はまた親しい人たちと、言葉を交わすことができる。これ以上の幸せなど、ありはしない」

 

 ………。

 この言葉だけは、やや底が知れない彼女の、本当の心なのだと、今は思った。

 ……そしてそれは、オレにとって、ほんの少しの救いだ。

 自分が王都でしたことに、あの日々の果てに、ちゃんと意味があったのだと思えるから。

 

「この恩は忘れない。あなたたちの旅で、何か助けが必要になれば、きっと力になります。妹もまたそう言うでしょう。というか、今回はこちらに来られなくて、とても悔しがっていました」

「はは……。ん、いえ。ありがたいお言葉です」

「ふふ。……では、今夜はこの辺で」

 

 パリシャ王女は暖かい微笑みを残し、踵を返そうとした。

 だが、その途中で立ち止まる。半身だけ振り返り、こちらを見つめながら、再度語りかけてきた。

 

「ああ、そうだ。ミーファさん、でしたね」

「はい」

「……あなたは、ニホン、という国は知っていますか?」

 

 何気ないことを確認する声色で、王女は言う。

 しかしその目つきは、それが軽い質問ではなく、彼女にとって大事なものであることを感じさせた。

 

「……? 初めて聞く名です。いや、歴史書で見たことはあった……? 申し訳ありません、やはり存じ上げない」

 

 少なくとも、この大陸の地図では見たことのない名前だ。記憶にも浮上しない。人一倍旅なれた身の上ではあれど、不勉強なオレ程度の知識ではお姫様の役に立つことはできず、なんとも残念だった。

 

「そうですか」

 

 オレの返答に、安堵したようにも、落胆したようにも見える態度を見せ。王女はしばし、静かに佇んだ。

 

「では、おやすみなさい」

 

 王女と別れ、部屋に戻る。

 あの少女の纏う不思議な雰囲気は、やはりしばらく、脳裏に残った。

 

 

 

 灯りを消して、くらいくらい部屋の中。

 ベッドに寝そべり、天井を眺めながら、そこにいるはずのものに向かって声をかける。

 それは彼に、個人的に聞きたかったのを、今まで我慢していたことだ。

 

「イガシキ。……闇魔とは、友達だったのか?」

 

 オレの言葉は、夜の闇に吸い込まれていく。しばらく、誰も返事をしてはくれなかった。

 それなら眠ってしまおうか。そう考えた矢先に、あの、鉄の震えるような声が、どこかから返ってきた。

 

『さあな。まあ、いがみ合っていないのは、やつだけだったか』

 

 きっと今夜は、何かを話してくれる気分なのだろう。そう思って、さらにこちらから言葉を足していく。

 

「マリ……光魔のことは、あまり好きじゃないみたいだけど。魔物にも人間関係ってあるの? あ、人間じゃないのか……」

『………』

 

 ずっと気になっていたこと……彼ら七魔の間にあるらしい繋がりについて、聞いてみる。

 イガシキは、しばらく黙ったあと、仕方ないとでもいうように、わざとため息をつくような音声を出した。呼吸なんかしてないだろうに、相変わらず、いちいち小癪なやつだ。

 しかし今日はやはり、彼も何か、語りたい気分だったのかもしれない。

 イガシキの不思議な声による語りに、オレは、寝物語を聞く幼子のように、静かに耳を傾けた。

 

『そうさな。お前達の言う魔物……精霊は、あるときから二つの派閥に分かれてしまった』

 

 派閥。耳慣れないワードであるうえ、魔物……いや精霊の口からそれが出てくるのは、どうしようもない違和感があった。

 確かな知性を持つ彼らは……まるで、人間のようだ。

 それで、その派閥とは?

 

『ひとつは、人間を滅ぼすことこそが使命であるとするものたち。以前殺し合った火の若造はこれの典型だろう。加えて、海霊ミト=ケタ……おまえたちの呼び方だと、“水魔”もだ。……そして。星霊マ・コハも、ついには、その思想に傾いていたようだったな』

 

 これまで倒してきた七魔たちの姿が思い浮かぶ。

 火魔テリオモウイ。やつはシークの家族を襲い、ヒトの魔導の力を食らって非道を働いていた。最終的な目的は、人間を滅ぼすことだったのか。

 光魔マ・コハ。……彼女は……本当に、ただ、人間を滅ぼしたかったのだろうか。

 水魔。たぶんまだ会ったことない。

 

『もうひとつは、夜霊ヨニナグを中心に、人間とは関わらず、静かに星に寄り添う者たち。オレやテルマハは、こっちだ』

 

 ……星に寄り添うぅ? ほんとか?

 地魔イガシキ。おまえ山食ってたじゃん。人間的にはかなり困りものなんだけど。

 風魔テルマハ。あいつも保守派だったのか。オレとはあんなにバチバチに殺し合ったはずだが。

 思い返せば。両者とも、こっちが先にケンカをふっかけたと考えることもできる。あげく、倒して剣にしちゃってるし……

 なんか……かなり、悪いことをした気がしてきた。もう少し優しくした方がいいかな……。

 闇魔ヨニナグ。この精霊は……イガシキから語られる断片的な情報によると、どうも、人間とはいい関係を築きたかったんじゃないかと思える。もしも、亡霊ではない本当の彼と、言葉を交わすことができていたなら……。

 

『数多いる他の精霊たちも、必ずどちらかのスタンスだといえるだろう。……魔物と呼ばれるものたちは、ひどく歪んでしまっている。彼らは人間憎しをこじらせすぎて、逆に人間に近づいている。姿かたちすらな。精霊としての本来の役割を忘れている……哀れなやつらだよ』

 

 ……たしかに。

 人間のような姿をした魔物は、多い。獣の身体を持ちながら二足で歩く獣人や、人間の身体に憑依し操るもの。姿を人間に擬態させるもの。

 彼らが元は皆、星の自然が生み出した魂だというのなら……それは、摂理から外れたことなのかもしれない。

 魔物たちはなぜ、人間を憎むのだろう。彼らと人間の間に、何があったのだろう。

 

 イガシキの話は、今まで考えないようにしていたかもしれない、新しい視点だった。

 ある意味では、大事な……良い話が、聞けたのかな、と思う。

 

「ああ。そうだ。もうひとつ聞きたい」

『……なんだ?』

 

 今のイガシキとの会話の中に、登場していないやつが、まだ、いる。

 

「雷魔は? 雷の強い魔物。どっちの派閥?」

『それを知ってどうする。貴様に関係のあることか』

「――“雷魔ロク”。知っているんだろう」

 

 自分でも、思っていたより、冷たい声が出た。

 イガシキは、しばらく黙りこくって。やがて、また返答をくれた。

 

『やつは、大の人間嫌いだ。機会を得れば、率先して人間を殺戮しにかかるだろう』

「ははは。やっぱりな」

『マ・コハよりも、テルマハよりも性格が悪い。陰湿だ』

「ああ、そうだろうよ」

 

 目を閉じ、脳裏にその姿を思い浮かべる。

 紫色の閃光が、オレの記憶の奥底に、ちりちりと焦げ付いている。

 背中が、ずぐんと、疼く。

 ……目を開ける。気が付くと、少し、汗をかいていた。

 

「なあ、イガシキ」

 

 それからしばらく会話をしていると、ここにきて、眠気がようやくやってきた。夜ももう遅い。

 頭も、まぶたも重くなってきた。

 だから、今まで考えもしなかったことを、いや、口にしづらかったことを、彼に吐き出してしまった。

 

「元はみんな、精霊なんだよな」

 

 カード遊びの店の親父は、精霊と協力して店を繁盛させたのだと言っていた。他にも、魔人族たちは、古くからこの星に棲む精霊たちを、敬い尊ぶべき存在だとして、手を取りあえる存在だとして、共存を図っている。

 それは魔人族たちだけに、任せっぱなしにしていいことでは、ないはずだ。

 本当は、人と、精霊は……、

 

「だったらさ……、本当はもっと、うまく、仲良くやれたのかな。目が合えば殺し合う、なんてことをせず。たとえば、一緒に、旅をしたり……」

 

 互いに手を繋いで、共に歩いていく未来は、本当に、ありえないことだったのだろうか。

 他でもない、ここまでの旅路を共にしてきた地魔の魂に、そんな言葉をかける。

 ……しかし。彼はその事実を否定するように、冷たい、鋼の声を返した。

 

『到底、無理な話だ』

 

 突き放すような言葉だった。

 けれど、まだ続きがあるらしい。

 

『だが……過去は覆せないが、未来は、不確定である。すべては、お前たち次第だろうよ』

 







あとがき
 いつも読んで頂き、ありがとうございます!
 次回から最終章です!
 以下、おまけ


☆本編と関わることは正直もうない設定(でもせっかく考えたので人に言いたい)

・魔人族の目
 魔人族の眼球と視神経は特殊な機能を有しており、これによって旧人類には捉えられない情報を入手することが可能となる。
 具体例として、ヒトに擬態した魔物が近づいてきたときや、大昔の知人が少女の姿となって目の前に現れた場合には、即座にその正体を看破することができるだろう。
 しかし上記の例は、創造主の意図したケースではなく、副次的な恩恵だ。
 本来の役割は、こちら側に紛れ込み侵略行為を働く可能性のある“来訪者”を視覚で識別するというもの。異界の尖兵への対抗手段である。

・テスト ケース■■.
「異界への境界線をこちら側から生身で越える技術の再現は、未だ成し遂げられていない。あるかどうかもわからない資源のためにこうして働くのは無為にも思えるが、これも仕事だ。
 今回調達した被験体からは、脳内の記憶と人格情報データのみを抜き出し、あちら側への送信を試みた。ちなみに、よその部門ではこの情報構造体を魂とか呼んでいるらしいが、理解できない。
 ……テストの成否を確かめるすべはない。それはそうだ。結果としてこちらに残ったものは、被験体の亡骸のみ。
 そろそろ無駄金使いとして社から切られないか、不安だ。」

・姉妹の名前
 イシガント=ブルーブラッド・タイプエー(オールラウンダー)
 マブイ=ブルーブラッド・タイプエム(マジックユーザー)
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