落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~ 作:もぬ
06. 機械の虫
旅には魔物との戦いがつきもの。今日も今日とて、彼らを電撃で屠っていく。
「ム、素早いな」
上空に敵影。雷を投げてみたもののうまく当たらず、ユシドの飛ぶ斬撃もかわされた。相手の飛行スピードが速いのだ。いつだったか倒した蝶の魔物と違い、鳥の魔物は一筋縄ではいかなさそうだ。
地べたを行く我々が大空の彼らを倒す方法は、何通りかあるが……。
小さく咳払いして声をつくり、ユシドに話しかける。
「あら。飛行していて遠距離攻撃が当たらないときた。どうしようかな、弟子よ」
「こうします」
ユシドが己の身体を深く沈める。そして突風を伴い、爆発的な跳躍をした。
逃げる鳥に向かい、同じように空を駆けて追いすがる。魔法術で伸長した太刀筋が敵を切り裂いた。
「いいねー」
ゆっくりと降りてくるユシドに拍手を送る。その足には、淡い翠色のつむじ風がまとわりついていた。
やはり能力値はすでにある。そこらの魔導師よりずっと成長が早い。
本人はそう思わないだろうが、余計なたがを外せば、最強の風使いになれるはずなのだ。
「さてさて。次はどこを目指す?」
村や町を転々としながら聖地を目指す旅は、着実にそこへ近づいてはいる。
ただ、他の勇者の情報などはさっぱり得られないままだ。ここはやはり少し道を逸れてでも、大きな町に行ってみるべきだと思うのだが。人集まる所にウワサありというし。
提案はするが、決めるのはユシドだ。
「その話だけど……ミーファの剣が欲しいな」
「お。たしかにな。次の町で買おうか」
装備は消耗品だ。旅の中では何度も購入する必要がある。だからひとつを長持ちさせないと、食料費や宿代より支出が増えがちだ。
オレの場合は長持ちも何もない。しかし旅立つ折、父上にきゃぴきゃぴと媚びた成果としてせしめた路銀には、かなり余裕がある。いざというときに備えて剣を持つのは正解だろう。
「しかし良いものを使ったってあまり意味はないし、思い切って安いのをたくさん買った方がいいかな。どう思う?」
「いや……そうじゃない」
「? なにが?」
「君の技に耐えられる武器が欲しいんだ。この剣みたいに」
……なるほど。それはまた、難題だ。
あれに耐え得るもの……死ぬほど頑丈な刀剣、あるいは、雷の属性に適した魔剣……。
「欲しいと思ってすんなり手に入る品ではないな」
「そうなんだよ。伝説の剣士の墓とか探して暴こうかな」
「イヤイヤ。呪われちゃうぞ」
「そう? 僕はこの剣の……先代のシマド様からは、呪われたりしてないけど」
そのシマド様、墓から出てきて今お前の目の前に立ってるけど。
「呪いパンチ」
「いて。……?? 何?」
しかし、目の付け所はいい。
話題に出た、ユシドの腰に下げた剣を眺める。
こいつはオレが超圧縮魔力を閉じ込めようが、天変地異を巻き起こそうが、全く欠けもしなかった。おそらく史上最強の“風の魔剣”だ。我が子孫の旅の、これ以上ない助けとなってくれるだろう。
入手した経緯を思い返す。伝説の武具を求めて前人未踏のダンジョンに潜り、最奥にて発見した……という話はなく。実は腕のいい鍛冶師に打ってもらった物だ。
「ひとつ心当たりがある。地図かしてくれ」
広げてみる。記憶にあった地名を見つけ出してから、ユシドの隣に移動し、指で示した。
「ここ。“グラナ”は商工業で栄えている大きな街でね。腕のいい鍛冶職人が多い……らしい」
「鍛冶……新しい剣をつくる、ってこと?」
「そう。君の持っている剣を鍛えたのも、グラナ出身の職人なのさ」
「へえーっ」
ユシドは相槌をうち、オレの広げている地図を覗き込んだ。
首から、落ち着くにおいがする。
「グラナには僕も一度寄ったことがあるけど、ここからだと……ひと月ほどかかるかな」
「どうだ? 少し進路を折ることになるが」
顔を見上げて問う。オレは、悪くない筋道だと思う。
「行こう。大都市だし、ついでに勇者探しもかねて」
「よしきた」
気の長い話だが、旅とはそういうものだ。
大きな人里だ、魔物退治や護衛の依頼なんかで収入を得てもいい。いいぐらいのタイミングだ。
田舎者だからかな。行ったことのない大都市なんて興味がある。それに剣を打ってくれた彼の故郷だ、一度は訪ねてみたかった。
遠く遠くへ続く街道を、思わず駆けだす。
グラナまで走っていくの? とユシドが笑った。
「な。新しいワザ見る?」
猫に似た魔物の爪を大きくかわし、ミーファが軽口を投げてくる。
頷くと、彼女の利き手が金色に発光する。そこから1本、いかずちが伸びた。
いつもと違うのは、それがまるで刀剣のような形で、手の中に残っていることだ。
「よっ。ほっ。雷神剣ーっ!!」
その雷の刀身を伸ばし、化け猫を切り伏せる。今のは、僕もよく風の魔法剣で似たようなことをやる。
稲妻の刃か。槍のようにして投げているのを見たことがあるが、それの斬撃版といったところだろうか。
「どうかしら。もう剣など要らないのではなくて?」
「いやあ。こんなところまで来て、今更何言うんだい」
あれからひと月あまり。ここまで来れば、グラナまではもう2日とかからない。
「はは、冗談冗談」
そうは言うものの、ミーファはあまり、新しい剣には期待していないのかもしれない。
自分の魔法剣に、生半な剣では受け止められないパワーがあることを、よく自覚しているのだろう。
僕としては、やはりこの旅には、万全な彼女が必要だと考えているのだが。
「ん……」
ふと。
風の声が、語りかけてきた。
戦いの音。何か硬いものがぶつかり合う音だ。そして人の息遣い。相手はおそらく魔物で――、
いや。なんだろう、この違和感は。
「どうした」
「東の方向かな。人が何かに襲われている」
「ふむ。オレよりも先に……」
「行こう!」
街道を逸れ、雑木林へ踏み込む。
木々の間を縫い、最短の距離でそこにたどり着いた。
やや開けた場所に出る。巨大な鈍色の甲虫の魔物たちに、ひとりの男性が囲まれていた。
――燃えるように赤い頭髪が、印象に残る。
ここまで走ってきた呼吸のリズムを崩さず、僕は彼の助けに入った。
「だッ!!」
風を纏わせ、切れ味の増した刃で魔物を叩く。
……とても硬質な音。自分の腕の芯に、いやな感触が返ってくる。
「硬いな」
雑な魔法剣では刃が立たない。魔力を研ぎ澄ませつつ、まずは敵の中に飛び込み、男性をかばう位置に立つ。
彼も長物を武器として構えているようだが……このように囲まれていては厳しかっただろう。間に合って良かった。
「伏せろ!」
「うおっ、なんだぁ?」
頭上から透き通る声。隣の彼に腕をかけ、共にしゃがみ込む。
日中でも激しく光る電撃が、僕らを狙う虫の群れに直撃した。
立ち上がる。いくら硬くても、中身ごと焼かれればどうにもできまい。
「あー、お二人さん。いまどき助太刀なんて、おじさん心から嬉しいんだけどね」
……魔物が、塵に還らない。
頑健なシルエットを保ったまま、堂々と大地に鎮座したそれらは……まだ、うごめいていた。
「雷の魔法術はそいつらには効かないぞ。……あとついでに地属性も」
「なにィ……!?」
輪の中に飛び込んできたミーファが、いらついた声を出した。
……彼女の雷撃が効かない!? 間違いなく人類最高の使い手のそれが通じないとなると、雷術そのものが全く効かないということだ。
「チ、なんで効かな……なぜ、効かないのですか?」
ミーファは急におだやかな笑顔をつくり、男性に話しかけた。こんなピンチでもそれやるの?
「ヒットしても中身には雷撃が通っていない。鋼の表皮と脚を使って、電気を地面に流しているようだな」
「ふうん」
「あの、囲いから出ましょう」
「あ、大丈夫、自分で出られるよ」
力いっぱいの跳躍で、四方を囲まれた状態から脱出する。
男性は僕の手を借りず、「ひえ~」と口から漏らしながら虫の甲羅を踏みつけ、飛び越えていた。
あとは、どうにかして一掃したいのだが……。
ミーファの雷術が通じないとなると、僕がまとめて切り刻むしかないのだけど、あの硬い装甲もまた厄介だ。
先ほどから僕たちは大した攻撃を受けておらず、動きは実に緩慢だ。しかしその分防御性能が発達していると見える。
どうしたものか。
「ユシド、奴らを浮かせろ!」
ミーファが指示を飛ばしてきた。浮かせる……やってみよう。
「“風神剣・昇”!」
虫たちを巻き込むように、竜巻を呼び起こす。
吹き荒れる烈風に、やつらは脚をすくわれ……
ない。
「重くて持ち上がらないんだけど……」
「いいから! やれ! できるから!」
「ミーファも浮いちゃうよ」
「いいから!」
息を深く吐き出し、そして吸う。己の内面に意識を向け、魔力をかき回して竜巻をつくるイメージ。
その回転を速くしていき、くべる魔力を増やしていき、喉元から吐き出す寸前まで高めて……全部、剣につぎこむ。
「おりゃああああ!!!」
再度の一振り。
後ろの男性が驚く声がしたが、暴風に妨げられて途切れた。
これほど大きな竜巻を起こしたのは初めてだ。天高く伸びていくうねりは、奴らを倒すのに足る威力だろうか? わからないが、これが自分の中から出てきたのが微妙に信じられなくて、不思議だった。
出来に少し感動していると、ミーファが、嵐の中に飛び込んでいく。
……えっ!?
「雷神……グ、アッパーーッ!!」
風の壁に阻まれ姿は見えないが、騒音に混じって、中で少女が暴れる声がする。
稲光がなんども瞬いていた。なぜか緊張で汗が頬を伝う。一体、この中でどんな技を……。
やがて、騒がしい時間が終わる。
竜巻はつむじ風に。つむじ風はそよ風に。それがすべて止んだ頃、ミーファと、虫たちが、空から落ちてきた。
「うわ!?」
「死ぬ!!」
ドスドスと、重量級の甲虫たちが地面に突き刺さる。今に一番命の危険を感じたのは、共にいるこの人も同じだったらしく、目が合ったときの顔は血の気が引いていた。
最後に、ミーファがふわりと着地する。さらされた白くまぶしい脚を隠すように、スカートがゆっくりと落ち、見る者に可憐な印象を与えた。
やっていることは野蛮である。
「ユシド、おつかれ。よくやったな」
ミーファはつま先立ちになって、僕の頭に手を乗せてきた。たしかに頑張ったが、倒したのは君ではないのか。
「地面に脚がついてなきゃ、電撃が通るみたいなんだよ。連携の勝利だ」
「ほほーん。なるほど、道理だ」
背後から現れた男性が、嬉しそうな声をあげながら虫たちに近づく。
……待て、危険だ。
魔物が消滅しない。死んだのなら、彼らの身体は細かい粒となって霧散するはずだ。つまりとどめをさせていない。
「ああ、兄ちゃん、平気だ。そいつらはもう死んでる」
「……魔物は、命を絶てば消え失せるはずでは?」
「ふつうならな。気になるなら調べてみなよ」
一匹の死骸に刃を入れてみる。
先ほどは弾かれたことを考え、鋭く、鋭く魔力を纏わせ、丁寧に切り裂いた。
ごろりと転がった虫の断面を見る。
「……なんだ、これ?」
生物の血肉にはとても見えない。
顔を近づけ、目を凝らす。となりからミーファも覗き込んできた。
おかしな臭いだ。火を起こすのに使う油に似ている? いや。商隊で扱っていた魔法触媒……? わからない。
筋肉か臓器か、何もかもが鋼鉄でできている。血管のようなものもやたら太く強靭だ。
魔物には、生物の常識とはかけ離れた生態をしているものが多く存在するが、これは聞くのも見るのも初めてだ。
覗き込み過ぎて、ミーファと頭をぶつけた。
「お二人さん、機械を見るのは初めてかい」
「キカイ?」
「これがあの……!?」
ミーファは首を傾ける仕草をしながらこちらを見る。
商隊にいたころ、聞いた話だ。
機械という単語は、歴史を記した古文書の中で散見される言葉である。
鉄鋼で生成され、複雑なからくりを小さな体に押し込めた魔導具の一種。それはわずかな魔力を糧に、より豊かな結果をもたらすのだという。
まれに古代文明の遺跡で発掘されるが、引き起こす効果は個体ごとに単一でしかない。しかし書物の中にしか見られないものの中には、神器めいた恩恵を人間に与えた存在が確認されている。冒険者ならば誰しも一度は、夢のようなそれを求めて発掘に挑むのだそうだ。
……僕もいまいちよく知らない。一言で言おう。おとぎ話に出てくるマジックアイテムだ。
「いやはや、最高だよ君たち。これだけの数を、しかも原型とどめたまま機能停止に追い込んでくれるとは、な……っと!」
赤髪の男性が、重い虫たちを持ち上げ、運んでいる。いつの間にか彼は大きな荷車を準備していた。車にどかどかと乗せていく。
今になって気付くが、この人。長身に加えて筋肉をつけており、大人の男性らしい体格だ。粗野な雰囲気で無精ひげを生やし、おじさんと自称しているが、30代半ばの僕の叔父よりは若く見える。
「年下だな……」
同じように彼を目で追いながら、ミーファが何かつぶやいていた。
「こんだけ狩ればしばらく豪遊できるぜ。おじさん、君らのこと気にいっちゃったよ。分け前は7割で良い?」
「あ、いえ。見返りを求めて助けたわけでは……」
「ええ、ええ!! 見ず知らずの方にお助け賃を吹っ掛けるなど! わたくしたちは正義の戦士。人々の危機に駆け付けるのは当たり前のことですわ。5割でいいです」
「………」
「ほんとか! 謙虚だなあ」
ミーファをじとりと見る。
「ああ、勝手に話進めてすまん。この辺歩いてるってことは、グラナに寄るんだろう? それとも出るところ?」
「これから行くところです」
「ようし! 一緒に行くか。地元だから頼りにしてくれ。何日いる予定? 宿もいいとこ紹介するよ」
「本当ですか! ありがたい」
街につく前に、良い出会いを得られた。結構な大都市だ、ガイドをしてくれる人がいると大いに助かる。
気の良い人だ。好ましい。
「おい。……おい! お人よし。簡単に人を信用するな。彼、胡散臭い顔をしている」
ミーファが小声で忠告してくる。
うーん。悪い人には見えないけど。
そう伝えると、彼女は腕を組みながら、唸っていた。
「あ、手伝います」
「おいおい、そこまでしてもらっちゃお前……助かっちゃうだろ!」
彼と共に、機械の虫を積み終わった。軽々しく持ち上げているように見えたがとんでもない。剣士として鍛えていなければ、とても無理だった。
額の汗を拭く。大きな荷車の取っ手を握り、前に進むべく引っ張る。
「お……重ッ!」
びくともしない! 押しても引いても!
いやこれ、持って行けるのだろうか。彼の豪遊というのも夢の話に終わりそうだ。
振り返って荷物を見上げる。虫の山の上にミーファが腰掛け、難しい顔で考え込んでいた。
「この魔物……何かひっかかる……」
「ってミーファ!! 重いよ!!」
「は? 重い?」
「あ、いえ……」
うわのそらの行動を注意したはずなのに。急に正気に戻られ、すごい冷たい眼で見降ろされた。何か気に障ることをしただろうか……。
「ハハハ、いいよ座っていて。ちょっと待ってな、ふたりとも」
おおらかに笑ったあと、彼が車の下に潜り込んだ。
何をしているのかわからないが、金属がぶつかり、こすれる音が時折聴こえる。
しばらくして。彼は煤けた顔から白い歯を見せ、いたずらっぽく目を細めた。
「これが機械の力だよ。ゴー!」
「わっ」
僕は引いていないのに、荷車が進み始めた。
……車輪が、ひとりでに動いている。
「魔力で動くんだ。あとは方向を操ってあげれば、楽に街まで運べるってわけさ」
……すごい。
これが人々に行きわたれば、生活の豊かさはさらに発展するぞ。
自分が世界の変わり目にいるような気がして、僕はなんだか、ドキドキしていた。
「俺はティーダっていうんだ。君たちは?」
赤い髪の精悍な人――ティーダさんが、朗らかに笑う。
「ユシド・ウーフです」
「ミーファ・イユ」
「良い名前だ。しばらくよろしくな」
握手を求められ、僕は彼の右手を握る。大きなそれに握り返され、手の甲が痺れた。
街道をゆったりと進んでいく。
行く先には、鉄鋼のにおいかおる大都市。
硬い壁とくろがねの門に守られた鋼の街――商工業都市グラナの、どこかからのぼる白煙が、旅人の訪れを歓迎していた。