だけれども1度気づいてしまったのならもう戻れないものなのだ。
たとえ一時の気の迷い、世界が見逃したバグなのだとしても、いや、だからこそ行動に移さねばならないだろう。
「……ジョゼット、私のわがまま聞いてくれますか?」
新大陸の攻略が着々と進む中、俺は旧大陸に戻ってきていた。
「えっと?待ち合わせはここでいいんだよな」
ジョゼットのやついきなり呼び出してきてどういうつもりだ?いや、この場合呼び出してきたのは聖女ちゃんなんだが……
「あ、ごめんごめん!待たせちゃった?」
激しい音を立て、いつもの馬車と共にジョゼットが現れる。
「いや、別にそこまで待ってはないんだが要件ってなんだ?」
「うーん、それが私達もわかんないんだよね、聖女ちゃんが急に君を呼び出して欲しいって言うんで。しかも男の姿のままで連れて来いって言うんだよ!?せっかくまたあの姿が見れ……んん゛!まぁとりあえず乗ってよ」
やっぱり前々から思ってたけど
意図の分からない聖女ちゃんの呼び出しに戦々恐々としつつも馬車に揺られること10数分、俺たちはフィフティシアにある聖女ちゃんの屋敷に到着した。
「うん、じゃあ前と同じで馬車を降りたらロールプレイにはいるからよろしくね?」
「オーケーオーケー、完璧なロールプレイを決めてやろう」
前回の時に既に
「ふふ、期待してるよ……ではサンラク殿、聖女様がお待ちだ。こちらへ来てもらおう」
「では失礼しまして」
さあて鬼が出るか蛇が出るか、1つ言えるのは今の俺はユナイトラウンズ仕様のサンラク、ちょっとやそっとのことでは驚かすことすら出来ん!
「あの…………今なんて?」
騎士ロールもどこへやら、今の俺は相当なマヌケ面を晒していることだろう。それほどまでに目の前の
「ええ、ですから
……聞き間違いではなかったようだ。道理でやけにラフな格好してると思ったよ。外出着ってか。
「い、イリステラ様!?いきなり何を仰ってるんですか!?で、デートなら私が……!」
お前も何を言ってるんだ、ジョゼット。途中までは良かったが欲望ダダ漏れじゃねーか。
「ごめんなさい、ジョゼット。本来ならあなたに便宜を図るべきなのでしょうけど……その御方は貴方たち2号人類の中でも最強、故にこそサンラク殿に頼むのです」
『クエスト「
ははーん、何となく読めた。おそらくこのクエストの発生条件は全プレイヤーの中で最初にレベル150に到達すること。つまり確実に強敵が出てくる……!いいだろう、その
「聖女様直々の御指名、我が身に余る光栄ではございますが……私をお望みとあらばこの身砕け散ろうとも貴方様を御守り致しましょう」
「ふふ、楽しみにしています。それでは行きましょうか、サンラク殿」
悪いな、ジョゼット。そんな顔をされてもお前を連れていくことは出来ない。いや、ぶっちゃけ護衛クエストならジョゼット1人いるだけで難易度はベリーイージーになるだろうが……それやったら確実に聖女ちゃんの好感度ダダ下がりになるからなぁ……
「さて、聖女様。何処へ参りましょうか」
「嫌ですわ、サンラク様。そんな他人行儀な話し方。イリステラ、とお呼びください。それに敬語もなしで」
………………
「い、イリステラ様……」
「イリステラ、です」
「…………い、イリ……ステラ」
「はい!何ですか、サンラク様」
なるほどなるほど、よーく分かった。今の俺に必要なのは
「よし分かったイリステラ、何処に行きたい?どこへだって連れて行ってやるよ」
俺じゃなくてエムルがな!
「サンラク様のおすすめの場所でもいいのですが……そうですね、私行ってみたいところがあるんです」
「行ってみたいところ?」
「はい!サードレマの近くなのでそこまでかの国のお方に飛んでもらうことは可能ですか?」
サードレマの近く?旧大陸とか知らないところ多いからな……何があっても不思議じゃないか。
「オーケー、とりあえずエムルとの待ち合わせ場所に行こうか」
…………ん?
「イリステラ?どうして着いてこないんだ?」
あれか?高貴なるものは自分の足では歩けませんってか?いや、まさかな。
「ん!」
手?おいおい、まさか手を繋げってことか?この辺はまだ一般プレイヤーが少ない貴族街だからいいけどエムルとの待ち合わせ場所は普通に街中なんだぞ……いや、待て。相手はシャンフロが誇るアイドル、聖女ちゃんだぞ?そんな単純な答えなわけ
「えっと、それは手を繋いで欲しいということで?」
「はい!聞くところによるとデートではこのように手を繋ぐのでしょう?ぜひ私も!」
あったわ。落ち着け、俺。ビークールビークール。相手は所詮NPC。動揺することは何も無い。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「はいっ!」
くぁっ……!さすがにその笑顔は効くからやめろっ……!めっちゃ可愛いじゃん……笹原氏、前も思ったけどこれに対抗しようとするのは無謀すぎるわ。
「おーい、エムルー。いるかー?」
「サンラクサン?随分と早いおかえりですわー……ほああああ゛あ゛!?!?!?」
はは、とんでもないシャウトだな。デスメタルの才能あるんじゃないか?
「ちょっ……えっ……サン……ええ!?」
「まあまあ、とりあえずサードレマまでゲート開いてくれ。詳しい説明は後でするからさ」
「都合よすぎですわーっ!!」
「ふふ、おふたりはとても仲がいいんですね」
あ、やべ。ついついいつものノリでやっちまった。
「そっ、そうですわっ!アタシとサンラクサンは苦楽を共にし多くの敵を打倒した最っ高のパートナーなんですわーっ!!」
ふしゅーふしゅーと、全身の毛を逆立てながら吠えるエムル。おいおいどうした。めっちゃエキサイトしてるじゃん、人参が足りないのか?
「ほーれエムル、人参だぞー」
「わぁい」
ポリポリと人参をかじるエムルさんマジチョロイン。
全く!今回だけですわーっ!とぷりぷりしながらもゲートを開いてくれたエムルに感謝しつつ、俺たちはサードレマまで来ていた。
「それで?行きたい場所っていうのは?」
「えっと、確かこちらの方に……」
「あ、おい!」
いくら街中とはいえ裏路地にはゴロツキなんかが普通にいるからな。いや聖女ちゃんなら大丈夫か?
「サンラク様?ほら、行きましょう?」
「あ、ああ」
うーん、どうにも距離感を掴みづらいな。多分俺の中で聖女ちゃんが攻略対象でなくワールドクエストに関わるキーパーソンにカテゴライズされてることが問題なんだろうが……うーむ。
「あ、ここです!」
「んぁ?」
手を引かれるまま歩いていたら、いつの間にか目的地に着いていたようだ。にしてもここは……
「こんなとこあったんだな……」
「ええ、以前人づてに聞いたことがありまして」
そこはまぁ、一言で言うなら自然が作り出した展望台だろう。サードレマから少し離れたところにあるここは、シャンフロの中でもかなりの絶景スポットだろう。何せ安全に海が見れる。
「本当はサンラク様と一緒ならどこでも良かったのですが……恋人というものはこういう場所に来るものなのでしょう?」
と、はにかみながらこちらを振り返る聖女ちゃん……いや、イリステラはまさに神話の中の1幕といった神々しさと……可愛らしさを兼ね備えていた。
「あ、ああ。そうかもしれないな」
口が回ってない。頭に血が上っているのがわかる。照れ隠しのためにわざと大きな動きをしながらイリステラに尋ねる。
「そういえば今日はまたなんで俺を呼び出したんだ?」
「……そうですね、サンラク様。これから私は独り言を言います。あくまでも独り言、ですからね?返事なんてしちゃダメですよ?」
これは……何か重要なことを話すフラグだな。軽く首肯し、イリステラから視線を外して海の方を向く。
「……聖女なんて言われてても私だって女の子ですから。1回気づいちゃったら我慢なんかできません」
「ジョゼットにも迷惑をかけてしまいましたね、わがままを言うのはこれで2回目でしたっけ……ふふ、どちらもあなたの事ですね」
「……私、頑張ったんですよ?私が想うと全て叶ってしまうから。そんなの嫌じゃないですかっ……!」
「でもきっともうダメなんです。近いうちにこの想いは無かったものとして消されてしまいます。だって私は
「…………だからサンラク様」
「…………なんだ?」
呼ばれ振り向けば、あんなにも感情を表に出すことはなかった聖女ちゃんの表情は涙でクシャクシャに歪んでいて……その顔はとても近くにあった。
「私個人のどうしようもないわがままで申し訳ないのですが…………願わくば貴方の中に私という存在が永遠に刻まれますように」
…………それは反則じゃないだろうか。こんな顔されて、こんな事されて、忘れるなんて出来るはずがない。
「んっ…………イリステラ、俺は……」
「……ふふ、それ以上はダメですよサンラク様。それ以上は……私が我慢できなくなってしまいますから」
「そうか……」
彼女がそういうのならこれ以上の関わりは無いものと思おう。明日からはまた俺は開拓者へ、イリステラは聖女へと戻る。であるとしても、今この瞬間。世界に2人しかいないような感覚の中、なにか言葉を交わす訳でもなくただ身を寄せ合うこの時間。それはこれからも俺の中に刻まれ続けていくのだろう……
『分岐エンド:クエスト「