〈隠岐 紅音〉
<楽郎さん! 今度一緒にご飯食べに行きませんか?
おー、いいぞ。どこか行きたいところでもあるのか? >
<はい! この前家族で行ったラーメン屋さんがすごく美味しくて 、是非楽郎さんにも食べて欲しいなって!
なるほどなるほど。じゃあ○月✕日の△時に駅前でどうだ? >
< はいっ!楽しみにしてます!
◆
「んー、ちょっと早く着きすぎたか……」
現在時刻は待ち合わせ時間の30分前。ゲーム内では会っていたとはいえリアルでは久しぶりに紅音に会うからなぁ、少し張り切りすぎたか。
「あっ、楽郎さん! 」
おおう……思考が被ってるな。
「おう、久しぶりだな紅音。俺が言えたことじゃないけど随分早い到着だな」
「えへへ、楽郎さんに会えるのが楽しみだったので! それに加えて今日はわんたんめんも私を待ってますし!! 」
なんかいつもに増してキラキラしてるな今日の紅音は。
「なぁ、なんか今日はやたらと機嫌よくないか? 普段のデートの時よりも」
「え? ……んー、今日は好きな人と好きな物を食べに行く日ですから。好きがいっぱいで嬉しいんだと思います! 」
はぁ? 可愛いかよ。いや、マジでやばい。クソゲーライフで歪んだ心が癒されていく。むしろ癒されていくを通り越して浄化されていく……
「ら、楽郎さん!? どうしたんですか、そんな悟りを開いたような顔して! 」
「はは、私のことは気にしなくていいのですよ紅音さん。さぁ行きましょうか」
「口調までおかしい!? ら、楽郎さーん!! 」
今日は良い日だなぁ、ははははは。
◆
「全く……ようやく元に戻りましたか。どうしちゃったんですか一体? 」
「いや、俺にもわからん。きっとこう紅音が可愛いという感情が振り切れたことによるあれこれだ」
……すっげー恥ずい。何やってるんだ俺。何キャラだよ、あれ。せっかくのデートだと言うのに……
「そっ、そうですか……それならいいんですけど……」
ええい、いつまでも気にしていても仕方がない。……む?
「なぁ、紅音。紅音が言ってたのってアレじゃないか? 」
「へ? あっ、そうですそうです! ささ、行きましょう! 」
「っとと、そんな引っ張るなって。ちゃんと一緒に居るって」
「う……ごめんなさい、つい我慢できなくて」
んー、別に怒ってはないんだが……さっきときめかされたし少しやり返すか……
「おいおい紅音。そんなしょぼくれた顔してんなよ。これからうまいもん食いに行くんだろ? 好きな女がそんな顔してたら心配で味が分からなくなっちまうぞ? 」
「へっ!? ……あっ、あー、はい、ありがとござましゅ……」
なんか気恥ずかしくなってきた。
「あー、ほら行こうぜ紅音。まだ昼前とはいえそろそろ混み始める頃だろ」
「そ、そうですね! 行きましょう! 」
◆
「ほー、なかなかいい雰囲気の店じゃないか」
良いじゃないか、こういう少しレトロな感じの雰囲気は好物だ。
「ふふふ、それくらいで驚いてちゃわんたんめんを食べた時にひっくり返っちゃいますよ? 」
「へぇ、そりゃ楽しみだな。早速頼むとしようじゃないか」
「はいっ、すみませーん! 注文お願いします! 」
「お待たせしました、ご注文承ります」
「わんたんめんを2つ、お願いします! 」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
「……しかしちょっと意外だったなぁ」
「……? 何がですか? 」
「いや、紅音ってラーメンとかあんまり食べないようなタイプだと思ってたからさ。わんたんめんが好きってのがちょっと意外ってこと。わんたんめんのどの辺が好きなんだ? 」
その時の紅音の様子を端的に表すとしたら、キュピーン! だろう。キラキラキラ……でもいい。とにかくその時の紅音の様子はまんま好きなジャンルの話を語る直前の人間の顔をしていた、ということだ。
「はいっ、それはですねぇ! 」
「……ここが素晴らしくて……」
「……でもそれだけじゃなくて……」
「……こういう所も……」
「……あっ、やっぱりあれも……」
「わんたんめん2つお待たせしましたー」
「あっ、置いておいてください」
「……さらにですね! 」
「ちょ、ストップ! ストォーップ!! 」
「はっ!? 」
長かった……とても長かった……不用意に人の好きに踏み込んでは行けないということを知ったよ……
「ごっ、ごめんなさいっ!! 私好きな物のことになるとつい我を忘れちゃって……」
「いやー、紅音のわんたんめん愛は十分に伝わってきたぞ。向こう数十年はもう聞かなくていいくらいには」
「うう……らくろうさんのいじわる」
「ははっ、まぁとにかく食おうぜ。冷めちまう」
「そうですね……じゃあ」
「「いただきます」」
……む、これは
「……美味いな」
「ですよね! 」
いや、これホントに美味いぞ。食レポなんてもんは出来ないがいくらでも食べ進められる。ワンタンも自家製らしいがジューシーかつアツアツでこれ単体で食べたいくらいだ。
「……美味かった! ご馳走様でした! 」
「ご馳走様でした! 美味しかったでしょ? 楽郎さん! 」
「いやー、予想を遥かにいい方に超えてきた。これかなり隠れた名店なんじゃないか? 」
「私もお父さんに連れてきてもらったので詳しくは知らないんですが……知る人ぞ知るって感じですね! 」
「ふぅ……で、このあとどうする? 少し腹ごなしに散歩でもするか? 」
「良いですね! 私も楽郎さんともう少し長く居たいですし! 」
……慣れろ、俺。紅音はこういうことは普通に言ってくる。天然で。
「……ああ、そうだな。じゃあ適当にぶらつくか! 」
◆
陽務です。突然ですが俺は今下半身の危機にあります。
……というのもトイレに行きたい。ラーメン屋で済ましておけばよかった。
「あー、悪い紅音。ちょっとそこの交番でトイレ借りてくる」
「あっ、はい。大丈夫ですか? 」
「だいじょぶだいじょぶ。悪いがちょっと待っててくれ」
「はーい! 」
まぁ、この辺は治安もそう悪くないし大丈夫だろう。そう思ってた時期が俺にもありました。
「……だから! 楽郎さんは凄い人なんです! あなた達にバカにされる謂れはありません!! 」
紅音を取り囲むいかにもチャラそうな男たちとそれを遠巻きに眺める民衆。そして男たちに何故か俺の褒め言葉を延々と語る紅音。
……ナニコレ?
◆
「はーい! 」
楽郎さん、大丈夫でしょうか。わんたんめんのせいでお腹を壊したとかだったらもう二度と一緒に行ってくれないかも……うーん、心配です。うーん……
「ねぇねぇ、お嬢ちゃーん。そんなに悩んじゃってどうしたの? 」
「え? あー、大丈夫です。ありがとうございます」
いきなり声をかけて来たのは20代くらいでしょうか? の男の人数人。もちろん全然知らない人たちです。
「ねーねー、暇なら俺たちと遊ぼーよー。楽しませてあげるよ? 」
……ああ、これがナンパというやつですか。あまりいい気分では無いですね。そもそも私には楽郎さんがいるのに。
「あー、ごめんなさい。連れがいるので」
こう言えば大丈夫でしょう。そう思ってたのですが……
「えー、連れってあのつまんなさそうな男でしょー? あいつより絶対俺らと一緒の方が楽しいって! 」
いらっ。楽郎さんのことをろくに知らない癖に何言ってんでしょうかこの人。
「私にとってはあなた達より彼と一緒にいる方が良いので。もう良いですか? 」
いい加減我慢の限界なんですけど。楽郎さんとの楽しい時間が台無しになっちゃいます。
「えー、俺の事をもっと知ったらそんなこと言えなくなるって! ね、いいでしょ?」
ぷちっ。
「あなた達だって楽郎さんのことをなんにも知らないくせにつまらないとか適当なこと言ってたじゃないですか! それなのに自分が言われるのは嫌とか子供ですか!? 」
あー、もう無理です、止まれません。楽郎さんに見られたら引かれるかもしれないけど、何よりもまず楽郎さんをバカにしたこいつが許せません……!
◆
「えぇ……」
いや、困惑してる場合じゃない。
「あーかーねっ! ほら、落ち着け」
「だいたい楽郎さんは貴方よりもよっぽどカッコよくて……あ、楽郎さん……」
「何となく事情は分かったけど落ち着けって。警察居るし」
交番でトイレ借りてて良かったわ。自然と警察呼べた。
「……その、ごめんなさい……」
「ん? なんで紅音が謝るんだよ。アイツらに絡まれたんだろ? 」
紅音を選んだのは見る目があるがそれ以外はダメだな。人の彼女に手ぇ出すんじゃねぇよ。
「……でも私ついついカッとなっちゃって。楽郎さんと久しぶりのデートだったのに……ぐすっ……」
「え、あー……泣くなってほら。なんか酷いことでも言われたんだろ? 別にそんなんで紅音のことをすぐキレるやつだとか思わねぇよ」
「……違うんです。楽郎さんのことをバカにされて。それで私……」
あー……それでか。んー、でもそれってさっきの紅音の話を鑑みるに。
「なぁ、紅音。俺の事を悪く言われて、それでつい我を忘れたのか? 」
「……はい」
「それってさ、それだけ俺の事を大切だ、好きだって思ってくれてるってことだろ? さっきそう言ってたじゃんか。好きな物のことになると我を忘れちゃうって」
「あ……で、でも! 」
「デモもストもねーよ。俺からしたら今回のことは紅音が無事でよかったの一言に尽きる。それに加えて紅音が俺のために怒ってくれたって言うんだからそんなんもう彼氏冥利に尽きるさ。紅音が自分を責めることなんて何にもねーよ」
「……りゃぐりょうじゃーぁん!! うわぁああぁん!! 」
ぐふっ……地味に痛い。頭が鳩尾に突き刺さってる……耐えろ俺。我慢だ俺。大丈夫お前ならできる……
「どうしたどうした。そんなに不安だったのか?
」
「ううぅ……らぐろうじゃんに嫌われるんじゃないかってぇ……」
「はぁ……アホか。そんな簡単に嫌いになるわけねぇだろが。俺は紅音とずっと一緒に居るつもりだぞ? 」
「……うえええぇん……」
……そろそろ周りの人の目が痛い。責めるような視線ならまだいいんだが生暖かい視線がキツイ……紅音は全然気づいてないのか気にしてないのか……
───ずっと一緒に居るとは言ったが少し離れて欲しいかなぁ……