今日はきっと何かいいことがあるだろう。毎朝のように考えているそんな願望を今日も考えながら家を出る。
ぼんやりと歩いていると近くにある公園を通りがかった。ん……あの子可愛いな。ベンチに座っている子を見ながらそんな感想を抱く。あ、目が合った……やばいかな。……あれ、なんか近づいてきてない?
「あのー、MOB君ですよね? 」
「すっ、すみません! 直ぐにどっか行きま……え? 」
「わー、奇遇ですね! こんなところでどうしたんですか? 」
「え、え? あ、ちょっと漫画買いに行くついでに散歩を……はい」
何だこの状況……なんでこの子はこんなに親しげなんだ? 名前も何故か知られてるし……んん?
「あ、えっとひょっとして隠岐、さん? 」
「? はい、そうですよ? え、あれ? クラスメイトのMOB君ですよね? ひょ、ひょっとして人違いでした!? 」
あわわわわ、すみませんすみませんと言い出す隠岐さん。可愛い。……じゃなくて。
「あ、いや。人違いじゃない、ですよ? 」
「あ、ですよね! 良かったぁー……」
隠岐紅音。俺たちのクラスの、というか学年の人気者。その可愛さと天真爛漫さ、割と誰にでも優しい性格も相まって非常に高い人気を誇っているが、女子たちによるブロックと男子の間で交わされている秘密条約の影響で彼氏はいないらしい。ちなみにこの状況は割とマズイ。条約第5条に反する可能性がある。
「あー、その隠岐さんが髪下ろしてるの珍しい、よね? うん。そのせいで気づかなかったかな……」
「あ、これですか。これはさっき髪ゴムが切れちゃって……変じゃないですよね? 」
「えっ!? あ、いや。全然変じゃないよ! む、むしろその、より好みというか可愛いというか……はい……」
あああ、何言ってるんだ……こんなこと言ったら普通引かれるだろ! ええい、これだからコミュ力よわよわなのは嫌なんだ……ほら、隠岐さんも俯いちゃってるし……
「……ふふっ、ありがとうございます! 男の人にそんなこと言われたの初めてだったのでびっくりしちゃいました! 」
あ、違った。ただの天使だった。笑ってるだけでした。最高。こちらこそありがとうございます。条約なんてもう知らない。俺はこのまま話を続けるんだぁ……
「い、いやいやそんな、こちらこそこんな休日に隠岐さんと会えるとかラッキーだし、全然プラマイゼロっていうか、あは、あはは……」
無理だぁ……話を続けるとか無理だぁ……くそぅ、つい頭をかいてしまうこの手が恨めしい……ん?
「そ、そういえば隠岐さん、髪ゴムが切れちゃったって言ってたけどこ、これとか代用にならないかな? 男子のつけてたものなんて嫌かもしれないけど……」
と言って差し出したのはなんとなく付けていたゴムリストバンド。姉貴が作るのにハマったとかで試作品を大量に押し付けられたんだがこんなところで役に立つとは。
「そんなことは無いですけど……悪いですよ。大切なものじゃないんですか? 」
「い、いやいや。姉貴が押し付けてきたやつだし家にまだ沢山あるから! ここで隠岐さんの役に立った方がこいつも本望だろうし! 」
「んむむむむ、分かりました! じゃあありがたく使わせていただきますね! それじゃあ私ランニングに戻るのでそろそろ失礼します! 」
「あっ、うん! が、頑張ってね? 」
「はいっ! また学校で! 」
さよーならー! と手を振りながら走り去ってく隠岐さん……可愛いなぁ。しかし、学校で! かぁ……わし、殺られるのでは?
ねくすとまんでー
「あっ、MOB君! おはようございます! 」
あっ、やばい。
「あっ……お、おはようございます」
「? あっ、先日はありがとうございます! えと、こちら借りたゴムとお礼です! 良かったら受け取ってください! 」
あっ、終わった。
「あっ、あっ……わ、わざわざご丁寧にありがとう……うん」
「それじゃあ失礼します! 良かったらまたお話しましょうね! 」
「……う、うん。出来たらいいね……」
いやほんと、次があるとイイデスネー……人生に。
「MーOーBーくぅーん? 」
死刑宣告ですねありがとうございました。
「ナンデショカ」
「屋上な」
「戦略的撤退ィ!! 」
「逃がすな! 囲めェ!!」
ちくしょう、こうなるだろうとは思ったよ!!! でも髪下ろしてる隠岐さん見たの俺だけなんでぇ! お前らとはもう生物としての格が違うんでぇー!!! あっ、やべっ!
「うわぁぁぁぁあああ………………」
MOB君は星となりました。ほうら、あれがMOBSTARだよ……