それはある日のシャンフロ内での出来事だった。
「おや? どうしたのですか契約者。戦闘中でも無いのに
「あー、ペンシルゴンとカッツォがいくら無限とはいえ素材放り込み過ぎだ! 的な抗議をしてきてな……片付けだ片付け。お前も手伝え、サイナ」
「ふむ、なるほど。これは当機のインテリジェンスな掃除能力が火を噴く
いやだから掃除じゃ無くて片付け……まあ、どっちでもいいか。サイナがやる気であるほど俺の仕事は少なくなるしな。
「よし、サイナ!
「
「うるせー、世話焼きの母ちゃんかお前は。おら、さっさと片付けるぞ」
…………
………………
「……ふぅ、残すところあと少しってとこか」
当初は不安こそあったが、機械なだけあってかサイナの片付け能力は中々に目を見張るものがあった。これは何かしらの礼をするべきかもしれんな。だが、それも目の前のこれらを片付けたあとのこと。
「そう、この何に使うのかすら分からないアイテム達の整理を終わらせてから、だな」
「契約者……せめて鑑定の類は済ませてから収納すべきでは? 」
うぐ……サイナのジト目が正論と共に突き刺さる。しょうがないだろ、探索中にいちいち鑑定なんかしてられないからな。
「
「おいコラ、なにマスターに漢探知させようとしてんだポンコツ! 」
「大丈夫です、契約者ならいけますよ。ささ、グイッと」
「なに酒でも進めるかのごとく距離詰めてきてんだ……ちょ、おい! やめ……やめろや! 」
「推奨:契約者、暴れると薬が…………あっ」
「あっ!? 」
無理やり薬を飲ませようとしてくるサイナの手から薬が零れ落ちる。拾おうと手を伸ばすも間に合わず、薬は地面に叩きつけられ……
…………
………………
「…………さい」
…………なんだ?
「…………てください」
…………サイナ、なのか?
「起きてください、バカ楽郎! 」
「ぐはぁっ!? 」
な、なんだ!? 何が起こった? 分かるのは気持ちよく眠っていた俺の腹に何かが突き刺さったということだけ……む?
「……サイナ、なのか? 」
「何を寝ぼけてるんですか、寝起きとはいえインテリジェンスが足りてないのでは無いですか? 」
ああ、間違いない。これはサイナだ。言動の端々から漏れるウザさが物語っている。いやしかし、これは一体どういうことだ?
「サイナ、なんだお前その格好。いつものアイドルみたいな服はどうしたよ」
そう、今俺の目の前にいるサイナは何故か俺の学校の制服を身に纏っている。それだけでは無い。あの特徴的な球体関節が無くなっている。まるで普通の人間みたいに……
「……楽郎、確かにアレを着るのは2人きりの時とは言いましたが学校がある日の朝にまで着はしませんよ……? ホントに大丈夫ですか? 熱でもあるのでは? 」
「ちょ、サイナ……近い近い。なんだその距離感は」
「今更何言ってるんですか。恋人同士で距離感も何も無いでしょう」
は? え、今何つった?
「え? 恋人? 誰と誰が」
「私と楽郎とがです。他に誰がいるんですか、全くもう……」
と、ここまで来て気づく。あ、これ夢だと。そうか、夢なら納得出来る。いや、夢でサイナのことを恋人にしてるってなんか微妙な気恥ずかしさがあるが。
「……あー、そっかそっか、そうだよな! うっかりしてたわ! 」
「やっと起きたみたいですね。さっさと着替えてください。ご飯さめちゃいますよ」
そう言って部屋を出ていくサイナ。……え、何同棲でもしてるの? 高校生なのに?
「ふぅ……ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした。じゃあ食器洗うんで拭くの手伝ってくださいね」
「あ、はーい」
……朝食をとる間にある程度この夢の設定が分かった。サイナ……この世界では彩菜らしいが……は寝起きに言っていたように俺の彼女である。そして昔からの幼馴染である彼女は、寝る時以外はほとんど俺の家で家事を手伝ったり寛いだりしている……という、何世代前のラブコメだ? と言わんばかりのコテコテの世界観であるようだ。
夢とは本人の記憶や欲望が映し出されると聞いたことはあるが……まさかラブクロックか? このサイナもピザの呪いにかけられているというのだろうか。聞いてみたい。だが、もしこれでサイナが留学なんてことになったら取り返しがつかない。夢にはセーブ&ロードは存在しないのだ。
「さてと、それじゃあ学校に行きましょうか」
「あ、ああ。そうだな」
このままでいいのかという疑問はあるが、これが夢である以上いつかは覚めるだろう。であるならばこの非日常を体験するというのも悪くない、のかもしれない。そんなことを思いながら玄関の扉をくぐり、
「ただいまです」
「えっ? 」
お、おかしい。俺は今確かに家の中から扉をくぐったはず。それなのに何故外から扉をくぐったんだ? それに辺りは夕日に包まれている。まさか時間が飛んだのか? ……うーむ、夢とはいえ何たる適当展開。頑張れ、俺の脳。
「玄関先でぼーっとして、どうしたんですか、楽郎? 」
「あ、ああいや何でもないぞサイナ。ちょっと相対性理論について考えてただけだ」
「……ああ、そういえば忘れてましたね」
え? 何をだ? 相対性理論をか? ……ぬおっ!?
「……ふふっ、おかえりなさいのちゅーです」
「………………ぉう」
何ということでしょう。この世界の俺たちの関係はそこまで進んでいたらしい。ネクタイを引き寄せてやることか? とか、一緒に帰ってきておかえりなさいも何も無くないか? という疑問が浮かぶが……現実逃避である。夢の中で現実逃避というのもおかしな話だが、それほど唇に触れたサイナの唇の感触はリアルなものだった……
「さぁ、楽郎! 早く宿題を終わらせてゲームを……楽郎?
」
……視界が薄れる。世界がボヤける。立っている状態を保てず、その場にへたり込む。
「楽郎!? どうしたんですか、どこか調子が悪いんじゃ……!! 」
何となく夢の終りが近いのだとわかる。キスで終わりとは……何ともロマンチックな世界な事だ。自分の夢とは思えない程に。
「だ、ダメです! 楽郎! しっかりして……ぁ……」
揺れる、揺れる。世界が、全てがぼやけていく中でサイナだけはしっかりと視界に写っている。いや、そのサイナさえもぼやけて……俺のよく知るサイナへと戻っていく。
「…………ター」
「……お別れの時だな」
「……はい、契約者。いずれまた夢の先で」
その言葉を境に世界の崩壊が加速する。家が、道が、よく知る世界がほどけ、散り、粉々になっていく。そして俺の意識もまた闇に溶けていく。確かにその手に離すべからずものを握って……
…………
………………
「契約者、起きてください」
……むぅ?
「警告:一定時間内に意識の覚醒が見られない場合、実力行使にて意識の覚醒を行います」
……何かいま、不穏な発言が聞こえたような。
「3、2、1……」
「……おい、サイナ。寝てる人間に鉛玉をプレゼントした場合そいつは意識の覚醒ではなく永遠の眠りを手に入れるんだ、覚えておけ」
「了解:当機のインテリジェンスレベルがまたひとつ上昇してしまいましたね。パーフェクトインテリジェンスの称号を得る日もそう遠くは無いでしょう」
何その称号。金称号に見せかけた銅称号みたいなしょぼさがあるな。
「……つぁっ、あったま痛てぇ……」
「推測:床に頭から倒れていたせいかと」
「いや、なんか外傷だけじゃなくて……寝すぎた時みたいな頭痛」
「……そうですか」
「でも不思議と気分は悪くないんだよな……すげえ変な感覚だ」
「……契約者が寝こけている間にインベントリア内の整頓は済ませておきました。用が済んだのならさっさと当機のプライベートエリアから退出してください」
なにぃ? こいつちゃっかりインベントリア生活を満喫してやがるな? 道理でインベントリア内の物の配置に詳しいと思ったんだ。
「へーへー、ありがとうございやす。んじゃ用があったら呼ぶからな。ダラケすぎていざ戦えないとかになるなよ」
「契約者では無いのですから心配いりません」
「さいですか。んじゃな」
◆ その後 インベントリア内
サイナ……征服人形は夢を見ない。だが、何事にも例外はある。ブラックボックス的アイテムがあれば、擬似的な夢を見ることはある。
ところで、シャンフロ内にはこんなアイテムがあるという噂がある。
それが成すのは妄想の具体化。現実では出来ないことを夢の中で可能にする、言わば見たい夢を見れるアイテム。
あくまでも、噂である。
「……く、くくくく口に接吻、ですか……な、なるほど? 契約者も意外に大胆なんですね、ええ! わ、当機で無ければあそこで拒否していたでしょうね! ふ、ふふ、そう考えると契約者には感謝してほしいくらいですね……! あはは、はは、は…………」
展開される夢は最後にアイテムに触れていた対象の夢であるらしいが……あくまでも、噂である。
複数人を巻き込めたり、多少夢の中の動きがリアルに反映されることもあるらしいが…………やはりあくまでも噂である。
噂だよ、噂