それは一通のメッセージから始まった。紅音ちゃんが旅狼のグループへと送ったあるお誘いのメッセージ。そう、それ即ち……
『皆さん! 一緒に海に行きませんか!? 』
───オフ会イベントの始まりである。
『いやー、流石紅音ちゃん。行動が意外性の塊だねぇ』
『言ってる場合じゃないでしょ、永遠……どうすんの、これ』
『いやいや、私は断然乗り気だよ? 楽羽ちゃんこそ行きたくないの? 』
「……んむむむむむ」
私は紅音ちゃんから来たメッセージを見た瞬間、永遠に連絡をとっていた。理由は分からない。が、何となく断れる理由を探すためな気もする。紅音ちゃんのお誘いを断るのは気が引けるが、私は純然たるゲーマーであり、オフ会はあまり気が進まない。それは例え半分以上がリアルバレしている旅狼であってもだし、場所が海というのもいただけない。
分かっていただけるだろうか。ルストはともかく、永遠は胸はそこまでとはいえアレだし、紅音ちゃんも意外とスタイルが良い。京極は知らんけど、玲ちゃんとかマジやばい。そんな3人の前で水着姿を晒せるほど、私は自分が良い体つきをしているとは思っていない。いくら恋愛事には興味が無いとはいえ、私も女子の端くれ。その辺を気にする程度の感覚は残っている。
とはいえこんなこと永遠に言ったら煽られまくるに決まってるし……
『あ、茜ちゃーん! お姉さんは超乗り気だぜ! 』
げっ……
『他のみんなは? カッツォくんとかどう? 』
『別に問題ないよ? 予定はある程度合わせてもらうことにはなるけど』
『よしよし、流石カッツォくん! 話が分かるね!! 』
『ペンシルゴンが乗り気の時は面白い時かヤバい時の2択だけど今はそんなヤバくなさそうだからね』
『ようし、カッツォくんにはお姉さんが特別に水着をプロデュースしてあげよう! 女物ね!! 』
まずい、これはまずい。着実に外堀が埋められてきている気がする。
『ルストちゃんとかどう? 』
『……大丈夫。夏休みはネフホロ以外の予定は無い』
『たまには外出た方が良いよ、ルスト……あ、僕も着いてくよ。ルスト1人だと心配だからね』
『はい、2名様ご案内! いやー、良かったね茜ちゃん! どんどん仲間が増えてくよ! 』
『はいっ! 皆さんありがとうございます! 』
どうしようかな……もう、逃げてしまおうか。……にげられるのかなぁ。
『玲ちゃんとか京極ちゃんとかは? 行けそう? 』
『そ、その非常に申し訳ないのですが……』
『夏休みには実家に……っていうか本家に集まらないといけないんだよねー』
『そ、そうなんです。非常に口惜しいのですが……口惜しいのですが! 』
『お、おお……まあ、そういうことなら仕方ないね。後で写真とか送ってあげるよ』
ここだ! この流れならイける! 大事なのは流れに逆らわないこと。流れに身を任せ、一体感を忘れずに。さながら工場で働くおばちゃんのように……!
『あ、わた』
『サンラクさんはどうですか!? 来れますか!? 』
『あっ、えっとねぇ……』
んあああああ、言えんわ!! こんなにも文字情報からキラメキが伝わってきたのは初めてだよちくしょうめ!
この流れでごっめ〜ん! 私行けなぁーい! とか言えるやついるの!?
『ああ、ごめんね茜ちゃん。言ってなかったけどサンラクちゃんは来られないんだよー』
『えっ、さ、サンラクさん……こられないんですか? 』
『えっ、何言ってんのペンシルゴン!? 大丈夫だよ、私行けるから! 』
『そっ、そうですよね! やったぁ!! 』
……
…………
………………あ、永遠から。
『おやおやぁ? 楽羽ちゃん、行きたくないんじゃなかったのかい? んん? 』
うっぜぇー……
『別に行きたくないなんてひっとことも言ってませんけどぉー??? どうしたの? 幻覚でも見えてた? 年かな? 』
『次言ったら潰すからね』
『アッ、ハイ』
……うん、よし! 悩んでてもしょうがねぇ! 割り切って楽しもうか!!
《前日》
朝っぱらから家のチャイムが鳴りまくっている。ええい、しつこい奴め。他の誰か出てよ……と思ったが皆仕事やら趣味やらのために外出中。むぐぐぐぐ……
「……ぁい、どちらさま……って永遠か。なにしにきたの……」
「うわぁ……え、ひどっ……うわ、楽羽ちゃん……えぇ……」
「んだこいつ、朝っぱらから他人の家来たかと思えば引き散らかしてやがる」
「楽羽ちゃん楽羽ちゃん本音出ちゃってるから」
おっといけない。
「んで? ほんとに何しに来たの? 」
「いやね? 嫌な予感がしたから来てみたんだけど……的中したなぁ、これ」
「あ? 」
「楽羽ちゃん、明日行く場所は? 」
「海でしょ? 」
「当然水着は用意してあるよね? 」
ああ、なんだ。私が水着の準備を忘れてるんじゃないかとか思ってたのか。杞憂だよ杞憂。そんな初歩的なこと忘れるはずがなかろーて。
「あったりまえじゃん。永遠、いくらなんでも私を舐めすぎだよ」
「ほうほう、で? その準備した水着ってどんなの? 」
どんなのかって? そんなの決まってるじゃないか。
「ちょっと待ってて」
(タタタタタッ)(ゴソゴソ)(タタタタタッ)(スッ)
「どやぁ……」
「うわぁ……」
おいこら、何度その反応は。水着と言ったらこれでしょ。由緒正しき1品ですよ。
「楽羽ちゃん、外出の準備して」
「え? 」
「Hurry up!! 」
「い、いえっさー! 」
「いや、マジで! 有り得ないから! 何スクール水着って!! ナメてんの!? それとも特殊な需要でも狙ってんの、このゲーム脳は!? 」
「そ、そこまで言うこたぁないんじゃ……」
「あるんだよ、バカもんが!! 」
「ひえっ……」
ガチギレしてる永遠に連れられ、やって来ました水着ショップ。何だよ、スクール水着の何がいけないんだよ。いまだ学校で使うことがあるんだぞ。
「いやー、ほんと良かったよ見に来といて。楽羽ちゃんは私に感謝して欲しいね」
「ぶー……別に水着なんて大体でいいでしょ」
「ダメだ、この子頭が完全にクソゲーに侵食されてる……」
「ああ、もう! とりあえず楽羽ちゃんは長い買い物嫌いだろうから事前に似合いそうなのを選んでおきました! さぁ、着替えてこい! 」
「うわっ……とっと、乱暴だな」
とりあえず永遠に渡された水着を見てみる。何だろう、一言で表すならお腹の部分を切り取ったワンピース、だろうか。色も黒をメインにしたシンプルな感じだし、これならまぁ着てもいいか。……うーん、別にこれならスクール水着でもいいと思うんだけどなぁ。
「ほら、着てみたよ」
「んー、どれどれー? ……おお、やっぱ似合ってるね! いやー、良かった。ホントーに確認しに来て良かった」
「そこまで言うほどかー? 」
「そこまで言うほどなんだよ、楽羽ちゃん……まあ、これに後はラッシュガードでも羽織らせとけば大丈夫かな」
けっきょくこの後色んなところ回ったりして時間は潰された。ちくせう。
《当日》
現地集合は方向音痴には辛い。古いことわざの一つである。別に私は方向音痴では無いけれども。
「あっ、おはようございます! 楽羽さん!! 」
「おー、おはよう紅音ちゃん。今日も朝から元気だねぇ」
「はいっ、今日が楽しみすぎて早起きしちゃいました! 」
おーう、しっぽが、見えないしっぽが見える。可愛いなぁー、撫でちゃろ。うりうり。
「えへへぇ……」
ふふふ、愛いやつめ。そんなに撫でられたいのか? んん?
「……紅音、私たちと会った時とは随分反応が違う」
「ちょ、こら! 夏蓮、ステイ! そっとしといてあげようよ! 」
「……すみません」
「……いたんだ、2人」
全然気づかなかった、すまねぇ。
「皆ごめんねー! ちょっと遅れちゃった……あれ、どしたの? 何か変な空気じゃん? 」
「そうなんだよ、俺もさっき来たんだけど……何かあったの? 」
「……ナンデモナイデス」
気にするな、2人とも。
「さて皆、お着替えの時間だよ! 」
やたらとテンションが高い永遠に連れられ更衣室へとぞろぞろ入る私たち一行。なんとここの更衣室は完全個室制なんだとか。うーむ、実に進歩を感じる。最後に海で水着で遊んだのなんかいつだったっけなぁ……
なお、海自体にはもっと行っている。魚釣りとか、魚釣りとか、魚に釣られたりとか。
などと益体のないことを考えながらも着替え終了。これは出てっていいのか?
「皆着替え終わったねー? では集合! 」
ガチャガチャと扉が開き、よく見なれたメンバーが、見慣れない姿で登場する。
まずは永遠。私の水着と同じくあまり露出が少ないタイプだけど、より体のラインが分かるワンピースタイプと言えば伝わるだろうか。白く形の良い肩や脚が凄い。こういうのを見ると流石モデルと思ってしまう。不覚である。
次に夏蓮。これはフリルのついたビキニ、でいいのだろうか。やや明るめの紫は普段の夏蓮っぽいけれど、水着のせいか妙に可愛らしく見える。
そして、最後は紅音ちゃんなんだけど……
「な、何ですか……いくら何でもそんなに見られると恥ずかしいんですが……」
「……いやー、凄いね。予想以上だわー……」
「……紅音、せくしー」
紅音ちゃんが着ているのはシンプルなリボンの着いたビキニ。白を基調としてリボン部分や上半身の部分に青が入ってるそれは、紅音ちゃんのスポーティなイメージによく似合う可愛らしいものなんだけど。
「めっっっちゃ可愛い! そしてえっち!! 」
「楽羽さん!? ……うう、おかしいですかね? 」
「そんなことないよ! 凄く可愛い! 似合ってる! 自信もって! 」
ああ、語彙力がない。えーっと、えーっと、あー、うー……
何とか紅音ちゃんの可愛さを言い表そうと唸っていた私を見て紅音ちゃんが微笑む。
「ふふっ、ありがとうございますっ! 楽羽さんも凄くよくお似合いです!! 」
「そ、そう……かなぁ? 自分じゃよくわかんないんだけど……」
「似合ってますよ! 可愛いし、かっこいいし、えっとえっと後は……」
うんうん唸ってる紅音ちゃん。可愛い。というか、さっきの私こんなだったのかな。
「ほらほら、ご両人ー? 仲が良いのは大変よろしいけどカッツォくん達待たせてるからねー? 」
「……イチャつくのは後にして」
「イチャっ……!? も、もう夏蓮さん、からかわないでくださいっ! 」
「イチャついてないからー……カッツォは別に待たせても問題ないでしょ。きっとパラソルとか立ててくれてるよ、うん」
「あ、やっと来た。あまりに来ないから先にパラソル立てたりシート引いたりしちゃったよ」
まさか本当にやってるとは思わんかった。これが紳士力……? ハッ……笑える。
「おー、お疲れカッツォくん。大儀であった。褒めて遣わすよ」
「うーん、圧倒的上から目線。感謝が足りてないんじゃない? 」
「ハイハイ、ありがとごじゃっしゃっしゃー」
「夜のコンビニ店員じゃん……」
コントしてる外道組を尻目に紅音ちゃんが拳を突き上げて号令を放つ。
「それじゃあ皆さん! 今日はいっぱい遊びましょう!!!
」
「〜〜〜っ……ふぁー……」
時は流れて、現在夕方。私たちは今帰りの電車に揺られている。今起きてるのは私と紅音ちゃんだけ。他は寄り添って寝ていたり、邪魔し合いながら寝ていたりと様々である。
いや、今日はとにかく遊びまくった。簡単に振り返ると……
・水のかけあいっこ
シンプルにして定番。しかして王道。だけれどもかけ合う水の中に砂を混ぜるのは、雪合戦で石入りの球を投げるのと同罪だと思いました。最終的に水より砂を投げた回数の方が多かった気がするなぁ……
・スイカ割り
モルドの指示が的確過ぎてゲームバランスが崩壊してた。特に勝敗を競ってたわけじゃないけど、夏蓮がやると百発百中でした。スイカ割りがクソゲー化することとか有り得なくない? って言ったら、クソゲーの神様にでも憑かれてるんじゃない? って返された。おのれ、カッツォ。
・砂遊び
ただの砂遊びと侮るなかれ。大人が本気でやる砂遊びはもはや芸術であった……違う意味で。芸術方面に強い人間が居ないことが唯一にして最大の敗因だった。違うんだよ、私たちが作りたかったのは砂のお城であって、ティラノサウルスじゃないんだよ。キッズどもに大人気でした、まる。
・浮き輪
浮き輪と言っても1人用のやつじゃなくて複数人乗れるやつ。2人ずつにわかれて、私は紅音ちゃんとお喋りしてました。1番穏やかな時間だったね。やたらと紅音ちゃんのスキンシップが激しかったので地味にドキドキしたのは秘密。
・お昼ご飯
まさか紅音ちゃんとカッツォ、そしてモルドが弁当を作ってきてくれていたとは誰が予想出来ただろうか……現地で買えばいいでしょ! って思っていた女子達はいっせいに視線を逸らした。嗚呼、女子力とは……
・花火
永遠がテンションが高かった理由の半分近くがここにあった気がする。花火禁止じゃないとはいえそんな大量に持ってくるバカがどこにいるんだよってくらい持ってきてた。線香花火を眺めてる紅音ちゃんは、とっても絵になる美しさだったと言うことは是非後世に残したいです。
「楽羽さん」
「ひょわっ! あっ、はい、なんでしょか」
「ふふっ、何で敬語なんですか? 」
「いきなりだったからね。ちょっと驚いて……それでどしたの? 」
「はい、その……」
? どうしたんだろうか、やけに言いにくそうにしてるけど。
「きょ、今日は楽しかったですか!? 」
ぽかーん。
「あ、いや、えっとですね。その、楽羽さんに関しては無理やり誘っちゃったみたいな感じになっちゃって……だから、嫌じゃなかったかなー、とか楽しんでくれたかなー、とか色々考えちゃって……すみません」
……そっかぁ、気にしちゃってたかぁ。
「んっとね、紅音ちゃん」
「っ、はい! 」
「結論から言おうか。超楽しかったよ」
「ほっ、ホントですかっ!? 」
「マジマジ。いや、リアル遊びでこんな楽しいのは久しぶりってくらいには凄く楽しかったです。うん」
「そっか、そっかぁ……良かったぁ……」
ん、良かったのはこっちだよ。力が抜けたのかこちらへと寄っかかってくる紅音ちゃん。紅音ちゃんの香りと潮の香りがふんわりと私を包み込む。
「楽羽さん」
「ん、なーに? 」
「私、ホントは楽羽さんと二人で来たかったんです」
「……んぇ? 」
「でも誘う勇気が出なくて、だから皆さんを誘ったんです」
「お、おう……そーなのかぁ」
「でも、私今日すっごく楽しかったです。皆さんを誘って良かった……」
「う、うん。それなら良かったんじゃないかな。うん」
「……だから、次は……私と、ふた……り……で……すぅ」
「っ……あ、あれ? 」
するり、と体に手が回され思わずびくりとする。……したのに! 紅音ちゃーん!?!?!? ここで!? ここで寝落ち!? き、気になる。起こして色々聞きたい。
……でもなぁ、お弁当朝早起きして作ったって言ってたし。寝かせてあげようかな。そうしようか。
「……おやすみ、紅音ちゃん。……ありがとう」
戯れに頭を撫でながら呟く。私も寝よう。隣からダイレクトに伝わってくる暖かさを感じながら、私も眠りについた。
???
夕陽が差し込む電車の中は朱色に染まっていく。
電車が奏でる一定のリズムはまるで私の心臓の鼓動のようで。
朱に染まる電車の中は私の顔か、心のようで。
昼と夜の境の時間。一日のうちでわずかな時間。
だからどうか、今だけは。
貴女の傍に寄り添わせてください。
……寝たフリしちゃっても、許されますよね?
大変だったよ。