語られなかった者たちの饗宴   作:ゆくゆく

50 / 51
ユニークモンスター関連なんて、世界の真理書が出る前がいちばん妄想の幅が広いんだから。


無尽-∞

 

「不快だワ」

 

 

 7つの最強種、ユニークモンスター。

 

 そう呼ばれ定義されている私達も、必ずしも最初から最強だった訳では無い。不快な兎も、只人の武者も。

 

 ……あのタコは少しアレだけど。

 

 とにかく、私とてそれは例外では無い。始まりの八、そのうちの1つに過ぎなかった私にも当然、弱者だった時代はあった。

 

 だから、これは過去の反芻(ゆめ)だ。反吐が出るほどに弱く、本当にどうしようもないほどに弱々しく、そして、ただの何も持たない弱者であれば、どれほど良かったのかと後悔を重ね続ける1匹の蛇の夢だ。

 

 

 

 

 

 

 やる気に溢れた陽光が顔を灼く感覚で目を覚ます。

 

「…………ここハ? 」

 

 見知らぬ風景。大自然の中では見ることの無い、明らかに人の手の入った空間が、目覚めた私の目に映る。

 

「お、目が覚めたか? アンタ、森の中でぶっ倒れてたんだぜ」

「森の中で……あア」

 

 大方、魔物に襲われたか()()に襲われたか、と言ったところだろう。

 

「大丈夫か? 名前とか言える? てか、親御さんは? 」

 

 ……うるさい。

 

 にこやかに話しかけてくる人間。歳の頃は20を少し超えたくらいだろうか? 人などろくに見た事もないから分からないが。

 

 どうせ、この見た目に釣られて私のことを助けたのだろう。人間にとって、人型の魔物は()()()()需要があると、本能に根ざした知識が告げる。

 

「……はァ、好きになさイ」

 

 人と交わるなど不快の極み。が、背に腹はかえられない。というか正直、リソースが足りない。交尾後の隙を狙ってコイツを食えば、多少は足しになるだろう。そう、思ったのだが。

 

「は? 何言ってんだアンタ」

「チッ……そうイウ趣味? 私のカラダを好きにしたら? と、そう言っているのヨ」

「はぁ!? おいおい、嬢ちゃん。そんな()()()()言うもんじゃねぇよ。アンタみたいなちみっこい子に、そんなこと思うわけねぇだろが! 」

 

 ……だとしたら、私の素材か。あるいは懸賞金でも出ていたか。人を襲った記憶は無いのだけど。

 

 理由がなんであれ、私のようなモノを助けるのだ、そこにはロクでもない思惑があるとばかり思っていた。思っていたのだ。

 

「はぁ〜……アンタくらいの歳の子が、そんなことしなきゃ生きてけないとか……世も末だぜ」

 

 男は呟き首を振ったかと思えば、胸を強く叩き私に笑いかけた。

 

「よしっ! 嬢ちゃん、信用すんのは難しいかもしれねぇが、アンタの気の済むまでこの家に居ていいぜ! おっと、もちろん謝礼なんかは気にしなくていいぜ! 」

 

 ここで初めて、私はあるひとつの可能性に思い至った。

 

 

 すなわち、この男はアホなのではないかと。

 

 

 ……まァ、私の正体に気づいていないのならばそれは僥倖。十分に回復するまでせいぜい利用させてもらいましょう。

 

 

 

 

 

 

「不快だワ」

「お、おう……そう言うなって嬢ちゃん。名前を教えてくれってだけじゃねぇか。名前が分かんねぇと何かと不便だろ? 」

 

 私がこの男を利用し始めて、少し経った日のことだ。

 

 ……名前、ネ。私達の生存闘争に、名前なんてものが意味を持つ瞬間は無い。そも、1番からしてアレ(名無し)だ。

 

「……名前なんて無いワ、好きに呼びなさイ」

 

 ゴルドゥニーネ、とそう名乗る道もあった。けれど、その名は少しばかり悪名が高すぎる。この生活が惜しい訳では無いけれど、せっかく手に入れた安穏とした住処と、労せず得られる食料。直ぐに手放す気もしなかった。

 

 だから、少し躊躇いながら続いた男の言葉はあまりにも衝撃的だった。

 

 

「そうか? じゃあ……」

 

 

 "ニーネ"で。

 

 

 この時の衝撃たるや、そのまま男を殺して逃げ出そうかと思ったほどだ。けれど、男の顔になにか含むものは無く、逆にこちらが毒気を抜かれた。

 

「……好きになサイ」

 

 そっぽを向く私の瞳を、昼下がりの青い光がからかうようにくすぐった。

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だワ」

「相変わらず、すげねぇなぁ。ニーネだって女の子だろ? ずっと襤褸と俺のお下がりばっかりってのも、なぁ」

「はァ……服なんテ着れればそれで良いデショう? 大した稼ぎデモないのだかラ、そんナ余計な事に使うヒツヨウなんて無いワ」

「んぐっ……」

 

 男の元に住み始めて、それなりに日が経った。思っていたよりも男との生活は快適で、私も人間の生き方に馴染み始めてきた頃の記憶だ。

 

 夕食を食べ終え、ランプの暖かな光が照らす中ぼんやりと寛いでいた時に、いきなり男が可愛い服を着てみないかと言い出した。

 この男は何を言っているのだろうか、と。蛇たる私が、着るものに頓着などするはずもないのに。

 

 だから、聞いてみた。しょんぼりと萎れた、叱られた犬みたいな顔をした男に。

 

「……そんなニ私に、かわいい服とヤラを着せたいノ? 」

「えっ? ……ああ、いやそういう訳じゃ……いや、そうかもな。うん、俺はニーネが着飾った姿を見てみたいよ。きっと、良く似合う」

「……ッはァ!? な、ナニを言っていルのヨこの人間!? 」

 

 想定外の、本当に予想の埒外の言葉が帰ってきて。思わず顔を赤くして立ち上がった私のことを、微笑ましげに見る男の顔がなんだかとても癪に障って。

 

「……いいワ」

「ニーネ? 」

「だかラッ! 良いってイったのヨ。その服とヤラ、着てあげルって言ってるノ! 」

 

 

 その時の男の笑顔は、今も覚えている。

 

 宿願が叶ったような、でも少し悲しい。そんな、顔。

 

 

 それはそれとして、何着もあるとは聞いてないのヨ。

 

 

 

 

 

 

 

 嗚呼、本当に嫌な夢。幾年の後悔、無限の慚愧、永劫の贖罪。それらはなんの意味も持たない。何も変えることはできない。何一つとして変わることの無い、色褪せることもないあの日の記憶を延々と延々と見続ける。それまでの私との決別と、真に私が産まれたあの日の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 その日は、私が彼の家に住むようになって、ちょうど1年が経つ前の日だった。

 

 彼はいつも朝早くに家を出て、近くの街へ野菜や肉を売りに出かける。そして昼過ぎに帰ってきて、私の作る料理を一緒に食べる。そんな生活を数ヶ月続けていたのに、その日だけはいやに帰りが遅かった。

 少しばかり豪勢に作った料理が冷めてしまうな、とそんなしょうもないことを考えて。私はただただ彼の帰りを待っていた。

 

 

 野生の勘とも言うべきものが胸を騒がせ、家を飛び出したのは夕刻の頃だった。

 

 

 とても、とても紅い夕陽が世界を染めあげていたことだけは、ハッキリと覚えている。

 

 

 小さく歩を刻んでいた脚が、少しずつ回転を増す。

 

 爬虫類のソレの特徴を持つ瞳が見えないように、深く被っていたフードを脱ぎ捨て、なりふり構わず道を駆ける。

 

 

 蛇は、視覚よりもなによりも嗅覚が優れているのだ。だから、遠くからでも気づいてしまう。嗅ぎなれた香り。忘れかけていた闘争の記憶。……濃厚な毒と血の匂い。

 

 

 

 惨状だった。

 

 建物は無惨に破壊し尽くされ、人は無邪気に食い散らかされている。どの人間も苦しみと絶望の中で逝ったのだと、ひと目でわかる死に様だった。

 

 

 ()()()()()は、どうでもよかった。

 

 

 ただ、彼の匂いだけを必死に嗅ぎ分けて、血と泥の中を進む。ぐちゃぐちゃと不快な音を立てて、服が汚れることも厭わずに。

 

 

 果たして、彼はそこにいた。最も血の匂いが濃い、街の中心。広場のような場所で、彼は赤黒い泥濘に沈んでいた。

 

「……こレ、なん、デ……? 」

 

 彼の身体に刻まれた傷。それは見知った同族によるもの───では無い。

 

 

 殴り、蹴り、石を投げ、削り取る、知性あるケダモノのやり口。

 

 同族(ニンゲン)によるものだ。

 

「ハ」

 

 何故? そんなこと、わかりきっている。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

「に゛……ぃネ゛? 」

「……ッ! 生きて……!! 」

「ごぶ……あ、あ゛、よかっ……ぶジィで」

「ダメ……だめヨ! 無理に喋らないデ! 」

 

 必死に喋る彼の口を吸い、溜まっていた血を吸い出す。口腔に流れ込む懐かしい味を吐き出し、幾度か同じ行為を繰り返す。

 

「げほっ! ……にーね」

「だかラッ、喋らないデ! 死んでしまう……死んでしまうノヨ」

「いいんだ……俺は、もう……助からない。自分でわかる」

「そんナ……そんナノっ……」

 

 死ぬ。死んでしまう。彼が、人間が、私を助けてくれたこの人間が。私のせいで。

 

「私……私のセイだワ」

「そんな……こと。にーねの、せいじゃ……」

「違うノ! 」

 

 

「私ニは分かル。私だかラ分かル! 私の存在が、この街ヲ潰した蛇を呼びよせタ! 私は……私ハ! 人に仇なす魔物(ゴルドゥニーネ)ダカラッ!! 」

 

 そう、至極当然の話だ。ゴルドゥニーネはある程度お互いの居場所を把握できる。むしろこの1年、襲われなかったことの方が奇跡だ。

 

 そしてきっと、誰か街の人間は知っていたのだ。このおぞましい蛇怪を匿う人間がいたことを。

 

 後はもう、考えたくもない。

 

 

「げほっ……あ゛ー……妹が、死んだんだ」

「エ? 」

 

 こちらの声はもう聞こえていないのだろうか、虚空を見据えたまま彼は話し続ける。

 

「それからは……全部白黒だった。飯も、味気なくて……色もない世界で、ただ……死んだように生きていた」

 

 でも、と。彼は続ける。

 

「そんな世界で、君に出会った」

「わた……シ」

 

「ニーネ……にーね……美しい紅い瞳の蛇乙女(ゴルドゥニーネ)……君は悪い魔物なのかもしれない」

 

 無意識に、何かを求めるように、引き止めるように彼の手を掴む。初めて触れた彼の体は少し冷たくて、でも命の温かさがあった。

 

「けれど、俺は君と出会えて……君と過ごせて良かった。妹の代わりじゃない……君と」

「私……私モ! 私も……アナタと!! 」

 

 ───蛇は、涙を流さない。そんな機能もないし、そんな資格もない。だから、せめてこの手だけは。この手だけは離さないように。

 

「ニーネ……最期に───君の名前を教えて欲しい」

 

 名前……名前。私の、名前。

 

「私は……ゴルドゥニーネの、始まりの八。そのうちの1匹───」

 

 口を寄せる。死にゆく彼へ、生き永らえる私から。

 

「……ありがとう、さよならだな」

「……エエ、さようなら」

 

 

 命が、ひとつ消えた。ここで起こったことは、それだけだ。それだけでなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 ───私が他のゴルドゥニーネを弑し、頂点に立ったのはこの数日後の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を舐めるザラついた感覚で目を覚ます。

 

「グラトス……フフ、起こシテくれたノネ」

 

 傍らに侍る巨大な龍蛇の頭に腰かけ、天へと手を伸ばす。月は変わらず光を私に投げかける。

 

 

「……あア、今宵もまた、私で無イ私が産まれるノネ」

 

 私は私を許さない。私は何にも許されるべきでは無い。

 

 けれど私は増え続ける。だから、私が終わらせなくてはならないのだ。全ての私を殺して、そして私も……

 

 

 

 ───嗚呼、本当に、とかくこの世は───

 

 

「不愉快ネ」

 

 光は、もう私を照らさない。




男の妹の名前はニーナです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。