「不快だワ」
7つの最強種、ユニークモンスター。
そう呼ばれ定義されている私達も、必ずしも最初から最強だった訳では無い。不快な兎も、只人の武者も。
……あのタコは少しアレだけど。
とにかく、私とてそれは例外では無い。始まりの八、そのうちの1つに過ぎなかった私にも当然、弱者だった時代はあった。
だから、これは
やる気に溢れた陽光が顔を灼く感覚で目を覚ます。
「…………ここハ? 」
見知らぬ風景。大自然の中では見ることの無い、明らかに人の手の入った空間が、目覚めた私の目に映る。
「お、目が覚めたか? アンタ、森の中でぶっ倒れてたんだぜ」
「森の中で……あア」
大方、魔物に襲われたか
「大丈夫か? 名前とか言える? てか、親御さんは? 」
……うるさい。
にこやかに話しかけてくる人間。歳の頃は20を少し超えたくらいだろうか? 人などろくに見た事もないから分からないが。
どうせ、この見た目に釣られて私のことを助けたのだろう。人間にとって、人型の魔物は
「……はァ、好きになさイ」
人と交わるなど不快の極み。が、背に腹はかえられない。というか正直、リソースが足りない。交尾後の隙を狙ってコイツを食えば、多少は足しになるだろう。そう、思ったのだが。
「は? 何言ってんだアンタ」
「チッ……そうイウ趣味? 私のカラダを好きにしたら? と、そう言っているのヨ」
「はぁ!? おいおい、嬢ちゃん。そんな
……だとしたら、私の素材か。あるいは懸賞金でも出ていたか。人を襲った記憶は無いのだけど。
理由がなんであれ、私のようなモノを助けるのだ、そこにはロクでもない思惑があるとばかり思っていた。思っていたのだ。
「はぁ〜……アンタくらいの歳の子が、そんなことしなきゃ生きてけないとか……世も末だぜ」
男は呟き首を振ったかと思えば、胸を強く叩き私に笑いかけた。
「よしっ! 嬢ちゃん、信用すんのは難しいかもしれねぇが、アンタの気の済むまでこの家に居ていいぜ! おっと、もちろん謝礼なんかは気にしなくていいぜ! 」
ここで初めて、私はあるひとつの可能性に思い至った。
すなわち、この男はアホなのではないかと。
……まァ、私の正体に気づいていないのならばそれは僥倖。十分に回復するまでせいぜい利用させてもらいましょう。
「不快だワ」
「お、おう……そう言うなって嬢ちゃん。名前を教えてくれってだけじゃねぇか。名前が分かんねぇと何かと不便だろ? 」
私がこの男を利用し始めて、少し経った日のことだ。
……名前、ネ。私達の生存闘争に、名前なんてものが意味を持つ瞬間は無い。そも、1番からして
「……名前なんて無いワ、好きに呼びなさイ」
ゴルドゥニーネ、とそう名乗る道もあった。けれど、その名は少しばかり悪名が高すぎる。この生活が惜しい訳では無いけれど、せっかく手に入れた安穏とした住処と、労せず得られる食料。直ぐに手放す気もしなかった。
だから、少し躊躇いながら続いた男の言葉はあまりにも衝撃的だった。
「そうか? じゃあ……」
"ニーネ"で。
この時の衝撃たるや、そのまま男を殺して逃げ出そうかと思ったほどだ。けれど、男の顔になにか含むものは無く、逆にこちらが毒気を抜かれた。
「……好きになサイ」
そっぽを向く私の瞳を、昼下がりの青い光がからかうようにくすぐった。
「嫌だワ」
「相変わらず、すげねぇなぁ。ニーネだって女の子だろ? ずっと襤褸と俺のお下がりばっかりってのも、なぁ」
「はァ……服なんテ着れればそれで良いデショう? 大した稼ぎデモないのだかラ、そんナ余計な事に使うヒツヨウなんて無いワ」
「んぐっ……」
男の元に住み始めて、それなりに日が経った。思っていたよりも男との生活は快適で、私も人間の生き方に馴染み始めてきた頃の記憶だ。
夕食を食べ終え、ランプの暖かな光が照らす中ぼんやりと寛いでいた時に、いきなり男が可愛い服を着てみないかと言い出した。
この男は何を言っているのだろうか、と。蛇たる私が、着るものに頓着などするはずもないのに。
だから、聞いてみた。しょんぼりと萎れた、叱られた犬みたいな顔をした男に。
「……そんなニ私に、かわいい服とヤラを着せたいノ? 」
「えっ? ……ああ、いやそういう訳じゃ……いや、そうかもな。うん、俺はニーネが着飾った姿を見てみたいよ。きっと、良く似合う」
「……ッはァ!? な、ナニを言っていルのヨこの人間!? 」
想定外の、本当に予想の埒外の言葉が帰ってきて。思わず顔を赤くして立ち上がった私のことを、微笑ましげに見る男の顔がなんだかとても癪に障って。
「……いいワ」
「ニーネ? 」
「だかラッ! 良いってイったのヨ。その服とヤラ、着てあげルって言ってるノ! 」
その時の男の笑顔は、今も覚えている。
宿願が叶ったような、でも少し悲しい。そんな、顔。
それはそれとして、何着もあるとは聞いてないのヨ。
嗚呼、本当に嫌な夢。幾年の後悔、無限の慚愧、永劫の贖罪。それらはなんの意味も持たない。何も変えることはできない。何一つとして変わることの無い、色褪せることもないあの日の記憶を延々と延々と見続ける。それまでの私との決別と、真に私が産まれたあの日の記憶を。
その日は、私が彼の家に住むようになって、ちょうど1年が経つ前の日だった。
彼はいつも朝早くに家を出て、近くの街へ野菜や肉を売りに出かける。そして昼過ぎに帰ってきて、私の作る料理を一緒に食べる。そんな生活を数ヶ月続けていたのに、その日だけはいやに帰りが遅かった。
少しばかり豪勢に作った料理が冷めてしまうな、とそんなしょうもないことを考えて。私はただただ彼の帰りを待っていた。
野生の勘とも言うべきものが胸を騒がせ、家を飛び出したのは夕刻の頃だった。
とても、とても紅い夕陽が世界を染めあげていたことだけは、ハッキリと覚えている。
小さく歩を刻んでいた脚が、少しずつ回転を増す。
爬虫類のソレの特徴を持つ瞳が見えないように、深く被っていたフードを脱ぎ捨て、なりふり構わず道を駆ける。
蛇は、視覚よりもなによりも嗅覚が優れているのだ。だから、遠くからでも気づいてしまう。嗅ぎなれた香り。忘れかけていた闘争の記憶。……濃厚な毒と血の匂い。
惨状だった。
建物は無惨に破壊し尽くされ、人は無邪気に食い散らかされている。どの人間も苦しみと絶望の中で逝ったのだと、ひと目でわかる死に様だった。
ただ、彼の匂いだけを必死に嗅ぎ分けて、血と泥の中を進む。ぐちゃぐちゃと不快な音を立てて、服が汚れることも厭わずに。
果たして、彼はそこにいた。最も血の匂いが濃い、街の中心。広場のような場所で、彼は赤黒い泥濘に沈んでいた。
「……こレ、なん、デ……? 」
彼の身体に刻まれた傷。それは見知った同族によるもの───では無い。
殴り、蹴り、石を投げ、削り取る、知性あるケダモノのやり口。
「ハ」
何故? そんなこと、わかりきっている。
「に゛……ぃネ゛? 」
「……ッ! 生きて……!! 」
「ごぶ……あ、あ゛、よかっ……ぶジィで」
「ダメ……だめヨ! 無理に喋らないデ! 」
必死に喋る彼の口を吸い、溜まっていた血を吸い出す。口腔に流れ込む懐かしい味を吐き出し、幾度か同じ行為を繰り返す。
「げほっ! ……にーね」
「だかラッ、喋らないデ! 死んでしまう……死んでしまうノヨ」
「いいんだ……俺は、もう……助からない。自分でわかる」
「そんナ……そんナノっ……」
死ぬ。死んでしまう。彼が、人間が、私を助けてくれたこの人間が。私のせいで。
「私……私のセイだワ」
「そんな……こと。にーねの、せいじゃ……」
「違うノ! 」
「私ニは分かル。私だかラ分かル! 私の存在が、この街ヲ潰した蛇を呼びよせタ! 私は……私ハ! 人に仇なす
そう、至極当然の話だ。ゴルドゥニーネはある程度お互いの居場所を把握できる。むしろこの1年、襲われなかったことの方が奇跡だ。
そしてきっと、誰か街の人間は知っていたのだ。このおぞましい蛇怪を匿う人間がいたことを。
後はもう、考えたくもない。
「げほっ……あ゛ー……妹が、死んだんだ」
「エ? 」
こちらの声はもう聞こえていないのだろうか、虚空を見据えたまま彼は話し続ける。
「それからは……全部白黒だった。飯も、味気なくて……色もない世界で、ただ……死んだように生きていた」
でも、と。彼は続ける。
「そんな世界で、君に出会った」
「わた……シ」
「ニーネ……にーね……
無意識に、何かを求めるように、引き止めるように彼の手を掴む。初めて触れた彼の体は少し冷たくて、でも命の温かさがあった。
「けれど、俺は君と出会えて……君と過ごせて良かった。妹の代わりじゃない……君と」
「私……私モ! 私も……アナタと!! 」
───蛇は、涙を流さない。そんな機能もないし、そんな資格もない。だから、せめてこの手だけは。この手だけは離さないように。
「ニーネ……最期に───君の名前を教えて欲しい」
名前……名前。私の、名前。
「私は……ゴルドゥニーネの、始まりの八。そのうちの1匹───」
口を寄せる。死にゆく彼へ、生き永らえる私から。
「……ありがとう、さよならだな」
「……エエ、さようなら」
命が、ひとつ消えた。ここで起こったことは、それだけだ。それだけでなくてはならないのだ。
───私が他のゴルドゥニーネを弑し、頂点に立ったのはこの数日後の話だ。
頬を舐めるザラついた感覚で目を覚ます。
「グラトス……フフ、起こシテくれたノネ」
傍らに侍る巨大な龍蛇の頭に腰かけ、天へと手を伸ばす。月は変わらず光を私に投げかける。
「……あア、今宵もまた、私で無イ私が産まれるノネ」
私は私を許さない。私は何にも許されるべきでは無い。
けれど私は増え続ける。だから、私が終わらせなくてはならないのだ。全ての私を殺して、そして私も……
───嗚呼、本当に、とかくこの世は───
「不愉快ネ」
光は、もう私を照らさない。
男の妹の名前はニーナです。