堕天使に恋をするまで 作:公証人役場
モスティマに出番が欲しくて書きました。後悔はしてません
pm. 01:34 ◼◼◼◼・◼◼◼◼◼
「……こんな戦場に、女子供が来るんじゃない」
焼け焦げた地面、無数に転がるヒトだったモノ。臓器は溢れ踏み潰され染みとなり、肉が散乱する凄惨な大地。
砂嵐で視界は確保出来ないが、彼の奥には広域が同様の有様であり転がったモノには感染者も非感染者も入り混じっている。
血と肉と溢れた排泄物の臭い。焼け焦げた皮と肉、腐乱した人間の身体の悪臭が鼻を突く。
大地を踏み締めるブーツは黒く汚れ、頭まで覆う外套は血で染まっている。
「それを言うと、私がここに来たのは君のせいだから君が悪いんじゃないかな?私たちの関係を考えれば、君がこんな所にいたら私がここに来るのは当然のことだよ」
「そもそも俺に着いてくるな」
「それはお断りさせてもうよ」
「そっちの監視も少しはこいつを止める努力をしろ」
「……言って止まるなら苦労はしてない」
「……そいつは悪いことを言った」
べちゃべちゃと音を立てて死体の海を歩きながら、懐から取り出した煙草を咥えて火をつける。
煙がフードの中から溢れ、この砂嵐の中で消えていく。
「それどうやって吸ってるの?」
「コツがあるんだよ。あと近づくな、臭いが移る」
砂に埋もれていく戦場に背を向けて歩く。煙の臭いに顔を顰めた赤毛の女が少しすれば姿を消し、青い髪を靡かせた女とフードを深く被った痩身長駆の男だけが残る。
砂嵐の対策に外套を羽織っているが、顔を出しているせいで時折鬱陶しそうにする女を見兼ねたのか、手を伸ばして下げられていたフードを無理やり被せる。
「しばらくは止まないぞ、被っとけ」
「ありがとう。たまにでも優しくしてくれるのは嬉しいね」
血臭は消えない、鼻を突く腐敗臭もまた消えない。砂嵐に覆われていく大地は直ぐにでも死体の海を埋めてしまうのだろうが、それは今ではない。
「今回は何の用で来たんだ」
「顔が見たくなったから、ていうのはダメかな?」
「それなら手紙を寄越せ、お前になら一月でも二月でも時間を割いてやる」
「……今日はやけに優しいね」
「……少し感傷的になってるらしい。今ならこの関係も悪くないと思えるな」
「そっか。それならいっそ、傭兵なんてやめちゃえば?お金は十分にあるんだからもう隠居すればいいと思うけど」
戦場を渡り歩く傭兵は当然、それに見合った報酬を得ている場合がほとんどだ。
命を懸ける対価に報酬を得るのか。報酬を得るために命を懸けるのか。
個人によってそこに差はあれど、そうやって戦っている者に名の通った傭兵は多くない。
普通、ある程度稼いだらそのまま引退する。引退しなければ何処かで死ぬのは決まっているし、戦場で生き残れるかどうかなんて誰にも分からない恐怖に身を浸していたい狂人はそうはいない。
稀に、戦うことしか知らない者が傭兵としてただひたすらに戦い続けている、なんて事もある。
過去の彼はその稀な例だった。
「引退か、最近はよく考える……」
「じゃあ引退して私と旅をしようよ。きっと楽しいことが沢山あるさ」
「お前と旅をするのだけはやめておけと俺の中の何かが叫んでるのが聞こえるな。引退したらシエスタの海でも満喫するか」
ケチだなー、と不満を顕に絡みに行く彼女をユラユラと躱しながら歩く。
「臭いが付くって言ってるだろ」
「気にしないっていつも言ってるけど?」
「俺が気にするんだ」
くだらない会話をしながらも足は止まらない。砂嵐に道を眩ませられる事はなく、淡々と前を進む。
目的地は近隣にある移動しない都市。徒歩だと数日はかかる距離にあるが、数時間歩いたところにある野営地にバイクが止めてある。
砂嵐を抜けて辿り着き、野営地を手際よく片付けてしまえば出発の準備はほとんど終わりだ。
「着替えるから離れてろ」
「はーい」
血に濡れた外套を脱ぎ捨てて薪の中に放り込む。次いで汗と血と煙草の臭いが染み込み異様な臭いを発するシャツとズボンも脱いで燃やす。下着も脱いで燃やし、火を継ぎ足して燃焼する速度を上げて着替えを身につける。
身体を洗ったわけではないので根本的な解決に至ってはいないし、靴も変えていないが臭いは多少なりとも改善しただろう。
髪をかきあげて適当に整え、煙草を咥えて一服する。
黒い髪に金の瞳、それ以外に彼個人を表す身体的な記号は特にない。
身に纏うのは黒いズボンと白いシャツに戦闘用であろう灰色の外套。腰に吊るした剣と首から提げたネックレス。衣服や装飾もその程度。
「……この辺は暑いな」
この周辺は比較的気温が高い。穏やかな気候と海に面した街であり、観光都市として発展していることもあってか人の往来は多少はある。
こうして煙草を咥えている間にも大地を走る車が幾つか視界に入る。ついでに見覚えのある顔が乗って近づいてくるのも見えた。
「待たせちゃったかな」
「煙草吸ってただけだ、むしろお前が今から少し待て」
言いながら半分まで吸ったところで煙草を落とし、踏んで火を消す。
「俺はこのままシエスタに向かう」
「私も行くよ。頼まれた仕事があるんだ」
「……ペンギン急便のか?」
「それ以外にあると思う?」
微笑んだままそう言う女に何か言いたそうな顔をして、それを飲み込んで首を振る。
「依頼の報告が終われば俺はしばらく休暇だ。この機に少し遊んでみるのも悪くなさそうだ」
「そっか。じゃあ一緒に観光でもしようよ」
「……まあ、いいだろう」
「間が気になるなぁ」
「細かいところを気にするな、太るぞ」
「むむっ、女の子に向かってそういうことを言うのは良くないと思うんだけど」
「…………はぁ」
溜め息を吐いて返事をせずバイクに乗る姿に、女の眉が微かに動いたのを陰ながら見ていたサルカズの女は見逃さなかった。
「……よく分からないわね」
会う度会う度くだらない会話を繰り返し、徐々に男の態度が軟化しているような気がするのもあれだが、そこまであの傭兵に執着しているのが自分の監督する堕天使だというのが悩みの種な女だった。
話の流れからしてシエスタに滞在するのは確定事項なのだろうし、それに付き合わなくてはならない己の身の上を呪う。
彼女の今の名は水着マイスター。何やら水着の美女に触発されたらしき上司がつけてきたこの役職名、名乗りたくはないものである。