堕天使に恋をするまで   作:公証人役場

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EP.03 シエスタ②

 

 

 

 a.m. 04:50 シエスタ・マルスの私室

 

 

 

 早朝、ベッドで眠る客人を起こさないように配慮しながら窓を開けてベランダに出る。

 まだ昇らない朝日、暗闇で見えない景色。室内にある僅かな灯りが漏れて辺りを僅かに視認出来るようにしてくれる。そんな時間。

 

 耳を澄ませば波の音が聞こえてきそうな静寂の中にいて、視線を向けた先に音もなく女が現れる。

 長い髪を纏めた薄着の女。地上から離れた位置にあるベランダに無音で現れる身のこなしは並外れていた。

 

「おはようございます、マルス。早朝からすみません」

「おはようシュバルツ。朝からご苦労、勤務時間外にどうした」

「少し面倒な話があったので念の為ですが伝えておこうかと」

「そうか。珈琲でも飲んでいけ」

「……ありがとうございます」

 

 ベランダから室内に入ってシュバルツをソファに座らせ、キッチンで珈琲をカップに注いで持ってくる。テーブルにカップを置いても音は立てず、それを見たシュバルツも極力音を立てないように配慮する。

 音を殺さなくてはならない事態への対応は両者共に慣れているのか、話し声以外は特に物音らしい音もしない。

 

 テーブルの向かいに少し離れた位置にあるデスクの作業用の椅子を持ってきて腰を下ろし、カップに口をつける。大して美味くもないなと自嘲する。

 

「そうでしょうか。その辺のものよりも美味しいと思いますが」

「豆がいいからだろう。ちゃんとした店で頼んだものとは比べ物にならない」

「……専門家に勝つのは無理があるのでは?」

「それは確かにそうだな」

 

 珈琲を半分ほど飲んだ頃にはそんなどうでもいい雑談が終わる。では本題に、と前置きして姿勢を正すシュバルツにマルスは自然体のまま耳を傾ける。

 

「シエスタ内に所属不明の集団が侵入しました。目的は不明瞭ですが恐らくシエスタそのものか訪れている著名人の誰かしらの襲撃だと思われます。旦那様はマルスの力を借りるつもりはなく、また現在判明している勢力ならば問題なく鎮圧は可能です」

「……それで?」

「問題が解決すれば連絡するのでしばらくは外出を自粛してください。旦那様はあなたがこの問題に関わって欲しくないとお考えです。私もあなたの傭兵を休業するという決断を尊重しています。ですから──」

「いや、お前たちの考えはわかった。だが俺にも俺の予定がある。傭兵としてではなく観光客として、お前たちの知る天魔としてではなく一人の女の知人としてこの街を楽しませてもらう」

 

 悪いがそういうことだと付け加えれば、諦めたような溜め息が漏れる。微笑んだままそれを見て、残った珈琲を飲み干した。

 

「……まあ邪魔になれば俺が排除してやる。ああいや、どうせそうなるか」

「そうですね。あなたは荒事に縁があり過ぎる」

 

 問題が起きれば必ず巻き込まれる。関わるまいと離れようとすれば足を引かれ、知らぬままに通り過ぎれば火の粉が降りかかる。関われば力を振るい解決はするものの、それで目をつけられたことは数知れず。

 

「……殲滅したあれとはまた別件で間違いないのか?」

「はい。荒野で全滅した両陣営とは完全に別です。統率された軍に近かった彼らとは違い、まとまりきれないテロリストのような雰囲気を感じました」

「荒れてるな」

 

 近郊での武装勢力、街に侵入した集団。活発になってきている感染者の集団、そこかしこで起こる暴力事件と小競り合い。世界中に伝播するようにして騒乱が起きている。

 そうした事態においてシエスタの市長の警護を務めながら保安局の局長も務める彼女には相応の苦労があるのだろうとマルスは思う。一介の傭兵というには些か有名になりすぎた程度の自分とは違い、彼女には立場と責任がある。

 

 果たすべき役割、課せられた義務。守らなくてはならない人、守りたい人。そういった人間として大事なものが彼女にはある。

 まあだからといって、手助けしてやろうなんて考えは彼にはない。

 精々巻き込まれたら対処してやろうくらいのもので、優先すべきは今も寝室で寝ている女の行動だ。

 

「では、私はそろそろ」

「気をつけろよ」

「はい。今度は私が紅茶でもご馳走します」

 

 ベランダに出て柵を飛び越え、太陽の昇り出した街に消えていく姿を見送る。玄関から来ればいいものをとは思うが、音を立てないという点ではこちらの方が都合が良かったのだろうか。

 割とどっちもどっちだと思いながら寝室に目を向ける。

 

「盗み聞きしても面白いことは無かっただろう」

「バレてた?」

「お前のことくらい手に取るようにわかる」

 

 ドアを開けて出てきたモスティマと入れ違いで中に入り、ベッドに寝転がる。

 

「あれ、寝ちゃうの?」

「予定は昼からなんだろう? 偶にはこういうのも悪くない。ああ、朝飯なら適当に作って食ってもいいし、財布はデスクに置いてあるから好きにしろ」

「りょーかい、良い夢を」

 

 横になって瞼を閉じるマルスを見てドアを閉める。キッチンに向かって言われた通りに冷蔵庫を漁れば比較的期限に余裕がある食料が詰め込んであった。

 手の込んだものを作るかどうか逡巡した後、面倒だからインスタントでいいやと適当なパッケージを選んで湯を沸かす。

 少し時間があるので一応財布を確認すれば一日二日どころではない大金が乱雑に詰められており、紙幣を一度取りだして整理する。

 

「思ってたより稼いでるんだ」

 

 車の一台なら軽く買えてしまう金額。適当に放置するにしては入れすぎだし、信頼して置いているにしては新しく入れたわけでもない雰囲気なので持ち歩いているのだろう。

 入れ方からして適当に受け取ったものをそのまま捩じ込んでいたらこうなったようだし、ここまで無頓着だと呆れも通り越しそうだ。

 

「……財布を漁るのは犯罪だと思うのだけれど」

「うわ、びっくりした。不法侵入はよくないと思うなぁ」

「さっきも似たようなのが来てたから別にいいでしょう。本人は寝てるからバレなければ問題ないでしょ」

「私が見てるけど」

「無理矢理押しかけた身分でよく言うわね」

「忘れちゃったな」

 

 片や普段のように微笑んだまま、片やこめかみに手を当てて溜息を吐く。本人の名誉のために今後も現在の役職名は省くが、彼女は朝食の準備をするモスティマを見て一度咳払いし、注意を向けさせて本題に入る。

 

「彼との関係に関して連絡があった」

「それで?」

「我々は不干渉、天魔怖いとか書いてあった。あいつ過去にどれだけやらかしたの?」

「詳しくはないけど戦争で暴れ回ったらしいよ。ウルサスだととんでもない額の懸賞金も懸かってるらしいし」

 

 彼の首を持ってウルサス帝国に行けば人生三周は遊んで暮らせるだろう。過去については語りたがらないのであまり多くはモスティマも知らないが、相当暴れていたのだとは推測できる。

 一応、三年ほど前はカズテルの内乱で戦っていたなどと漏らしていたがあれもかなり激しい戦いだったと聞くし、自我を確立した頃から戦場にいたという生い立ちに底知れないものを感じる。

 

「まあ不干渉って言うなら私は文句ないかな。君も朝ごはん食べていく?」

「私はいい、後で食べておく」

「つれないなぁ」

 

 会話をしながら湯を注いで蓋をする。食べられるようになるまでそんなに時間はいらないのが手頃でいい。

 栄養の偏りはご愛嬌だ。

 

「……あんまり、深入りしない方がいいわよ」

「もう手遅れじゃないかな」

「ばかね」

「否定はしないよ」

 

 このシエスタで何かが変わる予感を胸に、朝を過ごす。

 それが自分の望む未来であることを祈っている。

 

 

 

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