堕天使に恋をするまで 作:公証人役場
p.m. 02:20 シエスタ・???
血と硝煙の匂いを頼りに路地を駆け抜け、足蹴にされていたシュヴァルツを拾い上げて抱え目の前の男を睨む。
自身と同程度の背丈、左右非対称な角、短く切り揃えられた短髪と鋭い目付き。何よりも、血に酔ったような浮ついた表情がマルスの気に触る。
「久しいな、天魔」
「……二年ぶりか、サルカズ」
「あの日のことは昨日の事のように思い出せるぞ。さあ、その腑抜けた女を投げ捨てて剣を抜け。あの日の続きを始めるぞ」
余分な会話など不要と両手に剣を握って構えるサルカズを正面にしながらもマルスは動かない。一度離れたところに見える煙を上げる建物を見て、もう一度視線を戻す。
「何を目的にしているか答えろ」
「答えると思うか?」
「回答次第では相手をしてやってもいいぞ、狂戦士」
「ほう」
回答次第では相手をしないと言外に告げる姿に口が弧を描き、剣を握る腕に力が篭もる。
だからこそ目の前の腑抜けた男が腑抜けていて尚、聞き逃せないであろう言葉を告げる。
これの地雷は一つ。
「それならこう言えば満足か?
「ああ、なるほど」
両腕で抱えた女をそのままに周囲が揺れる。張り付いた表情は不動であっても、漏れ出る殺意は本気だった。
「───冗談としては、悪くない」
p.m. 02:30 シエスタ・市庁跡地
「テキサスー、ボスー、無事ー?」
「……クソッタレのテロリスト共が! 俺の服を台無しにしやがって許さねぇぞ!」
「まあ服で済んだだけマシだろう。モスティマ、市長は?」
「そこで瓦礫の山を見て黄昏てるよ」
「予算が……」
「切実な悩みが聞こえたなおい」
爆破されて危うく瓦礫の山に埋められかけても軽口を叩いていられるがペンギン急便のらしさというべきか。
金勘定の結果打ちひしがれるヘルマンに軽く気を配りながら周辺を警戒しているのも踏んできた場数の賜物だろう。
軽いのは口だけで今も虎視眈々と命を狙っているはずのテロリストへの警戒は消えていない。
大半が瓦礫と化し、燃え上がる庁舎。幸い人はいなかったらしく、市長室にいた四人の身の安全だけ考えればいいのは不幸中の幸いと言えるだろう。
しかし、あまりの気配の無さに遠方で連続して鳴り響く爆発音と地震のような揺れの発生源に目を向ける。
奇しくも、それは四人同時に行われた。
恐らく彼がいるのであろう場所の上空は黒い雲が渦を巻き、鈍器で地面を殴り付けた様な鈍い音が響いたと思えば足元が揺れる。
炎が猛る様も時折見られるが、出処不明の轟音が響けば消し飛ばされて衝撃が離れた場所にある彼らの身体を打ち付ける。
「……天魔ってのはマジらしいな。この規模のアーツを平然と振り回してるのは俺も初めて見る」
「まあ単騎戦力としては間違いなく最高峰だろうね。私も本気出したところは見たことないし、まだ遊んでる方だと思うよ」
「……は?」
「それにしてもどういうアーツなんだろうね、あれ。何度見てもよく分からないし天候操作みたいなこと言ってたけどその範疇も超えてる。ボスは分かったりしない?」
「待て待て待て待て待て」
辛うじて原型を保つサングラスの向こう側にある瞳が困惑に揺れているのを感じられる。
「あれで手を抜いてる? それが本気ならあいつ一人で都市が滅ぶぞモスティマ。冗談抜きであれはやばい。ありゃあ下手すりゃ……」
「でも雇ってくれるでしょ?」
「……まあ、そりゃあな」
雇われてくれるなら欲しいに決まっている。少ない接触でも人間として悪くは無いと感じる。だが、それとこれとは話が別だ。
過剰な戦力は争いを産む。
強すぎる力は敵対者の団結を招き、団結した者達は牙を剥くだろう。例え個々であれば牙を剥かぬものであっても、集団となればまた話は別になるのが世の常だ。
その辺の輩など容易く蹴散らせるから問題ないなどと楽観視することは出来ない。
ただそれだけ危険な存在がいるというだけで、敵対者は増えるし警戒してくるものも増える。
天魔という傭兵の具体的な戦力規模を知るのは彼を戦場で見て生き残ったものだけ。
ただ、その生き残ったものだけで無数の噂話を建てられ、莫大な額の懸賞金すら賭けられるのは誰もがあれを見て恐怖したから。
天魔という名前のネームバリューは尋常ではない。戦争に関わる必要がある者、或いはあった者ならば誰だって聞いたことがある。
けれど、マルスなんて個人の名前は知られていない。
だからただのマルスを雇うことはそれほど問題ではない。
「ああ、なるほど。そういうことか」
合流した時からアロハシャツにサングラス。ハーフパンツにビーチサンダルと巫山戯た格好を貫いていたのは、後々何か言われた時にマルスという名前の観光客として通せるように。
剣も持たずにいるのは一般人ですよとアピールするため。
経歴だけではなく徹底して、天魔なんて呼ばれた存在ではないとアリバイを作成して回っている。
「……そういや龍門は出禁だったなアイツ」
正確には龍門において最重要危険人物かつ仮想最大敵対戦力である為、近寄れば殺害対象となる。特に敵対行為は行っていないが、金さえ積まれれば誰であろうと何であろうと引き受けた末の扱い。
まあ、それが理由でシエスタに家を買っているのだろうが、なんとも世知辛い話だ。
そのシエスタも市庁は爆破され、入り込んだテロリストもどきにいいように掻き回されている。
「しかし俺たちを爆破するだけして放置とは舐められたもんだ」
「そうだね。テキサスは何か感じない?」
「いや、特にない。それらしい音も気配もしない」
「……参ったな。私はこれから市民への連絡を行わなければならないが彼らの目的が分からないのは問題だ」
未だに続く派手な戦闘、爆破するだけして放置された市庁、殺害すれば大きな打撃を与えられる人物が瓦礫に座る市庁跡。
しかし追撃の手は未だにない。爆破したところに襲撃すればいいものをしないというのは、余裕の表れかそれともそもそも目的では無いのか。
「では仮に我々が目的ではないとして、一体何が目的だ?」
言ってはあれだが、シエスタはあくまで観光都市だ。確かに火山から取れる資源には目を見張るものもあるが、それを狙うにしてはあまりにもリスキーだ。もっと他の場所を狙った方が楽だし早い。
「──対象を発見。濁ったサンクタだ、間違いない」
「おや?」
「いよいよお出ましか!重役出勤とは舐めてやがるぜ」
何処から湧いてきたのか、次から次へと顔を隠したサルカズの集団が現れる。
武装は様々、体格も不揃いな彼らに共通するのは服装の特徴と視線がモスティマ一人に向けられていること。
「総員、戦闘準備。確保に際し生死は問われていない、殺しても構わん」
武器を構えるサルカズの集団、数は二十と少し。戦闘不能者二名を抱えたまま、テキサスとモスティマがそれぞれの武器とアーツユニットを構える。
理由も分からないまま、開戦した。
ニェン当たりますように