この眼に視えるモノ   作:ニコフ

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05話 今宵、あなたと

『それでは! 早速選手紹介です! 東の門にご注目! 最後の代表、アメストリスの心臓、中央(セントラル)が選出したのはこの人! 鉄血の錬金術師ことバスク・グラン准将の入場です!』

 

 夕刻が迫り会場に微かな茜色が差し込む頃、実況が手で指し示す東門は怪しく黒々とした影の中に沈んでいる。その奥から重く硬い軍靴の音が聞こえてきた。誰もが知るその大物の紹介に軍関係者たちも思わずざわつく。

 ぬっと、入場口の影から姿を現したのは褐色の肌に綺麗に剃られたスキンヘッド。大柄な体躯に立派な髭。顔に横一文字に刻まれた古傷。国家錬金術師、鉄血の名を冠するバスク・グラン准将その人だった。

 

「我が名は鉄血の錬金術師バスク・グランッ!! 鉄と血ッ! すなわち兵器と兵士ッ! この身こそ闘争の手本とならんでなんとするッ!!」

 

 グラン准将の両腕には錬金術の構築式が刻み込まれた自慢の白銀に煌めくガントレット。拳を打ち鳴らすようにぶつければ荒々しく火花が飛び散る。

 先の第二試合が終了してからまだ僅かばかりの時間しか経っていないが、時間が押しているらしく、会場では早くも最終試合のカードが発表されていた。

 選手控え室にて先程の戦闘で負った傷に応急処置を施し、こめかみからの出血を抑え額に包帯を巻く。鏡に映る自身の姿を見つめるエルバ。

 

「……よし」

 

 遠くから自身の紹介をはじめた実況の声が聞こえる。一息吐いた彼は気合いを入れるかのように頬を叩くと、控え室を後にした。

 胸中に押し寄せるものは、己が栄光を手にした後の今宵の女王の姿か、それとも、湧き上がる歓声と楽しげに隣人と肩を抱き合う観客達の姿を、翌年には見られなくなる事への悲哀か――。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

『アメストリス建国祭メインイベントもいよいよ残すところ最後の一戦! 公開実戦演習最終試合! それでは、開始して下さい!!』

 

 二人の男が中央で睨み合う中、実況が声高らかに最終試合の開幕を告げると、これまでよりも一層大きく盛大なファンファーレが音楽隊より奏でられ会場の空気を最高潮にまで盛り上げていく。

 湧き上がる声援の中、選手二人だけはお互いの眼を見つめたまま逸らさない。油断も、手加減も、花を持たせる気もない。互いに相手の力量は十分なほどに知っていた。

 エルバから見たグラン准将は歴戦の雄であり、自身より一回り大きな体躯は飾りではなく、その組まれた大きな拳は威厳を示すためのものではなく、実戦における武器の一つであると知っている。グラン准将からみたエルバもまた然り、非錬金術師でありながらその常軌を逸した戦闘力はまるで得体の知れない魑魅魍魎の如く見えていた。

 

「グラン准将。大変失礼ながら、私自身の鼓舞のため失言をお許し下さい」

「よかろう、言ってみろ」

 

 ふっと目を伏せたエルバが俯くように小さく頭を垂れると、自身に言い聞かせるように静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。

 

「……准将、どうか本気でお相手下さい。私は、手加減が苦手なのです」

「……ッ、よかろう」

 

 思わぬ言葉に一瞬きょとんとしてしまったグラン准将だったが、ニヤリと頬を吊り上げると、こめかみに僅かばかり血管をぴくつかせる。

 力強くどうどうと組まれていた腕を解くと、そのガントレットの両の拳を打ち鳴らし錬成の体勢へと入る。しかしそれよりも速く動いたのはエルバだった。

 

『クライス選手! 今大会初めての先制攻撃だァ!』

 

 いつの間に抜刀したかも分からなかった剣を右手に、エルバは石畳も砕けるのではと思うほどの力強い踏み込みと共に、弾丸を弾くが如く飛び出した。

 

「ヌンッ!!」

 

 思わぬエルバの速度に驚愕するグラン准将だったが、一瞬の間を作ることもなく即座に対応する。

 打ち合わせた自身の拳をそのまま握り込み、両手のガントレットを槌の様に振り下ろして地面を殴りつける。

 石や土、砕石にコンクリートなどを素材に大量、大質量の錬成物が即座に繰り出される。腕よりも太い鎖の先に繋がれた象をも射殺しそうなほどの槍先、巨大な鉄球、巨人仕様かという巨大な剣先、その他大小様々な大量の武器と鈍器。暴力が大波の様にエルバを飲み込まんと押し寄せてくる。

 

「……っ」

 

 しかしエルバは体を半身にし、ギリギリの隙間を縫うように躱す。そして避けきれない一撃を剣で払うように軌道をずらし、最低限の動きと体力でいなしていく。

 圧倒的暴力の雪崩を前にしてもエルバの直進は止まらず、グラン准将の目前まで差し迫る。今試合初めて大きく振り上げた剣先をグラン准将へと横一線に薙いだ。

 響く鈍い音はエルバのサーベルがグラン准将がすんでの所で錬成した石壁を横薙ぎに叩っ切った音だった。上下に斬り離された壁の上側がバランスを崩して倒れ、巨石の砕ける轟音と土煙が舞う。障壁によって一瞬グラン准将の姿を見失ったエルバだったが、斬られた石壁の断面を転がるように障壁の向こう側へと着地する。あの圧倒的物量の錬金術を知っているからこそ、距離を取られるのはこちらが一方的に不利になると理解している。エルバは距離を詰め続けるしかない。

 しかしエルバがそう動くことはグラン准将にとっても百も承知だった。

 エルバが着地したすぐ足下に、片膝をついて待ち構えていたのは鉄血の錬金術師。

 

「フンッ!!」

「ぐっ……!」

 

 軍隊格闘術の達人であるグラン准将の強さは錬金術のみにあらず。距離を詰めての戦いは望むところ。そう言わんばかりに鋭い掌底がエルバの顎を打ち抜かんと振り抜かれた。

 なんとか咄嗟に頭を引いて躱すエルバにすかさず返しの左拳。ボディを打ち抜くその一撃に、エルバが合わせるようにサーベルを構える。このまま拳を振り抜けば弾丸をも構えて切り裂くエルバの刃を前に、その左拳はガントレットごと切り裂かれると思われた。

 

「温いわァッ!!」

「ぐっ……!」

 

 刃を立てるエルバのサーベルに咄嗟に左拳の軸をずらし、左手ガントレットの手甲部分から滑らせるように前腕全体を用いてサーベルを弾く。ギリギリという鈍くも甲高い金属音と共に、眩いくらいの火花が剣とガントレットから飛び散る。

 グラン准将が、そのまま掌底で振り上げていた右手を握りしめ、(いわお)のように巨大なその拳を槌のようにエルバの頭頂部めがけて振り下ろそうとする。しかしエルバは咄嗟に体の重心を移動し、素早く前へと倒れ込むように右肩でのショルダータックルをグラン准将へとぶつけ一歩後退させる。

 先程より半歩ほど離れたこの距離はグラン准将の拳よりも、エルバの剣の間合いに適していた。弾かれていた剣を振り抜く様に横一線に走らせるも、グラン准将は再び刃の側面へと自身のガントレットを擦り合わせるように弾く。エルバが流れるように一歩踏み込んでからの縦一閃、それを三度(みたび)グラン准将が弾く。激しい火花を散らしながらエルバの連撃を凌いだ。

 それは見事な体術と言うしかなかった。決してエルバの()のように神速の剣撃を見切っているわけではない。しかしグラン准将の培ってきた経験による戦いの勘はエルバの剣筋を確かに捉えていた。

 ならばとエルバが刺突の構えを取ると、それを待っていたかのように防戦一方となっていたグラン准将の眼が見開かれる。

 

「フンッ!」

 

 エルバが刺突のために剣と腕を引き絞ったとき、それに合わせるように自身の右腕を突き出したグラン准将が、構えるエルバの左手首を捕まえた。咄嗟に振り払おうとするエルバよりも速く、グラン准将はその腕を外側へと捻り上げる。中央(セントラル)派の客席からか、どこかから「取ったッ!」と言う声が聞こえた気がした。

 握り締めたサーベルこそ手放しはしなかったが、外側に捻り上げられた左腕は関節の可動範囲限界まで極められ体が動かせない。開幕から動き続けていた二人の体が一瞬制止し、観客が思わず生唾を飲み込む。終わった……?、誰かがそう呟きそうになったとき、エルバの脚が宙を舞った。

 極められた左腕を軸に、まるで宙で側転でもするようにアクロバットな動きで関節技を回避するエルバ。外側に極められた関節は()()()()()()事で正常な可動域へと戻る。

 

「おおッ、見事ッ!」

 

 思わず感嘆の声を上げるグラン准将に、右手にサーベルを持ち替えたエルバの刺突が迫る。両腕をクロスさせガントレットで跳ね上げるようにそれを捌く准将。

 

「まだッ……!」

 

 跳ね上げられた剣を追いかけるように解放された左手もしかと柄を掴む。両の手で握り込まれた剣を引き下ろす様に上から斬り伏せる。その剣撃にはクロスさせたガントレットを斬り伏せるには十分の圧力があった。

 

「ぬうウゥッ!!」

「ッ!?」

 

 それを察知するグラン准将は全身の筋力を引き締め渾身の力で()()()()()。エルバの剣先がグラン准将の顔面左側面を縦に薙いだ。こめかみから顎にかけての裂傷は深く紅い体液が噴き出す。

 致命傷を負わせる気など毛頭なかったエルバは、ガントレットを切り裂き錬金術の発動を制し勝ちを得る算段だった。しかし思わぬグラン准将の()()()()()()()により止められない剣先はその頬を引き裂いた。

 

『おおおっとっ! 激しい出血ッ、だっ、大丈夫ですか准将!?』

 

 将校の負傷に思わず実況が試合の続行を躊躇するも、グラン准将が手を上げ試合終了の合図を制する。

 

「この程度で止めるでないわ! ()()()()はまだまだこれからよッ!」

 

 そう叫ぶと腕を大きく振り上げるグラン准将。しかしそれはエルバを攻撃するためのものではない。しまったとエルバが踏み込もうとしたが時既に遅く、ガントレットが打ち鳴らされる音が反響する。

 激しい錬成反応の明滅と共に石畳を叩くと、石や土が盛り上がる。それは武器を形成するものではなく、エルバの足下から石柱を作り出していた。

 斜めに錬成された石柱に押し上げられるように、強制的に距離を取らされるエルバ。錬成の勢いに押され宙返りしながら勢いを殺し着地するも、眼前には間合いから大きく離れた准将の姿が。

 

「ッ……!」

 

 思わず舌を鳴らしながら駆け出すエルバ。あの濁流の様な錬成をかいくぐって距離を詰めるのは決して楽なことではない。彼はそれをこの会場の誰よりも理解していた。

 脚力を奮い立たせて最短距離で突っ込むエルバに、グラン准将は再びガントレットを打ち鳴らす。その拳が地面を叩くと、エルバが准将に届くよりも先に、幾本もの石柱や石のトゲが地面から生えるようにエルバへと迫る。

 

「ッ!?」

 

 それを斬り伏せようと剣を振るったエルバだったが、思わぬ手応えを感じ、その刃は石柱を両断することなく中央辺りで制止する。

 これにはエルバも一瞬驚愕するも、次々と迫る石柱とトゲを回避するため剣を力ずくで引き抜き転がるように回避する。

 天剣斬れず。一瞬だったがそれを目の当たりにした観客からはどよめきが起こる。エルバは立ち上がると静かにサーベルを見つめる。その刃面に写る自身の額からは、痛々しい真っ赤な血が包帯に滲んでいた。

 

「斬れぬか! アメストリスの天剣よッ!」

 

 ガントレットを構えてそう叫ぶグラン准将に違和感を感じたのは他でもないエルバだった。なぜ准将は追撃をしてこないのか、なぜ構えて待っているのか。

 周囲のどよめきも気にすることなく、エルバは答えを求めて駆けだした。

 エルバがグラン准将の眼前へと差し迫った瞬間、准将は素早く石の壁を錬成する。先程は両断するに至ったそれはまた、エルバの横薙ぎの一閃を途中でせき止めた。

 見間違いではない天剣の姿に周囲のざわつきは大きくなる。

 

「フンヌァッ!」

 

 石壁の途中で止まる己の剣を見つめ一瞬硬直するエルバの耳に、その壁の向こうからガントレットの打ち鳴らす音とグラン准将の雄叫びが聞こえた。

 ハッとしたエルバが剣を引き抜き後ろに飛び退くように距離を取るも、壁を叩いたグラン准将は石壁から幾本もの槍を生やす。串刺しこそ免れたものの、幾本かの槍先がエルバの体を撫でるように切り裂いた。

 

「ぐっ……!」

 

 演習の域を超えているんじゃないかと誰かが言い出しそうで、しかし戦う二人の(ゆう)の姿を見ると、口を挟める雰囲気ではなかった。

 

「……なるほど」

 

 そう呟いたのはエルバだった。己のサーベルを、正確にはそのサーベルの刃面についた小さな傷跡を見つめた後、ゴロゴロと転がっているグラン准将の錬成した残骸へと視線を送る。少し考えるように眼を細めた彼だったが、その顔に薄っすらと不敵な笑みが零れた。

 

「不躾ながら准将、素晴らしい錬成練度と発想ですね」

「……」

 

 種が分かったようにそう零したエルバが、剣を手にグラン准将へと()()()()()。少し驚いた様子の准将だったが、こちらに歩み寄るエルバに対しガントレットを構える。

 

「気づかれてしまったか。しかし、分かったところで策はあるのかッ、天剣ッ!」

 

 エルバが一定の距離まで近づいたところで再び地面を叩いたグラン准将。エルバの足下から石柱と石トゲが錬成される。

 

「ッ!!」

 

 それに対しエルバは一瞬、ほんの刹那、動きを止めその錬成物を()()した。そしてエルバが一瞬の間の後に剣を振るえば、石柱と石トゲは滑らかな断面を残して一刀の元に斬り伏せられた。

 

「確かに私は普段、相手の錬成するものの形状、質量、規格、素材などを()()して剣を振るっています。そしてそのモノに対して完璧な角度で切りつける事で、斬り伏せる」

 

 エルバが剣を振り抜くと、風圧に土煙が追従する。再びエルバがグラン准将へと()()()()

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「だからグラン准将は、()()()()()()()錬成した、と?」

 

 ホークアイ中尉の言葉に頷くのは観客席で観戦していたマスタング大佐。

 

「先程のアームストロング少将の仰る通りに、クライス大尉が切りつける対象物を推察し、それに合わせて剣撃を放っているというならば」

「ふん。エルバ(アイツ)がそう言っていたからな」

 

 ちらりとにわかに信じられないとオリヴィエに目を配るマスタング大佐だったが、それに鼻を鳴らして当然のように答えるオリヴィエ。

 

「信じらんねえ。()()()()()()()、あいつ」

 

 肩をすくめて苦笑いを浮かべながらどこか呆れたようにぼやくヒューズ中佐。

 

「相手が優秀な錬金術師で、()()()()()()()()()を構築してしまうと、クライス大尉にとってはやりやすい、と」

「優秀であればあるほどな。鋼のが手も足も出ないわけだ、皮肉なことに。だが、グラン准将は自力でその推察へと辿り着き、あえて歪な形状、重心のずれ、余計な素材、そういった錬成を行い、クライス大尉の凶刃を止めて見せたわけだ」

 

 ホークアイ中尉の疑問に頭をかきながらどこか信じられないと言わんばかりに答えるマスタング大佐。

 

「しかし今度は、()()()()()にクライス大尉が気づいた」

「でも、歪だって分かったからって、どうやってもう一回斬れるようになったんすか? どんな変わった形状にするかなんて、錬成しているグラン准将本人にしか分からないんじゃあ?」

 

 ハボック少尉がすっかり冷めた売店のコーヒーの残りを一気に呷り、当然の疑問をぶつける。それに答えられる者は一人もおらず、みなが首を傾げるばかりだった。

 

「……」

 

 そこに何らかの秘密を感じ取ったオリヴィエのみが瞳を細めて、自身の知らないエルバの秘密に、どこか苛立たしげに、そして少し寂しげに彼を見つめていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「なので、()()()()斬りました。准将がどのようなモノを錬成したのかを視認してからなら、確実に斬れる。⋯⋯多少、目はいい方なので」

「さらりとぬかしおる。目がいいなどという話ではない、恐怖すら覚えるほどの眼力、動体視力、反射神経……そしてそれに呼応する肉体……」

 

 苦虫を噛みつぶしたかのように表情を曇らせるグラン准将。目の前の男の得体の知れない、底知れぬ強さに思わず自身の鼓動が聞こえてくる。恐怖しているのか、この若造に。そう自問自答するグラン准将のこめかみから、激しい脈動に呼応するように鉄臭い血液が溢れ出してくる。

 エルバの踏み込みが砕けた石畳の破片を踏みしめる。ジャリという不快な音がグラン准将の意識を引き戻す。確かにその隻眼でこちらを捉えるエルバが駆け出す。斬られるならば勝負はふりだし、近づかせないのがセオリー。

 

「ヌアァッ!」

 

 グラン准将がガントレットを打ち鳴らし、その右拳で無残にも上半分を切り捨てられた石壁を殴り飛ばす。拳の打たれる瞬間に錬成反応が石壁を包み、砕けた無数の砕石が弾丸の様に鋭利な切っ先へと形を変え、回転力を加えながらエルバへと襲いかかる。

 グラン准将の攻撃は止まない。すかさず体を傾け、左拳で足下に転がる自身が錬成した巨大な鈍器の残骸を下から抉り打ち上げるように殴りつけると、再び漏電のような錬成反応が瞬き、砕石の弾丸が第二波となって飛び散る。

 

「まだまだァッ!!」

 

 さながら暴力の暴風雨。グラン准将はエルバと一定の距離を保つように、彼を中心に円を描くように駆けながら、辺り一帯の石やコンクリートの塊を殴りつける。その度に瞬く錬成反応と砕石の(つぶて)が散弾の様に広範囲に撒き散らされる。客席にこそ影響の出ない範囲に抑えられてはいるが、錬金術も使えないまともな人間が防ぎきれるような代物ではなかった。

 

「フゥ……ッ!」

 

 短く息を吐くエルバ。刃を己の前に立て、その刃面に鋭い眼光が反射する。そこには微かな、憤怒が見て取れるようだった。

 あえて踏み込む脚を止める。散弾のように飛来するその(つぶて)は距離が伸びるほどに礫同士の隙間は大きく広がる。即座にそう判断したエルバは駆け出す脚に土煙と粉塵を纏わせ、滑るように踏ん張り己の体を制止する。

 迫り来る弾丸の如き砕石の群れを、エルバの深い瑠璃色の瞳が捉えた。眼帯の下の眼が疼いたような気がした。

 エルバは砕石の隙間を縫うように、石の隙間を水が流れるが如く最低限の所作ですり抜けていく。その眼の焦点は確かに飛び交う礫を視認している。交わせぬ弾は刃面で軌道を逸らし、刃を立て斬り伏せ己の体を射線から外す。

 

「……ッ、まずいな……」

 

 こちらから一定の距離を保って攻撃し続けてくるグラン准将相手に、捌いて身を守り続けていてはじり貧だ。何よりもエルバにとって致命的だったのは、度重なる激しい戦闘の連続に、アメストリス国軍が誇る軍刀サーベルも流石に限界を迎えていた。飛び散る礫の嵐にサーベルのこぼれた刃の微かな金属が混じる。

 

「くッ……!」

「如何に貴君が超人的であろうとッ、その剣は所詮はただの剣ッ! むしろここまでよく保ってくれたものだッ!」

 

 岩石と呼べるほどの一際大きな礫の塊がエルバの顔面へと飛来し、それをサーベルで切り裂いたエルバだったが、その衝突の瞬間金属のへし折れる甲高い音が鳴り響く。エルバの持つサーベルが真っ二つに砕け散った。

 天剣折れる。この日何度目かの衝撃が走る。剣を折る、それすなわち錬金術師の錬成陣を破壊したも同義。流石に勝負ありだろうとグラン准将も立ち止まり礫の嵐を沈める。

 

「もっとも、ここまでその剣が保ったのも、貴君の腕があったからこそだろう。だが、それも終わりだ」

 

 腕を組み満足そうに豪快な笑いを飛ばすグラン准将。次第に辺りの雰囲気もグラン准将の勝ち色に染まり、錬金術師でもないのによくやったと言わんばかりのエルバに対する慰みの色さえ帯び始めた。

 

「それとも、腰に下げられたそのもう一振りの剣を抜くかね? 貴君がそれを抜刀している姿を誰も見たことがないと言うが」

 

 エルバは俯いたままその折れた剣を見つめ、その残った刃を左の指先で撫でる。俯くその表情は観客席からは確認できなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「流石はグラン准将、と言うべきか?」

「うむ、まさかクライス大尉……もとい、()()を止めるとは」

 

 顎髭を擦りながらどこか悔しそうにぼやくヒューズ中佐に、膝に突いた両手を組み、口元を隠すように顎を乗せて支えるマスタング大佐が冷静に呟いた。

 ハボック少尉も頭を掻きながら頬杖を突き残念そうに半眼を宙にさまよわせ、ホークアイ中尉も表情こそ崩さないものの、小さく息を吐いた。

 

「……」

 

 オリヴィエの表情はその毛先のカールする長い前髪に隠れて窺い知ることはできない。しかしその背筋はピンと張ったまま、視線は未だ戦場から外さない。

 

「姉上……?」

 

 アームストロング少佐がそう尋ねたのは、この状況をして自身の姉上殿の口元に僅かばかりの笑みが零れたような気がしたからだ。

 

「……行くぞ」

 

 オリヴィエがおもむろに立ち上がったかと思うと、自身の率いる数名のブリッグズ兵達にそう声をかけた。まるでもう興味が失せたかのように軍服のスカートを翻す。振り向きもせず席を立つオリヴィエにブリッグズ兵達も、さも当然の様な表情で彼女に追従する。

 

「あ、姉上、どちらへ?」

「勝敗は決した」

 

 問いかける弟に振り返ることもせずそう吐き捨てるオリヴィエ。

 

「で、では夜の方は……?」

「……話したはずだぞアレックス。エルバ(あいつ)に言ったのは今宵のダンスパーティー、私の手を引きたくばこの演習で、ブリッグズ砦(われわれ)に勝利をもたらせ、という条件だったと」

 

 チラリとその鋭く冷たい眼光が前髪の隙間からアームストロング少佐を刺す。「しかしそれは……」とエルバを庇おうとする弟を無視するオリヴィエ。

 アームストロング少佐の後ろから「あちゃー、エルバのヤツそんな条件で……」とヒューズ中佐が額に手を当て参ったと顔をしかめ、話しの流れから何やら察しのついたホークアイ中尉もどこか心配そうに未だ俯き剣を見つめるエルバへと視線を送る。

 

「ですけど、剣が折られてもクライス大尉にはまだもう一振り剣を持っていますよね? あれで戦ったらいいんじゃ?」

 

 特に()()()()を知らないハボック少尉がなんて事なさそうに質問にも似た独り言を零すと、アームストロング少佐は腕を組み困ったと言わんばかりに小さく嘆息して視線を空へと送る。

 ハボック少尉へ振り返らず、オリヴィエは怒りも呆れもなく、さも当然の如く吐き捨てた。

 

「この程度の状況でアイツに剣を抜かせられるなら、今まで苦労はしていないさ」

 

 その言葉の意味が分からなかったハボック少尉は小首を傾げ「中尉、どういう意味ですか?」と隣のホークアイ中尉に問いかけるも、彼女もまたアームストロング少佐同様に頬に手を当て困ったように嘆息するだけだった。

 話は終わったと客席の階段状の通路を上ろうと一歩踏み出したオリヴィエに、マスタング大佐がどこか意味深に、その口元にニヒルな笑みを浮かべながら振り返ることもなく声をかける。

 

「しかし少将、……本当に最後まで見なくてよろしいので?」

「……構わん、結果はもう見えたからな」

 

 その問いかけにオリヴィエもまた、振り返ることなく答える。歩を進める彼女が「それに……」と呟く。

 

「着付けに少々、時間がかかるのでな」

 

 小さく振り返ったオリヴィエのその瞳は少し愉快そうに細められ、厚ぼったい艶やかな唇は薄らと笑みを称えていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……いえ、この剣は()()()()()⋯⋯」

『えー、クライス選手の試合続行が不可のっ……!?』

 

 しばし様子を見ていた実況がエルバの言葉から彼が負けを認めたのだと思い、グラン准将の勝利宣言をしようとマイクに声を通したとき、一際大きな風鳴りと一陣の突風が吹き抜けた。

 会場中央ではエルバが、折れた剣を払うように振り抜いていた。刃の剣圧に追従する粉塵を纏いながら、エルバの深い瑠璃色の瞳がグラン准将を射貫く。

 

「……ッ!」

 

 ずくりと、縦に引き裂かれた己の顔の傷が疼く。目の前の男の眼は、その獲物がへし折られる前と何一つ変わってはいなかった。

 

「……よかろうッ! 天剣ッ! 未だ貴君がやるというならばッ、とことんまでッ!」

 

 エルバが未だ微塵も敗北を認めていないことに気がついたグラン准将が、実況のコールを制止させ声を荒げる。

 

「剣一本折られた程度でッ! 戦場で闘いが止まる訳もあるまいッ!」

 

 グラン准将がガントレットを打ち鳴らす。瞬く漏電にも似た錬成反応はエルバを扇動し、己を鼓舞するかのようだった。

 眼前に構えたサーベルを一撫でしたエルバが喉を震わせる。その瞳、未だ憤怒の色は抜けず。

 

「刃渡り30と余り……。ならば、十分ッ……!!」

 

 石畳に亀裂が入るほどの強烈な踏み込みで、天剣が駆け抜けた。

 准将のロングレンジの錬金術に比べて、先程よりも更にリーチが短くなったこちらの武器。後手に回っては受けきれぬ、守りに回ればじり貧、この攻防が恐らく最後の駆け引き、退路は無い、退けば負ける、行くしか無いッ――

 

「来るかッ、この鉄血の嵐の中をッ!」

 

 グラン准将が両の拳で地面を叩くと、准将の体が完全に隠れ見上げるほどの巨大な石壁が錬成される。しかしそれは防壁では無い、攻撃の一手。

 グラン准将が両手のガントレットに眩い錬成反応を纏わせながら石壁を殴りつける。エルバの様子など見る暇も無いほどの連打。

 壁の向こうで准将が拳を振るう度に錬成される(おびただ)しいほどの礫の散弾。散弾の隙間を埋めるかのように第二波、第三波の散弾が矢継ぎ早に押し寄せる。

 しかしエルバは踏みとどまらない。地を這うように極限まで体を低くし駆け抜ける。躱せるものは躱す、短くもその剣で凌げるものは凌いだ。

 

「ぐぅッ……!!」

 

 それでも捌ききれない礫の雨には打たれる覚悟で、体を切り裂かれ、血しぶきを撒き散らしながらもグラン准将の間合いへと詰め寄った。

 

「見事なりッ!!」

 

 撃ち尽くされた石壁には最早エルバと准将を隔てるほどの大きさは無い。砂塵舞う程にエルバが力強く踏み込むと、彼は天を舞うかの如くグラン准将の上空を飛び越える。それを捉えていたグラン准将の視界の隅に、なにかが見えた気がした。

 それは見逃されれば大惨事を招く一撃。されど准将ならば見逃すまいと、ある種の信頼にも似たエルバの置き土産。

 

「グッ、ゥゥウオオオオォォォッ!!」

 

 エルバがグラン准将の上空を飛び越える前に、安全ピンの抜いた手榴弾を落としていたのだ。准将の思考が回転する、後ろには天剣、前には安全装置の外された手榴弾。

 准将の雄叫びは咄嗟にエルバの方へと注意が向こうとする自身の体を無理矢理押しとどめているかのようで。エルバへと向き直る体を正面へと引き戻す。その両腕のガントレットを地面に叩きつけると落下してくる手榴弾を包むようにドーム状の防爆壁を錬成する。

 くぐもっていながらも一際大きな轟音、エルバが准将の後方に着地するのと同時に炸裂する手榴弾。即席の防爆壁は大きな亀裂が入りひび割れるもその爆撃を防ぐ。それでも漏れ出した大量の黒煙が二人を包む。

 

「ッ……!」

 

 グラン准将の背後を取ったエルバがその剣を振り抜く。視えていたのだ、准将が手榴弾を防ぐための錬成を行うと同時に、見えてもいない己の後方に防壁を築いたことを。

 エルバの短いサーベルはそれでも黒煙に燻る石壁を斬り伏せる。この展開は分かっていた。分かった上で来たのだ。エルバの勝機はもっとも死地に近い()()()()()()にしかないのだから。

 まるで初撃の展開を再現するかのように、エルバは両断された石壁の上を転がるように准将の前へと降り立つ。

 

「ヌンッ!!」

 

 着地と同時に待ち構えていたグラン准将の鉄拳が黒煙の向こうから強襲する。そのガントレットを剣で弾くようにいなす。今度はエルバの超近距離での切り上げをグラン准将がガントレットで防ぐ。

 

「ウラァッ!」

「ッ!?」

 

 弾かれた剣を振り下ろすエルバだったが、動き出すその前に、その刀身に准将のガントレットの拳があてがわれた。振るった神速の剣を止める術はなくとも、動き出す前であれば、更には折れて短くなった剣ならば尚更、捉えることは可能だった。

 咄嗟に剣に力を込めたエルバだったが、振り下ろしたその柄には最早刀身は残っておらず、青白い錬成反応とボロボロに分解された刀身だった金属片が降り注ぐ。

 

「ぬぐぅッ!?」

 

 剣が分解された。エルバはそう理解すると最早邪魔でしかない柄を捨て、グラン准将の股の間に一歩踏み込み、そのボディを自身の体重を乗せた肘で打ち抜く。

 ぐらつく准将がエルバの足に引っかかるように転倒する。しかしすんでの所で右手を地面に突くと体を捻り左足でエルバの右側頭部を狙う。

 それを視たエルバは頭を退いて躱す。風圧に髪が揺れるほどの紙一重。

 一歩踏み出すようにエルバは左足で、グラン准将の体を支えるように突っ張っている右足の膝裏を踏み抜く。

 

「ぐうッ……」

 

 支えを失いその場に倒れ込むグラン准将。その顔面へとエルバの右の脚撃が迫るも、両腕でそれを受け止める。絡めるように捉えたエルバの脚を巻き込んで、転がるようにエルバを転倒させる。

 咄嗟に左の脚で准将を振り払うと、二人は間髪入れずに起き上がる。

 

「――――ッ……」

「ヌゥッ……」

 

 お互い未だ一歩踏み込めば必殺の間合い。そこで准将が感じ取ったのはエルバの瞳に映る確かな憤怒。その眼力に思わず背筋が凍り心臓が大きく脈打つ。

 それどころではない、分かっていたはずなのに、その眼に睨まれグラン准将は思わず()()()()()()()()()()()に手を伸ばしてしまった。半ば無意識に両腕を広げてガントレットを打ち鳴らそうとした、その時だった。

 

「なッ……にィッ!?」

「ぐぅッ……!」

 

 エルバの渾身の踏み込み、彼の伸ばされた左腕は打ち鳴らそうとするグラン准将のガントレットの間に挟み込まれ、その錬成陣の完成を阻む。みしり、と骨身の打ち鳴らされる鈍い音を立てながらもその左腕はグラン准将の襟首を掴み上げた。

 痛みに僅かに眉間に皺を寄せながらもエルバはグラン准将を己へと引き寄せる。その腕を掴み関節を極めてやろうとするグラン准将だったが、どうにも、まるで岩か鉄の如くその腕は動かなかった。彼の不動の意思を反映するかのように。

 

「――――ッ!!!」

 

 引き寄せられ覗き見たエルバの眼、深き瑠璃色のその眼には確かに自身を臆させるほどの憤怒が見えたが、それと同時に、若き青年の苦悶のような、なにかに追われる焦りのような、純粋なまでの必死さが見えた気がした。

 その瞬間に、グラン准将はこの戦いの結末を悟った。

 エルバの遠慮のない渾身の右拳が准将の左頬を捉え、骨の軋む音を立てながら、その大きな褐色の体躯を数メートルに渡り殴り飛ばした。

 砂埃を上げて転がるグラン准将は動く気配がなく、しばしの沈黙が会場を包んだ。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 肩で息をするエルバ、倒れ伏し動かないグラン准将。アメストリスの天剣と、熟練の国家錬金術師の闘いとしては余りに泥臭い決着ではあったが、勝敗は決した。

 実況と医療班が慌てて准将の元へと駆け寄る。エルバの元にも医療班が駆けつけ、ぐったりとする彼の体を支える。

 「流石に、疲れた……」とぼやくエルバと、飛んでいた意識が戻ったのか、グラン准将が支えられながらも上体を起こし、頭を振る。

 キョロキョロと二人の無事を確認した実況が改めるように咳払いをし、大きく息を吸い込むと、最終試合の結果を告げた。

 

『えっと……、ごほん。……勝者ッ、北方司令部代表ッ! エルバ・クライス大尉ッ! 皆様ッ、拍手をッ! クライス選手にッ! そして本演習に参加した全ての選手達にッ!!』

 

 会場が一気に歓声に包まれ、試合に夢中になっていた音楽隊がハッと己の職務を思い出し、試合終了のファンファーレと会場を盛り上げる演奏を奏でる。

 

「ぅ……くっ……、天剣殿、見事でしたな」

「いえ、准将の胸を借りたまでです」

 

 ゆっくりと立ち上がったグラン准将が、ふらつく足取りでエルバの元へ歩み寄る。エルバもまた痛む体にむち打つ。

 戦闘時とは打って変わって小さく笑ったグラン准将が手をさしだし、エルバと握手を交わす。

 

「一つ、聞きたい」

「……なんなりと」

「この演習では優勝すれば軍部が望む報酬を出すという話しだった。それを目当てに参加した者、他の目的がある者様々だっただろう。わしは職務のため、そして貴君に触発され闘った。……しかし貴君にはもっと別の、なにかがある気がしたのだが。いったい、何のために闘っていたのだ?」

 

 その問いかけに眼をパチパチと瞬かせ、顎に手を当てながら難しい顔をしたエルバだったが、しばし考えた後に困ったように眉を垂らして笑った。

 

「端的に申しますと……、惚れた(ひと)の手を取りたくて……」

 

 その言葉に肩すかしを食らったようにきょとんとするグラン准将だったが、俯き小さくくつくつと笑い出したかと思うと、我慢できないと言わんばかりに心底楽しそうな笑い声を上げた。

 エルバの肩を叩き会場を去る准将は最後にどこか呆れたように、しかし眩しそうにエルバをい見つめる。

 

「若き情熱とはかくも強いな」

「どうされました? 准将」

「いや、何でもないわ。⋯⋯わしも焼きが回ってきたかの」

 

 がははと豪快な笑い声が消えていく。

 顔を差す茜色に眩しそうに顔をしかめ、エルバは応急処置を受けながら自身の怪我の具合を確かめると、困ったように眉尻を下げた。

 

「踊れるかな……」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 近年希に見る大盛り上がりの実技演習が終了したその夜。中央(セントラル)ではまた別の盛り上がりを見せていた。

 すっかり日の沈んだ暗い夜空だったが、星の明かりなど全く見えないほどに大通りは爛々と眩い照明に照らされ、軒並み立ち並んだ出店からは美味しそうな食事の匂いと活気溢れる人々の笑い声が溢れている。

 オレンジの電灯が並ぶ中肩を組んで酒を酌み交わす男達に、せっせと料理を運ぶウェイトレス、老いも若きも男も女も年に一度の建国祭の夜に、したたかに酔いしれ日頃の鬱憤を晴らすかのように楽しんでいた。

 商事どころの並ぶ大通りを途中で逸れると、それまでの活気は嘘のように静まりかえる。街灯の明かりは落ち着いた暖かい光を灯し、笑い声と楽しげな喧噪はなりを潜め、どこからかムーディーな音楽が聴こえてくる。

 老若男女が騒いでいた通りと異なり、こちらでは男女の姿がよく見られた。この通りの奥には国営の大ホールが存在し、そこでは建国祭を祝い貴族や資産家など国の有力者らや軍関係者などがパーティーを催している。

 一般人の入場は制限されているが、その会場から漏れ出すムーディーな音楽に耳を傾け雰囲気作りに利用するのが若者達の定番らしい。

 

「あっ、エルバお兄様! お久しぶりです!」

 

 ポツポツと並ぶ街灯に照らされるだけの外とは一変して、その会場内は豪華絢爛で眩い光に包まれたいた。

 ほのかに温もりを感じるブラウン混じりのオレンジのシャンデリアがいくつも吊され、一流のシェフにより調理されたばかりの暖かい料理が次々と運ばれてくる。

 見るからに良い服に身を包み口ひげを生やした初老の男性や、成金趣味を隠そうともしないブランド物で身を固めた女性、周りの人たちが引っ切りなしに挨拶に来る老人など、様々だがそこにいる誰もが位の高い人物であることは誰の目から見ても察しがつくようだった。

 少しの居心地の悪さと、この後の催しを考えるとエルバはどうにもそわそわとしてしまい落ち着かなかった。自身の身を包む軍服も戦闘服を兼ねた普段の常用の物とは異なり、式典などの正装用の物となっており、普段あまり着慣れないその感触がまた一層むずがゆさを感じる。腰に下げられた、新たに支給された真新しい軍刀とは別の、もう一振りの黒革の剣を思わず無意識に握り込んでしまう。

 そんな彼の緊張を解すように親しげに声をかけた来た女性、もとい女の子の姿が見えた。

 

「ああ、キャスリンお嬢様、お久しぶりでございます」

「そんな畏まった言い方はやめてください!」

 

 痛みのない絹のようなプラチナの髪に、シャンデリアの光を取り込みキラキラと輝く大きく蒼い双眸、そしてやはり毛先のカールした前髪。レースの揺れる純白のワンピースドレスに身を包み、エルバと比べて遙かに小柄で人形の様なその少女の名前はキャスリン・エル・アームストロング。オリヴィエの妹にしてアームストロング家の末っ子である。

 胸に手を当て頭を垂れるエルバに、キャスリンは頬を膨らませて抗議する。彼らの仲では礼儀は返って失礼に当たるらしい。

 「すみません、いかんせんこういった場ですので」と肩をすくめるエルバに、そうですねと小さく笑った少女が思い出したように手を叩く。

 

「そういえばエルバお兄様、演習のご様子拝見しました!」

「これは、お見苦しい姿を……」

「怖くて何度も目をつぶっちゃいましたけど⋯⋯」

「少々、過激な演習となってしまいました」

「お怪我の方は大丈夫ですか……?」

 

 心配そうにそっと腕を伸ばすキャスリンの手をとり、安心させるように柔和な笑みを浮かべる。

 

「ご心配をおかけして申し訳ございません。この程度、問題はございませんよ」

 

 そう微笑みかけると、キャスリンはあたふたと慌てたように握られた手を離し胸の前で手を組む。やんわりと頬に朱を差し、どこか照れくさそうにも嬉しそうに「えへへ」と微笑む。

 

「そういえば、お父上は来られていますか? 挨拶だけでも」

「お父様とお母様はあちらでお話しされています」

 

 キャスリンが手で差す向こうに、アームストロング家の当主とその夫人がまた別の有力者らしい老夫婦と雑談している様だった。挨拶はまた改めるかと思案するエルバの肩に、後ろから誰かが勢いよく腕を回してきた。

 

「よー、天剣殿っ、いい試合だったぜ。氷の女王様も満足そうでなによりだ」

 

 それはエルバと同様、正装用の軍服に身を包んだヒューズ中佐の姿と、後ろには同じく正装を着るマスタング大佐とホークアイ中尉が。

 

「ヒューズ中佐、お二人も、いらしてたんですね」

「おう、俺は今来たとこだぜ」

 

 彼が親指で差す方には奥方グレイシアの姿と、小さなドレスに身を包み一心不乱に美味しい料理を頬張るエリシアの姿が見えた。

 

「実戦演習参加者は強制参加らしい」

「私は大佐のお目付役として」

「おいおい、せめて補佐官としてと言ってくれたまえ」

 

 澄まし顔のホークアイ中尉にげんなりとマスタング大佐が苦笑いを浮かべる。そんな二人の様子を見ていたキャスリンも思わず上品に口元を隠して笑みを零してしまう。

 体躯の良いエルバに隠れて見えなかったその可憐な少女にようやく気がついたように、マスタング大佐が声をかけた。

 

「おや、そちらの見目麗しいお嬢様は?」

「こちらは少将の妹君です」

「ううぇっ!?」

「うそ……」

 

 エルバの紹介に思わず面食らったように素っ頓狂な声を上げてしまうマスタング大佐と、ホークアイ中尉も思わず口元に手を当てぽつりと零してしまう。

 

「分かるぜ、ロイ。あの女王様と少佐の家系からこんな血の繋がったお嬢さんが産まれるなんて信じられねえよな」

「……それはどういう意味ですか、ヒューズ中佐」

 

 腕を組みうんうんと頷くヒューズ中佐に思わずエルバの表情が険しくなる。ヒューズ中佐は慌てて冗談だと笑うと、誤魔化す様に再びエルバの肩に腕を回してぐっと顔を寄せ小声で問いかける。

 

「それで、このダンスパーティー、本当に氷の女王様を誘えたのか?」

「え、ええ、まあ。約束通り演習では優勝しましたので、来ていただけるかと……」

「いただけるかと、ってお前、なんにも話してないのか?」

「まあ、演習が終わってからは少将のお姿を見かけておりませんし……」

 

 腕から逃れるエルバに半ば呆れたように心配するヒューズ中佐。その会話を聞いていた後ろの二人も困ったと言わんばかりに溜め息を零す。

 その態度にどこかバツの悪そうな表情を浮かべ頭をかくエルバに、キャスリンがピンと人差し指を立てて微笑む。

 

「姉様でしたら先程、アームストロング家(うち)のメイドの方々と一緒にドレスの着付けをしておりましたので、もうすぐ来ると思いますよ」

 

 その言葉に大きく心臓を鳴らすのはエルバのみで、ヒューズ中佐は顎に手を当て「あの氷の女王がドレス……?」と神妙な面持ちで呟いた。

 

「タキシードの方が似合いそうだ」

「お前、それ絶対本人には言うなよ?」

「私の耳に入った時点でアウトだとは思わないんですか?」

 

 マスタング大佐の思わず零れてしまった本音にヒューズ中佐の心配するような半眼と、エルバの鋭い眼光が突き刺さる。

 彼らが冗談交じりに談笑していると、締め切られていた会場の扉が開かれた。それ自体に特別なことはなにもなかったが、違和感を感じたのは、先程まで自分たちと同じように談笑していた周りの雑音が、まるで水が引いていくようにすっと静まりかえったからだ。

 目の前のヒューズ中佐とマスタング大佐もまた、驚いたように目を見開いて、エルバの後方にある出入り口を見つめたまま口を噤んだ。

 「あ、来ました」と、隣にいたキャスリンの嬉しそうな声だけがやけに大きく聞こえて、エルバは頭で理解する前に、ゆっくりと、後ろを振り返った。

 

「…………――――…………っ」

 

 言葉が何も出てこなかった。そこには確かに彼の待ち望んだ人がいたのだ。

 銀と水晶の飾りはまるでブリッグズの氷と雪を連想させるようで、穢れのない純白は陽光を反射する雪原のように眩く輝く。そこに大人の女性の色気と彼女の気丈さを思わせその魅力を最大限に引き出す黒衣のアクセント。

 大胆にも大きく背中の開かれたバックレスドレス、首元まで覆われて隠されたフロントは楚々たる清らかさがありながらもその大きな胸元が強調されている。その鍛え上げられながらもしなやかで、女性らしい体つきを隠しもしないマーメイドラインのシルエット。腕を隠す純白のレースのロングスリーブから覗かせる麗しき指先は、今宵、軍刀ではなく己のドレススカートをカーテシーのように摘まみ上げ歩く。

 脚を覆い隠すようなシンプルながら絢爛なドレススカートにはスリッドが入り、その逞しくも艶めかしい美麗な色白の脚が見える度にため息が漏れそうになる。

 それは豪華絢爛でありながら淑やかさと品を失わず、隠しきれない芳醇な色香に富みながらも落ち着きのある、アームストロング家に代々仕える仕立屋の渾身の一着だった。

 

「……」

 

 足下を見ることもなく凜とした佇まいで階段を降りてくるオリヴィエ。清らかなドレスながらも溢れる隠しきれない艶めかしい色香は、彼女の名家の長子たる佇まいと所作によってかき消され、淑女としての魅力へと変わる。

 前髪はいつも通り右側に流しているが、後ろ髪は結い上げ白い陶磁器のように艶やかなうなじが背中と共に露わになっている。髪にはドレスと合わせた立花を想起させる輝く金剛石の髪飾り、それはシャンデリアの明かりを吸収しては乱反射させる。

 男も女も、老いも若きも、そこにいた誰もが彼女に見とれ固まってしまう中、その男だけが引かれるように無意気にも力強い足取りで彼女の元へと歩み寄る。

 オリヴィエがエルバの姿に気がつくとその脚を止め、あと数段を残し、エルバより高い位置からその爪の先まで麗しい右の手をすっと伸ばした。

 

「約束のものだ、受け取れ」

 

 差し出された手を下からそっと、彼女を支えるように優しく掴むエルバ。普段の彼女からは想像もできないようなその美しくも儚げな姿は今にも壊れてしまいそうで、彼女の手を支えるための力加減が分からなかった。

 

「……どうか、私と踊って下さい」

 

 絞り出すようなその声が面白かったのか、オリヴィエは小さく微笑んだ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「そこは右足だ。ほら、私をリードしないか」

「こ、こんな感じでしょうか」

「……まったく、パーティで女一人リードできないのか」

 

 音楽家が奏でる生の演奏に乗せてダンスパーティーは始まった。会場の中央では一層明るい照明に照らされて数組の男女が手を取り合う。その中に、他を霞めてしまうほど目を引く二人がいた。

 慣れたように舞うオリヴィエに、ぎこちなく付いていくエルバ。見よう見まねのダンスは彼の身体能力と反応速度でなんとか補っているようだった。

 

「申し訳ございません……。こういった経験は初めてなもので、慣れていなくて……」

 

 エルバの体がぎこちないのは目の前にいる彼女の姿が視界に入る度に己の心臓がいちいち反応して、鼓動が高鳴ってしまうからでもあった。

 周りでは半ば呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑みを浮かべるマスタング大佐。隣のホークアイ中尉も弟を見守る姉のように暖かい瞳で彼らを見つめる。

 ヒューズ中佐もエルバの姿を見て心底喜んでいるようで、「きれい……」と思わず食事の手を止めて、二人の舞踏に魅入ってしまうエリシアの頭を撫でる。

 

「……そうか、初めてか……。……初めて、か。なら許してやる……」

 

 申し訳なさそうにするエルバの言葉に、どこか機嫌が良さそうにステップを刻み小さく呟くオリヴィエ。

 

「え、なにか?」

「ほら、次は左を下げるんだ」

「は、はいっ」

「今日は私がリードしてやる。……早く私と踊れるようになってもらわんとな」

 

 教育してやると言わんばかりに彼をリードしながらその手を引くオリヴィエ。

 

「いたた」

「ああ、怪我をしていたな。具合は大丈夫か?」

「ええ、まあ。グラン准将がいささか苛烈でして」

 

 二人はステップを刻み、エルバも多少慣れてきたのか彼女のリードに付いていきながらも言葉を交わす程度の余裕は出てきた。

 

「そういえばお前、パレードでは随分と黄色い歓声を受けていたな」

「見て、おられたのですか……?」

「……たまたまな。演習の時もだったか?」

「そう、でしたか?」

「なかなか人気があるじゃないか。さすがアメストリスの天剣、か」

「まったく耳に入っておりませんでした。この胸中を占めるのは今宵の少将との事ばかりでしたので、それ以外は、なにも」

「…………まったく」

 

 エルバの純粋でむず痒くなるほどに真っ直ぐな言葉はオリヴィエの心根をくすぐり、どうにも満更でもない様子を見せる。彼の手を引く力が少し柔らかくなった様な気もする。

 

「お前ならばダンスの相手など、引く手数多だろうに」

「いえ、あまり興味がありませんので」

「その割に今回はやけに食い下がってきたな。……そんな怪我まで負って」

 

 エルバの真意を探るようにその蒼い双眸で、彼の深い瑠璃色の瞳を下から見つめ上げるオリヴィエ。

 

「今回は……、今年は、特別でしたから。どうしても、こうして少将と踊りたかったのです」

 

 エルバはなにかを隠すように、その隠し事を見透かされないよう無意識に視線を逸らしてしまう。

 

「来年は……。次はどうなっているか、わかりませんから」

「どういう意味だ? ……お前は死地に招集されるからな、常に死と隣り合わせな仕事ばかりだからか?」

「人間、明日の事は分からないということです。だから今を、せめて今だけは、どうか……この瞬間を」

「……そうだな。だが、()()はより良い明日を目指して生きていくものだ。……来年も、その次もこうして……」

 

 まるで自分に言い聞かせるようなその言葉にエルバの胸中は温もりが広がると共に、強く締め付けられるような気がした。

 

「次は」

「右ですね」

「覚えるのが早いな」

「ええ、せっかくの短い至極の時間です。踊れなければもったいない」

 

 微笑むエルバに思わず面を食らうオリヴィエ。冷静沈着で大人びており、戦闘となれば慈悲もなく修羅の如き凶刃で敵を屠る。そんな男が今必死に、自分との時間を目一杯共有するためだけに不慣れなダンスを覚えようとしているのだ。どうにもその姿が愛らしく、オリヴィエにはたまらなかった。

 心地よい時間はあっという間に流れ、演奏は終盤へと差し掛かる。それを察したオリヴィエがなにかを考えるように、求めるようにエルバの瞳を見つめると、そっと優しく、扇情的に囁いた。

 

「……最後だ、私を抱き寄せろ」

「えっ、それは」

「早く……」

 

 オリヴィエがエルバの腕をそっと引き寄せ自身の腰へと回す。そのまま倒れそうになるオリヴィエを慌てて支えるエルバは図らずも彼女を抱き寄せてしまう。

 

「……」

「…………っ」

 

 瞬きするまつげがこそばく感じるほど、吐息の湿度で唇が濡れそうなほど、今にもその艶やかで色っぽい唇に触れてしまいそうなほどの距離。

 エルバの深い瑠璃色の瞳にはオリヴィエの蒼い双眸が反射する。顔にかかったプラチナの前髪がはらりと垂れると、彼女の頭を支えるエルバの左手をくすぐる。

 ダンスで微かに上がった体温は今ここに来て更に温度を上げる。戦っていたときとはまた違った心臓の鼓動が体内を反響してエルバの脳を揺らす。微かな汗の混じったシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、緊張で喉が乾くも唾を飲み込むのもはばかられる。

 ぱちりと瞬きする彼女のやけに長いまつげが、エルバの眼にはゆっくりに見えた。

 その美しく絵になる二人の姿に、周りも思わず固唾をのんで魅入ってしまう。まるで皆が口を噤んで絵画でも視ているようで、演奏の止まった会場は呼吸の音さえ聞こえそうなほど静寂に包まれた。

 

「…………っ」

 

 見つめ合う二人の影がそっと近づき、その唇が今にも触れそうになる瞬間、オリヴィエを支えるように身を乗り出すエルバの腰に下げられた、美しい黒革に銀細工の軍刀サーベルの鞘が、とんっとオリヴィエの脚に触れた。

 はっとしたように目を開いた彼女が、触れそうになる唇を離し、愛しげに優しくエルバを抱き寄せてその耳元に唇を添える。

 

「⋯⋯早く抜け、馬鹿者が……」

 

 吐息混じりにそう囁くオリヴィエの息が耳に触れ、エルバの体は思わずぞくりと震える。

 するとオリヴィエは顔を離し、エルバの厚い胸板を押してその腕の中からそっと抜けだした。

 思わず抱き留める形のまま腕を突き出し呆けるエルバに、顔を見られまいと後ろを向くオリヴィエ。何度か息を整えるようにその肩が上下に動く。

 そのまま少し離れたところで小さく振り返ったその表情はブリッグズ砦では見たことがないほど儚く、不安と不満を表すように眉尻が小さく垂れ、その瞳はどこか寂しげに揺れているようにも見えた。

 彼女の小さな囁きはエルバの耳に確かに残り、頭の中を反響する。彼の腰に下げられた銀細工の軍刀が、シャンデリアの明かりを鈍く、反射していた。

 先程まで確かにあった腕の中のぬくもりが、少しずつ消えていく。それを手放したくなくて、己の手を強く握りしめることはできても、今すぐに彼女の背中を追いかけることはできなかった。

 彼の胸中に去来する思いは、人ならざる身でありながら一線を越えずにすんだ事へ安堵か、もう二度と得られない幸福な時間への羨望か……。

 オリヴィエと迎える未来を思い描くと得も言われぬ心地よさがじんわりと胸に広がり、それと同時に黒く重く冷たい絶望が、その描く幸せな未来の絵に墨汁を零したかのようにじわりと広がり、真っ黒に染め上げられていくような気がした。

 

「少将……私は……」

 

 己の中にある想いと使命、やりたい事とやるべき事の狭間、人間の心と人為らざる右の瞳の疼きに、若きその心は引き裂かれるような思いだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 建国祭から一月(ひとつき)ほど。あの日の夜の事は夢だったのではと思ってしまうほどに、オリヴィエの態度は元に戻り、軍服がすっかり似合っていた。

 体の節々に残る怪我の痛みだけが確かな現実の物となってエルバを苦しめる中、興味津々に「建国祭はどうだった」「ダンスパーティーは上手くいったか」と尋ねてくるブリッグズ砦の兵士達をのらりくらりと躱していた。

 

「クライス大尉、中央(セントラル)よりお電話です」

「私に? 中央からの仕事ですか?」

「『ヒューズ中佐からだ』と言えばいいとだけ」

「……」

 

 砦内の執務室で資料をまとめていた彼に通信部の部下が尋ねてきた。エルバは少し嫌そうな顔をすると小さく溜め息を吐いてから通信室へと向かい、受話器を取る。

 

『おー、エルバ聞いたぜ、東部に行くんだってな』

「ええ、まあ。この電話がなければ今頃資料をまとめて出発している頃だと思いますが、なにかありましたか、ヒューズ中佐」

 

 冷静ながらも少し苛立たしげに受話器の向こうに応えるエルバ。すると通話口からヒューズ中佐の笑い声が聞こえる。

 

『悪りぃ悪りぃ、だが間一髪間に合ったって訳だ。ちょっと手伝ってほしいことがある』

「私は東部に行く予定なのですが……?」

『わかってるって。俺も東だ。……綴命(ていめい)の錬金術師の話は聞いたか?』

「……はい。鋼の錬金術師殿が暴いた、国家錬金術師の(うみ)ですね」

 

 唐突に真剣な声色に変わるヒューズ中佐に、エルバもまた真面目に応答する。

 

『その引き渡しで東部まで出向いてやつを中央(セントラル)の中央裁判所まで連れ帰る』

「……その仕事にどうして私が?」

『その綴命の錬金術師、ショウ・タッカーが殺された』

「……話が見えませんが」

『……傷の男(スカー)、って知ってるか?』

 

 乾いた北部の空に降り注ぐ雪がブリッグズ砦の窓を撫でていく。こんな雪の日は中央や東部では雨が降っているだろうと、窓の外を眺めるエルバはぼんやりと考えていた。

 しばらくこの雨は止みそうもない。若き人造人間(人ならざるモノ)の胸中晴れる間もなく、新たな火種は確かに燻りはじめていた。

 

 

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