ポケモン世界で配信者、始めました! 作:ルルル・ルル・ルールルールー
現在、私は1日待てなかった中年小太りせっかちおじさんこと、ローズさんに会いにローズタワーに来ていた。
ローズさんはガラルポケモンリーグの委員長をしていて、企業グループであるマクロコスモスの経営者も兼任する偉大な人だ。マクロコスモスの関連企業による事業は多岐にわたっていて、鉄道、航空、運輸、建設、電力、研究、食品、銀行、証券会社、生命保険、報道、TV局、ネットワークともはや何でもありである。ローズさんにはミスターガラルの称号を贈りたい。
そんなローズさんに呼ばれてこのローズタワーにきたのだが、その理由はあらかじめ聞かされていた。ローズタワーの受付にローズさんに呼ばれたことを伝えると応接室に通される。中に入るとローズさんとその秘書であるオリーヴおば……お姉さんがソファに腰掛けていた。
「やぁ、カレンくん。久しぶりだね。元気だったかな? どうぞ座って」
私が応接室に入室したことを確認したローズさんに促されソファに座る。すると、オリーヴさんが紅茶を淹れてくれた。
「お久しぶりです。ローズさん、オリーヴさん」
ローズさんは揚々に頷き、オリーヴさんは軽く会釈した。ローズさんとは以前、チャンピオンカップのときに少し話したので一応顔見知りである。
応接室はシックでおしゃれな感じで、高級感漂う内装だ。私が座っているソファも座り心地がとても良く質が良いものなのだとわかる。何となく、この大人の空間って感じが場違い感があって居心地が悪い。これは、そう。前世での初めての就職活動で、企業の面接に行ったときの感覚。緊張と不安と初めて感じる大人達の世界に抱く場違いな感覚だ。
ローズさんはそんな私の様子を見て取ったのか、軽い雑談で私の緊張を解そうとしてくれた。ジムチャレンジのときの話や、ポケモンの話など。ローズさんはさすがガラル一の大企業の一番偉い人をしているだけあって聞き上手で、私も話しやすくて色々と話している内にリラックスして徐々に落ち着いてきた。
オリーヴさんが淹れてくれる紅茶もとても美味しかった。私はあんまり紅茶に詳しくないからあってるかわからないけれど、なんとなく柑橘系の香りがしたので多分アールグレイだろう。おそらく。私は甘党なので普段なら角砂糖をたくさん入れる。だけど、ちょっと遠慮して8個にしておいた。日本人の魂を持つ私はとても謙虚である。さすが私だ。ところでミルクはありませんか?
そうしてある程度慣れてきたところで、ローズさんは本題を切り出した。
「それで、例の話だけど受けてくれるかな?」
「ジムリーダーの打診の話ですね」
そう。先日ローズさんから連絡を受けて、ジムリーダーにならないかという話をもらったのだ。どうやら、現在のはがねタイプのジムリーダーはそれなりのお歳でポケモントレーナーとしての腕が落ちてきていて、引退を考え始めていたらしい。そこに、はがねタイプ使いでチャンピオンダンデにあと一歩まで迫れるトレーナーである私が現れたので、こうして話を持ちかけてきたらしい。
「ええ。わたくしはね、きみとダンデくんの戦いを見た時にね。新しい風を感じたんだよ」
ローズさんが言うには、今のガラルリーグは停滞しているらしい。チャンピオンダンデは圧倒的な強さでチャンピオンになってから今まで一度も公式戦で負けたことがない。それはつまりガラルリーグの完全なる一強状態を意味する。今までのローズさんはそれを良しとしていたが、私がダンデをあと一歩まで追い詰めたのを見て考えが変わったとのこと。
無敵のチャンピオンが圧倒的な強さとカリスマでガラルリーグの象徴として君臨するというのも花があって素晴らしいが、それよりも激戦を繰り広げて観客をもっと沸かせてほしい。きっと民衆もそれを望んでいるだろう。その証拠として、私とダンデの戦いの熱はガラル全体を沸かせ、終いには過去最高のジムチャレンジだったとか言われるようになった。ダンデが危なげもなく勝ち続けていた今までのチャンピオンカップとはまるで違う盛り上がり方だった。
なにより、このままではダンデの成長が止まってしまうのではないかと危惧をした。ポケモントレーナーの成長は同等の強さを持つ相手や自分よりも強い相手と戦うことで加速する。今のダンデに果たしてそれがあるのか。現状のガラルリーグでダンデとまともに戦えるのは、最強のジムリーダーと呼ばれているドラゴンタイプのジムリーダーであるキバナさんぐらいだ。そんなキバナさんでも、ダンデ相手には連敗を重ねている。ガラル最強であるダンデの停滞とはつまり、ガラル全体の停滞でもある。ローズさんはそれを良しとはしない。
ローズさんが言うには、それを防ぐ鍵となれるのが私らしい。ダンデとほぼ同等の強さを持つ私をジムリーダーにして、他のジムリーダーと競い合わせることでジムリーダー全体のレベルを上げる。やがてダンデと同等の戦いができるジムリーダーが増えていき、ダンデとも競い合うことでダンデがより強くなる。そうして、ガラルリーグのレベルは際限なく上がり続ける。
それが、ローズさんの描く未来のビジョンらしい。
理屈はわかる。ジムリーダーはジムリーダー同士で戦う機会が多いから、客観的に見て大抵のジムリーダーより強い私と何度も戦えば他のジムリーダーは確実に強くなるだろう。それは間違いない。自惚れる気は無いが、私の実力は多分ガラルリーグではダンデより少し下でジムリーダーより上といったところだろう。
ゲームでのローズさんは無敗を誇るダンデを英雄視しすらしている節があったが、私がダンデと戦った影響でこうも考えが変わっていたとは驚いた。
「だから、カレンくんには是非この話を受けてもらいたいのだよ」
「……うーん」
ローズさんの考えはわかったのだけど、それはともかくとして実は私はまだジムリーダーになるかどうか悩んでいた。ジムリーダーになれば、今よりもたくさん実力者たちとバトルができる環境に身を置けて、私は更に強くなれるだろう。だけど、私にはこの世界に転生してからずっと、いろんな地方を巡って旅をしてみたいっていう小さな夢がある。
でもやっぱり、ジムリーダーも魅力的だ……ジムリーダーになったら、『ジムリーダーのカレン』って名乗れるようになるよね。やばい、かっこいい。しかも、二つ名とかも付いちゃったりするんでしょ? いいなぁ。それに加えてジムリーダーになってたくさん勝てばいっぱいちやほやしてもらえる。きっと、かわいいかしこいつよいとたくさん褒めてもらえる。……むむむ。悩む。
私が悩んでいるとオリーヴさんになんか睨まれた。怖い。きっとオリーヴさんは「ローズ様の勧誘をまさか断るのですか? ローズ様がわざわざ貴重なお時間を設けてこの場を用意しているのに? オリーヴキレそうだわ」とか思っているのだろう。この人ローズさんの狂信者っぽいから。そんな怖い顔で睨まれたら、仮に私が普通の12歳の少女だったら泣いていたかもしれない。
「悩むのは仕方ないさ。カレンくんの人生における大切な選択だからね。それだけ悩めるってことは、それだけ君は真剣に考えてくれているってことだよね」
ローズさんは待ちの姿勢だ。柔和に笑って存分に悩んでくれていいと言ってくれた。ローズさんとしては、私にジムリーダーになってもらいたいのだろうけれど、決して強制はしようとしない。あくまでも私の意思を尊重してくれようとしている。
だから、悩んだ。たくさん悩んだ。時折、聞きたいことを質問したりしたけど、ローズさんは鬱陶しがったりせずきちんと答えてくれた。
これは大事なことだ。ローズさんも言っていたけど、私の未来に関わる大きな分岐だ。だから、真剣に考えなければダメだ。
そうして散々悩んでから、漸く私はどうするか決めることができた。
「決めました。私は────」
◇◆◇
「──はい、そんな感じで、今日の配信はここまでです」
いつも通りの配信をして、視聴者のみんなと交流していたらあっという間に時間が過ぎて終了の時刻がせまる。
【今日も楽しかった】
【いかないで】
【今日もかわいかった】
【乙】
【ばいばいバイバニラ】
だけど、今回はまだ終わりじゃない。
「最後に、私からみなさんに重大発表があります」
【なんだ?】
【引退とか言われたら泣く】
【重大発表?】
【気になる】
【こういうの初めてだな】
あの日、たくさん悩んでやっとのことで決めた私の未来。いろんな地方を巡って旅をするという小さな夢は少し叶えづらくなってしまうかもしれないけれど、人生は長いのだから望んでも手に入れられないようなせっかくのチャンスをフイにしてしまうのは勿体無い。
せっかくだから、楽しもう。普通のポケモントレーナーが経験できないような経験を楽しもう。夢を叶えるのは存分に楽しんでからでも間に合うだろう。そうすれば、たくさん楽しんだ後に夢を叶えに行けば、私の人生はずっと楽しい。私の未来はずっと明るい。
だから──
「私──ジムリーダーになりますっ!」