ポケモン世界で配信者、始めました! 作:ルルル・ルル・ルールルールー
「最後っ! 勝とう! ──トトちゃん!」
「くー!」
お母さんが繰り出したのはバンギラス。お母さんのエースポケモンで今まで何度も苦戦を強いられた強敵だ。対して私が最後に選ぶのはトトちゃん。5歳の頃からずっと一緒の大切な私の家族、相棒。ずっと私の後ろでバトルを見ていたトトちゃんが満を辞してフィールドに足を踏み入れる。
【バンギラスとかやばすぎて草】
【カイリューにバンギラスを従えているのは紛う事なき強者】
【カレンちゃんはクチートか】
【カレンちゃんのクチートってトトちゃんって名前なんだな】
【クチートはカレンちゃんの相棒みたいだし頑張ってほしい】
【砂嵐で見にくい】
【かわいいなぁトトちゃん】
フィールドにはお母さんのバンギラスの特性"すなおこし"によって砂嵐が発生する。はがねタイプのトトちゃんには砂嵐によるダメージは効かないが、この視界不明瞭な中での戦いを強制されるのは厄介だ。だけど、それはお母さんも同じ条件だ。むしろこの砂嵐を利用するぐらいの気概で戦おう。
「バンギラス、"10まんばりき"!」
「避けて!」
バンギラスが全身を使ってトトちゃんに攻撃するが、トトちゃんは小回りの効く小さな身体でひょいひょいと飛び回りながら避けていく。バンギラスは大きな身体が仇になってなかなかトトちゃんに攻撃を当てられない。
「トトちゃん、隙を突いて"アイアンヘッド"!」
トトちゃんはバンギラスの攻撃を最小限の動きで躱して、すれ違いざまに"アイアンヘッド"を命中させる。しかし、バンギラスは全く効いた様子もなく攻撃を続ける。"アイアンヘッド"はあくいわタイプのバンギラスに効果抜群なのに。
「やっぱり、すごい耐久力」
「このままじゃラチがあかないわね。バンギラス、"こわいかお"でトトちゃんの動きを止めて!」
バンギラスの"こわいかお"を見てしまったトトちゃんは怯えて動きが鈍ってしまう。
「そこよ! "10まんばりき"!」
【あああああ!】
【クチート吹っ飛んだぞ、平気か?】
【やっぱクチートでバンギラスに挑むのは無理あるって】
【頑張ってトトちゃん!】
【バンギラスにはクチートのいかくが入ってるからまだ平気だと思う】
【有識者ニキ助かる】
今度の"10まんばりき"はトトちゃんの動きが鈍ってしまったせいで命中してしまい、トトちゃんはバンギラスに勢いよく跳ね飛ばされてしまう。だけど、トトちゃんはまだ元気だ。トトちゃんの特性"いかく"によって攻撃力の下がったバンギラスの攻撃はトトちゃんの耐久力ならある程度耐えられる。
「バンギラス、"ストーンエッジ"」
しかし、そこに畳み掛けるようにバンギラスの"ストーンエッジ"が飛んでくる。トトちゃんにいわタイプの"ストーンエッジ"はあまり効果が無いが、お母さんは私たちを休ませる気はないみたい。
「"アイアンヘッド"で弾き飛ばして!」
冷静に"ストーンエッジ"を"アイアンヘッド"で相殺して考える。どうすればバンギラスを倒せるか。
バンギラスの攻撃力は"いかく"で弱体化していても決して無視できるものではない。"10まんばりき"を耐えられるのはせいぜい後一回あるかないかだろう。それまでに何か打開策を考えなければ負けてしまう。だけど、トトちゃんの攻撃はバンギラスにあまり効いていなかった。このままでは先にトトちゃんがやられてしまう可能性が高い。
いや、一つだけトトちゃんの攻撃でバンギラスを倒せるほどの技がある。でも、その技は使い方が難しい。この状況でその技を撃つには────
「トトちゃん! 砂嵐を利用して岩に隠れて"欺いて"!」
あたりに散らばる"ストーンエッジ"の残骸の岩に身を隠してバンギラスから一度隠れる。だけど、それだけじゃ足りない。もう一つ二つやらなければいけない手順がある。しかし、それを口に出して指示してしまえばお母さんに作戦がバレる。そうすると、今度こそ勝ち目がなくなる。
だから、それを考慮して指示を出した。普通なら無茶なことだとわかっているけれど、トトちゃんならきっと私の意図を汲んでくれると信じて。
「無駄よ。バンギラス、そこの岩に向かって"10まんばりき"」
お母さんは砂嵐の視界不良も意に介さず、的確にトトちゃんの隠れた岩を見破る。相変わらずすごい洞察力だ。これがあるからお母さんは強い。
「トトちゃん──」
バンギラスの"10まんばりき"の直撃を受けた岩はバラバラに砕け散る。そしてその中から小さな影が勢いよく吹き飛んでいく姿が見えた。だけど、それは──
「っ!? "みがわり"!? バンギラス!」
私の指示の意図を完全に理解してくれたトトちゃんに私は思わず口角が上がる。
──あぁ、トトちゃん。本当に最高の相棒だよっ!!
「────"きあいパンチ"ッ!!!!」
岩に"みがわり"を残して近くに潜んで"きあいパンチ"の準備をしていたトトちゃんは、"10まんばりき"で岩を破壊するために近くに来ていたバンギラスに絶好のタイミングで"きあいパンチ"を命中させた。
"きあいパンチ"は溜めに時間がかかる代わりにポケモンの全ての技の中でも最高峰の威力を誇る一撃を放つかくとうタイプの技だ。そして、バンギラスのいわ、あくタイプはどちらもかくとうタイプが弱点。つまり、超弱点!
いかにバンギラスの耐久力とはいえ、この攻撃を耐えることは絶対にできない!!
「まだよッ! バンギラス、"10まんばりき"!!」
それでもバンギラスはお母さんの声を聞いて動いた。トトちゃんの"きあいパンチ"を受けながらも、気力を振り絞って"10まんばりき"を繰り出してくる。今度の攻撃はトトちゃんに命中し、その小さな身体を吹き飛ばす。
しかし、バンギラスにできたのはそこまでで直後大きな音を立てて倒れた。
お互いの最後のポケモンが地面に倒れる。引き分けか──或いはそれでも立ち上がった方の勝ち。
「トトちゃんっ!!」
「バンギラス!」
トトちゃんを信じる私と、バンギラスを信じるお母さん。
心臓が早鐘を打ってドキドキと煩い。緊張で吹き出す汗が鬱陶しい。ジワリと汗ばむ掌がうざったい!
1秒が1時間にも思える静寂の中、私はひとえにトトちゃんを信じる。私たちの努力は友情は愛情は、お母さんとバンギラスにだって負けてないっ!!
──お願い……トトちゃんっ!!!!
やがて立ち上がったのは──
とても小さな、だけど何よりも心強い大きな背中
──トトちゃんだった。
「っ!! トトちゃんっ!!」
ふっと小さく笑い、力を抜いてバンギラスに近づいていくお母さんを尻目に、私はトトちゃんに飛び付いた。
「トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん、トトちゃんっ!!」
喜びが抑えきれない。お母さんに勝った。トトちゃんと勝った。嬉しすぎて涙が滲んできた。
「く、くー……」
「あ、ごめんねっ! 疲れてるよね 今は休んでて!」
トトちゃんが弱々しく鳴き声をあげて、我を思い出した。嬉しくて仕方ないけど、戦闘後のトトちゃんに構い過ぎるとトトちゃんが休めない。トトちゃんを「ありがとう、お疲れさま」と労ってボールに戻す。ボールの中はポケモンにとっての快適空間になっているらしいのでゆっくり休んでほしい。
「お疲れさま、カレン。トトちゃんもね」
「あ、お母さん。お母さんたちもお疲れさま」
バンギラスをボールに戻したお母さんが私の方に来た。
「強くなったわね、カレン。私も遂に負けちゃったわ」
そう言って優しく微笑むお母さんの表情には、負けた悔しさなどは感じられないが、どことなく寂しさを感じた。
「嬉しそうね」
「うん、ずっと目標だったから」
「そう。……これで私の弟子も卒業、ね」
そっか、お母さんが寂しそうに見えたのは私がお母さんに勝って、お母さんが私に超えられたと思ったからなんだ。でも、実際はそんなことない。たった一回勝てただけだ。その勝利もギリギリだったし、これではまだお母さんを超えたなんて口が裂けても言えないだろう。
「何言ってるの? まだ一回勝てただけだよ。もっとたくさん教えてよ、師匠?」
そう言って笑ってやると、お母さんは驚いたように目を丸くし、嬉しそうにして私を抱きしめた。
「もう、手間のかかる弟子ね」
「でも、嬉しそうだよ?」
「師匠だからよ」
【泣いた】
【全俺が泣いた】
【尊い】
【この母娘? 師弟? めっちゃ好きだわ】
【映画みたいなことをリアルでやるな】
「……あっ! 配信中なの忘れてた!」
バトルに熱中しすぎたせいで、配信中なのをすっかり忘れていた。思い出すと、何だか恥ずかしい姿をたくさん放送してしまった気がして顔が熱くなってくる。
【やっぱ忘れてたかww】
【草】
【いえーい! カレンちゃん見ってるー?】
【顔赤くなっててかわいい】
【カレンちゃんのかわいい姿をたくさん見せてもらいました】
【トトちゃんっ!(歓喜)】
【トトちゃん、トトちゃん、トトちゃん(感涙)】
【トトちゃんすこ】
【無邪気に喜んでて幼女にしか見えなかった幼女だった】
「う、うるさいですね。あんまり余計なことを言うとハガネール……は休んでいるのでギルガルドでしばきます」
【ごめん】
【許して】
【ばっこりしばいていけ】
【かわいいなぁ】
【;;】
コメント欄のノリの良さに思わず笑ってしまう。配信者を始めてからそれなりに経ったけれど、私はいつの間にかこの空気が気に入ってしまっていた。
【泣き笑いみたいな感じでかわいい】
【尊い】
【カレンちゃんが嬉しそうで僕も嬉しい】
【いい笑顔です】
【心の底からの笑顔って感じですこれる】
【改めてナイスバトルだったよ!】
【gg】
【カレンちゃんもお母さんもお疲れ様!!】
【カレンちゃんおめでとう!】
【カレンちゃんすごかったよ!】
「みなさん、ありがとうございます。初めてお母さんに勝てたので本当に嬉しいです」
たくさんのコメントの賞賛の声が嬉しく誇らしい。ポケモンリーグの大きなスタジアムとたくさんの観客と歓声に包まれたあの日々を思い出す。規模は違えど、今はこの配信が私にとってのスタジアムで、視聴者のみんなが観客だ。
ジムチャレンジを勝ち進んで、セミファイナルリーグを勝ち進んで、ファイナルリーグを勝ち進んで、チャンピオンカップで負けて終わって、全てを出し尽くした私はポケモンバトルに満足してしまったのではないか。なんて思ってしまった時期が実はちょっとだけ、少しだけあった。
だけど、やっぱり違う。そんなことなかった。少しの間だけ熱が冷めてしまっていたけれど、私はやっぱりポケモンバトルが大好きなんだ。お母さんに勝った途端にそんなことを思うのは現金かもしれないけど、それぐらい大きい。お母さんはそれほど大きな目標だった。
こんな気持ちを思い出せたのはきっと、私が配信を始めたからだろう。あのまま、家の中でダラダラと腐っていたらいつまで経ってもお母さんに勝てなかったかもしれない。視聴者のみんなと、私に配信を勧めてくれたお母さんと、何より私のポケモンたちのおかげだ。だから──
「──ありがとう、みんな」
【おう】
【?】
【わからんけど、カレンちゃんが幸せならオッケーです】
【ありがとう、ありがとう!】
「じゃあ、バトルも終わったので今日の配信はここまでにします。ばいばいっ! ほら、お母さんも」
【乙】
【最高のバトルだった!】
【金払って見るバトルだよね】
【ばいばいバイバニラ】
【楽しかった】
【お母さんもまた配信に出てほしい】
【お疲れさマンタイン】
──────この配信は終了しました───────