【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
mocca様、誤字報告ありがとうございます。
トーティス村のウィノナ その1
ユークリッド大陸南部、精霊の森近くにあるトーティス村に、一人の少女が住んでいた。
その村は質素を旨とするような小さな規模で、暮らしている住人は全てが顔馴染み、と言えるほど距離が近い。
誰もが家族の様な身近な存在で、身を寄せ合って生活している。
そのような村にあって、その少女はのびのびと育った。
近隣唯一の剣術道場に身を寄せて暮らし、その跡取りとなる一人息子のクレスとも、兄弟同然、分け隔てなく育てられた。
その少女の名を、ウィノナ・ピックフォードと言う。
年齢は今年で十七歳。
明るい金髪は顎より下には伸びておらず、ただ首の後ろから伸びる髪だけは、一房だけ腰まで伸ばしてリボンで留めていた。
快活で誰にでも明るく元気が取り柄の娘で、クレスや門下生と共に剣術修行に励み、またよく遊んだ。
そして、そんな彼女が、道場を持つアルベイン家で暮らしているのには、もちろん理由がある。
特別珍しい事情があった訳でもなく、ただ実の両親に捨てられたという理由からだった。
偶然、拾われて育てられ、既に十年以上が経つ。
捨てられた理由もまた、殊更珍しい理由があった訳でもなく、単純に口減らしの為にすぎない。
貧しい寒村で働き手にもならない子供が、そういった目に遭うのは、決して珍しいことではないのだった。
◇◆◇◆◇◆
ウィノナはある日、父親に手を握られて村の外へ連れられて行った。
幾つか知らない道を通り、村へ帰る道順を見失った後、どこかの山道を通ってから森に入った。
朝から歩き通しだったので、疲れたと声に涙を滲ませて口にすれば、父はウィノナを木の股の間に座らせた。
そうして、村では滅多に食べられない白パンを与えてくれた。
「何か食べ物を探してくるから、それまで良い子で待っててくれな……」
ごめんな、と頭を撫でて背を向ける。
それが記憶にある限り、父から聞いた最後の言葉だった。
パンはとうに食べ終わり、日も暮れて夕闇が見え始めても、終ぞ父は帰って来なかった。
暗闇が恐ろしく、また見ず知らずの場所が心細く、ウィノナはついに泣き始めてしまった。
どれだけ泣き続けても、それを聞きつけて、父は駆け寄って来てくれない。
次第に泣き声も枯れ始め、すすり泣く程度に落ち着くと、疲れて眠りに落ちてしまった。
一体どれ程の間、眠っていたのか。
ふと、ウィノナは自分の身体が揺すられ、呼び掛けられていることに気付いた。
父が帰ってきたと思って飛び起きると、しかしそこにいたのは見知らぬ男だった。
剣を腰に佩き、体格も厳ついというのに、それを不思議と恐ろしいと感じなかった。
理由は、月明かりに照らされた、人好きのする笑みのせいだったのかもしれない。
これが後にウィノナの父代わりとなる、ミゲールとの出会いだった。
そのミゲールが何故こんな場所にいるのか聞くと、ウィノナは素直に父を待っている、と答えた。
「たべものをね、さがしてくるんだって。ここでまっててくれなって、おとうさん、いってた」
ミゲールは笑顔だけでなく、声音までも優しげで、だからウィノナは訊かれる質問には、全て偽りなく答えていた。
「名前は?」
「……ウィノナ」
ミゲールはその名を聞いた途端、驚くような素振りを見せた。
そうして、すぐに身を屈めて、小さな両肩にその手を置いた。
「必ず探してみせるから、それまで私の家で待っていなさい」
そう言って、慈しむように頭を撫でた。
父によく似たその触り方に安心し、ウィノナは頷き、ミゲールと一緒に村まで帰った。
ミゲールは約束を守って、幾度となく両親の捜索をしてくれたが、しかし見つからないまま、時間だけが過ぎていった。
そうして長らく同じ家に住み続ければ、アルベイン家の一人息子であるクレスとも、次第に打ち解け始めた。
ミゲール夫妻が、二人の子を区別なく愛情深く育てた事にも理由がるだろう。
ウィノナもまた、その二人の愛を受けすくすくと育ち、裏表のない素直で闊達な笑顔を見せるようになる。
しかし時折、ウィノナは村の外へ出て実の両親を探しに出ることがあった。
子供の足では遠くに行く事も出来ず、村の見える範囲までしか行動は許されていなかったので、当然探せる範囲もやはり狭い。
それでも探しに出る事はやめられず、幾度も村を出てはその度にクレスを心配させた。
そうして十年が経つと、既にウィノナがアルベイン家で過ごすことは当然となっていた。
私室を与えられ、ミゲールのことを父と呼び、その妻を母と呼ぶことに抵抗がなくなった頃――。
ウィノナは漠然と、もう二度と実の両親に会う事はないのだろうと思った。
それは愛別ではなく、諦感だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ウィノナはピクリ、と痙攣するように目を覚ました。
顔を横にずらせば、カーテンの隙間から朝陽が漏れている。
外で鳴く鳥の囀りは、今の時刻をおおよその感覚で報せてくれており、それを考えれば少しの寝坊をしてしまったようだ。
ウィノナの自室は二階の奥まった場所にある。
自宅と道場が繋がったアルベイン家は、村の中で最も大きな家だが、初めからウィノナの部屋があった訳ではない。
後から増築して作られた部屋で、わざわざそれを拾い子に与えられている事に、ウィノナは多大な感謝を感じていた。
感謝しているのはそればかりではなく、この家の一子と兄弟同然に育てられ、変わらぬ愛情を持って接してくれている事に関しては、それ以上に感じている。
何故ここまで良くしてくれるのか、ウィノナはいつだったか訊いたことがある。
「この道場を建てるのに出資をしてくれたのが……ウィノナ、君と同じ名前の女性だったという。私も父に、よくその話を聞かされたよ。だから、何かの縁だと思ってね」
勿論、それだけが理由じゃないが、と笑って、いつもそうしているように頭を撫でた。
思い返してもこちらが恥ずかしくなるような、慈愛を向けた笑みだった。
その隣にいる妻マリアも同じ笑みを浮かべ、ウィノナも花咲くような笑みを浮かべたものだった。
「うぁぁぁ……」
懐かしく感じたものか、恥しく感じたものか。
いや、愛情に感謝するべきなのだろう。
色々な想いが綯い交ぜになって、ウィノナは枕にぐりぐりと顔を擦り付ける。
しばらく顔を動かし続け、そうして不意に動きを止めると、ウィノナはようやくベッドから降りる気になった。