【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
がばりと身を起こし、荒く息を吐きながら周囲を見渡す。
昨晩も泊まったハーメルの宿屋の一室であることを確認し、次いで視線を横に向けた。
部屋の端と端に位置する隣のベッドには、ダオスが静かに寝息を立てている。
こちらに気付いた様子はない。
ウィノナはドクドクと、うるさく鳴り続ける心臓に手を当てて、息を整えようと努めた。
予知夢が見せた内容は中途半端で、何が起きたのか、そしてあの先どうなるか、まるで分からない。
肝心な場所を見せても、決定的な場面を見せるつもりはないらしい。
悪態を吐こうとしても、隣のダオスが気になって声も上げられない。
口の中で小さく呻いて。ベッドの上に立てた両膝に顔を埋め、予知夢の内容を反芻する。
リアは何者かに再び襲われた。
そして、弓矢が頭上から降ってきた。
降ってきた矢は、その刺客へと向かっていた。……いたのだと思う。
何しろ短い間の、咄嗟の出来事だったので、確からしいことは何一つ分からない。
それでも――。
いや、だからこそ――。
せっかく一度目の襲撃を阻止し、予知夢で視た未来の襲撃も阻止できるかも、と思ったのに……。
その先でも、やはりリアが害されるというのなら、そんなことウィノナは知りたくなかった。
(何の為に見せるンだよ……!)
ウィノナは泣きたい気持ちで唸る。
やり場のない怒りをぶつけるように、両膝に埋めた顔をぐりぐりと動かした。
(リア達に追いついた方が良いのかな……!?)
そう思い立つも、そもそもリアが身に付けていた外套も、その裾から見えていたスカートも、見覚えのないものだった。
つまり、襲われるのは今日ではなく、また近日ではない可能性が高い。
それに、今すぐ追いつける手段があったとて、襲撃されるのがいつになるかも分からない。
予知夢の視せた像からは、季節を特定できる何かは映っていなかった。
――どうか、無事で。
ウィノナはそう願わずにはいられない。
そして、そう願うことしかできなかった。
あの弓矢は襲撃者を狙ったもので間違いないはずだ。
つまり、味方がいたのだ。
振り返った時のリアの表情は、安堵でこそなかったものの、それでも絶望した表情でもなかった。
味方が来ても気を緩ませずいたのだと解釈すれば、そうした反応にも納得がいく。
そう思うしかない――そう思わずにはいられないだけなのだと、ウィノナは自覚していた。
「……どうか、無事でいて」
ウィノナはもう一度、口の中で小さく呟く。
今はそう、願うことしか出来なかった。
翌日、朝早く追い出されるように出立した。
しかし、ウィノナの進む足取りに重さはあっても、迷いはなかった。
今まではベルアダムの村から北上するように動いていたのだが、今日はその逆で、来た道を引き返す形で歩を進めている。
だからだろうか、横を歩くダオスが、珍しく疑問を口にした。
「ウィノナ、どこに行くのか決まってるのか? 無論どこへ行こうと、着いて行く気ではあるが……」
「あ、そっか。言ってなかったっけ。精霊について詳しい人がいるってリアに聞いてたんだ。眉唾物だけど、遠くもないから寄ってみようと思って」
なるほど、とダオスは頷いて、努めて明るく振舞おうとするウィノナの後を追う。
道中では危険と思える敵の遭遇もなく、陽がすっかり昇る頃にはユークリッドに到着した。
村人に話を聞けば、目的の家の場所はすぐに判明する。
名前をクラースと言い、小さな研究所を持つ魔法学者だという。
ウィノナは扉の前に立ち、後ろにダオスがいることを確認してから息を吸う。
それから軽い調子でノックをして、しばらく待った。
すると中から出てきたのは、二十代と思わせる女性だった。
……はて?
クラースとは女性名だったのか、と思いつつ頭を下げる。
「どうもはじめまして。不躾で申し訳ないンですけど、是非、精霊についてお聞きしたいンですが」
「あら、受講希望の方かしら?」
女性に言われて、ウィノナは思わず首を傾げた。
受講とは一体どういうことだろう。
お金を出さなければ、話を聞けないということだろうか。
そこまで考えて、どうしよう、と後ろにいるダオスに目を向ける。
ダオスはその意を受けて微かに頷き、厳かに一つ尋ねた。
「その受講というのは知らないが、話だけでも聞いて頂きたい」
「……そう、残念。ウチに学びに来た訳ではないのね」
「精霊について、ちょっと知りたい事があるだけなンです」
ウィノナが申し訳なさそうに言うと、女性は眉根を小さく寄せて苦笑した。
「まぁ、ウチの偏屈が納得してくれたらいいけれど……。どうぞ、上がって」
女性が入口から身を引いて中を示すと、ウィノナは改めて頭を下げた。
「失礼します、クラースさん!」
女性はきょとんと目を丸くすると、くすくすと笑い出した。
「私はミラルド、ここの助手をしているわ。クラースは奥よ」
「――失礼しました! アタシはウィノナ・ピックフォードと言います、こっちはダオスです!」
顔を真っ赤にして俯いたウィノナに、ダオスはごく軽く背を押すと奥へ進ませる。
ダオスはミラルドの前を通る時、小さく会釈しただけで挨拶らしいものはなく、そのまま中に入った。
中に入って出迎えたのは大量の本棚と、そこに余す所なく敷き詰められた本だった。
部屋の中央には大きなテーブルがあり、そこの一席で紅茶を飲みながら、本を読みつつ何かを書き留めている男がいる。
今度こそ間違えようがない。この人こそがクラースだろう。
ウィノナは男から五歩ほど離れた所まで近づき、そうして頭を下げた。
「初めまして、アタシの名前はウィノナ・ピック……」
「――ああ、話はここまで聞こえていた。自己紹介は必要ない。しかし生憎だが、話せる事はないな。精霊に興味を持ったことは、感心するがね……」
クラースは本を読んだまま、ウィノナに視線すら向けずに言った。
流石に見かねたのだろう、ミラルドが出てきて自分の腰に両手を当てて、子どもを りつける様に言う。
「あのねクラース、受講目的じゃなかったからって、そんな態度はないでしょう。もっと愛想よく出来ないの?」
「いえ、いいんです……! 突然押しかけて、ごめんなさい」
「全くだ。こっちも暇じゃないんだが……」
クラースが嘆息すると、ミラルドの目が吊り上がった。
それを目の端で捉えたクラースは、焦ったように本を閉じ、顔をウィノナに向ける。
「少しだけなら聞こう」
「ホント、ごめんなさい」
そう前置きしてから、ウィノナは精霊について尋た。
だが、返って来た内容は、あまり芳しいものではなかった。
「まず最初に、言っておかねばならないことがある。精霊について分かっていることは少なく、それよりもむしろ分からないことの方が多いんだ」
「そう……、なンですか」
「少なくとも四大精霊は、その存在が確認されているし、風の精霊は近くに住んでいるとも聞く。契約できれば、さぞ研究も進む事だろうが……」
ぶっきらぼうに呟き、クラースは嘆息した。
「あの、大樹の精霊……とか、樹に関する精霊って、聞いたことありませんか?」
「樹木に関する精霊……? いや、そのような存在は、寡聞にして聞いたことがない」
落胆したウィノナに、もしかしたらというレベルの話だが、と前置きをしてから、クラースは続ける。
「アルヴァニスタは、魔術研究が盛んな国だ。私は国を離れて久しいが、もしかしたらそちらでなら、何か分かるかもしれない。変わった研究をしている者も多いから、興味があるなら行ってみるといい」
分かりました、とウィノナは頷く。
王を戴くアルヴァニスタは、一度だけ立ち寄っている。
その時は通り過ぎただけだったが、ついでだから、そこでクレス達を探すのも良いかもしれない。
「ご親切に、ありがとうございます」
ウィノナはしっかりと頭を下げ、ダオスは目礼だけで済ます。
そうして去ろうとした時、そうだ、とクラースが呼び止めた。
「何か面白い……興味の引く手土産でもあれば、相手も無下にはしないかもしれない」
「……というと?」
「変わり者が多い、と言ったろう? 聞きたい話があるなら、こっちもネタを与えないとな。学術研究のネタになる、興味を刺激するようなネタを。そうすれば、無下な態度だけは取られないさ」
ウィノナは顎に手を添えて考える。
もしかしたら、と思うものが一つだけあった。
信じてもらえればの話になるが、クラースの言う興味とやらを、相手に刺激できるかもしれない。
ウィノナは改めて頭を下げて礼を言い、今度こそクラースの家を退去した。
◇◆◇◆◇◆
「ミラルドさんもお元気で!」
ウィノナは別れ際に、大きく手を振って離れていった。
元気な笑顔に励まされる気分で、ミラルドも手を振り返した。
しばらくそうしながらその背を見送り、背後に向かってミラルドは言う。
「随分、気をかけてあげたじゃない。……可愛い子だったものねぇ?」
「コブつきを相手に、粉かけるほど暇じゃないさ。なに、あの子の目が必死だったものでね。そういう目には弱いんだ……」
ふぅん、と相槌を打ちながら、ミラルドは仕事の準備を再開した。
今日はこれから、小さな子供たちに、読み書きを教える授業がある。