【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
モリスンは自分の無力さを自覚せざるを得なかったし、そして嘆かずにはいられなかった。
何も出来ない自分に歯がゆさを感じつつ、さりとて自室に戻る気にもなれない。
それで仕方なく、城内をうろうろしていたのだが、会議室の前を通りがかった所で、何やら言い合う声が聞こえてくる。
その内の一人は、ウィノナを連れて来た時にいた、あの隊長のものだ。
「……だから、あの女を磔にでもして古城の前で脅してやればよいのです! さすれば奴も、己が首を差し出すでしょう!」
「そんな事は許可できん」
キッパリと拒否したのは、ライゼンの声だった。
この国の軍部にあって、高潔と名高い将軍で、兵にも民にも人気がある。
その人物が、一人の隊長と口論している。
通り過ぎるつもりだったモリスンは、思わず足を止めた。
「そもそも乱暴な方法で解決を試みた、貴公の失態が招いたことだ。その件では、謹慎を申し付けたはずだが」
「ですから、こうして名誉挽回の機会をいただき、此度の件で帳消しに──」
「──もう良い、下がれ」
ライゼンの呆れた溜め息が聞こえ、次いで苦々しく呻く隊長の声も聞こえた。
その時、慌ただしく駆けてくる兵がいた。
モリスンは慌てて身を引き、会議室から数歩離れた所に移動する。
兵はそんなモリスンを見やる余裕もないらしく、一直線に会議室へ向かうと、叩きつけるようなノックをして返事を待つ。
入れ、との声が聞こえるや否や、乱暴にも思える手つきで扉を開け、失礼しますと一礼すると、中に入った。
「アルヴァニスタが、参戦見合わせを報せて来ました!」
馬鹿な、と隊長が呻くのが聞こえ、モリスンも思わず会議室の扉へ顔を寄せた。
覗ける範囲からでは、ライゼンが頭に片手を当てて俯いている。
その隣では、例の隊長がワナワナと拳を握っていた。
「アルヴァニスタめ、臆病風に吹かれたか! まだ奴の戦力が整っていない今が、絶対の好機! それを放置することが、果ては世界の危機だと、何故分からん!?」
口から泡を飛ばす勢いの隊長に、ライゼンは煩げに手を振る。
「謹慎だと言ったはずだ。今は何を言うことも許さん。──下がれ」
しかし、と言い募る隊長に、ライゼンは鋭い目を向けるだけで何を言うでもない。
それで仕方なく隊長も言葉を飲み込み、会議室を後にした。
今が絶好の機会だと、入れ替わるようにモリスンが入室し、迷うことなくライゼンまで近づいていく。
「本当なのか……。本当に、ダオスが魔物を集めて……」
ライゼンは突然の入室にも咎めず、モリスンへと冷静に顔を向けた。
しばらくの黙考の後、ただ頷く。
それ以上の返答がないので、モリスンは続けて問うた。
「目的は分かっているのか?」
「まだ、詳しい事までは分かっていない。しかし、古城にてダオスはミッドガルドに対して完全な決別、そして憎悪を向けたのは間違いない。日々、古城へ魔物が集まっている事は、斥候が確認している」
ライゼンは気苦労を全て吐き出すような、重い溜め息をついた。
「あの隊長以外にも、同時に居合わせた兵士達からの聞き取りによれば、ダオスの怒りは相当なものだったらしい。その場にいた兵士の八割が、そこで無残に殺されている」
「何てことだ……」
「全くな。声明の発表はまだだが、ミッドガルドとしては、これを国家を揺るがす重大な脅威と認定するつもりだ。──つまり、戦争になる」
モリスンは思わず唸った。
少数精鋭での奇襲作戦で決着は出来ない、と言っているのだ。
その様な単純な解決は出来ないだけの、大量の魔物が運用されている、という事になる。
「魔物の数は、どれほど?」
「斥候によれば、既に三千を超えている。また、日々絶えることなく、近隣から押し寄せてもいる。警戒網の構築も見られることから、烏合の衆ではなく、指揮官に相当する何者かがいるのは確実だ」
それがダオスか、とモリスンは呟いた。
「では、その事をアルヴァニスタに打診したにも関わらず、我が国は同盟国としての義務を放棄したと?」
「まだ、放棄したとまでは聞いていない。単なる様子見、あるいは日和見……。どちらでもいいが、初戦から轡を並べる気はないようだな」
モリスンは腕を組んで黙考する。
慎重な行動は当然だ。
一人の男が魔物を率いて国に喧嘩を売った――。
その程度の印象しか与えられていないのだとすれば、むしろそんな事は自分たちで処理しろ、と考えるだろう。
しかし、ダオスの脅威が数匹の魔物を操る程度だと思われているようなら、それはとんでもない間違いだ。
このたった数日で、三千を超える魔物を集められるのだ。
ここから更に半月、或いは一月経った時、その数がどれ程までに膨れ上がるのか、モリスンには想像もつかない。
さて、とライゼンは口の端に小さく笑みを浮かべ、モリスンへ顔を向ける。
「軍部の部外者である貴方に、何故こうまで詳しく話を聞かせたか。アルヴァニスタの聡明な研究者殿なら、そろそろ理解できた頃と思う」
言われてモリスンは、ハッとした。
それもその筈、そもそも訊かれた程度で、ライゼンがモリスンに答える義務はない。
それどころが軍規により説明不可、と切り捨て、追い出すのが当然だ。
それをしないというのは、つまりどういう事か……。
モリスンにも、ここでようやく合点がいった。
「私が適任というわけか。アルヴァニスタを参戦させようと思えば、説得する者が必要だ」
「その通り」
「……分かった。ここまで聞いて知らない振りも出来ない。……私が説得に行ってくる」
ライゼンは幾らか顔を綻ばせて頷いた。
「……頼むぞ」
「分かった、必ず参戦の旨を取り次いでみせる」
モリスンは、何故こうも素直に言う事を聞いたのか、咄嗟には分からなかった。
しかし改めて考えてみれば、その理由は明らかだ。
モリスンは自嘲するかのように苦笑した。
モリスンは単に、ここから逃げ出したかったのだ。
ここから逃げる口実を探していた。
だから、これ幸いと飛びついた。
しかし、これは単なる逃避ではない。
モリスンにはこうなってしまった事態への、大きな後悔がある。
今やミッドガルズではダオスのことを魔王と呼び、世界の敵に認定しようとしている。
だが、そのようにしてしまった原因の一つは間違いなく自分だ、という自覚もあった。
その為に戦争を終わらせる方法を探り、解決へ導こうと思っても、研究所にいるだけでは不可能だ。
それに良いアイデアが浮かんだとしても、一研究員の意見具申が上層部に届くか、という不安もある。
国内にいては、自由に身動き出来ない不便さもあるが、だからといって、自由に国外へ出る許可が得られる筈もない。
今回の話は、願ってもない絶好の機会だったのだ。
アルヴァニスタの参戦が改めて決まれば、それだけ戦争が早く終わる。
あたら将来有望な若者達を、死なせてはならないのだ。
軍上層部は、ただダオスを討伐さえしてしまえばよい、と考えている節が見られる。
だが、モリスンの考えは完全に逆だ。
今はまだその存在は公にはされていないが、しかし、その脅威が目に見えて現れてしまえば、万民の脅威を取り除かんと、他の国家も拳を振り上げるだろう。
そうなれば、もう止める事は不可能になる。
だから、そうなる前に戦争を終わらせたいと考えていた。
では、その戦争をいち早く終わらせるにはどうればよいのか。
その最良の方法を、モリスンには既に理解していた。
◇◆◇◆◇◆
翌日、モリスンは再びウィノナの家を訪れた。
今度はライゼン将軍からの許可証もある。
すげなく追い返されることはない筈だ。
そう思って家の正面付近に向かったのだが、そこでは兵が慌しく動いていた。
「おい、一体何があった! これはどういう状況だ!」
家の窓と扉は開け放たれ、周辺にまで兵が散っている。
隠れて窺っていたはずの兵たちまでも、全てここに集結しているような雰囲気がある。
周囲で聞き込みをしている兵たちの言葉を、断片的に繋ぎ合わせると、そこでは一つの驚愕するべき事実が露見した。
「ウィノナが逃げた……?」
目撃者の言葉を信じれば、夜中の内に家を飛び出したことになる。
ダオスが迎えに来て、連れ去ったのではない。
自主的に、どこかへ逃げたのだ。
それも片腕を失い、体力も気力も果てていただろう、あの身体で。
「ウィノナ……」
モリスンは思わず、呻くように名前を呼んだ。
どうやって、どんな思いで──。
いや、考えても仕方ない。
ダオスを止める方法は分かっていた。
この戦争を未然に防ぐ──あるいは、早期決着させるにはどうすればいいのか、モリスンには分かっていた。
しかし今や、それが手の平から零れ落ちてしまった。
モリスンはウィノナの帰還を待ち望む。
この戦争を終わらせられる人間がいるとすれば、それは一人しかいない。
「ウィノナ、君は一体、どこに行ってしまったんだ……」