【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
村長宅に着き、椅子を勧められるままに座ると、クレス達はまず最初に自己紹介を行った。
一応初対面時に簡単には紹介していたが、改めてクレス達は名乗り、村長も温和な表情で名乗る。
「ワシの名前はレニオスと言う。よろしゅうな」
クレスはその名を、どこかで聞いたような気がした。
知人の名前ではなかったように思う。
しかし、喉元に引っかかる感覚を残したまま、結局思い出すことは出来なかった。
それで村長の言葉に反応するのが、ただ遅れることになった。
クレスは慌てて頭を下げて挨拶すると、チェスターも、ミントに続いて頭を下げる。
「さて、何から話したものか……。気がついたら、近くにいたと言ったかの?」
「はい、僕たちはダオスを倒す為の力を求めて、法術によって飛ばされて来ました」
ホージュツ、とレニオスは口の中で言葉を転がし、髭をしごく。
難しい顔をするレニオスを見かね、ミントは椅子から立ち上がると傍に寄る。
「法術とは癒しの力。こういったものです。──ファーストエイド」
淡い光がレニオスを包み込み、木漏れ日の日差しのような温かさを与えた。
「おお、気持ちがいいのぉ。……だが、知らん」
ミントは困ったような顔をしてクレスを見るが、クレスもどうしたものかと首を傾げた。
「ホージュツなるものは初めて知ったが、魔術のことならよく知っておる」
「魔術ですって!?」
クレスは思わず声を上げた。
「以前、僕は母に聞いたことがあります。昔、この世界には魔術という力があったのけれど、ある時を境に消えてしまったと……」
「それは、おかしい」
レニオスは再び顎鬚をしごいて、方眉を上げる。
「ワシの知る限り、魔術が途絶えたことは一度もない」
見せた方が早かろう、と両腕を前に突き出すと、両の掌を合わせるように向かい合わせる。
小さな光が収束するように集まり、両手ですっぽりと覆える量が出来上がると、弾くように掌を前に出した。
「いでよ、炎!」
集まった光は瞬時に炎へと形を変え、火炎弾として一直線に飛び出す。
炎はそのまま、開き放たれていた扉から、家の外へ飛んでいった。
「凄い、これがダオスを倒す為の力!?」
クレス達は目を輝かせたが、それとは対称的にレニオスは苦笑した。
「この程度の魔術で倒せるようなら、とっくにダオスは倒されておる。でなければ、今も着々と勢力を広げておるはずがない」
「ちょっと待ってくれ」
聞き咎めたチェスターが、小さく手を挙げた。
「ダオスは、封印から目覚めたばかりじゃねぇのか……?」
「封印じゃと?」
何のことじゃ、とレニオスは首を傾げる。
その仕草は余りに自然で、とてもレニオスが嘘をついているようには見えなかった。
そもそも、嘘を言う理由もない。
だが、ただの勘違いとも思えず、クレス達も困惑して顔を見合わせる事になった。
「──奴が現れて、どれほど時間が経つことか」
「時間が経つ……?」
クレスは俯いて黙考する。
訝しげに視線を送るミントとチェスターだったが、しばらくして顔を上げたクレスは、自分の思いつきに興奮して声を出した。
「もしかしてここは、未来の世界なんじゃ!?」
言われてミントもハッとした。
同意しようと頷きかけて、そして動きを止める。
視線を下に向けた後、しばらく考えて出した答えは、しかしクレスとは真逆のものだった。
「……いえ、ここは封印されるより、前の世界ではないかと思います。魔術が途絶えた例がない、法術を知らない、という事が証明になるかと」
「未来だの過去だのと、一体なんのことじゃ? 今はアセリア暦4202年だがのぅ……」
クレス達はそれ聞いて、完全に動きが止まってしまった。
チェスターに至っては、開いた口が塞がっていない。
「──百年前!?」
クレスとミントは顔を見合わせる。
お互いの表情が、とても信じられないと語っていた。
「俄かには信じられないけど……」
「……はい、でも村長さんが法術を知らないと言った、裏付けは取れました。私達が使う法術は、その成立が4210年以降だと言われています」
「もしかすると、この時代にはまだ、法術そのものが無かったかもしれない……?」
クレスの問いに、ミントは無言で頷く。
それきり、場を沈黙が支配する。
沈黙した室内に流れるのは、暖炉の薪が燃える音、そして外から漏れ聞こえる鳥の鳴き声だけだ。
それからしばらく、誰も声を発する事が出来なかった。
◇◆◇◆◇◆
すっかり陽が落ち、窓の外には夜の
クレスが窓から視線を戻すと、そこではレニオスが暖炉の前で、行ったり来たりを繰り返している。
「それにしても驚いた……。ワシもまだ信じられん。久々に訪れた客人が、まさか未来から来た者とは……」
ミントが頷き、クレスも頷いた。
「実感がないのは、僕も同じです」
「でも、多分……間違いないと思います」
「俺も半信半疑だ。本当は夢でも見てるんじゃないか?」
夢か、とクレスは俯く。
言ったチェスターも、恐らくクレスと同じ事を連想したのだろうと思った。
ウィノナはよく夢の──予知夢の話をしていたものだ。
しんみりとなりそうな空気を振り払い、クレスはレニオスに向き直る。
「……それより、ダオスと魔術のこと、教えていただけますか?」
レニオスは頷くと、暖炉の前に立った。
暖炉の明かりを受けて、剥げた頭部が光を照らす。
「ダオスは魔術でしか傷付かない、と言われておる」
ああ、とチェスターが肩を竦めた。
「確かモリスンのおっさんも、そんなこと言ってたな」
「ああ、そうだった……。モリスンさんも、この時代に来てるんだろうか」
それは分かりませんが、とミントが困った顔をして、レニオスに視線を向ける。
「すみません、続けてください」
「うむ……、いいのかね? ──ダオスは魔術を使わなくては倒せぬ。奴の打倒に魔術は絶対に必要じゃ」
「とはいっても、僕らに覚えられるかな……。勿論、努力を惜しむつもりはないけど……」
いいや、とレニオスは首を振った。
「魔術を行使するには、エルフ族であるか、あるいはその血を先祖に持っていなければならない。努力したところで、覚えられるものではないのじゃよ」
「じゃあ、どうしたら……」
「なに、使えないなら使える者を頼るまでじゃ。魔術の使い手に助力を求めればよい」
とはいえ、過去の時代であるこの世界に、クレス達の知り合いはいない。
例え現代だとしても──現代なら尚の事、魔術師の知り合いなどいよう筈もなかった。
それとも、旅の剣士が珍しいものではないように、この時代ならば魔術師もまた、よくいるものなのだろうか。
例えそうだとしても、手当たり次第に声を掛けていくというのもまた、現実的ではないように思える。
それならば、とクレスはレニオスに相談を持ちかけた。
「どなたか、良い魔術師を紹介していただけないでしょうか?」
「ちょっと待ちなされ。おぬしら、本当にダオスと戦うつもりかね? 君達のような少年少女が?」
クレスとチェスターは、意志の篭った眼差しで頷く。
「はい、そのつもりです」
「俺たちの時代に、ダオスが蘇った。その場に居合わせたけどよ、アイツの怒りは相当なモンだったぜ。世界を焼き尽くすつもりだと言われても、納得しちまうぐらいにはな」
「僕たちは過去に逃がされました。でも、それは魔王を倒す手立てを持ち帰る為であって、このまま安穏と過ごす訳ではないんです! お願いします!」
三人は頭を下げたが、レニオスは難しい表情で顎鬚をしごくだけだ。
それからクレス達に背を向けると、暖炉に踊る火を見つめた。
「……残念じゃが、紹介できる魔術師はおらん」
「それなら……どこに行けば、エルフに会えるのでしょう? それだけでも、教えていただけませんか?」
縋るような声でミントが言うと、レニオスは振り返って小さく笑った。
「そう慌てるでない。教えられないのは、単にこの近辺には魔術師がおらんからじゃ」
落胆を隠せないクレス達に、レニオスは笑ってみせる。
「ここから北にあるユークリッド村に、クラースという者が住んでおる。エルフではないが、魔術を人間が扱えるよう、日々研究に勤しんでおる者じゃ」
「じゃあ、そのクラースって人に会えば?」
「うむ、気難しく無愛想な男じゃが、きちんと話せば、必ずや力になってくれるじゃろう」
「分かりました、ありがとうございます!」
破顔するクレスに、レニオスは手を左右に振る。
「礼には及ばんよ。おぬしらの気持ちも分からんでもないが、決して無理するでないぞ」
「ありがとうございます、村長さん」
ミントも礼を言うと、レニオスは奥の部屋へと手を向けた。
「今日はもう遅い、ここまでにしよう。さっきも言ったとおり、遠慮なく泊まっていくと良い」
三人は顔を見合わせ頷く。
その好意をありがたく受け取ることにし、改めて礼を言った。
その夜、ベッドの一台を譲って貰い、そこをミントに使って貰う事にした。
老夫婦の住まう家だから、部屋には二台しかベッドがなく、せめてもと片方を譲って貰った形だ。
しかし、当然だが、ミントと同衾する訳にもいかない。
だから、男は床で寝ようと言うチェスターの提案は妥当なもので、クレスもそれに賛成した。
ミントは固持したが、女性を床で寝かせて、男がベッドを使うのも問題だ。
野宿よりマシだ、と笑うチェスターがミントをベッドに押し込み、それでようやく就寝する事になった。
ベッドから離れた床の上、クレスとチェスターは隣り合って横になる。
だが、目を閉じようとしても、すぐには眠れない。
特にチェスターはそれが顕著で、身体を起こして、壁に背を預けている。
「……眠れないのか」
横になったままのクレスが寝返りを打って顔を向けると、チェスターは力なく頷いた。
「明日は早くから移動したいからよ、さっさと寝なきゃって思うんだけどな。でもウィノナの事を思うとよ、どうにも目が覚めちまって……」
「分かるよ……。単にはぐれただけだと思っていたのに、一年も前に来ていただなんて……」
「誰かと一緒にいたんだってな。一人じゃないだけマシかと、聞いた時は思ったけどよ。それだって、今も一緒だとは限らねぇ」
「うん、行く方向が一緒だったから、それまでの一時的な同行だっていう可能性は、正直高いと思う」
チェスターも同意見で、溜め息を一つ零した。
「クレス、お前ともそうだけどよ。ウィノナは兄妹同然に過ごしたし、家族のようなもんだと思ってる。同じみなしごだった分、打ち解けるのはクレスより早かった……」
「ああ、一緒に暮らす僕よりも仲が良かった」
「だから、アイツが寂しがり屋だってことも、よく分かってる」
クレスはチェスターが、何を言いたいか分かった気がした。
気丈に振る舞い、周りを明るく引っ張るその姿は、ウィノナの心情の裏返しだ。
チェスターが斜に構え、皮肉屋であるのも、大人に頼らず生きてきた処世術で、クレス達もそれを分かり合える程には長い付き合いになった。
「今も一人で泣いてるんじゃないかってさ、そう思うと気が急いちまってよ……!」
風が窓を叩いて、ガタガタと揺れた。
外の風は強く、春先の夜露は、さぞ身体を冷やすだろう。
ウィノナは三人を探していたと言う。
ならば今も、探して旅をしているのだろうか。
いつだって宿が取れるとも限らない。
むしろ、次の町に辿り着くまで跨ぐ日数を考えると、野宿して過ごす日の方が多いくらいだ。
クレスは一人で焚き火をしながら
「それに、ここは百年前の世界なんだろ……? 俺たち、元の時代に帰れるのか?」
クレスは思わず言葉に詰まった。
それ以前の問題が山積みで、今はまだそこまで考えられない。
先送りにしてよい問題でもないのだろうが、かといって、それは今すぐ答えが出る問題でもなかった。
「僕たちがこの時代のダオスを倒したら、歴史が変わってあの時代が来ない事になるのかな……」
「そういう難しいことは、俺には分かんねぇ」
チェスター、とクレスは呟いて、再び寝返りを打った。
「まずは出来ることをしよう……。明日から頑張らないと」
「ああ、そうだな……」
チェスターも壁から背を離して、再び床に横になる。
しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた。
二人の会話をベッドの中で聞いていたミントは、ゆっくりとベッドから降りると、自分に使われていた毛布を取り出す。
寝ている二人の所に近づき、そっと掛けると小さく呟く。
「私も、お手伝いさせてくださいね」
勿論返事は返って来ないが、ミントは満足してベッドに戻る。
二人の寝息を聞いている内に、ミントも静かに眠りに落ちていった。