【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
翌日、村長によくよく礼を言って、村を出た。
今どこに居るとも知れないウィノナを追って、そしてダオス打倒のため、必要となる魔術を求めての旅立ちだった。
「ウィノナが北へ向かったというなら、ユークリッドに立ち寄った可能性も高いんじゃないかな」
「……だな。着いたら色々、聞いて回ろうぜ」
しばらく歩き続けて山道を越えると、小さな村が見えてきた。
かつてのユークリッドを知る者としては、あまりの変化に度肝を抜かれる。
村に入り、歩き回ってウィノナを知る者がいないか尋ねて回ってみたものの、覚えている者は誰もいなかった。
小さな村とはいえ、旅人の出入りもそれなりにあり、そして一年も前に訪れた人物など、そう覚えているものではない。
それが頭で分かっていても、落胆は隠せなかった。
「駄目か……」
「何日も滞在していたならともかく、すぐに立ち去ってしまったのなら、覚えている方が難しいかもしれませんね……」
消沈したチェスターに、ミントが励ましと慰めの言葉を掛ける。
漠然と、誰かがすぐ、目撃情報を教えてくれると思っていた。
昨日もベルアダムの村で、すぐに行方が知れたのも、一つの要因だろう。
早々何もかも、上手くいくことなどない。
だというのに、どこか楽観的に思い込んでしまっていたのだ。
「仕方ない。今はクラースさんの家に行こう」
目的の家は、すぐに見つかった。
入ってみると、そこは本棚に囲まれた部屋で、中央には大きなテーブルと椅子があった。
恐らくは居間としても兼ねているのだろうが、こうも本に囲まれていて落ち着くものなのだろうか、とクレスは思う。
だが、人の趣向は様々だ。
こういう状態の方が、落ち着く間取りだったりするのだろう。
少し視線をずらしてみれば、本棚に前に立って、一人の男が物色している。
学者のようには見えなかったが、家の中には他に人がいない。
それでとりあえず、ミントがその男に声を掛けた。
「あの、あなたがクラースさん……でしょうか?」
声に気がついて、男が振り返る。
全身に入墨をいれた、奇怪な風体はミントを困惑させた。
「そうだが」
訝しげに見やる男に、ミントはつい早口になって、事情を話す。
「あの、クラースさんの魔術について、教えていただきたくて参りました」
「……なんだ、お譲ちゃんは魔術学の受講希望者か。そういうことはミラルドに任せてあるのでね。奥にいるだろうから、そっちに言ってくれ」
ぞんざいな口調で言って、クラースは顎で家の奥を示すと、再び本棚に向かい直ってしまった。
「いえ、私達は受講目的ではなく、魔術が必要でやってきました」
「同じことじゃないのか? 学ぶことなく使えるようにはならない。必要というなら、前金で二万ガルドだ、お譲ちゃん」
すげなく言い終えると、クラースは指を本に沿わせて探し出す。
こちらには、全く興味を持たない仕草だった。
ミントが珍しく不満を顔に表し、柳眉を逆立てて一歩踏み出す。
「……その、お譲ちゃんというのは止めてください」
すまないね、と口にしながら、悪びれもせずクラースは振り向いた。
「何しろ、まだ君の名前を聞いていない。初対面だと思ったが、私の勘違いかな?」
「──あっ、す、すみません! 私はミント・アドネードと申します。こちらはクレスさんと、チェスターさんです」
一息で捲くし立てるように言ってから、ミントは顔を赤くして背を向ける。
クラースは一人ひとりに目を向けると、腕を組んで天井に目を向け、そうして溜め息を一つ吐いた。
何やら良くない雰囲気だ。
クレスはどうしよう、とチェスターに目を向けたが、当の彼は肩を竦めて何を言うでもない。
そうして互いに目で牽制し合っている内に、クラースが昔を懐かしむ声音と共に息を吐いた。
「……やれやれ、いつだったかも、こんな事があったな。あの時はまだしも、礼儀正しいお嬢ちゃんだったが」
クレスとチェスターの見合わせていた顔が、同時にクラースへ向く。
「その女の子のこと、名前とか覚えてますか!?」
「いつだったかって、いつ来たんだ!?」
突然の反応に、クラースは面食らって一歩後ずさった。
「な、なんだいきなり。あー……、来たのは去年のことだったと思うが……。名前まで覚えていないな」
頭を揺さぶってでも思い出させてやろう、とチェスターが動き出したその時、奥から声を聞きつけた、一人の女性が姿を見せた。
この女性が、先ほどクラースが言っていたミラルドだろう。
手に持ったトレイの上には、四つのティーカップが載っている。
「お嬢さんの名前はウィノナさん、だったかしら。一緒に男性もいたけれど、そちらの名前は覚えてないわね。……何しろ、ウィノナさんのインパクトに比べて、男性の方はまるで置物の様に、物静かだったものだから」
どうぞ座って、とミラルドがお茶をテーブルに置く。
クラースが席に座るのを待って、三人も席に着いた。
席が一つ足りないので、ミラルドはクラースの後ろに立って控える。
「ウィノナは、どこに行くか言ってましたか」
クレスが尋ねると、クラースは首を横に振った。
「いや、どこに行くかは言わなかったと思う。──ただ、精霊のことを、熱心に訊いて来たな」
当時を思い出そうと首を傾げるクラースに、ミラルドは笑った。
「そうそう、その熱意に押されて、色々教えてあげたのよね」
「ああ、生憎と精霊の研究はまだ未熟だから、分かる範囲で伝えはしたが……。そう、それで思い出した。だから、アルヴァニスタに行くのを勧めたんだ」
「アルヴァニスタ……」
「あそこは世界一の魔術研究国だ。分かることも、多かろうと思ってね」
クレスとチェスターは顔を見合わせる。
次の目的地は決まった。
早速向かおうと立ち上がりかけたチェスターの肩を、クレスは掴んで座らせる。
その前にもう一つ、ここへ来た目的を終わらせる必要がある。
「クラースさん、先ほども少し言いましたが……僕たちに必要なのは、魔術を使える人なんです。知識そのものを蔑ろにする訳ではありませんが、でも知識だけあっても、ダオスは倒せない」
「ダオスを倒すだと?」
クラースはピクリと眉を動かし、睨む様な視線を向ける。
そして、すぐに息を吐いて腕を組んだ。
「まぁ、そちらの言い分は分かった。講義をタダで聞く為の嘘と言うには、いささか尊大すぎる話だが……」
クラース、と横で呆れたような声を出したミラルドが、トレイを縦にして頭上で構えた。
「この子たちは、あなたを頼って来たんでしょう? もっと優しくできないの?」
「わ、分かった。分かったから、そのトレイを下ろせ。詳しく話を聞くから……!」
にっこりと影の差す笑顔を浮かべたミラルドに、クラースは仰け反りながら手で頭を守り、懇願するような悲鳴を上げた。
その光景を目前で見せられて、クレスは我知らず唾を飲み込む。
そこには言わずとも分かる、この家の上下関係が如実に表れていた。
ミラルドが代わりのお茶を用意してくれ、話し合いが改めて再開された。
クレス達は、自分たちがこの時代の人間ではなく未来から来たこと、ウィノナと共に来た筈が逸れてしまったこと、そしてダオスを倒す為の手がかりを探していることなどを話した。
全てを話し終わった後、クラースはむっつりと黙り、腕を組んで目を閉じる。
クレスは説明したことが徒労に終わるかと思ったが、ミラルドの方に視線を向けると、安心させるように笑顔を見せる。
どれだけ待てば良いのだろう、と思っていると、ようやくクラースが口を開いた。
「未来から来た、か……」
「信じてもらえなくても、仕方がないことです……」
「嘘をついて騙したいなら、そんな荒唐無稽な話を持ち出す必要はない。鼻で笑われて、追い返されるのがオチだ」
「……はい、だから信じてもらえなくても構いません。──でも、僕らには、ダオスを倒せる魔術が必要なんです」
「お願いです。力を貸していただけませんか?」
クレスが言い、ミントが懇願するように続けた。
クラースは腕を組んだまま姿勢を崩さず、難しい顔のまま返答した。
「一つ勘違いをしているようだが、私自身が魔術を使えるわけじゃない。エルフの血は引いていないからな」
「はい、それはこちらを紹介してくれた、村長さんからも伺っています。でも、魔術を使える研究を行っていて、きっと力になってくれるだろうと……」
クラースはそれを聞いて、再び黙り込んでしまった。
気まずい沈黙が続いたが、しばらくしてクラースは口を開いた。
「……魔術を使えるのは、何もエルフの血族のみじゃない。精霊もまた、魔術に等しい力を持っている。私の行っている研究は召喚術。精霊も魔術に等しい力を使えるから、これと契約して力を行使するんだ」
「自分が魔術を使うのではなく、使える者を呼び出す技術、という訳ですか」
「そうだ」
自信を持って頷いたクラースだが、隣のミラルドは小さく笑った。
「でも、まだ使えないのよね」
「理論的に可能というのは分かっているんだ。後は精霊と実際に契約して、実証するところまで来てる」
チェスターは首を傾げた。
学者だの研究だのは、難しい話ばかりでよく分からない。
だが、自分たちにとって大切なこと、そして知りたいことは一つだ。
「……で、結局のところ、そのショーカン術ってのは使えるのかよ?」
「そこで取引だ。君達が協力してくれるというなら、私の召喚術を君達の目的の為に、役立てようじゃないか」
「……何だかキナ臭ぇ話になってきたぞ?」
チェスターは、クレスの方に顔を向ける。
クレスからしても、やはり危うい雰囲気を感じ取っており、その表情は多少、強張っていた。
「それはつまり、どうすればいいんでしょう?」
「なぁに、簡単な事だ。精霊っていうのは、人里離れた場所に住むだけではなく、人にとって危険な場所を好む傾向にある。私一人では、とてもじゃないが精霊の元まで辿り着けない。──だから、護衛を頼みたい」
クレスは目に見えてホッとしたし、ミントもまた無理難題ではないと分かって安堵した。
「そんな事でいいのでしたら、喜んで!」
「よろしくお願いします!」
クラースはうんうんと満足げに頷き、それなら、と言って立ち上がった。
「早速で悪いが、ローンヴァレイに付き合ってくれ。あの谷には、風の精霊が住んでいる」
「い、今からですか?」
「用事をさっさと済ませれば、それだけ早く、ウィノナさんとやらを探しに行けるんじゃないか? 私はどちらでも構わないぞ?」
「――行こうぜ」
そう言って、真っ先に立ち上がったのは、チェスターだった。
「クラースの旦那の言う通りだ。用事が早く終われば、その分早く追いつける。アイツが今どこにいるか分からねぇが、今この時だって距離を離されるかもしれねぇしな」
「そうだな……」
クレスも頷いて立ち上がる。
ミントに手を差し出しながら、その様子を伺うと、彼女もまた愛想よく頷いた。
「はい、勿論お手伝いします」
薄っすらと微笑みすら浮かべて、その手を取って立ち上がる。
ちらりと横を見ると、クラースはミラルドと向き合いながら、しばらく留守にする旨を伝えていた。
「話が長くなるかもしれませんね……」
そう言って、ミントは二人の背を押し、家を出る。
クレスは背を押されながら後ろを見て、仲睦まじそうに帽子を受け取るクラース達を見た。
確かに、とクレスは思う。
別れの挨拶を見物するほど、野暮じゃない。
クラースが出て来るまで、家の前でどうやって時間を潰したものか……。
クレスはとりあえず、空を見上げながら考えた。
どれほど時間が掛かるか分からないが、勝手にどこかへ行ってしまうのはまずい。
チェスターを見ると、矢を持たずに弓弦を張って、遠くの木を的に射撃の練習をしている。
クレスも素振りして待っていようかと考えた矢先、クラースは幾らもせずに出てきた。
「もう、いいんですか?」
「何、ちょっとしたフィールドワークだ。そう時間をかけることでもないさ」
「そうですか」
クレスが頷いてチェスターに目をやると、すぐに弓を背にしまって近づいて来る。
「では、出発するとしよう」
クラースは帽子のツバを上げてから自宅を一瞥し、村の外へ顎をしゃくった。