【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交わった歴史~   作:鉄鎖亡者

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八千字くらいでササッと済ませるつもりが……、おかしい、全然終わらない。
おそらく、あと二話続きます。
 


エピローグ
新たな生活


 

 トーティス村を出立したウィノナ達の旅路は順調だった。魔物による被害や旅程の遅延もなく、ベネツィアからの船路もまた同様に問題なかった。

 

 トールへ辿り着いてからは機械兵による妨害はあったものの、やはりウィノナ達の敵ではなく、問題なく最奥の部屋に到着する。

 時間転移装置によって百年前──クレス達と共に現代へと転移した直後に帰還し、来た道をまた戻る。

 

 同じ道とはいえ百年違えば見えるものも随分違って、ウィノナはアーチェと共に会話に花を咲かせながら道を進む。

 旅の道中いつまで経ってもそんな調子だったので、クラースも呆れを通り越して感心しがちだった。いつの時代も女性と言うのは変わらんらしい、と内心で唸る。

 

 ベネツィアから南下し、ユークリッドへ向かう前にローンヴァレイに立ち寄る事になった。元より通り道なのでクラースにも異存はなく、むしろ遠慮なく実家に顔を出すべきだろうとさえ思った。

 

 

 

 小屋の前に着くとノックをしてから返事も待たずにドアを開ける。アーチェが先頭になって入るとバートは破顔して迎える。

 

「どうしたんだ、こんな急に……! ああ、いや……お帰り、アーチェ」

「ただいま、お父さん!」

 

 アーチェも元気に笑って応え、身体をずらしてドアへの道を開ける。アーチェの陰から出てきたウィノナとクラースを見て、バートは微笑む。

 

「二人もよく来てくれた。さぁ、是非上がってくれ」

「では、遠慮なく」

 

 クラースが先に入って、ウィノナもお邪魔します、と会釈しながら中に入る。

 入った後は適当にテーブルのある席に座り報告と雑談の時間になった。

 

 報告とは言ってもウィノナに関する事情は出来るだけ伏せ、話せる部分だけを掻い摘んで話す。他にもやるべき事を終わらせた事、これからクラースは帰宅する途中である事などを話し、その都度バートは楽しそうに相槌を打っていた。

 

「そうかそうか……。帰って来るのはもっと遅くなると思ってたが、それじゃあ旅はもう終わったんだな?」

「そだね。少なくとも、どっかにパッと出かけて世界を救っちゃうような事はもうしないんじゃん?」

 

「何だか凄まじく語弊のある言い方だが……、まぁそうだな。私もユークリッドに戻ったら今回の旅で得た知見などをレポートに起こして、その後はゆっくりするつもりだ」

 

 そうか、とバートは心底安堵したように溜め息をついた。大事な一人娘が危険を顧みない旅をしていた事を思えば、その心配も当然で、こうして無事帰って来ただけでも嬉しのだろうという事は見ていれば分かる。

 

 バートは暖炉の上に掛けていたヤカンの湯が沸き上がった事に気付いて、それぞれにお茶を振舞ってくれる。

 ウィノナがカップを口に運んで喉を潤していると、クラースもお茶を飲みつつ顔を向けてきた。

 

「それで、ウィノナはこれからどうするんだ? 特に考えがないならユークリッドまで一緒に行くのはどうだ? 何だったら泊まって行くといい」

 あー、とウィノナは視線を宙に彷徨わせ、それからゆっくりと首を横に振る。

 

「ユークリッドまで一緒に行くのは全然いいんだけど、そこまで世話になるのは……ねぇ」

「何だ、遠慮する事はないぞ。知らない仲じゃないんだ、ミラルドにも改めて紹介したいしな」

 

 ウィノナはあからさまな溜め息を吐いてみせる。口に運んでいたカップを離し、じっとりとした視線をクラースに向けた。

 アーチェは目を見開いてクラースを見ており、唐突な二人の変化にクラースは身を硬くする。

 

「な、何だ一体、二人して……」

「クラースって恋人いたの!?」

 

 声を上げて驚いたのはアーチェで、今度はクラースが面食らう番だった。

 

「馬鹿! ミラルドはそういうんじゃない、ただの助手だ!」

「へぇ……。一緒の家に住んで家事まで任せている女性を、ただの助手、ねぇ……」

 

 更に冷ややかな視線を向けるウィノナに、クラースはたじろぐ。気を紛らわそうとカップを口に運ぶも、中にはもう入っていなかった。飲めないと分かると、何やら余計に喉が渇いてくる気がした。

 

「うわぁ……、それホントなの、クラース?」

「いや、確かに家事はしてるが……。別に頼んだ訳でもなく……」

「──そんな訳ないでしょ」

 

 しどろもどろになるクラースに、ウィノナがぴしゃりと言った。

 

「仮に頼んでなくてもクラースから進んでやらず、結局ミラルドさんにやらせる形になっているなら、頼んでいるのと同じ事よ」

 

 ウッ、とクラースの息が詰まる。確かに、いつの間にかミラルドが家事全般を取り仕切る事になっていたが、事実クラース自身から頼んだ記憶はない。しかしウィノナの言っている事がそのまま当て嵌まるのも事実だった。

 でも、とウィノナは続ける。

 

「恋人じゃないっていうのは本当だと思う」

「あ、そうなの?」

「……あれは妻よ」

 

 クラースは思わず盛大に吹き出す。今度ばかりはお茶が切れている事に感謝した。もしも口に含んでいたなら、前に座るウィノナの顔面は水しぶきで濡れそぼつ事になっていただろう。

 その後の顛末は考えるまでもない。

 

「ちょっと待て。私はまだ結婚していないぞ!?」

「あ、そうなんだ。まだ、なんだ?」

 

 アーチェがにんまり笑うのを見て、クラースは我ながら失言をしたと悟らざるを得なかった。とはいえ──。

 

「いや、そういう事ではなくてだな。そもそも学会の方にも色々提出したレポートもあるし、それらに時間を使う事を思えば──」

「ミラルドさんは既に内助の功を尽くすような生活をしているように見えた。お茶が必要ならスッと持って来たり、時間になったら食事を運んで来るような……。多分あの状態から鑑みるに研究の方についても明るくて、必要な学術書とか探してたら横から差し出して来たりするよ」

 

 それもまた事実だったが、口にすると更に厄介な事になるだろうと思い、口を結んだままバートに目を向ける。手にしたカップを小さく掲げ、お代わりの催促をしたのだが注がれたのはお茶ではなく燃料だった。

 

「お前も、もういい年じゃないか。そろそろ身を固めてもいいんじゃないのか?」

 

 グッと思わず息が詰まる。

 動揺を押し隠そうと、カップの淵を強く握ると、握りすぎて小さく罅が入った。目だけアーチェの方へ向けると、そこにはやはりにんまりとした笑みが浮かんでいる。

 

「へぇ~? やっぱりそうなんだ? 何よクラース、そういう相手がいるなら、ちゃんとあたしにも教えてくれないと!」

「お前に一体何を教えろと言うんだ……」

 

 いよいよクラースは頭を抱えた。そんなクラースに、ウィノナは相変わらずの視線を向けて続ける。

 

「……だからね、話を最初に戻すけど。そんな女性が待っている家に、クラースが女を連れて帰って来てごらんなさい。一体どれだけの衝撃を与えるか」

「いや、しかし。別に一緒に旅をした以上の仲ではないだろう……?」

 

「それは事実だけど、そんな事は関係ないの。長い時間、家を守って待ってたのに、帰って来たと思ったら同伴してる女性がいる。その事実の方がよほど問題になるのよ、この場合は」

 

 クラースは腕を組んで唸り、ついには黙り込む。それを見て、アーチェも頭の後ろで手を組んで天井を仰いだ。

 

「クラースって、そういう女心理解してなさそうだもんねー」

「ミラルドさんに改めて紹介っていうのは、むしろこちらからお願いしたいくらいだけど、今回は見送った方がいいと思う。代わりに何かプレゼントでも用意して帰ればいいンじゃない?」

 

「プレゼントと言っても何を買えばいいんだ……、いや第一どこで買えと? ベネツィアまで戻れとでも言うのか?」

 

 アーチェは姿勢はそのままに溜め息を吐く。

 

「流石にそこまで言わないよー。貰えたら何でも嬉しいものだし、……でも魔術書とかやめてね」

「私を何だと思ってるんだ……。だが分かった。一応……忠告感謝する、とは言っておこう」

 

「まぁ、今までの態度を見ると気の利いた事なんてして来たなかっただろうから、きっと面食らうと思うよ。ちゃんとフォローする台詞も考えておいた方がいいと思う」

「……ご親切にどうも」

 

 クラースは憮然として溜め息をつき、視線を感じてバートの方へ顔を向けると、苦笑としか言いようのない表情が見えた。

 何を言わんとしているのか分かって、クラースは更に気持ちが重くなるのを感じた。

 

 

 

 それから話題は次々と移り変わり、まるで途切れる事なく続いていく。旅の間にあった事はそれだけ魅力に満ちたものであり、話す方も聞く方も十分に楽しむ事が出来た。

 そうしてついに話し疲れが見えてきた頃、クラースは最初に聞こうと思っていた事をウィノナに問うた。

 

「それで、ウィノナ。これからどうするつもりなんだ。まずはどこかに腰を落ち着ける必要があるだろう? どこかに小屋を建てる訳にもいかないだろうし、家を借りるなりするにしても探すには時間も掛かる。だからウチに居候もいいんじゃないかと思ったんだが……。まぁ、今更そう言う訳にもいかなくなったな」

 

 それはウィノナとしても、ここに来るまでの間ずっと考えていたことだった。

 確かに暫くの間、暮らしていけるだけのお金はあるが、小さな小屋でも買おうと思えば結構な額がするものだ。では借りるという事にするとしても場所はどこにするか、という問題が浮上する。

 未だ展望は見えず無計画な考えになるが、最初に一つだけ、これはというものは決まっている。

 

「まず現代で地下墓地のあった場所、あそこの近くに住むのが第一条件かなと思ってる。それを考えるとユークリッドも悪くはないんだけど……」

 考える仕草をするウィノナに、クラースは助け舟を出すつもりで言った。

 

「村に越してくるつもりなら口添えは出来ると思うぞ?」

「うん、もしもの時には頼るつもりだけど。でも、より墓所のあった場所から近い村なら一つ思い当たる場所があって、漁村のヴィオーラに行ってみようと思う。それからのことは、それから考えるよ」

 

 そうか、とクラースは頷く。

 

「あの村からユークリッドは決して近いとは言えないが、いつでも頼りにしていいからな」

「あたしン家にも、いつでも遊びに来ていいからね。……ううん、こっちから毎日だって行ってやるんだから!」

 

 まるで悪戯をするような顔で笑って、アーチェが言った。

 ありがとう、とウィノナも笑みを返す。

 

 ──全てはこれからだ。

 ウィノナは気持ちを新たにする。

 

 地下墓地の完成こそが、ウィノナの命題。

 これが完成できなければ、過去に戻った意味もない。

 地下墓地はダオスが封印される為の大事な場所であり、失敗は決して出来ないし許されない。

 今はまだ、その取っ掛かりさえ見えていないが、必ずや完成させると心に誓った。

 

 

 

 その日はクラース共々アーチェの実家でベッドを借り、翌日朝食まで頂いてから出発となった。

 アーチェも着いて来たがったが、今は帰ってきたばかりなのだからと説得しても納得しない。

 

「住居が決まれば必ず報せるから、それまで親孝行していて」

「うん……、そこまで言うなら。……そうする」

 

 ウィノナの度重なる説得に、ようやくアーチェが折れた形で落ち着いた。

 小屋の前でウィノナとクラース、アーチェとバートに別れて手を握る。

 

「きっとだよ。すぐに連絡してね」

「うん、なるべく早くするよ。ここで躓くわけにもいかないし」

 

 ウィノナはアーチェの手を握り、その握った手を一度上下に振る。そのあと、空いた方の手を互いの握った手の上に置いた。

 約束を違えぬよう。今の自分の気持ちが相手に寸分の違いなく届くように。

 

 対してクラースとバートの挨拶は淡白なもので、一宿一飯の簡単な礼と挨拶だけで終わった。

 ウィノナは名残惜しげに手を離し、一度短く抱擁してその背を叩く。同じようにアーチェも背を叩き、それから離れた。

 

「それじゃ……!」

「うん……! またね」

 

 クラースが歩き出し、ウィノナもそれに続く。時折振り返りながら手を振り、アーチェもウィノナが見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 

 ローンヴァレイからユークリッドは近く、クラースと分かれる時もあっさりとしたものだった。

 ただ、気遣いと心配してくれる気持ちだけはしっかりと伝わり、年長者としての配慮を感じさせた。

 

「それじゃ、今度ミラルドさん紹介してよね」

「……その言い方は非常に意図的なものを感じて気に入らんが……、まぁ分かった。困ったらちゃんと頼るんだぞ? 金がなくなれば、少しなら貸してやれるし──」

 

 クラースの言いかけた言葉を手を振って遮る。

 

「大丈夫だって。子供の頃から森に入って狩りとかしてたんだから、食うに困るって事はないよ。実際、クレス達と合流するまでの一年間はそんな感じだったし」

「聞いてないぞ、そんな事……」

 

 クラースは溜め息をついて額に手を当てた。

 

「まぁ、ちょっと逃げ隠れしてたからね。ミッドガルズじゃ指名手配されてたし、それがどこまで広がってるかも分からなかったから……。念の為にね」

「逞しい性格しているのを再確認した思いだよ。……だが、それと頼るべき時にさえ我慢するのとは、また話が別だからな」

 

 はいはい、とウィノナは困ったように笑い、背を向ける。

 顔だけ横を向いて、視界の端にクラースを収めて言う。

 

「クラースも早く、待たせてる人に顔を見せてあげて。アタシも忠告を無視するような事はしないから」

 

 だといいが、と言いながらクラースも背を向ける。一度だけ手を振って村の中へと入って行った。

 

 ウィノナも改めて歩を進める。ここから南下し山道を越えれば、すぐにでも漁村ヴィオーラが見えて来る筈だった。急げば夕方までには到着できる。

 ウィノナはいま一人だが、その胸の内は温かく、一年前の一人旅とはまるで違って足取りは軽い。

 応援してくれる人がいる、心配してくれる人がいる、頼れる人が、友人がいる。

 ウィノナの足取りは軽かった。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 視界の奥に海が見えて、太陽はもうすぐその水平線に接しようとしていた。

 海岸沿いには桟橋が幾つも作られていて、その上に平屋が幾つもある。漁師として生活を営む者達が暮らしていて、船が自宅に係留できるようになっているようだった。

 

 家があるのは何も桟橋の上ばかりではない。海岸沿いに家を建てて暮らす者達もおり、ここでは浅瀬に作った養殖場などを管理していて、そういった住み分けが出来ているようだった。

 

 ウィノナは村の中をちらちらと眺め、海とは反対側へと目を向ける。目と鼻の先という訳ではなかったが、近くには森がありその奥には山が見える。山林からの恵みも期待できそうだったが、その近くに住居は見当たらない。この村と交流がある村などは目に見える範囲にはないようだった。

 

 ウィノナはしばらく歩いて見つけた村人に声を掛ける。網の手入れをしていた男性は、声に気付いて顔を上げた。

 

「おや、どうなすったね?」

「この村に移住をしたい者なのですが、住める土地はあるでしょうか」

 

 なるべく丁寧に愛想よく尋ねたつもりだったが、村人の表情は動かなかった。どうしたものかと首を捻ると、すぐに村人の表情が驚愕とも歓喜とも取れるものに変わる。

 

「なんだ、ウチみたいな所に自分の方から住みたいなんて人が来るとはなぁ! 勿論歓迎だが、そういう事は村長に言ってもらわんと! ──早い方がいいだろうね。どれ、着いてきんさい」

 

 村人は破顔して網を丁寧に片付けると立ち上がる。手招きに応じるままに背中を追い、向かった先は桟橋だった。

 踏むだけでギシギシと板が鳴いて、人がすれ違うだけの幅しかない細い板張りの道を歩いていく。潮の香りが漂い板張りの隙間から水辺が見えると、見慣れない雰囲気に身震いする。

 

 着いた先は他の民家と変わらぬ大きさの平屋のような家で、戸が開き放たれた家に村人はそのまま入っていく。田舎の家はどこもそうだな、という感想と共にウィノナも続く。

 

 村長には挨拶もそこそこに、先ほどの村人と同様移住したい事を伝えると、二の句もなく了承を貰えた。常々村の人口を増やしたいと思っていたそうで、近くユークリッドにも移住希望を募る為に出かける予定があるという。

 

 一年ほど前に流行の病がこの村にもやってきて、薬もろくに用意がなかった家は病床に伏し、そして帰らぬ人となる者が多かった。一度に多くの人口が減少し、漁をするにも保存食を作るにも人手が足りない。

 

 働ける健康な者は今はどんな人でもありがたいという事情も助け、ウィノナが驚くほど簡単に受け入れを叶えてくれた。

 多くの村は余所者を嫌うので、そこをどう切り崩すか、あるいは信用を得る為の努力をどう払うかを考えていた身としては肩透かしを食らった気分だったが、もちろん簡単に済むのならば、それに越した事はない。

 

 空き家が多く出来ていたので、その一つ、森に一番近い家を譲ってもらえた。無料で、というのがこの村の逼迫さを物語っているようでウィノナも少し不安になる。

 しかし、その家の掃除を手隙の村人が総出て手伝ってくれたりと、その人情にも助けられ、ウィノナはすぐに打ち解ける事が出来た。小さな家だったので掃除はあっという間に終わり、それでは食事はどうするかという問題になった。

 

 ウィノナは当然、旅の間に食べていた保存食で済まそうと思っていたのだが、村長が夕食をご馳走してくれるという。

 その日は歓迎の記念というということで、宴というほど豪勢なものではないが海の幸をふんだんに使った漁師料理を振舞ってくれ、ウィノナも大いに舌鼓を打つことになった。

 

 漁師の町の夜は早い。日が沈みきる前に解散となり、ウィノナもその日は処分されてなかった家具と寝具を使い、眠りに落ちた。

 

 

 

 翌日、ウィノナは保存食で朝食を済ますと、早速森へ出かける準備をした。

 狩りはボウガンだけで済ませるつもりだが、もしもの時の為に義手剣も用意しておく。この辺りの準備は手馴れたもので、ものの数分で済ませると家を出る。

 

 遠くに見えていたつもりの森も、すぐに足を踏み入れる事になり、初めての狩場ということで獲物の種類もまだ分からない。獲物の癖と縄張りの範囲など把握すべき事は沢山あるので、今日の所は収穫ナシを覚悟していたのだが──。

 

 昼前に帰宅する時には猪を一頭、狩猟に成功していた。

 これは完全に運が味方したせいだったが、昨日の宴のお礼に何か小さくても一つでいいから獲物が得られればいい、と考えていたウィノナからすれば僥倖と言えた。

 

 ウィノナが単身、獲物を森で捕らえて来た事を村人が知ると、誰もが喝采して喜んだ。

 魚は豊富に手に入るが、肉類は手に入らない。村に漁師はいても、猟師はいない。今までは獣肉が欲しければ遠くの村まで魚と交換で商いの旅を行わなければならなかったのだが、これからはそれが村の中から手に入る可能性がある。

 

 これを喜ばない村人はいなかった。

 女一人で何とも見事なものだ、と村の誰もが絶賛した。只でさえ歓迎の気持ちがあった中で、この特技によりウィノナは完全に村人の一人として迎え入れられたのだった。

 

 

 

 しばらくして──。

 

 手に付けた職も馴染み、ウィノナの生活は順調そのものだった。週に一度ならば少しの贅沢をする事も出来たし、僅かながらの蓄えも作れた。

 

 その頃になるとアーチェに連絡を取り、お互いの再会を喜び近況を報告し合った。それからというもの、アーチェは三日と置かずに遊びに来る。山を挟み、人なら辟易とする道のりも、箒に乗って移動できる魔術師にとっては関係なかった。

 

 時として一緒に狩りへ出ることもあれば、時として水難事故の救出を行うこともあり、アーチェまでも村に歓迎されつつある。

 それが、ここ半年の事だった。

 

 

 

 ある日、ウィノナは自宅で椅子に座り、ここ最近のお気に入りである紅茶を飲みながら今後のことを考えていた。

 行儀悪く椅子の上で片膝を立て、その上に頬を乗せ顎を乗せと忙しなく姿勢を変える。思考に没頭しきれないのは、今最も頭を悩ませている金銭面について解決案が見えて来ないからだった。

 

 今の仕事は性に合っているとは思うが実入りが少ない。このまま仕事を続けていって、果たして地下墓地の工事着手はいつになるだろう。

 どれほど時間が掛かろうと達成するつもりではある。しかしこのままでは、十年先でも十分な額は貯まらないと分かる。何か別の金策を考える必要があるだろう。

 

 クラースならば何か考え付いたりするのだろうか、と考えて(かぶり)を振った。本当に金策について明るいなら、あの研究所とは名ばかりの自宅にはもっと研究費用があるはずだ。

 

 ミラルドが文字の読み書きを子供に教えて月謝を貰うなどという、涙苦しい努力も必要ないに違いない。

 ウィノナは溜め息をついて紅茶を啜る。

 

 いっそ貿易を始めてみてはどうかと考えてみたものの、商才の無さには自信がある。収支の結果を考えて身震いした。

 

 そんな時、家の扉が叩かれてウィノナは顔を上げた。

 その特徴的な叩き方で誰かがすぐに分かる。ウィノナは椅子から立ち上がって扉を開ける。外で待っていたのは、期待していた通りアーチェだった。

 

「いらっしゃい、どうぞ上がって」

 

 お邪魔するよー、と声を上げて勝手知ったる様子で椅子に座る。ウィノナと対面になるように座ったアーチェは、やはり勝手にポットから紅茶を注ぐと喉を潤す。

 

 ウィノナ自身が家の中では好きにして良いと許可していて、お互い遠慮のない関係が続いている。

 特に用事がなくてもお茶だけ飲んで帰る日もあって、丁度今日はそういう気分でやって来たようだった。アーチェは沈黙を好まずよく喋るが、時に何をするでもなくボーッとする日もある。

 

「今日はどうしたの?」

「いやー、別に何の用があるって訳じゃなくてさー。ここ居心地いいし。……ウィノナは何してたの?」

「金策を考えてたンだけどね。いい案は浮かばないね、やっぱり」

 

 そっか、と返事をしてアーチェはベッドに移動して仰向けになって寝転がる。頭だけベッドの縁から落として天井を見上げた。

 ウィノナはそれを特に気にも止めず、昨日していたやりかけの作業を再開する事にした。金策について思考を巡らせても良かったが、どうせ急いで考えても良案は浮かばないだろう。

 

 ウィノナはボウガンに使う、矢の手入れ道具のある場所に移動する。

 そうこうしていると、アーチェが不意に声を溢した。

 

「ねぇ、ウィノナ……」

「んー……?」

 

 アーチェの声を聞くともなく聞きながら、矢尻を研ぐ。時折目線の高さより上に持ち上げ、研ぎ目が綺麗か確認する。

 

「あたし達、出会ってそろそろ一年経つっけ……?」

 

 どうだったろうと考えながら、ウィノナは次に矢のシャフトが曲がっていないかを上から横からと真剣に検分する。ここが少しでも歪曲していれば、矢は真っ直ぐ飛んでいかない。

 

「ンー……」

 

 小さな歪みを見つけたので、小刀を使ってシャフトを薄く削り修正する。

 少し削り過ぎたかもしれない、と眉をしかめながら、アーチェに言われた事を反芻する。

 

「多分、もう過ぎたと思うけど……」

「そっかぁ」アーチェは言って体勢を直し、うつ伏せになる。「最近、予知夢の方は?」

 

「見てないなぁ。でも見ない時は平気で数ヵ月くらい見ないから……。どうしたの、急に?」

「いやー、別に……。ウィノナは気にしないでいいよ」

 

 ウィノナは何か含みのある言い方が気になり、顔を上げて視線を手元からアーチェに移す。

 

「そんな言い方されると、却って気になるンだけど」

「ううん……。でも、そっか。経ったかぁ、一年……」

 

 アーチェは言葉を濁して窓を見る。つられて見た四角く区切った景色の向こうには、砂と海と空が見えた。

 アーチェはベッドの上で上体を起こして胡座をかく。その表情には決意のような力強さが宿っていた。

 


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