【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
谷から戻り、バートの小屋の前を通り掛かったタイミングで、家主が見計らったかのように扉が開けた。
「やったのか!? 風がすっかり、元通りになっているぞ!」
クラースが頷くと、バートは真っ先に娘の安否を気にした。
縋る様に問い質す姿は切実なものだったが、クラースは首を横に振って事情を説明する。
「いや、あんたの娘が谷に入った形跡はなかった。精霊もまた、姿を見ていないと言っていた」
「そうか……。一体どこに行ってしまったんだ、アーチェ……」
一気に意気消沈してしまったバートに、堪りかねてミントが慰めるつもりで口にする。
「これから向かう町でも、娘さんの事は聞いてみます。どうか、気を落とさないでください」
「……ありがとう」
バートはそう一声返して、家の中に戻ってしまった。
居た堪れない気持ちでミントはそれを見送り、扉が閉まるのを見守る。
完全に閉まるのを確認すると、振り返って三人に問うた。
「では、これから向かうのは、精霊の森ですか?」
ちらり、とチェスターに視線を向けるも、当の彼は肩を竦めてみせる。
「別に、俺に遠慮する必要はねぇよ。焦りはあるけど、仕方ないさ」
「済まないとは思うが、精霊自身からの要請だ。
チェスターも頷き、気にするな、という風に手を振った。
そうして、クレス達は再び来た道を戻り、ベルアダムの村……その南にある、精霊の森へ向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆
途中、ユークリッド村に戻って一泊してから、クレス達にとっては懐かしいと言って良いものか、精霊の森に辿り着いた。
中に足を踏み入れると、そこは記憶にあるより、遥かに緑の茂った森で軽い感動を覚える。
空気に、土に、草に、樹に、それら全て、活力に溢れているのが分かった。
百年も前となれば、森は随分違うものだと思いながら、クレス達は大樹の元へと赴く。
そうして、根本に立って見上げてみると、森全体の雰囲気と違って、大樹の様子は、クレスの知るものより、少し草臥れて見えた。
明らかに古木と分かる巨大さは、記憶の通りで変わりなかったが、苔むした根と太い幹に伸びる蔦、それらが違う印象を抱かせる。
大樹は今にも、朽ち果てようとしているかのようだ。
それぐらい、今の大樹にクレスが知っている姿の面影がない。
「どうもおかしい……」
思わず呟いたクレスに、クラースが反応した。
「どうした、クレス。これがシルフの言っていた、世界樹ユグドラシルじゃないのか?」
「ああ、いえ。多分……、それは間違いないと思います。ただ、僕の知ってる大樹よりも、状態が悪い気がして……」
「クレスもそう思うか?」
チェスターも同意して、クレスの横に立つ。
「何だろうな? 違和感っつーか、何かが足りないっつーか。……樹に元気がないからか?」
首を傾げながら、腕を組む。
幾度となく訪れた場所だというのに、その違和感の正体が分からない。
やきもきした気持ちでいると、クラースの持つ精霊の珠が光を放ち始めた。
動揺を余所に光は収束を終えると、大樹の中心に一人の女性が浮かび上がる。
白く清潔感のあるローブと、樫で作られた杖を持ちつ女性だ。
ただし、母のような妙齢さが伺えながらも、少女のようなあどけなさも感じる、不思議な印象を受ける女性だった。
「私の姿が見えますか? 声が、聞こえるのですね?」
その女性は沈痛な表情で、クレス達を見ながら続ける。
「滅びの時が近づいています。この声が聞こえる全ての人に、知ってもらいたいのです……」
いきなりの重大な告白に、クレス達は顔を見合わせた。
やはり、とクレスは思い、なぜだ、とクラースは思う。
「私は世界樹ユグドラシルに宿る精霊、マーテル。今、世界樹に死期が迫っています」
「それは寿命、ということか?」
クラースが訊くと、マーテルは首を横に振った。
「そうではありません、マナの枯渇が原因です。精霊たちと魔力の源であるマナは、この世界樹から生まれているのです」
「この樹一本で、世界中を満たすに足るマナを? とても信じられん……」
「嘘は申しません。──それとも、世界樹が枯れた後でなければ、信じられませんか? 全てが失われた後でなければ?」
静かに目を伏せるマーテルに、クラースは言葉を失ってしまう。
当然、この様な場面で、虚言など言う訳がない。
風の精霊シルフも言っていた事だ。
そして、ある種の確信を持って、クレスもそれに同意した。
「この精霊が言っていることは、本当だと思います」
クレスには、それを言えるだけの根拠がある。
未来から来て、未来の常識を知るからこそ、言える事だった。
「僕らが住んでいた百年後の未来には、魔術は存在しないんです。ただ……」
「ただ?」
「僕の知る大樹は、今よりも元気があったように思います」
なに、とクラースは眉根を寄せた。
「それは一体どういう事だ? 枯れてもいないのにマナだけ消えてると? 精霊マーテル、そんなことがあり得るのか?」
「いいえ、それは考えられません。マナの現在量と、大樹の姿は相互不可分。一方が無くなれば、他方もまた無くなる。マナが消えて大樹が存命、ということはあり得ません」
「どういう事だ……? クレスの見間違いということは……」
「いやぁ、それはねぇよ、クラースの旦那。俺とクレスは小さい頃から、この樹を見て育ったんだ。枯れ木と見間違えるなんて、それこそあり得ない」
クラースは黙って、考え込んでしまった。
それを見て、マーテルが不思議そうな声を上げる。
「マナは、世界樹が生き続ける為に必要なもの。──この事は人の世では、常識ではないのですか?」
「いえ、まさか。マナを生み出すことさえ知らなかったのに、そんな事まで知りませんよ」
クレスが首を振ると、マーテルはその細い顎をそっと摘んだ。
「前にも一度、ここに一組の男女が来ていました。その者達は、世界樹がマナを生み出し、また糧として生きる樹だと知っていたのです」
「──なんだって!?」
クラースが聞き捨てならず、顔を上げた。
それは思考の渦から帰って来る程、衝撃的な発言だった。
クラースでさえ知らなかった以上、この世の誰だって、マナの真実を知らなかったに違いない。
それとも、ここ近年の研究で、解明されたことだとでも言うのだろうか。
しかし、クラースにもアルヴァニスタの伝手がある。
そんな重要な事実が判明していたら、流石の田舎暮らしでも、それぐらい知れている筈だ。
「その男女は、世界樹が枯れかけている事も理解していて、男性は酷く落胆していました。少女は世界樹を救えないか、と気遣ってくれました。私はそれに、一縷の望みを感じたのです。だから、よく覚えています」
私の声は聞こえていませんでしたが、と悲しげに微笑んで、マーテルは言った。
「その男女とは……、一体?」
「少女はウィノナと、男性はダオスと、呼ばれていました」
「──ウィノナ!?」
「ダオスだって!?」
マーテルが嘘をつくはずがない。
だが、それでも、信じられないほど、衝撃的な発言だった。
クレス達とて、精霊のシルフに教えられてここに来た。
召喚術という研究を持つクラースがいなければ、精霊に会おうという発想すら生まれなかっただろう。
だというのに、一体どうやって、そんな事を知ったのか。
その疑問は募るばかりだ。しかし、それよりも──。
「ウィノナが僕らよりも先に、世界樹の危機を知って行動している……?」
「それよりも問題なのは、魔王と行動を共にしている事だろ! アイツなに考えてんだ!」
「どういう事なのでしょうか……」
様々な憶測が、生まれては消えていく。
特にウィノナをよく知る二人には、混乱が大きかった。
「魔王と一緒にいるってんなら、きっと操られてるに違いないぜ!」
「操ってまで連れて行きたい? 何の為に?」
「それは……」
チェスターは一瞬、言葉に詰まったが、それでも思いつくまま言葉を吐き出す。
「でも、地下墓地での黒騎士を見ただろ。操って利用して、用が終わったら、ゴミくずのように消しちまう! ウィノナがそうならない、って言えるか!?」
今度はクレスが、言葉に詰まる番だった。
地下墓地のダオスを思い出せば、チェスターの言い分は正しいと思う。
ならば、利用価値があるから今は生かしているのだと、そう考える方が自然かもしれない。
しかし、その考えにはマーテルから否定された。
「お待ちください。ダオスに邪な気配はなく、ただ世界樹を見て悲しんでいました。……そして少女は、そんなダオスを慈しみ、気遣いを見せていました。とても相手を利用し……操り、操られる者同士の関係だとは思えません」
マーテルの言うことが真実だとしても、それならばやはり、何故という疑問が沸き上がる。
ダオスに邪な気配がないというのも、地下墓地で身が竦むほどの殺気を浴びた者からすれば、想像するのも難しい状況だった。
しかし、感情で否定してばかりもいられない。
クレスは
「まずは、ウィノナに会うことだ。何としても、確認しなくちゃいけない。そうすれば、全て分かる」
チェスターも、それには同意した。
「最初から同じさ、何も変わらねぇ。ウィノナを捜し出して、合流する。……そうだろ、クレス」
「うん。それに聖樹様を助ける方法を探すこと、それがウィノナと合流する手がかりになるかもしれない」
「なるほど、確かにウィノナも──というより、ダオスかもしれないが……。世界樹の危機を、このままにしておくとは考え難い。きっと回避する方法か、回復させる方法かを探しているだろう」
言ってから、クラースはハタと気付き、腕を組んで首を捻った。
「だが……待てよ、おかしい。……それとも、何か思い違いをしてるのか?」
「どうしたんですか、クラースさん?」
「ダオスにしてみれば、魔術が使えなくなる方が、都合は良いんじゃないのか? マナが消えれば、もはやダオスを傷つける方法がなくなる。弱点はなくなり、思うまま世界を蹂躙できるだろう」
言われてクレスは、動きを止めた。
「それじゃあ、いま世界樹が死んでしまいそうなのも、ダオスのせいだっていうんですか?」
「そう考えれば自然なんだが……。マーテルの言葉を信じるならば、ダオスはまるで、真逆の反応を示している」
分っかんねぇなぁ、とチェスターは片手で頭を掻き毟った。
「そういう、ややこしい話は苦手なんだよ、俺は……!」
「まぁ、ここで考えていても仕方ない。やるべき事をやろう」
クラースが一同を見つめ、それぞれが頷く。
すると、動向を見終わったからではないだろうが、マーテルはそれ以上何を言うでもなく、また樹の中へと帰っていった。
「何てことだ……。まだ訊きたいことがあったのに……!」
クラースが悔しそうに呻くが、呼び掛けたところで、再び姿を見せてはくれなかった。
その横で世界樹を見つめていたミントが、持っていた杖を握り締めて一歩踏み出す。
「少し……私がやってみます。試してみたい事があるんです」
杖を身体の中心に構え、世界樹に向かって法術を唱えた。
「ファーストエイド!」
眩い光の粒子が螺旋状に大樹を囲み、全てを覆うように上昇していく。
法術の光は樹の頂点まで行き渡ったが、大樹に何らかの変化をもたらすには至らなかった。
「駄目でした……。私の力が足りないようです。母のような強い法術の力があれば、また何か違っていたかもしれませんが……」
「話はそう簡単じゃない、か……」
仕方なしに、今出来る事──今後の指針を考える事にした。
「とりあえず、ウィノナを追う。それはいいのか?」
「そうだな。今もダオスと共にいるのだとしたら、会うことは困難を極めると思うが」
ああ、とチェスターは顔を
その気持ちは、クラースにも分かる。
クラースが出会った際のウィノナは、ごく普通の少女に見えた。
少なくとも、魔王と行動を共にする境遇にあるとは、想像も出来ない。
「思わぬ事で、話がこんがらがってしまったが。とりあえず、当初の予定通りに動くべきだと思う。即ち、ウィノナを追って旅をし、その過程で精霊も集める。──どうだ?」
異議なし、と全員から返事があって方針は決まった。
「では、まずアルヴァニスタ王国へ行く事にしよう。あの国は魔術の研究だけでなく、その文化が世界で最も発達している。そこに行けば、精霊の貴重な情報が得られると思うし、去年ウィノナも訪れた可能性は高い。──彼女の足跡を辿るという、目的にも適う」