【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
狭い室内で、レアード王子を巻き込まずに戦うのは、至難を極めた。
チェスターの弓も射線を捕らえ切れず、上手く矢を放てていない。
頼みの綱はクレスなのだが、相手の張るバリアーが、近接攻撃を無効にする。
無効にしている間は相手も動けないようだったが、脈打つような螺旋の波動がクレスを襲う。
咄嗟に防御は成功したが、攻め手を封じられて、前に出られずにいた。
「ならばこれで! ──シルフ!」
局所的な竜巻がジャミルを包み、風の刃で斬りつけつつ、その身体を上方へ持ち上げる。
「まかせて! ファイアボール!」
浮き上がっていたジャミルを、アーチェの魔術で弾き、王子から引き離した。
跳ねるように飛ばされ、壁際へと追い込まれる。
そのタイミングで、チェスターの矢が、ジャミルの羽と壁を縫いつけた。
「やれ、クレス!」
言われる前から、既にクレスは飛び出していた。
矢を抜こうと、無防備になっていたジャミルへ斬り掛かかる。
しかし、ジャミルは羽が千切れるのも構わず、無理やりクレスに身体を向けた。
己の一部を自らもぎ捨てるような行為に、クレスの動きが一瞬だけ硬直する。
その硬直は、ほんの僅かな事だったが、その一瞬こそが致命的だった。
ジャミルは腕を大きく振りかぶると、そのままクレス目掛けて手刀で刺し貫く。
脇腹を大きく抉り、ジャミルの抜き手は、クレスの身体を貫通した。
「──グハッ!」
クレスの口から吐血が溢れ、ミントが悲鳴を上げた。
「クレスさん!!」
「──野郎ッ!!」
残虐な笑みを浮かべるジャミルの額に矢が刺さり、顔がのけぞる。
駆け寄ろうとするミントを手で制しながら、クラースは召喚術を使った。
「ウンディーネ!」
床から染み出すように出現した水の精霊は、起き上がる動作から、そのまま剣を振り上げる。
クレスに突き刺さった腕を両断し、庇うように自らが纏う水の膜へ受け入れた。
ジャミルが己の腕を見つめ、憤怒の表情を浮かべるのと同時、チェスターの矢が再び頭部を撃ち抜く。
その決定的な隙を、クレスは見逃さなかった。
致命傷の身体を叱咤し、己を鼓舞して奥義を放つ。
「魔神双破斬!」
まず地を這う剣圧が、ジャミルの体勢を崩した。
そして、剣圧を放った時の振り上げ動作そのままに、斬撃を斬り下ろす。
斬りつけられるがままのジャミルに、隙を生じぬ二段構えの上下斬りが放たれた。
一瞬の間に放たれる怒涛の斬撃と、そこへ更に追撃したウンディーネが、クレスの一撃と剣圧が重った。
圧倒的威力の一撃は、悪魔の身体を真っ二つに切り裂き、そのまま灰となって崩れて消えた。
そうして戦闘が終わり、勝利を得たのも束の間、問題はクレスの傷に移った。
ジャミルの腕が、刺さっている間はまだ良かった。
その身の消滅と共に腕も消え去り、栓の役割をしていた物が無くなったことで、腹部から大量の血が流れてしまっている。
「……ぐぁ!」
「クレスさん!」
ミントが泣きそうな顔をして近寄り、力なく膝をついたクレスに法術を使う。
淡い光がクレスを覆い、ミントが翳す掌は、患部に直接蓋をするように添えられてた。
「クレスは大丈夫なの?」
アーチェもまた、ひどく心配そうにミントを伺い、チェスターは唇の端を噛み締めながら、ただ様子を伺っている。
「いいから。ミントに任せろ」
チェスターの静かな口調は、有無を言わせない迫力があった。
そうして時間が経つこと暫し……。
ミントが息を吐くのと同時、光も消える。
白くなっていたクレスの顔色もずっと良くなり、咳き込む度に吐き出して血も、今や嘘のように無くなっている。
完全に、元気を取り戻していた。
クレスが恐る恐る、傷を負った腹部を撫でれば、微かな違和感はあれども痛みはない。
ほっと息を吐いて、クレスはミントに微笑んだ。
「ありがとう。助かったよ、ミント」
朗らかな笑みを見せるクレスに、チェスターとアーチェは肩の力を抜いて喜んだ。
戦闘よりも余程、疲労を感じた瞬間だった。
「ヒヤヒヤしたぜ、まったく……!」
「でも、良かったぁ! ミントがいなかったら、どうなってたか!」
アーチェの一言に、クラースもまた同意する。
ミントの法術については信頼していたが、今回のような生死に関わる大怪我をしたのは、これが初めての事だった。
どれ程の傷まで癒せるかは未知数だったが、今回の癒しの術には素直に感嘆しつつ、ミントを労う。
「ご苦労だったな、ミント。まさに縁の下の力を感じた思いだよ」
そんな、とミントは頬を赤らめ、顔を伏せる。
立ち上がったクレスが改めて傷の具合を確かめていると、ハッとして辺りを見渡した。
「──そうだ、レアード王子は!?」
悪魔が倒れたと同時、レアード王子もまた崩れ落ちていたらしい。
その場に横たわる姿が見える。
慌てて近寄り確認したが、倒れた際に受けた外傷はないようだ。
絨毯の上に倒れたのも、良かったのかもしれない。
すぐに起き上がって、虚ろな視線をクレス達に向けたが、その瞳にもすぐに活力が戻って来た。
「……私は一体……、誰だお前達は!?」
「私達は……」
何かあれば法術を、と身近に控えていたミントが返事をすると、その言葉を待つより先に、王子が身を引いて大声を上げた。
「侵入者だ!!」
「……え?」
呆気に取られてしまい、ミントは元より、他の面々も咄嗟に動けなかった。
そうして固まっている間に、レアードは脇をすり抜け、部屋から入ってきた兵士達に合流する。
「殿下、ご無事ですか!」
「私は大丈夫だ。それより、この無礼者どもを捕らえよ!」
「ハッ!」
兵達は気合の入った掛け声と共に、武器を構えつつレアードの壁となり、クレス達に迫る。
どうします、とクレスは隣のクラースに目だけ向けたが、クラースが返した言葉は降参する事だった。
「皆、武器を捨てろ。今は事情を話しても、聞いて貰えそうにない。大人しく捕まる方が良い」
「嘘でしょ!? 臭い飯食べちゃうわけ?」
「いいや、事情を知るのは国王とその側近──それも限られた重臣だけだと思う。その彼らが、近いうちに王子と接触すれば……」
「王子が正気に戻ったことが分かれば、僕らも釈放されるということですか?」
クレスが問えば、クラースは自信ありげに頷く。
「何をごちゃごちゃ言っている! 大人しくしろ!」
クラースが魔術書を放り出すのを皮切りに、クレスを始めとした他の面々も、武器を地面に放り出す。
両手を挙げると乱暴に引き落とされ、黙って拘束されるのを耐えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
地下牢は薄暗く湿った空気が淀み、一日たりとも居たくない、と思わせる場所だった。
牢に放り込まれて数時間は立ったが、明り取りや通風孔となるような穴もない為、正確な現在時刻までは分からない。
いつまで待たされるか分からないので、体力温存の為に全員一度眠ったのだが、未だに何の音沙汰もなかった。
「ねぇ、あたし達、これからどうなっちゃうの?」
目が覚めてからしばし、お腹の音も大きく鳴り始めた頃、アーチェが暗い表情を隠す事なく言った。
しかし、クラースは気楽なもので、腕を後ろで組んで寝転がっている。
「心配いらない。王子が正気に戻ったと知られれば、きっと出してくれる」
「あー、もう! こんな所にいたら、お肌が荒れちゃうよ……」
「安心しろよ、アーチェ」
チェスターが珍しく、気を遣った声でアーチェに声を掛ける。
「長旅が続けば、肌荒れなんて言ってられなくなる。むしろ荒れ放題になるからな」
「言うに事欠いてそれか! ちょっとは期待した、あたしが馬鹿だったわよ!」
「──そうだ、お前が馬鹿だったんだよ」
「何よぉ!」
「あんだよ、やんのか!?」
腕まくりして立ち上がるチェスターを見て、クラースは大仰に溜め息をつく。
とはいえ、こんな状況でもいつもと同じ事が出来るのは、心に余裕がある証拠かもしれない。
むしろ、とクラースは嫌味な笑みを浮かべる、チェスターを見やる。
チェスターは敢えて、アーチェを挑発したのではないか。
消沈したアーチェを、無理に元気付けようとしたのかも。
そう思えば、中々気が利く男なのかもしれない。
そう思っていると、ついに取っ組み合いの喧嘩が始まった。
やれやれ、とその様子を眺めていると、牢に人が近付いて来る気配がある。
そちらに意識を向けていると、エルフらしき男性と、お付の兵士がやって来た。
「……こんな状況なのに、随分と元気な様子だな」
エルフの男性は、チェスターとアーチェを見て苦笑した。
「チェスター、指、指が鼻に入ってるから! ──フガッ! ちょ、離ひれぇ!」
とうとうエルフの男性は声を出して笑い、クレスは何と反応して良いやらで、恐縮して肩をすぼめた。
こうなると流石にチェスターも動きを止め、アーチェから身体を離した。
アーチェは鼻を両手で包むように抑えると、チェスターのふくらはぎに蹴りを入れる。
彼女なりの精一杯の反撃だが、チェスターにとってはどこ吹く風だ。
エルフの男性は、ようやく大人しくなった牢の様子を見て、隣の兵士に指示を出す。
「鍵を開け、この者達を謁見の間にお連れしなさい。丁重に、無礼のないようにな」
「はっ、は……? 謁見の間、ですか? ──いえ、了解しました!」
一瞬疑問を浮かべたものの、エルフが強い視線を向ければ、即座に応じた。
そうして一つ頷くと、クレス達へと向き直る。
「私はアルヴァニスタの宮廷魔術師、ルーングロムという。この度、そなたらの行動について、国王陛下より直々にご下問なされるとのこと」
扉の鍵が開けられたのを見届け、ルーングロムは牢の出口方向へ手の平を向ける。
「謁見の間までお通しいたそう」
「やったじゃん! ほんとにクラースが言った通りになった!」
アーチェは飛び跳ねて喜び、ついでにもう一発、チェスターの足に蹴りを入れた。