【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
傭兵と修道女 その1
ミッドガルズ大陸北部、そこにはヴァルハラ平原と呼ばれる、広大な草原地帯がある。
平原といっても起伏は激しく、人の身の丈を越える切り立った岩や大木が、そこかしこにある。
それが重なり道を塞ぎ、場所によっては迷宮のような状態になっていた。
その平原では、現在ダオス配下である魔物の軍勢と、ミッドガルズの兵達による泥沼の戦争が行われていた。
既に過去二回、大規模な軍の衝突が起こっており、現在はダオス軍の僅かな優勢で落ち着いている。
ミッドガルズ軍の構成としては、中核を担うのが正規兵であり、その他実に半数以上が傭兵だった。
当初は軍人と、自発的に軍に参加する市民兵が主力だった。
しかし、その被害が広がるにつれ、市民兵の志願は激減し、代わりに傭兵頼りの割合が増加していった。
最初は戦線を押し上げていたものの、ダオスが住む居城へ繋がる一本橋を、落とす事ができず長期化。
物資も糧秣も底を尽き、次第に前線を維持出来なくなった。
またダオス軍は、無闇に人を殺さない。
無論、死亡者が出ないという意味ではなかったが、過去にあった戦争の死傷者数と比較すると、驚くほどの低さだった。
何故、魔物が人を殺さないのか。
民兵や傭兵は喜んだし、軍上層部も喜ばない訳ではなかった。
しかし、手加減され侮辱されているのか、そう色めき立つ者が出る中で、次第に真実が浮き彫りになってきた。
生きている人間がいれば、戦友はそれを見捨てられない。
重傷者を引き連れて下がれば、兵数は単純に二倍減っていなくなる。
また、負傷しても息があるのなら、手当てをしてやらねばならない。
医療品が想定以上の消耗を見せ、物資は早期の段階で底を尽いた。
これが狙いだったのだ、と分かった時にはもう遅かった。
ミッドガルズの壁内には負傷兵が溢れ、呻き声が途切れる事もない。
地獄の釜の蓋が、開いたかのような光景だった。
初期にあった戦勝ムードは露と消え失せ、今では誰もが、俯いてその日を乗り切る事で精一杯になっていた。
その日も散発的に発生するダオス軍との衝突に、一人の傭兵が戦っていた。
配属された部隊は、つい三日前に合流したばかり。
だというのに、この部隊は既に彼一人しか残っていない。
傭兵の名前は、アラン・アルベイン。
二ヶ月前からこの戦争に参加しているアランは、部隊が壊滅する憂き目に何度も遭いつつ、その全てに生き残ってきた。
そうして、生き残っては前線から戻り、その度に再編成された部隊に配置されてを繰り返し、今に至る。
今回も変わらず配属される部隊を指示され、意気揚々と剣を振るっていたものの、その部隊がたったの三日で失われたばかりだった。
だがそれも、この戦線では珍しい事ではない。
アランは目の前にいる最後の魔物を斬り倒し、そして大きく溜め息をついた。
「はぁ……。クソったれ」
辺りを見渡せば死体の山。
人間を殺さない傾向の強い魔物も、今回ばかりは難しかったらしい。
生存者は皆無だった。
アランは荒い息を整えながら、持っていた剣を肩に掛ける。
軍から支給された剣だが、どうにも具合がよろしくないのが原因だった。
戦争中に使われた鉄、そして失われた鉄は数知れない。
良質な鉄は、もう傭兵には与えられないのかもしれなかった。
「あーあ! またとんぼ帰りか。ろくに魔物を斬り殺してねぇってのに……」
傭兵は基本給としての支払いの他に、殺した魔物の数と、戦地にどれほど滞在したか──戦闘日数でも支払いが発生する。
現在、全滅判定を受けたアランの部隊は明日以降、ここに滞在していても報酬支払いが発生しない。
次の部隊が再編成されるまで、全く稼ぎが発生しない事になる。
「稼ぎに来たってのに、これじゃあな……」
アランは自分の心境を表すような、鈍色の空を見ながら踵を返し、駐屯地まで急ぎ足で帰るのだった。
駐屯地で待機して一日。
結局、この場で新たな編成は難しい、と指揮官から伝えられた。
傭兵の補充が順当に行われておらず、またここ最近は、補充されても舞台構成人数に達しない事も珍しくない。
このまま駐屯地にいたとしても、無駄に時間を浪費するだけだと、アランは早々に悟った。
何しろ、この待機日にも報酬は発生しない。
いつ折れるか分からない武器の代わりも欲しいが、駐屯地で手に入る武器は全て同じ物だ。
またすぐ壊れてしまうと予想できる。
アランは望みは薄くとも、替えの武器を探す為、また再編成までの時間潰しに、一度ミッドガルズまで帰ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ミッドガルズ王国は、巨大な城塞都市である。
町の周囲を全て壁で取り囲み、東西には城門が構えられ、一定間隔で
これは遠くを見る為のやぐらのようなもので、外敵を早期発見するのに役立つ。
町の北部は王城と貴族街で成り立ち、南部は中流階級以下の民家や、商店などが立ち並ぶ。
また同じ南部でも、東側と西側では、受ける印象が違う。
しかしそれだけの都市であっても、戦火の影響で城壁内はくすんだ気配を発していた。
町の中に活気はなく、草花も萎れてしまっている。
地の実りは年々減少傾向にあり、食うに困って危険な外に出て、獲物を探して狩りに出る者もいたが、その結果は散々なものだ。
しかし、それでも最近は、以前よりずっとマシになった。
長く沈黙を保っていた同盟国アルヴァニスタが、多くの補給物資を持って参戦してきたお陰だ。
中でも医療品は多分に含まれており、戦場から帰って来た者達の命を多く助けた。
現在のミッドガルズ南部は、負傷兵の手当てを行う野戦病院の役割を果たしていて、本日も多くの負傷者が運び込まれては、阿鼻叫喚の様を呈している。
その手当てに奔走するのは、何も衛生兵だけではない。
軍事に関係を持たない、医師や産婆まで従事を強要され、国家総動員として、教会のシスターもまた治療に駆り出されていた。
今も現場で尽きた医療物資を補充しようと、一人のシスターが通りを走っている。
物資を集積する場所が足りない為、少し離れた区画にある空き家を使ったりと、とにかく色々な部分で余裕がない。
もっと近くに集積場所があれば、より多くの救える命があるはずだ、とシスターは本日何度目かになる怒りを露わにしていた。
このシスターの名前を、キャロル・アドネードという。
キャロルは急ぎ足で通路を進む。
家と家との間の通路は広いとは言えず、また自力で動けずとも重傷ではない負傷者たちが転がっている。
毛布の数が足りておらず、自身で用意するか、そうでなければ身に付けているマントを毛布代わりにして、寒さを凌ぐしかなかった。
これから本格的な冬が到来するというのに、このままでは凍死者が頻出してしまう。
そう考えて、キャロルはまた一つ、怒りの矛先が増えた事を自覚せざるを得なかった。
キャロルの怒りはこの戦争そのもの……。
そして、負傷者が増え続ける今も戦線を維持しようと、人を戦場に投入し続ける、王侯貴族に対してのものだった。
この戦争の為に流れた血が、一体どれほどの量になったのか。
それはキャロルにも分からない。
ただ、この惨状を目の当たりにして、それでも冷静でいられるほど臆病ではなかった。
献身は大事だと思う。一人でも救える命は助けたいと思う。
しかし、そもそもこの戦争にどれほどの意味があるというのだろう。
ただただ、人命を思うだけの自分では、この戦争の終結後に何が残り、何が得られるのか分からない。
しかし、
思考が後ろ向きになっていく事を自覚して、キャロルは一度立ち止まり、息を整える。
ここで憤っても何も始まらない。
それに傷病者には、看護人の感情が伝わってしまうものだ。
物資を補充して戻るまで、まだ時間があるとはいえ、この感情のまま戻るのはよろしくなかった。
二度、三度、キャロルは深呼吸し、ふと視線を遠くにやる。
すると、そこには横たわる負傷者の傍に、一人の男が座っていた。
看護の為ではない。そして、気遣う風でもない。
横たわる男の正面に屈み込むように座り、負傷者の装備を不躾に見つめている。
男は見知った傭兵だと、すぐに分かった。
この町では度々目に入る存在であるし、行動が目に余る存在でもある。
その傭兵が、意識を失っている負傷者の武器を小突いている。
キャロルは訝しげに眉をひそめ、その二人の所へ歩を進めた。
「よぉ、兄ちゃん。良いヤッパ持ってんな。俺に使わせてくれよ」
「……あなたはここで、何をしてるんです」
横たわる男の剣に手を伸ばしていた男は、びくりと肩を竦めて動きを止めた。
その後ゆっくりとキャロルへと顔を向け、バツの悪そうな顔をする。
「よ、よぉ。奇遇だな、キャロル」
「奇遇だな、ではありませんよ、アラン。傭兵をやめて、盗賊にでもなりましたか?」
ミッドガルズに戻ってきたアランは、武器屋で商品を物色するのを止め、路上にいる負傷兵に目をつけた。
場合によっては、金を使わず武器が手に入るかもしれない、と考えたからだった。
「キャロル、よく聞いてくれ。俺はただ道具の有効活用を、してやろうと思っただけなんだぜ? ここで寝てても、武器は振るえねぇ。だったら俺が代わりに使ってやった方が、よほど意味があるだろ?」
「それが窃盗の理由として成り立つと思っているなら、是非とも牢の中で同じ事を言ってもらいたいものです」
キャロルは頭痛を抑えるように、額に手を当てる。
大きく息を吐いてから、改めてアランに目を向けた。
「大体、あなた高給取りの傭兵でしょう? お金ならあるのでは?」
「馬鹿言うな。このミッドガルズで良質な剣を買おうと思ったらな、金が幾らあっても足りねぇよ。金稼ぎに来て、稼いだ分ここで全部使ってたら意味ないだろ!」
「ならば、支給品を使えば良いでしょう」
「あんな数打ちのナマクラじゃ、一戦しただけで折れちまうよ。実際──ホレ、これがその一戦しただけの剣だ」
気軽な調子で剣を抜いて、手首の回転だけで器用に柄をキャロルに向ける。刃の先を挟むようにして持つアランは、剣の根元を指で指した。
「見えるだろ、ヒビ」
「……ありますね」
「そっから下に刃渡り十センチの部分、どう見える?」
「素人判断で恐縮ですが、潰れているように思いますが」
「ご明察。……こんなのしか、傭兵には支給されねぇんだよ。正規兵は知らんがな」
ああ、とキャロルは同情めいた溜め息をついた。
どこもかしも優先されるのは正規兵。
武器でも、薬でも、包帯でも、どうやらそれは変わりないらしい。
正規兵を傭兵よりも重用する、という考えは、キャロルにも分かる。
それでもこれは、あまりに酷い。
「なるほど、事情は分かりました。ですが、やはり無体を見逃す理由にはならないようです。諦めて購入するか、一時この町から離れて購入してくるか、それぐらいしかないでしょう」
アランは目に見えて顔を顰める。
それだけでは飽き足らず、苦虫を十匹まとめて噛み潰したような顔をした。
「俺は故郷に道場を建てる、っていう夢の為に頑張って稼いでるんだぜ? その稼ぎだって今んところ良いとは言えねぇのに、この町で買うなんて出来ねぇよ。――他の町に行くのだって無理だ。いつ部隊編成が終わるか分からねぇし、いない日数分、稼ぎが減る」
「あれも嫌だこれも嫌だと、我侭な人ですね」
「こんな劣悪な環境に入れば、そうもなるさ」
それを聞いたキャロルは、思わず言葉に詰まる。
失言を悟ったアランは、慌てて手を振り、言い募った。
「いや、お前たちは良くやってるよな! みんな感謝してるし、悪く言う奴なんて誰もいねぇさ! ただ、ちょっと、ホラ、アレなだけだろ……」
しかし結局、上手い事を言えずに、言葉は尻すぼみに消えていく。
ただし、キャロルには言いたい事が伝わったようだった。
小さく頷き、来た道を振り返る。
「……そうでした。救護の為の物資を、取ってくる途中だったんです。……私はこれで」
「おう、そうか。……そうだな。ここだって戦場だよな」
「ええ、一人でも多くの命を救わなければ。──いいですね、その人から武器を奪わないように」
最後に指を突きつけて言うと、キャロルは小走りで道を駆けて行く。
アランはその背を見送ってから、改めて倒れた負傷兵に向き直った。
「奪うんじゃなくて、交換ならいいだろ」
いかにも名案だ、といった表情を浮かべ、今のやり取りの間も動かなかった兵に手を伸ばした。