【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

53 / 96
第四幕 AC.4202年 冬
傭兵と修道女 その1


 

 ミッドガルズ大陸北部、そこにはヴァルハラ平原と呼ばれる、広大な草原地帯がある。

 平原といっても起伏は激しく、人の身の丈を越える切り立った岩や大木が、そこかしこにある。

 

 それが重なり道を塞ぎ、場所によっては迷宮のような状態になっていた。

 その平原では、現在ダオス配下である魔物の軍勢と、ミッドガルズの兵達による泥沼の戦争が行われていた。

 

 既に過去二回、大規模な軍の衝突が起こっており、現在はダオス軍の僅かな優勢で落ち着いている。

 ミッドガルズ軍の構成としては、中核を担うのが正規兵であり、その他実に半数以上が傭兵だった。

 

 当初は軍人と、自発的に軍に参加する市民兵が主力だった。

 しかし、その被害が広がるにつれ、市民兵の志願は激減し、代わりに傭兵頼りの割合が増加していった。

 

 最初は戦線を押し上げていたものの、ダオスが住む居城へ繋がる一本橋を、落とす事ができず長期化。

 物資も糧秣も底を尽き、次第に前線を維持出来なくなった。

 

 またダオス軍は、無闇に人を殺さない。

 無論、死亡者が出ないという意味ではなかったが、過去にあった戦争の死傷者数と比較すると、驚くほどの低さだった。

 

 何故、魔物が人を殺さないのか。

 民兵や傭兵は喜んだし、軍上層部も喜ばない訳ではなかった。

 

 しかし、手加減され侮辱されているのか、そう色めき立つ者が出る中で、次第に真実が浮き彫りになってきた。

 

 生きている人間がいれば、戦友はそれを見捨てられない。

 重傷者を引き連れて下がれば、兵数は単純に二倍減っていなくなる。

 

 また、負傷しても息があるのなら、手当てをしてやらねばならない。

 医療品が想定以上の消耗を見せ、物資は早期の段階で底を尽いた。

 

 これが狙いだったのだ、と分かった時にはもう遅かった。

 ミッドガルズの壁内には負傷兵が溢れ、呻き声が途切れる事もない。

 

 地獄の釜の蓋が、開いたかのような光景だった。

 初期にあった戦勝ムードは露と消え失せ、今では誰もが、俯いてその日を乗り切る事で精一杯になっていた。

 

 

 

 その日も散発的に発生するダオス軍との衝突に、一人の傭兵が戦っていた。

 配属された部隊は、つい三日前に合流したばかり。

 

 だというのに、この部隊は既に彼一人しか残っていない。

 傭兵の名前は、アラン・アルベイン。

 

 二ヶ月前からこの戦争に参加しているアランは、部隊が壊滅する憂き目に何度も遭いつつ、その全てに生き残ってきた。

 

 そうして、生き残っては前線から戻り、その度に再編成された部隊に配置されてを繰り返し、今に至る。

 

 今回も変わらず配属される部隊を指示され、意気揚々と剣を振るっていたものの、その部隊がたったの三日で失われたばかりだった。

 

 だがそれも、この戦線では珍しい事ではない。

 アランは目の前にいる最後の魔物を斬り倒し、そして大きく溜め息をついた。

 

「はぁ……。クソったれ」

 

 辺りを見渡せば死体の山。

 人間を殺さない傾向の強い魔物も、今回ばかりは難しかったらしい。

 

 生存者は皆無だった。

 アランは荒い息を整えながら、持っていた剣を肩に掛ける。

 

 (つば)付近には罅が入り、固い鱗を斬りつけた刃は、欠けてしまった部分もある。

 軍から支給された剣だが、どうにも具合がよろしくないのが原因だった。

 

 戦争中に使われた鉄、そして失われた鉄は数知れない。

 良質な鉄は、もう傭兵には与えられないのかもしれなかった。

 

「あーあ! またとんぼ帰りか。ろくに魔物を斬り殺してねぇってのに……」

 

 傭兵は基本給としての支払いの他に、殺した魔物の数と、戦地にどれほど滞在したか──戦闘日数でも支払いが発生する。

 

 現在、全滅判定を受けたアランの部隊は明日以降、ここに滞在していても報酬支払いが発生しない。

 次の部隊が再編成されるまで、全く稼ぎが発生しない事になる。

 

「稼ぎに来たってのに、これじゃあな……」

 

 アランは自分の心境を表すような、鈍色の空を見ながら踵を返し、駐屯地まで急ぎ足で帰るのだった。

 

 

 

 駐屯地で待機して一日。

 結局、この場で新たな編成は難しい、と指揮官から伝えられた。

 

 傭兵の補充が順当に行われておらず、またここ最近は、補充されても舞台構成人数に達しない事も珍しくない。

 

 このまま駐屯地にいたとしても、無駄に時間を浪費するだけだと、アランは早々に悟った。

 

 何しろ、この待機日にも報酬は発生しない。

 いつ折れるか分からない武器の代わりも欲しいが、駐屯地で手に入る武器は全て同じ物だ。

 

 またすぐ壊れてしまうと予想できる。

 アランは望みは薄くとも、替えの武器を探す為、また再編成までの時間潰しに、一度ミッドガルズまで帰ることにした。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ミッドガルズ王国は、巨大な城塞都市である。

 町の周囲を全て壁で取り囲み、東西には城門が構えられ、一定間隔で望楼(ぼうろう)が設置されている。

 

 これは遠くを見る為のやぐらのようなもので、外敵を早期発見するのに役立つ。

 

 町の北部は王城と貴族街で成り立ち、南部は中流階級以下の民家や、商店などが立ち並ぶ。

 また同じ南部でも、東側と西側では、受ける印象が違う。

 

 しかしそれだけの都市であっても、戦火の影響で城壁内はくすんだ気配を発していた。

 町の中に活気はなく、草花も萎れてしまっている。

 

 地の実りは年々減少傾向にあり、食うに困って危険な外に出て、獲物を探して狩りに出る者もいたが、その結果は散々なものだ。

 

 しかし、それでも最近は、以前よりずっとマシになった。

 長く沈黙を保っていた同盟国アルヴァニスタが、多くの補給物資を持って参戦してきたお陰だ。

 

 中でも医療品は多分に含まれており、戦場から帰って来た者達の命を多く助けた。

 

 現在のミッドガルズ南部は、負傷兵の手当てを行う野戦病院の役割を果たしていて、本日も多くの負傷者が運び込まれては、阿鼻叫喚の様を呈している。

 

 その手当てに奔走するのは、何も衛生兵だけではない。

 

 軍事に関係を持たない、医師や産婆まで従事を強要され、国家総動員として、教会のシスターもまた治療に駆り出されていた。

 

 今も現場で尽きた医療物資を補充しようと、一人のシスターが通りを走っている。

 

 物資を集積する場所が足りない為、少し離れた区画にある空き家を使ったりと、とにかく色々な部分で余裕がない。

 

 もっと近くに集積場所があれば、より多くの救える命があるはずだ、とシスターは本日何度目かになる怒りを露わにしていた。

 

 このシスターの名前を、キャロル・アドネードという。

 

 キャロルは急ぎ足で通路を進む。

 家と家との間の通路は広いとは言えず、また自力で動けずとも重傷ではない負傷者たちが転がっている。

 

 毛布の数が足りておらず、自身で用意するか、そうでなければ身に付けているマントを毛布代わりにして、寒さを凌ぐしかなかった。

 

 これから本格的な冬が到来するというのに、このままでは凍死者が頻出してしまう。

 

 そう考えて、キャロルはまた一つ、怒りの矛先が増えた事を自覚せざるを得なかった。

 キャロルの怒りはこの戦争そのもの……。

 

 そして、負傷者が増え続ける今も戦線を維持しようと、人を戦場に投入し続ける、王侯貴族に対してのものだった。

 

 この戦争の為に流れた血が、一体どれほどの量になったのか。

 それはキャロルにも分からない。

 

 ただ、この惨状を目の当たりにして、それでも冷静でいられるほど臆病ではなかった。

 献身は大事だと思う。一人でも救える命は助けたいと思う。

 

 しかし、そもそもこの戦争にどれほどの意味があるというのだろう。

 

 ただただ、人命を思うだけの自分では、この戦争の終結後に何が残り、何が得られるのか分からない。

 

 しかし、(おびただ)しく横たわる戦傷者達と、助からず失われていく命を見て、救う為の何かを欲せずにはいられなかった。

 

 思考が後ろ向きになっていく事を自覚して、キャロルは一度立ち止まり、息を整える。

 ここで憤っても何も始まらない。

 

 それに傷病者には、看護人の感情が伝わってしまうものだ。

 物資を補充して戻るまで、まだ時間があるとはいえ、この感情のまま戻るのはよろしくなかった。

 

 二度、三度、キャロルは深呼吸し、ふと視線を遠くにやる。

 すると、そこには横たわる負傷者の傍に、一人の男が座っていた。

 

 看護の為ではない。そして、気遣う風でもない。

 横たわる男の正面に屈み込むように座り、負傷者の装備を不躾に見つめている。

 

 男は見知った傭兵だと、すぐに分かった。

 この町では度々目に入る存在であるし、行動が目に余る存在でもある。

 

 その傭兵が、意識を失っている負傷者の武器を小突いている。

 キャロルは訝しげに眉をひそめ、その二人の所へ歩を進めた。

 

 

 

「よぉ、兄ちゃん。良いヤッパ持ってんな。俺に使わせてくれよ」

 

「……あなたはここで、何をしてるんです」

 

 横たわる男の剣に手を伸ばしていた男は、びくりと肩を竦めて動きを止めた。

 その後ゆっくりとキャロルへと顔を向け、バツの悪そうな顔をする。

 

「よ、よぉ。奇遇だな、キャロル」

 

「奇遇だな、ではありませんよ、アラン。傭兵をやめて、盗賊にでもなりましたか?」

 

 ミッドガルズに戻ってきたアランは、武器屋で商品を物色するのを止め、路上にいる負傷兵に目をつけた。

 

 場合によっては、金を使わず武器が手に入るかもしれない、と考えたからだった。

 

「キャロル、よく聞いてくれ。俺はただ道具の有効活用を、してやろうと思っただけなんだぜ? ここで寝てても、武器は振るえねぇ。だったら俺が代わりに使ってやった方が、よほど意味があるだろ?」

 

「それが窃盗の理由として成り立つと思っているなら、是非とも牢の中で同じ事を言ってもらいたいものです」

 

 キャロルは頭痛を抑えるように、額に手を当てる。

 大きく息を吐いてから、改めてアランに目を向けた。

 

「大体、あなた高給取りの傭兵でしょう? お金ならあるのでは?」

 

「馬鹿言うな。このミッドガルズで良質な剣を買おうと思ったらな、金が幾らあっても足りねぇよ。金稼ぎに来て、稼いだ分ここで全部使ってたら意味ないだろ!」

 

「ならば、支給品を使えば良いでしょう」

 

「あんな数打ちのナマクラじゃ、一戦しただけで折れちまうよ。実際──ホレ、これがその一戦しただけの剣だ」

 

 気軽な調子で剣を抜いて、手首の回転だけで器用に柄をキャロルに向ける。刃の先を挟むようにして持つアランは、剣の根元を指で指した。

 

「見えるだろ、ヒビ」

 

「……ありますね」

 

「そっから下に刃渡り十センチの部分、どう見える?」

 

「素人判断で恐縮ですが、潰れているように思いますが」

 

「ご明察。……こんなのしか、傭兵には支給されねぇんだよ。正規兵は知らんがな」

 

 ああ、とキャロルは同情めいた溜め息をついた。

 どこもかしも優先されるのは正規兵。

 

 武器でも、薬でも、包帯でも、どうやらそれは変わりないらしい。

 正規兵を傭兵よりも重用する、という考えは、キャロルにも分かる。

 

 それでもこれは、あまりに酷い。

 

「なるほど、事情は分かりました。ですが、やはり無体を見逃す理由にはならないようです。諦めて購入するか、一時この町から離れて購入してくるか、それぐらいしかないでしょう」

 

 アランは目に見えて顔を顰める。

 それだけでは飽き足らず、苦虫を十匹まとめて噛み潰したような顔をした。

 

「俺は故郷に道場を建てる、っていう夢の為に頑張って稼いでるんだぜ? その稼ぎだって今んところ良いとは言えねぇのに、この町で買うなんて出来ねぇよ。――他の町に行くのだって無理だ。いつ部隊編成が終わるか分からねぇし、いない日数分、稼ぎが減る」

 

「あれも嫌だこれも嫌だと、我侭な人ですね」

 

「こんな劣悪な環境に入れば、そうもなるさ」

 

 それを聞いたキャロルは、思わず言葉に詰まる。

 失言を悟ったアランは、慌てて手を振り、言い募った。

 

「いや、お前たちは良くやってるよな! みんな感謝してるし、悪く言う奴なんて誰もいねぇさ! ただ、ちょっと、ホラ、アレなだけだろ……」

 

 しかし結局、上手い事を言えずに、言葉は尻すぼみに消えていく。

 ただし、キャロルには言いたい事が伝わったようだった。

 

 小さく頷き、来た道を振り返る。

 

「……そうでした。救護の為の物資を、取ってくる途中だったんです。……私はこれで」

 

「おう、そうか。……そうだな。ここだって戦場だよな」

 

「ええ、一人でも多くの命を救わなければ。──いいですね、その人から武器を奪わないように」

 

 最後に指を突きつけて言うと、キャロルは小走りで道を駆けて行く。

 アランはその背を見送ってから、改めて倒れた負傷兵に向き直った。

 

「奪うんじゃなくて、交換ならいいだろ」

 

 いかにも名案だ、といった表情を浮かべ、今のやり取りの間も動かなかった兵に手を伸ばした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。