【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

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傭兵と修道女 その2

 

 アランと別れた後、キャロルは目的の空き家に辿り着くなり、思わず眉を顰めた。

 家の前には、一人の人間が立っている。

 

 外見からして、傭兵だろう。

 背はあまり高くないが、戦士の立ち姿だと思った。

 

 黒く汚れた松の葉色の外套で、全身を覆うように身に付けている。

 だから詳しく判断出来ないが、女性であるかもしれない。

 

 その傭兵がフードを目深に被り、塀の外から家を見つめている。

 フードの隙間から見える物悲しい瞳は、過去の憧憬(どうけい)を写して、泣いているように見えた。

 

 しばらく待っても傭兵は動こうとしないので、キャロルの方から近づき声を掛ける。

 

「あの、この家に何か用が……? もう随分と前から、ここは空き家ですよ」

 

 声に反応した傭兵が、うっそりと振り向く。

 

「傭兵の志願なら、城に入ってすぐに、受付が設置されています。行けば分かると思いますが……」

 

 キャロルがそこまで言うと、フードの隙間からようやく視線が向けられた。

 そうして目が合った瞬間、キャロルは凍りつく。

 

 背中に氷柱を差し込まれたと、錯覚するほどの寒気を感じた。

 目の前の人物からは、人間味を感じさせない冷徹な視線がある。

 

 魔物が紛れ込んだと言われれば、そのまま信じてしまいそうな程で、殺気がないのが不思議な程だった。

 

 キャロルが動けないでいると、傭兵の方が踵を返した。

 そうして、歩き出す前に一度振り返る。

 

「……ありがとう」

 

 声音は女性のものだったが、やはり人間味を感じさせない、底冷えのする声だった。

 

 キャロルは傭兵が見えなくなるまで立ち尽くし、そして姿が消えると、弾かれたように空き家に入る。

 

 そして、必要な包帯や傷薬を補充すると、逃げるようにして去って行った。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 それから幾日か過ぎたある日――。

 その日もまた、キャロルは朝から、負傷兵の手当てに追われていた。

 

 切り傷、噛み傷、四肢損傷、あらゆる傷と血と呻き声に囲まれ、キャロルはその身に怒りが募る。

 この忙殺される状況に、ではない。

 

 この状況を作り、今も尚も作り続けるよう指示している、王候貴族に対してだ。

 大分前から感じ続けていた憤りが、ここでついに爆発した。

 

「王をこの場に連れてきなさい! この状況を見て、自分が何をしているか、理解させてやらねばなりません! 王城の玉座からでは見えない光景を、自覚させるのです!!」

 

「……落ち着きなさい、キャロル」

 

 午前中の治療を終え、ついに激したキャロルに年配の修道長が窘める。

 

「そのような姿勢で、傷病人の前に出るものではありません。彼らは今も傷付いた身体で待っているのです。ただでさえ弱った心に、そのような昂ぶった気持ちを()てられた方達は、一体どう思うでしょう」

 

「……はい、申し訳ありません。仰るとおりです」

 

 キャロルは項垂れ反省する。

 傷が深まれば、心もまた弱るものだ。

 

 そんな時こそ、献身的な介護が必要だというのに、キャロルは自らの感情を優先させた。

 自分の未熟さに、心が萎れる思いだった。

 

「私達に出来ることは、そう多くありません。それでも今は、ただ救える命に、救いの手を差し伸べ、全力を尽くすべきなのです」

 

「はい、修道長。私には私の出来る事を」

 

 キャロルが毅然として頷くと、修道長は優しく微笑む。

 午後の治療が始まるまでには、まだ幾分時間がある。

 

 それまでに食事を取り、万全の状態で治療に向かわなくてはならない。

 逸る気持ちを抑え、キャロルは炊き出しが行われている広場に足を向けた。

 

 

 

 炊き出し広場に着くと、キャロルは見知った顔を発見して、思わず肩を落とした。

 この戦争で、仕事を失った人たちは多くいる。

 

 その施しとして設けられたこの場所は、昼食時となると大変な賑わいを見せた。

 

 立って歩ける負傷者は自ら受け取りに来るし、戦災孤児や夫を戦で亡くした未亡人なども見え、ある程度その層には偏りがある。

 

 その中にあって、明らかに健康そうな若者が、負傷者の中に混じっていた。

 地面に胡坐をかいて、皿の中のスープに夢中になって食べているのは、最近目にする機会が多い傭兵だった。

 

「……アラン、ここで何をしているのです」

 

「おお、お前も昼飯か? それとも、配食の手伝いに来たのか?」

 

「食事の方です。──で、あなたは?」

 

 アランは持っている皿と、スプーンを持ち上げて笑う。

 

「見ての通りだ。まぁ、味が良いとはお世辞にも言えねぇが、贅沢も言えねぇよな」

 

「そういう事を言いたいのではありません!」

 

 一際大きな声が広場に響き、一時その場が沈黙を支配する。

 キャロルが顔を赤くして俯くと、すぐに喧騒を取り戻した。

 

「……いいですか、ここは傭兵に食事を提供する場ではありませんよ」

 

「まぁ、固いこと言うなよ。今は少しでも金を貯めたいんでね。こういう機会は、逃がさないようにしねぇと」

 

「でしたら、食べる間を惜しんで戦場に出ればよろしい」

 

 それなんだがな、とアランは苦笑して、スプーンの柄で頭を掻いた。

 

「未だに、所属部隊が決まらねぇ。編成準備中だとよ」

 

「それはお気の毒ですが……。でしたら、遊撃でもしていらしてはいかがですか。そこに救われる命もある筈ですよ」

 

 アランは気の毒なものを見るような顔をして、皿の中のスープを、スプーンでかき回す。

 

「金も貰えんのに、命をかけられるか。傭兵は慈善事業じゃねぇんだぞ」

 

「全く、あなたと言う人は……」

 

 キャロルが溜め息をつき自分もそろそろ昼食を、と考えていると通りの向こうからモリスンが歩いてきた。

 

 モリスンはアランとの知り合いで、その(よしみ)でキャロルも顔だけは知っている。

 会った事は何度かあるが、会釈して通り過ぎるぐらいの間柄で、詳しく話したこともない。

 

 ただ、好奇心の強い学者だという話は、アランから聞いていた。

 近くまでモリスンが歩いてきたところで、アランが片手を上げて呼び止める。

 

「よぉ、モリスンさん。久方ぶりだな」

 

「……こんな所で何してるんだ、アラン」

 

 瞠目(どうもく)したモリスンの視線が、アランとキャロルを行き来した。

 それからアランの手元にある皿を見咎めて、殊更に溜め息をついてみせた。

 

「……まぁいいがね。何にしろ久しぶりだと、挨拶しておこうか」

 

 アランがモリスンと知り合ったのは、ミッドガルズへ傭兵志願をしに向かっている最中の事だった。

 オアシスで休憩中のモリスンと同じく、休憩するつもりで立ち寄ったアランは偶然出会った。

 

 世間話のつもりで話しかけると、道中を同じくする学者だと言う。

 支払いさえ出来るなら護衛を受け持つ、と持ちかけて、それで了承を得たのを切っ掛けに縁ができた。

 

 旅の道中で腕の立つ戦士と知ったモリスンの計らいで、すぐにでも戦場に出られたのは幸運だった。

 

 審査と言う程の事ではないが、それでもやはり手続きと言うものはあるもので、志願して即、稼ぎに出られるということはない。

 

 モリスンは軍の中でも顔が利くらしく、そちらからの推薦状で、すぐ編成に組み込まれることになった。

 そういう訳で、旅の中で気心が知れた事もあり、それからというもの会う事があれば、世間話もする関係だ。

 

 とはいえ、モリスンはもっぱら研究室に篭っているし、アランも基本的には戦場に出る。

 出会う事は珍しく、こうして顔を合わせるのも久々だった。

 

「それで? どうしたんだ、モリスンさん。やけに思案顔じゃないか」

 

「ああ……。いや、そうだな。アランには聞いてもらうか」

 

 モリスンはアランの横に座り込み、まだ極秘なんだが、と前置きしてから話しを切り出した。

 

「近く、大規模な攻勢をしかける」

 

「……なに?」

 

 ぴくり、とアランの眉が動く。

 

「こちらの軍も、疲弊が激しいのは知っているだろう? 傭兵の集まりも悪くなっている」

 

 アランは頷く。以前なら二日と待たずに編成が完了していたのに、未だにこうして燻っているのが、その証拠だ。

 

「これ以上の長期化は望ましくない。物資は援助ありきで、兵站も底を尽きかけている始末だ」

 

 何しろ、勝ったところで得るものがない。

 戦勝国として得られる筈の賠償金は、この戦争に限っては発生しないのだ。

 

 貴族連中が軍部をせっついて、この戦争を早く終わらせろ、と声高に言うのも当然と言えた。

 

 その為に以前から行われていた魔科学研究も、予算を上乗せされて完成を近く見ている。

 そして、その皺寄せは軍部に向けられ、傭兵徴募や武器製造などに影響を出していた。

 

 技術開発局などの研究部門と、軍部の仲が悪いのはどこの国も一緒だが、あからさまに予算を奪われる形となった為、対立もあからさまになって纏まりがない。

 

 頭が痛い事、この上なかった。

 

「だからまぁ、軍部としては動ける内に、乾坤一擲(けんこんいってき)の大攻勢を仕掛けたいと。タイミングとしては、これ以上後ろにずれ込むと、もう不可能という考えでだ」

 

「……なるほどね」

 

 アランは頷き、大きく溜め息をついた。

 

「長引いてくれりゃ、俺みたいな稼ぎ目的には都合がいいんだが、そうも言ってらんねぇよな。お上の連中は」

 

「お上どころか、市民だってそれは同じだ。余裕は既に底を尽き、この生活にはもう耐えられないはず……」

 

「だな……」

 

 相づちを打ちつつキャロルを見れば、非常に難しい顔をしていた。

 

 何を考えているかは知らないが、攻勢による大規模な死傷者と、終結による安全を天秤に掛けているのではないか、と予想した。

 

 アランはキャロルから視線を外し、遠く市街の方を見る。

 敢えてモリスンには、視線を合わせなかった。

 

「それはいいとしてもよ、勝ち目はあるのかい。魔物の数が減っている、なんて話は聞かねぇ。でも、こっちは減る一方。相手方には竜だっている。訓練受けた兵士よりは強いってレベルの傭兵じゃ、数がいたって意味がねぇ」

 

「それについては、アタリを付けている。(じき)に選りすぐりの戦士が来てくれるはずだ」

 

 アランはモリスンに顔を向け、面白そうに唇の端を歪めた。

 

「へぇ、この俺よりご立派かい?」

 

 アランの実力はモリスンも知るところで、それと比べれば、戦士の一人一人は、まだその力に及ばないと予想している。

 

 しかし、攻守共に揃い、魔術師と召喚術士といった高い攻撃力、そのバランスの良いパーティ構成は、単体戦力のアランよりも多角的な活躍を見せてくれると期待していた。

 

 それこそ、竜に対してアランが一人で突撃するより、よほど勝算が高いに違いない。

 

「私はよく知りませんけれど、アランって強いのですか? 凄腕と聞きますが、いつもだらけている暇人としか思えないのですが」

 

「こりゃまた、辛辣だね」

 

 キャロルが半眼を向けてアランを見ると、食べ終わった皿を持って肩を竦める。

 二人のやり取りを見て、モリスンが笑った。

 

「まぁ、彼より優れた剣士というのは、探すのが難しい。騎士の隊長格でも、彼には敵わない」

 

 へぇ、とキャロルの細い眉が、疑わしそうに寄せられるのを見て、モリスンは苦笑しながら続ける。

 

「彼の編成部隊が、何度となく全滅判定を受けても、彼だけは五体満足で帰って来る。……こう聞けば、どれだけデタラメか理解できるだろう?」

 

「……なるほど。確かに、見た目通りの怠け者、という訳ではないようですね。これでお金に汚くなければ、もっとマシなのでしょうけど」

 

「いやいや、俺は単に夢に向かって、努力しているだけなんだぜ?」

 

「故郷に剣術道場を建てる、でしたか?」

 

「──そう、未だに頭金の分にも不足してんだ。もうひと頑張りしねぇとなぁ」

 

 どこか遠い目をしながら、顔を上げて空を見つめる。

 晴れる日の少ないミッドガルズも、今日は珍しく雲の切れ目が見え、その間から漏れた太陽が、光のカーテンを作っていた。

 

 アランは年寄り臭い掛け声を上げながら腰を上げ、首をぐるりと回して骨を鳴らす。

 

「そんじゃ、ちょっと上をせっついてくるか。部隊の編成を急がせてやる」

 

「ああ、ならば私も。そろそろ戻らねば……」

 

 モリスンも続けて立ち上がった時、視線の向こうの路地を横切る、傭兵らしき人が見えた。

 

 松の葉色をした外套を被っていて体型はよく分からなかったが、歩き方から女性に見える。

 思わず注視するような形になったモリスンを怪訝に思い、アランもまた同じ人物を見つめた。

 

 纏っている雰囲気が尋常ではない。

 常在戦場を心がけているとしても、この街中であれほど剣呑な気配を見せるのは普通とは言えなかった。

 

 まるで敵地にいるかのような雰囲気に、強い違和感を覚える。

 しかし、横目で窺ったキャロルからは、特に気にした様子はない。

 

 気配に鈍感というよりは、単に見慣れているだけのように思えた。

 アランは傭兵から視線を外さず、キャロルに顎で指しながら問う。

 

「アレは誰だ、知ってる奴か?」

 

「ああ……、ええ、最近よく見ますね。倉庫代わりに使用している空き家の前で、しばらく立ち続けていては、何もせずに去って行きます」

 

 まさか、とモリスンが呟く。

 それを聞いて、あれ程の気配を発する誰かに、心当たりがあるのだろうか、と思う。

 

 アランがそうして首を傾げると、横にいたキャロルの目には、顔見知りを思い出そうとしているように見えたらしい。

 

「知っている傭兵ですか?」

 

「……いいや、見た事はねぇな。だが、戦場と一口に言っても、端から端まで随分と広い。全て見てきたわけじゃないから、何とも言えんが」

 

 ただ、とアランは面白そうに口の端を歪める。

 

「魔王のスパイ、って可能性はあるわな。空き家の前の行動に、どんな意味があるのかは分からんが」

 

 見ている内に、件の人物は雑踏の中に隠れて見えなくなってしまった。

 行き先自体は分からないが、向かった先は王城のある方だった。

 

「──待ってくれ!」

 

 モリスンが声を上げて慌てて追うが、既に見失っている。

 探し当てるのは骨だろう。

 

 そう思いながら、放ってもおけないので、アランは後を追った。

 せめてその背だけでも見えないか、と時折跳ねて見るものの、フードの端さえ見えやしない。

 

 アランはモリスンまで見失わないように注意しながら、雑踏の中を追い駆けて行った。

 

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