【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
「ウィノナ……!」
クレスは名を呼んだものの、直後に確証が持てなくなった。
そこにいた女性は、確かにウィノナの面影を多く残しているのに、決定的に違う部分が多くある。
かつてあった快活な雰囲気はそこにはなく、瞳は氷のように冷たく研ぎ澄まされていた。
目の下にある隈はあまりに濃く、その黒く広がる様は、まるで化粧を塗りたくっているかと思える程だ。
そして、何より最も信じがたいのが、隠そうともしない敵意だった。
ウィノナは親友達に出会えたというのに、幾ばくかの感情も表に出さない。
諦観にも似たような雰囲気を発し、クレス達から小さく視線を外した。
「何度会いたいと願い、捜したことか……。でも、こんな事になるのなら、会わない方が良かった……」
「一体、何が……、何があったんだ……」
クレスは絶望にも似た感情で、ようやくそれだけ言葉にした。
あれほど快活で、花開くかのような笑顔を持つ少女が、クレスの知るウィノナだ。
太陽のように眩しく、野に咲く花のようにあどけない姿をした少女が、クレスらの知るウィノナだった。
気安い性格で、誰にでもすぐ打ち解けるような雰囲気は、今はもうどこにも感じられない。
敵意と殺意、それがウィノナから向けられるのが、クレスには到底信じられなかった。
そして全身を覆う装備もまた、クレスの知るウィノナのイメージからは想像出来ない。
その黒く全身を覆う革鎧は、各種間接部に動きを阻害させない造作がなされており、軽戦士としてのウィノナを最大限に生かすだろう特長を持っている。
身体つきは少女というより戦士のもので、離れている間に随分鍛えたのだと、実感させるものだった。
実際、半年ほど前に別れたばかりという感覚だったが、ウィノナはそれ以上の時間をこちらで過ごしている。
そうして上から下まで不躾とも思える態度で眺めると、その右腕の部分で動きを止めた。
外套の端から見える肘から下は木と鉄を組み合わせた無骨な義手が晒されていた。
話には聞いていた。
しかし信じ難く、また信じたくない気持ちだった。
指には間接部分があるから、物を掴むことは出来るのだろうが、戦闘をする際に必要な、強い握力は生み出せないだろう。
戦う者にとっては、致命的な弱点を抱えることになる。
ウィノナは背中から布を巻いた、一本の棒らしきものを取り出すと、それを肘に近づけた。
ただの棒ではない。
棒の根元に近づく途中で太さが増し、肘と同等程度になっている。
ウィノナは器用に義手を取り外すと、代わりにその棒付き義手を取り付けた。
突然の事に見ていることしか出来なかったクレスだが、その布が取り払われてギョッとする。
それは棒ではなかった。
剣を扱えるように肘の先から刃に改良された、それは義手剣だった。
何を、と思う前に、ウィノナは自由になる方の腕で、腰からボウガンを引き抜く。
ボウガンはクレスにも見慣れたもので、ウィノナが以前から良く使っていた愛用品だ。
片手でも扱い易いように小型化されたボウガンは、擦り切れた痕を所々に残す以外、威力に問題はありそうにない。
戦闘による磨耗とその修復痕が、長く使い続けた年月を感じさせた。
ウィノナはそれをごく自然な動作で持ち上げると、クレスの眉間に照準を合わせる。
向けられながら、クレスには何が起こっているのか、全く理解できなかった。
「何故だ、ウィノナ……」
「おいオマエな、笑えねぇ冗談はやめろって!」
チェスターが慌ててクレスの前に出ようとするも、その視線に射抜かれ動きを止める。
「やめてよ、ウィノナ! お願い!」
アーチェも叫ぶが、ウィノナはそちらに一呼吸だけ視線を向けただけで、すぐに周囲の警戒へと視線を戻す。
「アーチェ。あなたのことも親友だとは思っているけど、クレスに付くなら容赦しない」
視線は彼方を見ているのに、クレスに向けられた標準にブレはない。
王城の受付ホールは、シンとして動きがなかった。
誰もがいつの間にか起きた、殺傷沙汰寸前の状況に息を呑んでいる。
「――さっさと、許可証をよこせッ!」
顔を半分だけ受付に向け、怒号と共に強制され、そこでようやく慌てたように準備を始めた。
「やめるんだ、ウィノナ。……冷静に話し合おう」
モリスンが両手を前に出しながら近づこうとするが、その前にウィノナの視線が彼を射抜いた。
殺気が込められた視線は、僅かな接近も許さない、と告げている。
「気軽に名前呼ぶんじゃねぇよ、偽善者が! もう何があっても、お前には何一つ話しゃしねぇよ!!」
口汚く恫喝されて、モリスンの動きは固まり、そして項垂れるように脱力した。
「どうして……、何でこんな……」
涙目になったアーチェは、動くに動けない。
その横で、チェスターがよろめくように、一歩足を前に出した。
「何があったんだ、ウィノナ……。話してくれ、頼む。きっと分かり合えるはずだ」
ウィノナはそれに
「……無理よ」
「――何をやっている!」
その時、受付ホールに男の怒声が響いた。
受付ホールの先、一般は立ち入りが許されない階段上から降りてくる最中の男がいる。
ウィノナがそちらへチラリと視線をやると、彼女に似合わぬ、感情を感じさせない軽薄な笑みが漏れた。
そのウィノナを見ると、男の顔はみるみる強張り、そして周囲に向けて声を放つ。
「――ウィノナだ! 魔王の情婦、ウィノナがいるぞ! 斬って捨てろ! ここで首を落とせ! そうすれば、魔物も復活せん!」
チェスターは一瞬の内に、視界が真っ赤に染まるのを感じた。
口の奥から我知らず唸り声が上がり、背中の弓を取り出した所で、クレスに羽交い絞められる。
「落ち着け、チェスター!」
「離せクレス! あの野郎、いま何つった!!」
「――ほら、無理だった」
ウィノナの顔に冷酷な笑顔が浮かぶ。
「あら、いつかの隊長さん。アタシってば、いつの間にか魔物になっていたのね。そうやって、ダオスも魔王呼ばわりしているのかしら。……ま、どうでもいいけど」
目だけで確認していた受付を、準備が終わったのを見計らい跳躍して接近する。
兵士を使った包囲網が、出来上がりつつあった人の壁を飛び越え、許可証を義手剣の切っ先で引っ掛け、更に兵士達から距離を取る。
「――衛兵! 捕まえろ!」
ツバを飛ばす隊長に、逃げるウィノナから振り向き様に、ボウガンの矢が放たれた。
弦が弾かれる、矢が空気を裂く音が聞こえたかと思うと、その矢が隊長の腹部に突き刺さる。
王城の出口に辿り着くと、ウィノナは一度振り返り、クレスらを睨みつけた。
「――ダオスは殺させない!!」
怒声と殺気が込められた視線が、クレスを貫く。
人垣で出来つつあった壁を巧みにすり抜け、すぐに見えなくなってしまった。
クレスはその身に受けた衝撃が抜け切らず、追おうとする動きすら出来なかった。
大騒ぎになったホールと、隊長が医務室へ運ばれていくのを、クレス達は呆然と見つめる。
アーチェはその場に崩れ落ち、小さく泣き始め、ミントはその背を優しく擦った。
「どうなってんだよ……」
チェスターの呟きには、誰も答えられない。
この一年に、壮絶な何かがあった……それが微かに、垣間見えただけだ。
「追い詰められた獣、という感じだったな……」
クラースが受けた印象を零すと、ミントがアーチェを優しく介抱しながら、悲しげに呟く。
「以前のウィノナさんとは、全く違いました……。本当のウィノナさんは、もっとずっと優しいんです。私が本当に辛い思いをしていた時、は真っ先に優しい言葉をかけてくれました……」
ホールの中は騒然としていて、何が起きたか分からず、混乱の中にあった。
傭兵同士の小競り合い……その様にも見えたが、殺傷沙汰になったのは軍人の方だ。
誰もが遠巻きに見ているだけで、事態を収拾する誰かもいない。
その時、再び階段上から声が降ってきた。
「静まれ」
人垣が割れ、その後ろから現れたのは、前線指揮を任せられている将軍のライゼンだった。
「何があったか、詳しく話せ」
手近にいた兵士に事情を聞くと、それから難しい顔をして頷く。
とりあえず、状況については理解したようだ。
「一応、周囲の警戒はしておけ。あの隊長の傍にも、兵を一人はつけておく必要があるか」
手早く指示を出し終わると、ライゼンは改めてクレス達に向き直る。
「私はこの国の騎士団長で、ライゼンという者だ。貴方達の事はモリスンから聞いている。……何でも、一騎当千の勇士であると」
「いえ、若輩者ですが、戦列の端に加えていただければ幸いです」
クレスが頭を小さく下げると、クラースも続いて下げる。
それを見て、慌ててチェスター達も頭を下げた。
「それで、開戦はいつ頃になる予定でしょう?」
「ダオス討伐の作戦会議が、もうすぐ開かれる。そちらで詳しく説明しよう。モリスン、貴様はそちらの方達を、時間まで別室に案内してやってくれ」
それだけ言うと、ライゼンはモリスン達には背を向け、近くにいた兵士に何事かを命じ始めた。
※本作の独自設定
書籍版でのウィノナは、オーバーテクノロジーとしか言い様のない義手を身に着けているのですが、本作ではそれがありません。
義手は名工ギースの作で、旅の一座に属している時、たまたまウィノナの芸を見て感激し、その後色々なボウガンをプレゼントしています。
その縁があって、失踪している間に義手を作って貰ったようなのですが、今作では当然ギースとの縁を作れていないため、現実味のある義手やボウガンを装備させる事にしました。