【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

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ヴァルハラ平原にて その2

 

 ウィノナはミッドガルズ城の受付で、許可証を手に入れてからというもの、無理なく所々で休息を取りつつ、足を急がせた。

 

 遠くに見える駐屯地を目指して北上し、草原の上に雪が混じり始めたヴァルハラ平原に入ったのは、それから二日後の事だった。

 

 その頃には両軍の準備も終えたらしく、開戦の気配も濃厚に漂っていた。

 そればかりではなく、ミッドガルズ軍が足並みを揃えて地面を叩くように行軍する音さえ、ウィノナには聞こえる気がした。

 

 その中に、クレス達もいるのだろうか。

 ウィノナは居た堪れない気持ちになる。

 

 夢の中で幾度も見た光景。

 ダオスと戦う、戦士達の影──。

 

 いや、とウィノナは首を振る。

 それは今考えても、仕方のない事だ。

 

 駐屯地前では簡単なやりとりで入所の許可を得ると、そのまま奥にあるキャンプを抜け、平原の更に先へと進む。

 

 キャンプ内で、休息を取ろうとは思わなかった。

 長い間いても、いらぬ諍いに巻き込まれるか、さもなくば追いついた兵に捕まるだけだ。

 

 ヴァルハラ平原は『平原』と名が付いていても、見渡す限り何もない、といえる場所は少ない。

 特に平原南部はそれが顕著で、木々は乱立し、ひと一人分以上の高低差はある、垂直に隆起した崖もある。

 

 隠れて行動するのにはうってつけで、そしてウィノナにとって、それは難しいことではない。

 

 ウィノナは北上を続け。安全と思える場所まで移動すると、強い香りを出す木の根本で、ようやく休憩を取ることにした。

 

 こういった木の根元で、マントを頭から被って身動きをしなければ、鼻の利く魔物ほど発見率が下がる。

 人の体臭が木の香りで、完全に打ち消してしまうのだ。

 

 それが分かっていれば、人の多い休息所よりも、余程安全な場所と言える。

 ミッドガルズに潜入してからは気の休まる暇もなく、ろくな睡眠も取れていなかった。

 

 そもそもこの一年、取れた睡眠時間は長くない。

 いつ予知夢を見るか知れなかったし、それがダオスを害するものであったらと思えば、とても眠れはしなかった。

 

 そして、例え予知夢でなくとも見るのは悪夢で、最早ウィノナが見る夢は、予知夢か悪夢か分からなくなっていた。

 

 ミッドガルズでは直ぐにでも許可証を貰って、その日の内に発つつもりだった。

 しかし、ダオスと共に過ごした家を見つけた時、そのまま素通りする事は出来なかった。

 

 かつて失ったものが、どっと胸に去来し……。

 一度感じるともう、だからただ去る事が出来なかった。

 

 長く留まれば、その分早く存在を知られる。

 顔見知りに見破られるかもしれない。

 

 早く行かねばと思うのに、それでも去る事は出来なかった。

 幾度となく足を運び、人の住まない倉庫として活用されていると知ってからは、更に遠慮がなくなった。

 

 人目を憚ることは考えつつ、思い出を手繰り寄せるように、ウィノナは足を運んだ。

 そして通うことしばし、ようやく踏ん切りが着いたその日……。

 

 そこでクレス達と再会したのは、何かの皮肉だろうか。

 

 まどろみに考え事をしながら、薄っすらと目を瞑る。

 著しい睡眠不足は、これから先の行動を、著しく阻害するだろう。

 

 人の居ない今だからこそ、取れるタイミングで取っておくべきだった。

 ウィノナは目を閉じると、睡魔に身を委ねて意識を閉じた

 

 

 

 予知夢とも、悪夢とも取れる夢を見る覚悟を以て、眠りに落ちた。

 だが幸い、そのどちらもなく、幾らか快適に目覚められた。

 

 取った睡眠時間は短いものの、少しは疲れが取れたと実感する。

 少しばかり強張った身体を起こしたところで、人の気配を感じ取った。

 

 今まで気付けなかったのは、そこに敵意がなかったからか。

 視線を向けると、少し離れた場所にはアランがいる。

 

 そうして、呆れたような、あるいは感心した様な顔付きでウィノナを見ていた。

 

「……余裕だね。流石、魔王の女」

 

「何しに来たの」

 

 警戒を崩さずウィノナが訊くと、アランはあっけらかんと言った。

 

「雇ってくれ」

 

「……何ですって?」

 

「部隊の再編成を待つには、長い時間が掛かる。部隊単位で戦場に出ないと報酬も出ない。アンタの下につけりゃ、問題は解決するんでね。金が要るんだよ、俺は」

 

「アンタの事情なんて、知ったことじゃないわ。構わないで」

 

 言うや否や、腰に差してあったボウガンを、アランの方へと向ける。

 

「おいおい……」

 

 アランが口の端を痙攣させて両手を挙げても、ウィノナの両目の剣呑さは消えない。

 むしろ、それが強まったと感じた瞬間、躊躇う事なく矢が放たれ──。

 

 そして、アランの後ろに忍び寄っていた魔物を打ち抜いた。

 ドサリと倒れる重い音を聞き、アランは後ろを振り向いて、口笛を一つ吹く。

 

「助けてくれたってことは、ついて行っても良いんだな?」

 

「馬鹿なこと言わないで。アタシはダオスを救うこと以外は、どうでもいいんだ」

 

 ウィノナは視線を断ち切り、振り切るように走り出す。

 背後からは、アランが慌てて追いかけて来る気配を感じたが、敢えて無視する。

 

 ただし、敢えて全力で振り切ろうとはしない。

 余分に体力を消耗したくなかったし、相手は重い鎧と剣を身に付けた男だ。

 

 どうせ付いて来れず、途中で勝手に脱落するに決まっている。

 だが、その態度が悪かった。

 

 アランは、振り切る速度で走っていないなら、共に行動して良いと判断したようだ。

 ハッキリ言って、迷惑以外の何物でもないが、振り切る為の労力を考えるとそれも面倒に感じた。

 

 そうして走り続けたものの、しかしその足は、すぐに止まる事になる。

 前方に四体、ドラゴニュートがこちらに対して向き直っていた。

 

 足音で感付かれたらしく、警戒始めたところで鉢合わせた、ということらしい。

 

 遮蔽物の多い、切り立った崖が視界を塞ぐ地形。

 それが発見の遅れた理由だった。

 

 ウィノナは義手剣を構えて相対し、アランもまた剣を抜こうとしたが、それを手で制す。

 手出し無用という意図は伝わり、アランは数歩下がって、剣の柄に手を添え待機する。

 

 いざとなれば、制止を無視して介入するつもりだろう。

 だが、どうせやられるつもりもない。

 

 魔物の方も遣り合う意図を察したらしく、抜き身の剣を構えてジリジリと近寄る。

 ドラゴニュートはリザードマンの上位種で、人間に近い身体を持っている。

 

 二足歩行の身体に頭が蜥蜴、尻から尻尾を生やした上で、全身に固い鱗を生やしたものを想像すれば、あながち間違いではない。

 

 そこに武器や鎧を身に付けるのが、他の魔物と一線を画すところだろう。

 魔物は本来、己の牙と爪以外の武装を好まない。

 

 それもまた、人間に近いと評される一因かもしれない。

 その内の二体が、剣を振りかざしては奇声を発し、ウィノナを挟むように襲いかかる。

 

 ウィノナは姿勢を低くしてそれを回避し、右から迫ってきた魔物の腹を斬り払った。

 鮮血が吹き出し、斬られた魔物が膝から崩れ落ちる。

 

 致命傷だが、魔物はこの程度で死にはしない。

 追撃しようとした所で、左から迫っていた魔物に対処を切り替え、その喉元に剣を突き立てた。

 

 たたらを踏んで二歩、三歩と後ずさる魔物に、斬り上げと同時に跳躍して接近し、頭上目掛けて斬り下ろす。

 かち割った頭から剣を引き抜くと、返しの刃で、もう一体の魔物を、袈裟懸けに斬り殺した。

 

 あっという間に、二つの死体が出来上がった。

 それで残りの二体は、明らかに怯んだ様子だ。

 

 しかしウィノナは、攻撃の手を緩めない。

 

 素早い一歩で次の獲物に近づき、胴を右足で蹴り上げると、左足の回し蹴りで顎をかち上げ、無防備になった身体を刺突で貫く。

 

 その衝撃は魔物を大きく吹き飛ばし、唖然として棒立ちする、残った魔物の眉間にボウガンの矢が突き立てた。

 

 その魔物は、自分の身に何が起こったか理解できていないようだ。

 だが、頭に手を持っていった所で白目を剥き、もんどり打って倒れた。

 

 眉間の傷から一筋の血を流しながら痙攣を繰り返し、次第にその動きも鈍くなる。

 

「……ハァ」

 

 ウィノナは一つ、息を吐いて呼吸を整えた。

 何の造作もなく、また気負いもない。圧倒的な勝利だった。

 

 ウィノナはボウガンの矢を回収しようと、魔物の眉間から抜こうと近づく。

 その頭に足を乗せ、力任せに矢を引き抜いて、血の滴る矢を二度、三度と上下に振った。

 

 血を全て落とせば、上から横からと矢を眺めて、状態を確認する。

 しかし、固い鱗と骨とを貫通させた矢は、少しだけ歪んでしまっていた。

 

 舌打ちをして、ウィノナは矢を放り投げる。

 真っ直ぐ飛ばなくなった矢に用はない。

 

 本来なら歪んだ矢は、修正して再利用するのだが、今はそれをするだけの余裕がなかった。

 

 今だけで言えば、使えなくなった矢は捨てた方が身軽になって都合が良い。

 そこで、戦闘の終了を見たアランが、足音を立てて近付いて来た。

 

「いや、見事なもんだ。助太刀がいるかと思ったが、なかなかどうしてやるじゃないか」

 

「アンタ、太鼓持ちがしたくて付いて来たの?」

 

「いや、そういうんじゃねぇって。同じ剣士として感じる部分があった、そういう話だ。最初に見せた斬り上げからの一撃、そして膝蹴りからの連携技、ありゃ我流って訳じゃないんだろ? 俺がよく知る技だ」

 

 へぇ、とウィノナは顔を上げる。

 

 今まで無視同然の扱いだったが、ここでようやく興味が沸いた。

 剣についた血糊を落としながら、アランに視線を向ける。

 

「一応、そっちの流派を聞いてあげるわ」

 

「アルベイン流だ。そういや、名乗ってなかったな。俺の名前はアラン・アルベイン。よろしくな、部隊長」

 

 アランはにっかりと笑って手を差し出すが、ウィノナはその手を取らなかった。

 

「アルベイン、ね。……なるほど、アタシもよく知ってるわ。感謝もしてるけど……でも、今のアンタには関係ない話ね」

 

「感謝……? やっぱりさっきの技は、虎牙破斬と飛燕連脚か? 俺も体得しているが、少しばかり違うんだよな。独自で変化させたとか、手を加えたとかじゃなくて、何代も経て洗練され昇華した技のような──いや、そんな馬鹿な」

 

 口にしながら、あり得ないと自嘲するアランに、ウィノナは何を言うでもない。

 

 アランからは興味深そうな視線を感じたし、ウィノナについて知りたい様でもあったが、ウィノナは何も言う気がなかった。

 

「まぁ、アルベイン流は古い流派だ。俺の知らない亜流があった、ってことなのかねぇ……」

 

 血糊を落とし終えたウィノナが、アランに背を向け刃をしまう。

 

「世間話をしたいなら、誰か他の人を探しなさい。邪魔するだけの存在を、傍に置く理由もない」

 

「ああ、いや、悪ぃ。そんなつもりはなかったんだって……!」

 

 ウィノナがまたも歩き出そうとした時、更に後方から、走る足音が聞こえてきた。

 敵ではない、人間の足音だ。

 嫌な予感がしつつ、何者か見定めようと、足を止めて待ち構えた。

 

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