【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
帰還、束の間の休息 その1
気絶したウィノナを連れ、クレス達がミッドガルズへ帰って来たのは、あれから二日後の事だった。
移動中は、クレスとチェスターが交替して運んでいたのだが、ウィノナはその間も、一度として目を開ける事はなかった。
ミントとキャロルによる法術の癒しも、然したる効果を挙げていない。
「一体、何がいけないのでしょう……。傷は完全に癒えているはずなのですが……」
「目が覚めないのは、傷のせいではありません。心に溜まった心労や睡眠不足、それらの淀みが原因ではないしょうか……」
そうであれば、後はウィノナの身体が自然と回復するのを待つ他ない。
ミントはキャロルの疑問に、そう答えた。
口調こそ心許ないもの、その意見には確信めいた断定がある。
キャロルはそれに頷きながら、敬意を込めた視線を送る。
「私よりも随分お若く見えるのに、とても色々なことに詳しいのですね。法術にしても、あるいは私たちが、この世で初めて授かった癒しの術かと思っていましたが……」
そう言ったキャロルは、今更ながらの事実にハッとして頭を下げる。
「まだ十分なご挨拶をしていませんでしたね。以前は、名前だけの簡単な挨拶だけで失礼しました。私は、キャロル・アドネードと申します」
「アドネード、さん……?」
名前を聞いたミントは、満足に返事もせず、茫然とキャロルを見返した。
微動だにせずいるミントに、キャロルは不思議そうに首を傾げる。
「あの……?」
そうして、自分が大変な無礼を働いていると悟ったミントは、慌ててしっかりと頭を下げた。
「し、失礼しました……っ! あの、私のことはミントと……、ただのミントとお呼びください。名を名乗れぬ無礼を、どうかお許しいただけたら……」
恐縮しがちなミントに、キャロルは気を悪くもせずに頷く。
人には簡単に、口に出来ない様々な事情があるものだ。
「では、法術についてはどうでしょう? よろしければ、ご教授いただけたらと思うのですが」
「あ……、はい、ええ、それは勿論! それはきっと回りまわって、私の為にもなるのでしょうし……」
しどろもどろとなって言うミントに、キャロルは得心した表情を見せた。
「そうですね。他人に教えてあげることで、自分もまた勉強になるということもありますし」
「ああ、いえ、そうではなく。実際に後々、自分の為になると言いますか……」
「……はい?」
ミントの言葉に、イマイチ理解を示せなかったキャロルが首を傾げる。
自分がおかしなことを言った自覚のあるミントは、慌てて両手を左右に振った。
「ああ、いえ、何でもないんです。私も未だ若輩の身ですが、ミッドガルズに着いてからはお約束できません。それまでで良ければ、いかがでしょう……?」
是非、と笑んだキャロルにミントも笑顔で返す。
そうして二人は、ウィノナの面倒を付きっきりで診た。
時折法術の講釈も交えて癒す施術は、キャロルにとって何事にも代え難い旅となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして、ミッドガルズの門を潜ったクレス達は、万感の思いを込めて息をついた。
城門近くには、歓迎するように腕を広げるモリスンがいる。
クレス達より一足先に戻っていたモリスンは、事の顛末を国王に報告していた。
無論、ダオスが逃亡したなどと伝えるはずもなく、必要なことのみを抽出し、ウィノナの存在は隠したまま、討伐に成功したと伝えている。
魔物も統率される事なく、四散し逃げていく様を軍は見ているので、とうとう確信できる報告を得られて、大層喜んだ。
国で大々的に凱旋式を執り行うべきだとする声や、英雄の誕生を祝うべきだと声があり、上へ下への大騒ぎとなっている。
門前でクレス達を迎え、そのことを話したモリスンだったが、返ってきた反応は予想通りのものだった。
「困りますよ、僕らが英雄だなんて……」
「私達が求めたのは、名誉ではなかった。ただ一人の男を助けたいと、そう願った少女に、報いてやりたいが為の行動だった」
クラースからの言葉に、クレスも頷く。
元より最初は魔王を倒そうという強い義務感、現代より託された思いを糧にして始まった旅だった。
しかし、ウィノナの足跡を辿るにつけ、魔王と呼ばれる存在は世界の蹂躙を目論むどころか、救おうとしている事に気付かされた。
一方的な敵愾心を持ち続けてたクレス達としては、英雄と呼ばれ、持て囃されるのは非常に複雑な気分になる。
「だが何にしろ、謁見を拒否する事はできないだろう。国にも面子の問題があるし、戦勲第一の功労者を蔑ろにしたと知られれば、国内外からも批判されてしまう。……申し訳ないが、本意でなくとも、受けて貰わねばならない」
苦虫を噛んだ様な表情のモリスンに、チェスターがあっけらかんと言った。
「ま、言いたい奴には言わせておけばいいさ。報奨金も出るんだろ? 貰えるモン貰って、さっさとズラかろうぜ」
余りにもぞんざいな物言いに、周囲一同は苦笑する。
だが、その中にあってアランだけは。顔に輝きが満ちていた。
「そうだ、報奨金があったな! 予想より稼げなくて困ってたが、結構な額が出るんだろ? 俺の夢に、また一歩近づいたな!」
手を叩いて喜ぶアランは置いておいて、クレスは抱えたままのウィノナを背負い直し、辺りを窺う。
「どちらにしても、ウィノナを王城に連れて行くわけにもいきませんし、そもそも早くベッドで休ませてやりたいんです」
「……だな。クラースの旦那が部隊長になってたんだし、そっちの方は任せるぜ」
「本気か……? 面倒な事は全部私任せか、全く……」
クラースは帽子のツバを下げて、大仰に溜め息をついた。
ミントからも助け舟が出ないところを見るに、誰もが王の御前に拝謁するのは、抵抗があるようだった。
──当然か。
この国に対して、
ダオスを追い詰め、ウィノナもまた、こうなるまで追い詰められた原因は、間違いなくこの国の軍部にある。
泥を被る人数は、少ない方が良いに決まっていた。
「……仕方ない。モリスン殿と二人で──いや、アランもか。三人で向かうとしよう。晩餐会だとか舞踏会だとか、そういった催しの誘いもあるだろうが、そちらはなるべく断る方向でいこう」
モリスンが頷き、アランが肩を竦めた。
「こっちとしては貰えるモンが貰えれば、それでいいんでね」
「若い君らには難しい場だろう。私も宮廷慣れしているとは言い辛いが、どんな言質を取られるか分かったものではないからな。下手な返答を牽制する役目は必要か」
そもそも、と難しい顔でクレスが頷く。
「出ろと言われても困りますよ。踊りなんてしたことないし……」
「珍獣扱いされるのがオチだ。どうせ祝福だの何だのは建前で、今回の一件で有名になった奴らを一目見ようとか、そんぐらいの気持ちしかねぇんだろ?」
チェスターの辟易とした言い様に、クラースは苦笑する。
「その言い分も少々
やれやれ、とモリスンが息を吐いて、クラースの肩を叩く。
「では、我々は行こうか。若い連中に苦労っていうものがどういうものか、後でたっぷり土産話をくれてやる為にな」
「違いないですな。……お前たち、覚悟しとけ? 後で必ず、愚痴を聞いてもらうからな」
人差し指を向ける、クラースの目は本気だった。
アーチェは視線を合わせず口笛を吹き、ミントは気まずそうに頭を下げたものの、明確な返事は避けた。
だがせめて、労いの言葉をかけた所で、クラース達は去って行った。
そしてもう一人、この場で別れる人がいる。
キャロルもまた、ミントに深々と頭を下げた。
「ここまでの帰路の旅は、本当に身になる旅でした。このことはユニコーンにも、よくよく感謝を捧げたいと思います。また、もちろん貴女にも、この出会いに感謝を……」
ミントも頭を下げて、その謝辞を受け入れた。
杖を斜めに立て、抱くようにして捧げると返礼する。
「貴女にもご加護がありますように。どうか、ご健勝であられますよう……」
キャロルは改めて礼を言い、そうしてから自分の修道院へと帰っていく。
そうすると、後にはいつものメンバーだけが残った。
「じゃ、俺達も行こうぜ」
チェスターの声で、クレス達も宿屋に向かう。
なるべく揺らさないよう注意しながら、戦勝でお祝い騒ぎの民衆の間を抜けて、先を急いだ。
クラース達が王城へ赴き、謁見と戦勝報告を行い、その後帰って来たのは、日もとっぷりと暮れた後の事だった。
謁見自体は即座に終わった。
型通りの拝謁と王からの労い、報酬の約束などを貰って、そのまま退室という運びだったからだ。
時間が掛かったのは、その後にしたモリスンとの談義が白熱したからで、これは何もお互いの意見の不一致から、という訳ではない。
むしろ意見それ自体は一致しており、これからウィノナ達の前で話し合うべき事柄の整理で、白熱したと言った方が正しい。
そして、これはクラース主体で話さなくてはならず、だからこそ尚のこと、理解を深める為、細かな所まで話し合いが続いたせいでもあった。
特に時空間理論について疎いクラースは、そこを中心に話し合う。
「時の流れに矛盾する行動は……」
「それがつまり、先程の渦の話に繋がるのですね?」
「そう、影響の大小について議論の余地はあれども──」
白熱した議論は数時間に渡り、気付いた時には日が茜色に染まっていた。
そこからはお互いの意見の摺り合わせに集中し、日が完全に落ちた後、ようやく納得のゆく話し合いが終わった。
モリスンはそのまま王城に留まり、何かと雑務を引き受けてくれたので、クラースは問題なく帰れた。
だが、あの時の宣言を違えることなく愚痴を吐き散らし、クレス達を辟易とさせた。
ただ、酒だけは取り上げて茶で済ませていたので、酷い惨状は回避できたが、酒好きのクラースとしてはそれが尚も不満で、余計に聞かせてくる愚痴が増えることになる。
アーチェとチェスターは早々に退散してしまったので、ミントとクレスの二人だけで宥めて休ませるのは、相当な骨だった。