【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
翌日の早朝、クレスは目を覚ますなり、ウィノナの寝室へと向かっていた。
クレス達が寝泊まりしている部屋は二人部屋で、ベッド以外は大した家具もない。
しかし、ウィノナの部屋は広く、椅子やテーブルも用意された、宿屋の中でも最高級の一室だった。
これは未だ眠りから目覚めないウィノナの看病など、何かと人が立ち入る必要があった為で、特別な配慮をしたからという理由ではない。
クレスが一応のノックをした後、返事がない前提で勝手に扉を開けた。
するとそこには、ベッドから半身を起こしたウィノナがいる。
「……ウィノナ! 目が覚めてたんだ! もう、平気なのか……?」
窓の外を見つめていたウィノナは、ゆっくりと振り向き、小さく笑む。
「うん、大丈夫。ありがとね、色々……」
目の下の隈は、まだ完全には消えていなかった。
だがそれでも、大分薄くなってきているように見えた。
今では数日、徹夜した程度の隈にしか見えない。
もう既に、クレスのよく知るウィノナと相当近い。
あと数日もすれば、以前とほぼ変わらない様子になるだろう、と思われた。
そして、消えたのは何も、隈ばかりではない。
その表情も憑き物が落ちたような有様で、かつてのウィノナの面影が、より濃く見える。
ここ数日、会えば敵意の満ちた鋭い視線ばかりぶつけられていたクレスとしては、ひどく懐かしく、また泣きたくなるほど嬉しい違いだった。
「まだ、動かない方がいいんじゃないかな。無理をしすぎても……」
「ううん、無理はしてないよ。皆が起きて来たら、顔を見たい。それで、一言でいいから謝りたいよ」
「謝る必要なんてないんだ。ウィノナは本当に、たった一人でよくやったと思う。誰も気にしてなんていないよ」
「ありがとう。でも、それでも……」
分かった、とクレスが頷き、ウィノナは再び小さく笑む。
しかし、先程よりも、少し困ったような笑みだった。
負い目が彼女を、そうした笑顔にさせてしまうのだろう。
まだ本調子でないと思うので、クレスは手を振って部屋を出る。
そうして自室へ引き返し、チェスターが起きたか確認しに戻った。
そこからの行動は早かった。
チェスターは眠気眼で頭を掻いて欠伸をしていたが、ウィノナが起きた事を知らせると、飛び上がってベッドを降りた。
扉を乱暴に開けたものだから隣の部屋のアーチェも顔を出し、それでウィノナが起きた事を知らせると、一度閉まったドアが五秒と経たずに再び開き、改めて普段の格好をしたアーチェが飛び出した。
クレスが呆れて見てたのも束の間、あのまま直行させたら、容態に響くのではないかと思い直した。
同じく顔を覗かせていたミントには、ゆっくりでいいから後で来るように伝えると、途中でクラースにもウィノナの事を報せて欲しいことを付け加えて、クレスは後を追う。
そうして、ウィノナの部屋に到着した時には、既に二人は部屋に入った後で、アーチェはウィノナに泣きついているところだった。
「ウィノナ、良かった。良かったぉ……!」
「ありがと、アーチェ。心配かけた……」
「ホントだよぉ!」
ぐしぐしと泣き腫らした顔を、ウィノナの肩口に擦り付ける。
そんなアーチェを、ウィノナは優しく撫でた。
「ありがとね、アーチェ。厳しい言葉を投げつけたのに……」
「いいんだ、ウィノナの気持ちも分かるから。必死だったんだもんね……!」
目を真っ赤にしたアーチェが顔を上げて、にひひと笑って鼻を啜る。
そこで横からチェスターがやって来て、アーチェの顔にハンカチを渡す。
「あんまソイツに迷惑かけんなよ。着てる上着が、オマエのせいで濡れちまってるだろ」
「なによもぉ……! 水差さないでよね」
アーチェの頭を一度小突くと、そのタイミングでウィノナはチェスターに顔を向ける。
「チェスターも、ありがとう」
「俺は別に、何もしちゃいねぇよ」
「一番心配してたのは、チェスターだって、アーチェが教えてくれたけど」
チェスターはアーチェからハンカチを奪い返すと、その頭を乱暴に叩いた。
「オマエ、何言ってくれてんだよ! ある事ない事、勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「なによ、事実でしょお? 誰かさんがアイツがどうのー、ソイツがどうのー、って騒いじゃってさ」
お前な、と腕まくりを始めたチェスターに、遅れてやってきたミントが窘める。
「元気がいいのは結構ですけれど、安静にしておきたいウィノナさんの前では、控えて下さいね」
静かな声音だったが、そこには有無を言わさぬ迫力があった。
アーチェとチェスターは動きを止めて、ピシリと背筋を伸ばして直立する。
そんな様子をウィノナはくすくすと笑い、それからミントに頭を下げた。
「ミントも、ありがと。三日も眠ってたのに、思ってた以上に身体の調子がいいのは、法術を使い続けてくれたお陰?」
「はい。……ああ、いえ、当然のことですから」
「うん、改めて、ありがとう」
素直に感謝を述べるウィノナに、ミントは片頬に手を当て、ほぅっと息を吐く。
「いつかのウィノナさんが、戻ってきたかのようです」
「そうなれたらいいな、って思うよ」
ウィノナも微笑んで頷く。
まだぎこちない笑みだったが、それでもウィノナの気持ちが良く伝わる笑みだった。
それから間もなくクラースも部屋を訪れ、怪我を労い、そして安否を気遣った。
「もう、大丈夫なのか? 確かに顔色は良いようだが」
「ええ、貴方にも色々迷惑を掛けたようで……」
「なに、私に掛かった迷惑など微々たるものだ。気にしなくていい。色々聞きたいこともあるだろうが……まず、飯にしないか。少し難しい話題が続くだろうし、頭を働かすには脳に栄養を送らないとな」
その提案に、異を唱える者は誰もいない。
クレスは気遣しげにウィノナをベッドから降ろし立たせてやり、しばらく腕を貸していた。
だが、直ぐに一人で歩けるようになり、途中片腕がないことを思い出して、チェスターに義手を取って来てと頼む。
そうして一階の食堂で朝食を頼む頃には、チェスターが追い付いて持ってきてくれた。
義手は木と革で出来た生活用の物で、自由自在に動かせる程ではないものの、食事や普段の生活には、多少の不便で動ける程度になっている。
食事が届くまでは他愛のない話題で盛り上がり、今まで離れていた時間を埋めようと、とにかくアーチェは口を動かす。
痺れを切らしてチェスターが怒鳴りつけるまでがお約束で、見慣れぬウィノナは、そのやり取りを大いに楽しんだ。
食事が運ばれてからも、楽しいひと時は続く。
ウィノナは固いバケットのパンをスープに浸し、柔らかくしてから口に少量ずつ運んでいく。
脂質の少ない消化に良いメニューをミントが選んでくれて、ウィノナとしても安心して食べる事ができた。
お腹に優しく、満足のいく朝食を摂りながら、時折アーチェと顔を合わせクスクスと笑い合う。
クレスはいつだったか、アーチェからたった一日で親友の間柄になった、と聞いた覚えがあった。
なるほど、あれを見れば納得できる。
友達というより。姉妹のような親密さだ。
そうして食事の時間も終わり、食後のお茶を楽しんだ後……。
さて、とクラースがカップを置いて切り出した。
「ここで話すような内容じゃないから、詳しくは部屋に戻ってからになるが……。色々と気分が落ち着いて、話せる状態になったんじゃないかと思う」
ウィノナはクラースを見つめ、とうとう本題がやってきた、と心を落ち着かせた。
「本当なのね? 彼を──救える方法がある、っていうのは」
「絶対に確実に救ってみせる、と約束するものじゃない。その為の話し合いをしたい、という意味合いも強い」
分かった、とウィノナは神妙に頷く。
隣のアーチェが心配そうに顔を窺ってくるので、大丈夫、とその手を握った。
アーチェは尚も緊張を解かなかったが、クラースに目を向けると、そのタイミングで、ゆっくりと立ち上がるところだった。
「さて、全員が入れる部屋となると、ウィノナの所しかないか。それでいいか、皆?」
一同頷き、それを合図に各々席から立ち上がる。
その表情は様々で、緊張した顔付きもいれば、挑むような目付きの者もいる。
何も考えておらず、身に任せようと思っている顔つきもあった。
クラースは一度振り返って全員を確認すると、先頭を歩いて、ウィノナの寝室へ移動を開始した。