【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
ウィノナは何と言うべきか分からず、ただ唇を噛む。
この時代に生きる者では、そもそもの行動は全て渦によって修正されるから、どう動いても、予定調和の元に歴史は流れる。
時間転移者は歴史の流れに別の渦を生み、周囲の者を巻き込みながら、歴史の上を流されて行くことになる。
「だから事情を隠した上で、この時代の者を利用しようとしても、やはり何かしらの変化を与えてしまう。歴史を変えようと試みて、過去に来た時点で、どう足掻いても変化を起こさずにはいられない、という事らしい」
クラースはそう言って。自説を締めた。
チェスターは唸ってきつく目を閉じ黙り込み、アーチェもクレスもやはり唸り込んで黙ってしまう。
「じゃあ、どうしろっていうのよ……」
ウィノナは絶望にも似た気持ちで顔を伏せた。
未来の歴史や事情を、知る知らないにかかわらず、全く変えないまま、動く事は難しいだろう。
そして、現代に戻った時、自分が全く知らない別世界に帰ることになっては、意味もないのだ。
「下手をすると、ダオスは封印されるのではなく、殺されてしまうかもしれないのね。その可能性を、自ら生み出してしまうのかも……」
救う為に動いた結果、待っているのが最悪の顛末だとしたら、ウィノナは悔いても悔い足りない。
クレスはそれで、ハッとして顔を上げた。
何故、現代に逃げたダオスが、待ち構えていた者達に討伐されず、封印されたのか――。
その理由が分かった様な気がした。
「ああ、そうか……。それじゃあやっぱり、世界樹はそのままじゃないといけないんだ……」
「どういう事だよ、クレス?」
「チェスター、ダオスはどうして封印されたと思う?」
「そりゃ……魔王だ何だって言われて、危険だと思ったからだろ」
「じゃあ、何で封印なんだ。どうして、殺してしまわないんだ? 傷ついて、満身創痍の身体で現れたダオスを、万全の状態で迎え撃つ者達が、どうして討伐しようと思わなかったんだ」
言われて、チェスターは言葉に詰まった。
指摘された事実に、チェスターは困惑を隠せない。
だがその横で、ウィノナは得心がいったように頷いた。
「そう……、そういうこと。殺さないんじゃない。殺せなかったのね……。魔術でしか傷付かないダオスに、マナの枯渇した世界では、倒す手段が存在しなかった……」
「だから、せめて封印した、か……」
そう、とウィノナは頷いてから、クレスに顔を向ける。
「だから、世界樹はそのままでなければいけないのね? マナが復活するということは、逃亡した先のダオスが、倒される手段を与えてしまうということ。クラースが言った通り、歴史の流れが大きく変わる。現代に帰った時、待っているのがダオスの朽ちた亡骸だとしたら……」
ウィノナの言った訪れるかもしれない未来に、誰もが口を開けない。
良かれと思ったことが、最悪の事態を招く。
本来の出来事を歪めてしまう。
その予想が立って、誰も何も言えなかった。
沈黙が続く中、しかしチェスターが遠慮がちに、ウィノナを伺いながら口を開く。
「……でもよ、それなら、その逃げた先で討伐される前に、時間転移して助け出すとかよ……」
「そうね、それもいいと思う。でも、起こる変化ってそれだけかしら。他に何があると思う? まさかマナの復活で起こる変化が、たったそれだけな筈がないでしょう?」
「ん……なこと言ったって……。分かるもんかよ」
「そう、分からないのよ。何が起こるか予想がつかない。起きた現象の一つが自分たちに取って都合が悪いからと言って、一つ一つ潰していくと、そこからまた別の不測の事態が生まれてくるのよ。──クラースの言いたいことは、そういうことでしょう?」
ご明察、とクラースは手を広げた。
その様子は、見方によっては降参しているようにも見えた。
「じゃあ、結局ダオスは救う事が出来ない。そういう事になるのかしらね……」
ウィノナは顔を伏せて、肩を落とした。
その背をアーチェがそっと撫でる。
僅かに震えるその背を少しでも癒そうと、アーチェは言葉を呑んで撫で続けた。
だが、クラースが広げていた手を、勢いそのままに叩いて音を上げる。
それに驚いて、誰もがクラースに注目した。
「勘違いしないで貰いたいな。そんな結論になるのなら、最初からウィノナにダオスを救おうなんて、話を持ちかけたりしない」
「それじゃあ……?」
「最初に言ったはずだ。今のところは大丈夫だ、と。救う手立ては、まだ潰えていない」
「本当に!?」
アーチェが飛び跳ねるように、クラースへ向き直った。
「こんな時に、嘘はつかないさ。──さっきの渦の話に戻るぞ。歴史の渦とはその流れの中で、歴史が正しく動くよう調整する役割を持つ、と言った。それは歴史に取って、重大であれば在るほど、大きな渦になる」
「その重大な、というのは誰が決めるの?」
「少なくとも、人ではないだろうな。振り返ってみると、それが歴史に名を残すような出来事になっている、そういう部類の話だ」
とりあえずウィノナは頷く。
難しい顔は納得とは程遠いものだったが、話の腰を折るほど突っかかりたい内容でもない。
クラースは続ける。
「時間転移者は、小さな渦を否応なく作り出す。行動如何によっては、その渦の大きさや、向きなどが変動する。しかし、より大きな渦には時間転移者とて、影響を受けずにはいられない。小さな渦に小さな回転、それが本来ある大きな渦に乗った場合、一体どうなると思う?」
う、とクレスは言葉に詰まり、思案に暮れる。
静かに話を聞いていたミントは、恐々と片手を上げた。
「小さな渦は、より大きな渦に呑み込まれる……のでしょうか。つまり、歴史の流れに沿って動く、とそういう事ですか?」
期待通りの解答に、クラースは満足げに頷いた。
「その通り。そして、この時代で起きた、大きな渦と呼ばれるような出来事と言えば、一つ思い当たる事があるだろう?」
「──ヴァルハラ戦役」
クレスが呟くように言って、クラースは優秀な生徒を相手する様に、満足そうに頷いた。
「現代に生きるクレス達にも、よく知られた歴史的事実。これは時間の流れから見て、大渦と捉えて間違いないだろう。ウィノナには酷な話になるが、ダオスが魔王として立ち、ミッドガルズに対して戦争を仕掛ける事は、まず変更できない歴史であったと言える」
ウィノナは俯き、押し黙る。
ダオスを魔王と立たせない為に尽くして来た多くの行動、それが全て無駄だったと言われた事に、ウィノナは落胆を隠しきれない。
震える手で膝を掴むが、その気持ちを押し留めることは出来なかった。
「だからこそ、我々の動きは逆に、この時点で歴史を大きく逸脱していない証明とも言える訳だ。影響の大小について議論の余地はあれども、別の流れに入ったという程の変化はない。──そう、考えて良いはずだ」
だが、その言葉には救いがあった。
ウィノナはそれに、飛びついてしまいそうになる。
しかし、渦を観測することは出来ないと言っている以上、鵜呑みにするのはいかにも危険と思われた。
浮かない顔をするウィノナに、アーチェは心配そうな顔を向ける。
「どうしたの、ウィノナ? これってさ、良い知らせって奴じゃないの?」
「そう思いたいンだけどね。楽観的になるのも駄目かなって……」
分かったような分からないような顔をして、アーチェは頷く。
言いたい事は十分理解できるが、とクラースが口を挟んだ。
「そう、神経質になる必要はないぞ。今回のような小さい渦ならば、大きな渦の前に呑み込まれるのは道理。ダオス自身から聞いたという理論でもある。……なかなか信じられる話じゃないか?」
「……そうね」
「さて、ここで最初の難題に戻ると、だ。このままただ現代に帰って、それで問題を解決できると思うか?」
クレスは難しい顔をして腕を組む。
「僕は現代にウィノナを連れ帰って、それでダオスを説得できれば、問題は解決するんだと思ってました。マナの事までは全然考えてなくて……」
「俺なんて漠然と、ウィノナから誤解が解ければ、それで何とかなると思ってたぜ……」
クラースは二人の意見を聞いて息を吐く。
「まぁ、差の大小はあっても、そんな所だろう。無策で現代に帰るのは論外だろうな……」
ウィノナは当然だと言うように頷き、そもそも、と続ける。
「大いなる実りが手に入る目処が立たない内から、説得は不可能でしょう」
「そうだよ……。まず世界樹を癒す目処が立たない限り、説得は無理なんじゃないかな」
「……それが問題なんだよな」
チェスターが溜め息をつき、そして誰もが眉根を寄せる。
そうした中で、解決策を持っていそうなのはクラースだけだ。
そう思って期待を込めた視線を送ったのが、そこにあったのは、逆にクレス達へ問いかけるような表情だった。
「クレス、何か現代で思い当たる事はないか。もしかしたら、既に我々が行った、痕跡のようなものが残っているかもしれない。──いや、残っていなければいけないんだ」
クレスは困り顔で首を捻る。
「何かと言われても……」
「例えば、世界樹に我々がこれから傷をつける。そうすると、クレス達は幼年時代から、傷のある世界樹を当然のものとして認識している事になる。そういったような目印になる何か、それを思い出して欲しい。私はその何かが、鍵だと睨んでいる」
どうだ、と顔を覗き込むクラースに、クレスとチェスターは首を横に振る。
「いえ、そんなものはなかったと思います」
「……例え話だとしても、もうちょっと内容は選んで欲しかったわね」
不快さを滲ませた声で、ウィノナが苦言を呈すると、クラースはすまないな、と苦笑して続けた。
「未来を知る君達──時間転移者にとって過去の出来事は、時間の流れを観測する手段になり得る。君達が知る些細なことが、我々がこれから行う必然になるのだと、私は考えているんだ。そして、それを怠れば今度は逆に流れが変わり、帰るべき未来を失う危険を生む」
クラースは一つ息を吐いて、帽子のツバを無聊を慰めるように指でなぞった。
チェスターは頭を抱えて固まっていたのだが、ついに掻き毟るように両手で、自身の髪を握り込んでしまう。
「ただでさえ分からんのに、この上まだ俺を混乱させるのかよ……!」
「安心しろ、チェスター。もう僕もついていけてないよ……」
ウィノナも眉間に皺を作り、難しく引き締めていた口を開く。
「アタシも理解する努力を怠るつもりはないけど、これはちょっと厳しいわね……。結局、どういう……?」
クラースは帽子のツバから、指を離して顔を上げる。
「過去に転移したことで起き得る現象の一つに、因果の逆転現象、というものがある。本来、因果とは必ず、原因の後に結果が来る。──そう、例えば……気紛れで球を投げたら人に当たった、それが結果として事故を防いだ、という事があったとしよう。だが、当然だが投げたことで事故が防げるなど、最初から考えていない。しかし、投げることで助けられるのだと、予め知っていたら……?」
「やはり、その人に球を投げるんじゃないでしょうか」
クレスが得心したように答えれば、クラースは逆に、と恐ろしいほど真剣な眼差しでクレスを見る。
「助けられるのに、球を投げる事を失念していたら、例え故意でないとしても、それは未来を変えてしまうことになってしまう。だからクレス、未来で生きてきた君達は、私達が行った球を投げるような行為を、きっと知っているはずなんだ」
「つまり、その因果の逆転を利用するのが、ダオスを救う鍵だと言いたいのね?」
ウィノナはここで、ようやくクラースの言わんとすることを理解した。
とはいえ、これは相当な賭けに分類される事柄だろう。
そもそもの因果を知らなければならないだろうし、本当に解決策を思いつけたのか、という疑問も残る。
今ここで思い付かなくても、時間を掛ければクラースが何か思い付きそうな気もした。
そして、何かをしていたのなら、必ずやその痕跡が残っているだろう。