【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
向かう先は、村の北にある草原、という事になった。
兎か狐でも狩れれば、と思ってのことだったが、小ぶりな獲物ばかりで張り合いないのは否めない。
「森に行ければ、猪とか狩れそうなのになぁ」
「アミィにも大物、約束してんだよなぁ。どっかで都合よく見つかりゃあいいけど」
「草原じゃあ難しいよねぇ。かといって、本当に森に入るわけにもいかないし……」
口々に言いながら、三人は草原を進んでいく。
その途中、兎を見つけたものの、身を低くして接近している間に逃げられてしまった。
そうしてズルズルと村から離れて行くと、チェスターが緊張した声を上げた。
「……おい、何だよアレ」
「なに、本当に大物でもいた?」
ウィノナが期待を込めてチェスターの視線を追うと、そこには二十名程の鎧の一団が、列を成して行進していた。
それらを認識した時、一瞬で息が詰まる。
──夢で視た奴らだ。
「ごめん、二人とも。もっと早く話すンだった」
「おい、何だよ。……いや、ちょっと待て。まさか……!」
「うん、昨日……いや、今日にね、夢で視た。アイツら、お父さんを殺すつもりだ」
「嘘だろ、ウィノナ! 何でだよ……!」
クレスの動揺は大きなものだ。
それもそのはず、何しろウィノナの予知は外れない。
いつだって、只の夢だと馬鹿にした内容が、それでも実現されてきた。
命の危険まではないものの、人の事故を言い当てた事も過去にはある。
そんなウィノナが物騒な事を口にしたのなら、本当にミゲールには死の危険が迫っているという事だった。
「でも、相手の目的はイマイチよく分からない。今回は結末まで見てないンだ」
「今の内に、村へ報せた方がよくないか」
「うん、チェスターは行って。それに、さっきはああ言ったけど、本当の目的はお父さんの命じゃない。それはあくまで最終手段で、狙いは別にあるみたい」
「どういうことだい?」
聞き返したクレスに、チェスターは待った、と声を上げた。
「いや、まずその前によ。ウィノナの予知夢の的中率は知ってるけど、気づかれてないなら、その前に逃げた方が良くないか」
提案したチェスターだったが、直後それが不可能になったと悟る。
遠くを見ては目を細め、次いで盛大に舌を叩いた。
「チッ、もう遅いか。──気付かれた」
こちらに見つかること自体、騎士には予想外だったのだと見える。
ウィノナが視線を向けるのと同時、相手もすぐさま方向転換し、敵意にも似た気配をを向けて迫ってきた。
「──チェスター、助けを呼びに行って」
「ふざけんな! 俺一人だけ逃げられるかよ……!?」
「予知夢じゃチェスターが呼びに行って、確かにお父さん達を連れてきてた。この場合、下手な事するより夢の内容をなぞる方が、ずっと安心できる」
「かもしれねぇけどよ!」
「お願い、行って!」
ウィノナが強い視線でチェスターを射抜くと、躊躇いながらも背を向ける。
「すぐに呼んでくるから、無茶するんじゃねぇぞ!」
決めたとなれば、行動は早かった。
身体を起こすや否や、力強く駆け出して、すぐに足音が遠ざかっていく。
それを耳の端で聞きながら、ウィノナはクレスに向き直った。
「さっきの続き。結末までは見てないけど、でも一つ分かっている事もある。狙いはクレスの持つペンダント。あくまでそれが狙いで、渡さないなら殺すことも厭わない、って感じだった」
ウィノナは気を持ち直すように深呼吸し、クレスの瞳を強く見つめる。
「クレスの持つペンダントを渡すことになるけど、そうすれば……時間を稼げば、お父さん達が来てくれる。目的はあくまでもペンダントなんだから、手に入ったら逃げていくはず……」
黒騎士が率いる連中は、もうすぐ近くまで来ていた。
迷っている暇はなく、そして背を向けて逃げるにも危険な距離だった。
クレスは迷い迷って、目を強く瞑る。
戦うか、逃げるか、信じるか――。
戦うとは言っても、人数の不利を覆せる程、クレスもウィノナも強くはない。
逃げるのも危険、戦うのはもっと危険……。
そうとなれば、後はもう、ウィノナとその予知夢を信じるか、という問題でしかなかった。
「……分かった、ウィノナを信じるよ」
クレスは頷いて、首からペンダントを取り外す。
ウィノナはそれを、下から
一足飛びでは斬り付けられない距離まで来ると、こちらを窺うように足を止める。
向こうから動き出すのを待つのは悪手だと思ったウィノナは、一歩踏み出してから武器を取り出し、声を張り上げた。
「武装兵を集めて、村に一体何の用だ!」
「……野暮用だよ」
先頭にいた黒騎士は、肩をすくめて軽口を叩く。
小娘を相手に、真面目に取り合う気はない、と言外に告げていた。
でもそれでいい、とウィノナは思う。
目的は時間稼ぎであって、打倒することでも、言い負かすことでもないのだ。
「金目の物が目当てなら、村にはお宝なんてないからね!」
「いやいや、お宝だなどと……。我々は行軍の最中、少し寄り道をしようと思ったまで。……ただ、人によっては無価値でも、別の誰かにはお宝になる。そういう物はあるかもな」
へぇ、とウィノナはおどけて見せた。
「例えばこんなのは、お眼鏡に叶うのかな?」
ウィノナはクレスから預かったペンダントを、高々と掲げた。
すると、黒騎士から僅かに、息を飲む気配がした。
「我々は正規の騎士団だ。騎士団としての道義に則り、盗賊は生かしておけないな」
黒騎士は武器を取り出し、剣を一振りして見せた。
それを合図に、後ろの兵が横並びに整列する。
練度の度合いが分かる、見事な動きだった。
「勘違いしないで、正当な持ち主だよ。正確には隣のクレスの、だけど」
「それを信じろと? 無理な相談だ」
「これをアンタ達にあげてもいい。あの村にはこんなペンダントだって貴重品なんだ。逆さに降っても、これ以上は出てこないよ」
「それを渡すから、村には行くなと? 金目当ての物取りのように見えるか?」
「──見える。だから、これをやるから退いてよ」
黒騎士は、ここで考え込むような仕草を見せた。
しかし、それはあくまで見せかけで、ウィノナはこの提案に乗ってくると確信している。
何しろ、今まで予知夢の内容が外れたことなどない。
必ず起こる、という事実に苦い思いを味わいながらも、それを受け入れて来た。
だが、今回に限っては、それが良いように働いてくれる。
咄嗟に口に出た言葉も、いま思い返せば予知夢の通りの言葉だった。
緊張で心臓がばくばくと音を立てていて、思い返してなぞる様な余裕もない。
だというのに、進行通りに事が運んでいる様に思えるのだ。
ならば……、予知夢で見た通り時間を稼く事さえできれば、ペンダントを失う事になるものの、助けが来るのも間違いない筈だ。
何より重要なのは、このまま行けば、とりあえずは誰も命を落とさない。
この黒騎士はペンダントを奪い取る為ならば、人殺しさえ厭わない危険人物だ。
だが、それを自ら渡そうと言われているのだ。
楽に手に入るならば、その方がいいと考えるに違いない。
ただ問題なのは、目撃者は殺してしまうつもりだ、という事だった。
今もこうして相対して分かる。
ウィノナ自身と、黒騎士との力量の差は歴然だった。
到底、どうにかなる相手ではない。
その上、彼には二十名程の部下までいた。
だから、後はチェスターを頼みにする他なく、彼が
クレスとしても、父から譲り受けた大事なペンダントを差し出すのだ。
なんとも思っていない筈がない。
それでも黙ってウィノナの横に着いて居てくれるのは、予知夢の的中率を知っているからだし、長い間家族として暮らしてきた信頼からだった。
クレスが大事にしている物を渡すのは確かに心苦しい。
だが、今は盗られても、後から盗み出してでも取り返せばいい。
──いや、必ず取り返す。
ウィノナの決意を固めるのと同時、黒騎士は大仰にゆっくりと頷く。
あちらにも考える振りなど止めて、受け取るつもりになったようだ。
ウィノナの額には、大粒の汗が浮かんでいる。
相手からは余裕が透けて見えるが、ウィノナの方はそうもいかない。
心臓の鼓動は早鐘を通り越して爆発するかのようだったし、喉の奥からは胃液が逆流するかのような、言葉に出来ない気持ち悪さを感じていた。
それに、初めて予知夢の内容が覆される、という可能性さえある。
もしを考えればキリがないし、そんな事は起きないだろうと思いたい。
しかし、不安を上げればキリがなかった。
「……いいだろう。ペンダントを置いて、そのまま下がれ」
ウィノナは気づかれないよう、細く安堵の息を吐き、言われた通りにペンダントを地面に置いて、十歩下がった。
クレスも剣を向けつつ、ウィノナに寄り添うように下がる。
黒騎士は軽い足取りで近づき、拾い上げて確認してから満足げな声を上げた。
「いいペンダントだ、実にね」
厚い兜の向こうからでさえ、ほくそ笑む気配が分かる気がした。
それから、飽きる事なくしげしげとペンダントを眺めつつ、ゆっくりと空いてる方の手を肩の高さまで上げる。
そして不意に──本当に何でもない気楽さで、部下たちに号令をかけた。
「……殺せ」
兵達は殺気を持って、剣を引き抜く。
それから数秒の間を置いて、後ろの兵達が前進し始めた。
ウィノナは苦い顔で俊巡する。
チェスターはまだだろうか。
このまま、ただ待つだけで良いのだろうか。
予知夢を無視して、走り逃げた方が良くはないか。
予知夢を完全になぞらなくても、生き延びる道は、他にもあるのではないだろうか。
後悔にも似た不安。
そして、もう猶予はない。
考えている余裕もない。
クレスの手を取って、今すぐにでも──。
そう思った矢先、黒騎士とウィノナの間に一本の矢が刺さった。
やっと来た、とウィノナは歓喜にも似た思いで安堵する。
その矢には見覚えがある。
間違いない、チェスターの矢だ。
そして直ぐに、複数の足音を耳が拾った。
ウィノナとクレスが振り向けば、そこには門下生を引き連れたミゲール達が駆け付けていた。