【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
それぞれが納得する顔を確認した後、クレスはふと思い当たるものがって口にした。
「……じゃあ、村に伝わる聖樹様を守る使命っていうのも。それなのかな?」
教会を建てて、地母神を奉る。
あるいはそれも、世界樹を守るという使命を全うする為、そして後世まで語り継ぐ為に必要だとして、作ったものなのかもしれない。
誰もがいつまでも、同じ気持ちを持ち続ける事は難しい。
世代を経れば尚の事、そうしたものは忘れられていく。
しかし、そこに地母神に対する信仰を作り、その上で森の守護をさせたなら、きっと百年先まで守られる、と考えたのだろう。
「とはいえ、聖樹様を守るっていっても、余所者を近づけさせないってくらいだけどな」
チェスター肩を竦めながらそう言って、次に期待感を乗せてウィノナを見る。
「最初はどうにもならんと思ったけどよ、こりゃ何とかなりそうじゃないか?」
「希望が見えてきたのは確かね」
「じゃあ、あと考えなければならない事は何だろう?」
クレスが言うと、一つ思い出したことがある、とウィノナが切り出す。
「今の村の話で思い出したんだけど……。かつて、ウィノナいう名前の女性が、アルベイン道場を作る手助けをした、という話があったでしょう? ……覚えてる?」
ああ、とチェスターが呻くように頷いた。
「それ、実は本当にお前だった、って話じゃねぇのか? 今なら同名の別人って、考える方が無理があるぜ。どう手助けしたのかまでは知らねぇけどよ」
「確か……道場を建てる為に出資したとか、そういう話だったと思うけど……。でも、そうか……。ただの偶然かと思ってたけど、そういうことなのか……」
「だからってさ、百年もの長~い時間、名前が残るように言い伝えるなんて、あり得るのかな。大体、そんなことする意味ある?」
アーチェが胡乱げに顔をしかめ、クレスが何気ない調子で返した。
「そうじゃないと、今こうして思い付けなかったからじゃないかな。それだけ道場建設の手助けは、重要だって事だと思うよ」
これから先、何も知らないままで、ウィノナが道場建設の手助けをするかと問われれば、それは確かに疑問だった。
興味がないとまでは言わないが、未来に道場がある以上、いつか勝手に建設されるだろう、と思だけだ。
「名前が残るのはまぁ、それだけ感謝してるって事で、別におかしな話でもないだろ。……とはいえ、少し義理堅すぎるとも思うし……、別に残ってようが、そうでなかろうが、どっちでも良さそうだけどな」
ああ、とウィノナが気付いて口を挟む。
「駄目よ。その名前がないと、私が拾われたかどうか怪しいもの」
一時の沈黙が下り、それに対する疑問の視線が集中する。
知ってて当然と思っていたウィノナは、クレスとチェスター以外の視線を理解して、説明を始める。
「──ああ、アタシ捨て子なのよね。精霊の森に捨てられてたの。だから見つけられた時、恩人と同じ名前だから、これも縁だって引き取られた経緯があって……」
「……だったよな。そりゃ確かに、名前は残しておかなきゃ……ウィノナの名前がなくちゃいけねぇ……。そういや聞いた事あったけど、あの森で拾われてたんだっけか」
「ならば、ウィノナの名を残すよう、努めなくてはならないな。さて……誰か、他に何かあるか?」
クラースが皆を見渡すが、その面々から色よい返事はない。
「すぐには思いつきませんね……」
「──待って。そもそもの問題があるんだけど」
ウィノナが小さく手を挙げて、クラースに顔を向ける。
「どうやって現代に帰るの? 来た時と同じ手段? 法術を使って?」
「いや、残念だが、この時代に時間転移の術を使える人を、私も知らない。モリスン殿にしても、最近まで術の開発を諦めていたぐらいで、到底扱えるものじゃないらしい」
「それじゃあ、ここで何を議論して無駄だってこと?」
いいや、とクラースは手を横に振る。
「超古代都市トールがある。かつて、今とは全く別の文明が栄えていた国で、そこでなら未来に行く手段があるかもしれない、と聞いている」
「……嘘でしょ? いま思いつく、帰る手段はそれだけ?」
ウィノナは思わず、呆気に取られた。
確かな手段は何一つない、そう言われたに等しい言葉だった。
過去に飛ばす事を考えた現代のモリスンは、そこから帰る手段を当然知っているものだと思っていた。
当時の状況を考えると、それを伝達する時間がなかっただけで、この時代でも調べれば分かるような、確かな帰還手段を確信しているからこそ、送られたのだと……。
それこそ自分の祖先が術を開発したのだから、祖先を頼れば送ってもらえる、そのように考えたいたのだと思っていた。
だが実際には、術の発明自体、まだ実現されていない。
単なる思い付きで転移させたのなら、それは手の込んだ置き去りに等しい行為だ。
「だがまぁ、いま考えられる手段は、それしかない」
「何とも頼りねぇなぁ。あるかどうかも分からないんだろ?」
「しかも今は海の底で、誰も近づく事が出来ない」
そこまで聞いて、とうとうウィノナは盛大な溜め息を吐いた。
帰る為の手段が全く見えてこない。
暗澹たる思いが、肩に重く圧し掛かる気がした。
「海の底にあって、どうやって行くのよ……」
「そこは私に任せてくれ」
クラースが自信ありげな笑みを浮かべた。
「ウンディーネの力を借りる。水の精霊の力ならば、我々を海の底へ送ってくれるはずだ」
ウィノナはホッと息を吐き、両肩の重みも幾らか和らいだ気がする。
勿論、まだ気の緩みを出して良い訳ではないのだろうが、それでも全ての道が閉ざされていないと分かれば、気持ちも軽くなるというものだ。
「じゃあ、今のところはトールの技術に期待してみましょう」
「では、……他に意見のある者は?」
クラースが改めて全員を見渡す。
見返す視線に不安はあっても確たる疑問はなく、誰も意見を述べない。
それで切り上げようとしたその時、おずおずとミントが手を挙げた。
「その……、ここで言うのは違うかもしれませんが……。私の母は、駄目ですよね」
一瞬、部屋の空気が固まる。
事情を知る者が、知らない者たちに掻い摘んで事情を話すと、やはり沈黙が部屋を支配した。
「牢の中で、母は私をずっと励ましてくれていました。モリスンさんは私を助けに来てくれましたけれど、他には誰もいなかったと。でも、母は、確かにいたんです……」
ミントの声が次第に震えていく。
「今でも考えてしまうんです。あれはモリスンさんが吐いてくれた優しい嘘なのか、それとも本当にいなかったのか……」
アーチェがミントの肩を優しく抱いた。
泣きたい気持ちだろうに、ミントは眉根に力を入れて必死に耐えている。
ミントの意図は分かる。
叶えるものなら叶えてやりたい。
しかし、人の生き死にというものは、時間の流れそのものだ。
時を遡って親殺しを行う事が矛盾を生み出すように、死ぬ筈の者を生かすこともまた、別の矛盾を作り出す。
「そういうことなら、残念だが……。現代に大きな歪を生むのは──」
避けなければならない、とクラースが言おうとしたところで、チェスターが声を上げた。
「どうにかなんねぇかな……! ダオスを救おうってんならさ、ミントのお袋さんだって、助けてやりてぇよ……!」
チェスターの言い分には同意も同調もするが、誰もが沈黙して、何を言うでもない。
全員を見渡して堪りかねたチェスターは、クレスに身体ごと向き直った。
「なぁクレス、お前もそうだろ? 何とかしてやりてぇって思うのは、俺なんかよりよっぽど……!」
しかし、クレスは無視するように返事すらせず下を向く。
そんなクレスに、チェスターは昂ぶる気持ちに任せて、拳を握った。
とうとう胸倉を掴もうとした時、クレスが俯けていた顔を上げ、ちょっと待って、と手で制した。
「……いや、 なんか思い出せそうなんだ……。現代でペンダントを追って、向かった先でモリスンさんに会ったろ?」
「ん……、ああ。一足先に勝手に行っちまった時の事か? そんで自分の屋敷に来てくれ、とか何か言われたんだったよな?」
チェスターは、その必死な形相に思わずたじろぎながら、それでも当時の事に意識を向け、たどたどしく口に出す。
「それで向かった時にさ、二階の窓に女の人がいたんだ。金髪で、肩に掛かるぐらいの長さで……。覚えてないか、チェスター?」
「ああ、言われてみれば──そうだ、そういやいたな。 そん時のゴタゴタで忘れてたけど、窓の近くに誰かいたよな? てっきりモリスンさんの奥さんだと思ってたからな、気にもしなかった」
「金髪……、髪の長さも母と同じ……」
チェスターが首を捻りながら、当時の事を紐解くように思い出していく中で、ミントが一縷の望みをかけるように呟く。
クレスはそれに都度頷き返して、それからミントに顔を向けた。
「──ミント。もしかして、なんだけど……。お母さんはイヤリングとかしてたりするかい? 馬、かな? 何か動物だと思ったけど」
「ああ、 ありゃ白い馬だった。
「そうだよ、ミントと同じ青色の瞳だった。あれきっとミントのお母さんだよ!」
二人の口から次々と飛び出てくる女性の特徴に、ミントは晴れやかな表情へと変わっていったが、最後に言ったクレスの言葉に、その顔が強張った。
口を挟もうとした矢先、チェスターがちょっと待て、と人差し指を立てた。
「違うぞクレス、あの人の目の色は緑色だった。鬣と同じ色だったから覚えてる」
沈めかけていたミントの顔が蘇った。
「そうです、母の目の色は緑なんです! それにイヤリングは馬ではありません、ユニコーンです。白い体躯に緑の鬣、白い角……。でも角までは、お二人には見えなかったんですね。それは母より前の代から伝わる大事な物で、いつも身に付けていました!」
「あー、かもしれねぇ」
「……にしてもあんた、よくそこまで見えたわね。覚えてるのも凄いけど」
アーチェは半眼でチェスターを見つめる。
口では褒めても、その顔は明らかに呆れている風だった。
「弓士やってりゃあな、目の良さなんて勝手に上がっていくんだよ」
「──でも、ちょっと待って。モリスンさんは地下牢に、他には誰もいなかったって言っただろう? ミントがいる前で、そんな嘘を言う必要があるのか?」
「あー……」
言葉に詰まるチェスターに、ウィノナが思いついたまま、ぼそりと呟く。
「本当に知らなかった、というのは? ……つまり、モリスンの知らないところで救助され、知らない内に屋敷に匿われた」
「そんなこと出来る奴いんのかよ? ──いや、待て。それ以前に、意味がねぇだろ。助けたんなら、会わせてやりゃいいじゃねぇか」
チェスターは自分で言いながら、その疑問が当然だと思い、考えを深めていった。
助けておいて再会はさせない。その所に意味があるとは思えない。
そしてクラースは、チェスターの言い分を頭の中で反芻させていた。
妙な引っ掛かりを感じ、どうしてもそれを無視する事が出来ない。
──助け、匿い、再会させず。
しかし、外には隠さない。
少なくとも、外からの目撃者について無頓着だ。
助けた事を秘匿したいなら、別の場所を用意するだろうし、そもそも窓辺に立たせる筈もない。
その時、クラースの脳裏に一つ閃くものがあった。