【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
白樺の森は、雪に埋もれた静謐な場所だった。
兎が木々の間を走り抜け、その奥には、人間の気配を敏感に感じ取った鹿が、跳ねるように逃げていく。
白樺の森には、獣道とは思えないほど太い道が縦横に貫いている。
その道を前に見ながら、ウィノナは苦いものを喉の奥へと飲み下した。
「それじゃあ我々は、入り口の辺りで待っているとしよう。ミントには、ウィノナとアーチェが着いて行ってやってくれ。我々男連中が近くにいると、ユニコーンは姿を現さないかもしれん」
言うや否や、クラースは倒木の上に腰を降ろした。
チェスターは近くから薪になりそうな枝などを手早く集め、クレスもチェスターの手伝いをしながら、行ってらっしゃいと手を振った。
珍しくミントが先導する形で森を歩き、そうして湖が見えてきた頃、ウィノナは唐突に動きを止めた。
「どうしましたか……?」
ウィノナの眉間には皺が寄っている。
湖の奥を睨み付ける眼差しは、敵意を隠してもいなかった。
そうして見つめること数秒、ゆっくりと息を吐いて、足を一歩引いた。
「ミント、アーチェ、悪いけど……アタシは行かない。二人だけで行ってきて」
返答を待たずにウィノナは踵を返し、止める間もなく走り去る。
唐突な豹変にミントが目を丸くしていると、アーチェが箒を取り出して跨った。
「ごめん、ミント! あたしウィノナの事、見てくるから! 気にせず、ユニコーンに会って来て!」
またもミントが止める間もなく、アーチェは飛び出してしまい、手招きするように伸ばした手が虚空を掴んだ。
首を傾げる事態になって、ミントはしきりに首を傾げながら、それでもここで、立ち往生しているわけにもいかない。
湖にユニコーンが生息しているのかは知らないが、めぼしい場所に目を通した結果、残っているのはこの場所だけになっている。
ミントは独りで心細いものを感じながら、それでも意思を強く持って、湖の畔へと近づいて行った。
ウィノナは二人と別れてからも走り続け、森の奥深くへと辿り着いた。
周りは白樺の樹と雑草ばかりが目立ち、奥まったこの場所には、それ以外は何もない。
ぽっかりと空いた、袋小路めいた空間……。
雑草すら生えない、剥き出しの地面の上に立ち尽くして、ウィノナは息を整える。
空を見上げると、木立で出来た穴から、雲が流れていくのが見えた。
ゆっくりと形を変えていく様を眺めていると、背後から気配がして振り返る。
武器に手を伸ばさなかったのは、よく知った気配だったからで、そこには果たしてアーチェがいた。
突然、逃げ出すように飛び出したことは、申し訳なく思う。
そしてアーチェが来たという事は、今はミントが独りだけということだ。
何かに襲われる前に帰った方がいいのだろうが、ウィノナは到底そのような気持ちになれない。
「ウィノナ、急にどうしたのさ?」
アーチェの問いかけは優しげに気遣うもので、ウィノナは一層申し訳なくなる。
だからウィノナは搾り出すような声で、事情を話した。
「去年、ここに来た事があった……」
えっ、とアーチェが息を呑む。
「叶えて貰いたい願い事があったけど……。必死に願って、走り回って探しても、アタシの前には現れなかった……」
遠くを見つめる瞳は暗く、勝手なことだと思いつつ、怨嗟が漏れ出すのを抑え切れなかった。
「必死に願っても、請い願うだけでは、影すら見せてくれなかった。アタシはきっと、心が清いとは言えないんだろうね。その時の恨みもあるから……、ミントの傍にいたら、ユニコーンは出てこないと思った……」
ウィノナはハァ、と息を吐いて笑う。
苦い苦い笑みだった。
「でも、こんなこと言えないでしょう?」
悲嘆に暮れるようなウィノナに、アーチェは抱きついて慰めたくなる気持ちになった。
それだけの告白を聞いて、自分だけ何も言うわけにもいかない、とアーチェは決心する。
「あたしもね、ここに来たのって……ほんとはミントの前から逃げ出す為だったんだ……」
ウィノナの眉が寄せられ、難題を突き出されたような顔をする。
「だからさ、ユニコーンは心と身体の清い乙女にしか姿を見せないでしょ? ……だから、そういうことなんだよ!」
アーチェは顔を赤くして、そっぽを向く。
やはりウィノナは今一理解できず、首を傾げてアーチェを見つめる。
自分と同じで、ユニコーンに思う所がある、と言いたいのだろうか。
あるいは、心が清らかではない、と自覚を……?
尚も問いを重ねようとした時、ウィノナは邪悪な気配が、森のどこかから漏れ出て来るのを感じた。
動きの固まったウィノナを見て、アーチェは何があったと寄ってくる。
その悪しき気配は余りに濃厚で、湖があった方から広がるように迫って来ている。
その濃さの余り、肌が焼けるようにすら感じられた。
そして、この気配には覚えがある。
一定以上の強さを持つ、魔族から放たれる気配だった。
ウィノナは舌打ちして駆け出す。
森の奥深くまで来ていたのが仇となった。ここからでは湖畔まで、距離があり過ぎる。
「ミントが危ない、急ぐよ!」
ウィノナ達が到着した時、決着は既に着いていた。
同じく気配を察知してやって来たクレス達が、倒れたミントを庇うようにして立っている。
その足元には三体の魔族の死体が転がっており、そしてその更に先──湖畔にはユニコーンまでもが倒れていた。
その首筋からは血が流れ、湖の端を赤く染めている。
「ミント、大丈夫!?」
「私は大丈夫です、それより……」
ミントは自力で起き上がると、縋りつくようにユニコーンの傍に寄る。
「……先程の話、信じますよ」
ユニコーンが首をもたげ、小さく身を起こすと、人の言葉を発した。
ウィノナはそれを、複雑な心境で見守る。
ミントとユニコーンとの間に、どのような会話があったのかは分からない。
しかし見る限りにおいて、この一人と一頭は、この短い時間で信頼関係を築いたようだった。
「お嬢さんの心には、一片の曇りもない……。きっと、これより先にマナが失われること、そしてそれを救いたいという心に、偽りはないのでしょう……」
ユニコーンは起こしていた首をゆっくりと降ろし、荒くなってきた呼気を落ち着かせる。
「私は別の形となって、貴女に力を貸しましょう」
ユニコーンは一つの嘶きと共に光に包まれた。
溢れる光が収束し、次にそれが晴れた時には、一本の捩れた白い杖が現れていた。
杖先には赤いルビーのようにも見える、大粒の石が嵌め込まれている。
確かにそれは、ウィノナに覚えがある。
もっと古ぼけた印象だが、世界樹の根本に刺さっている杖に間違いなかった。
その杖は宙に浮いたまま、独りでにミントの前まで滑って来ると、自然とその手に収まる。
「この杖──ユニコーンホーンからは、法術の聖なる力を感じます。これならば、母のような強い法術がなくとも、世界樹を救う事ができるかもしれません」
クレスは明らかに、ホッとした息を吐く。
ミントの安否、そして問題の杖が手に入った事での、安堵の息だった。
そうしてから、思い出したように後ろを振り返る。
「──ところで、アーチェとウィノナはどこ行ってたんだ?」
「あぁ……」
「えー、えっと……」
ウィノナとアーチェは揃って目線を空に向け、乾いた笑いを響かせた。
その日は白樺の森で一夜を過ごし、翌日朝早くから出発して、平原を一気に越えることになった。
石で囲まれた焚き火を中心に、幾つか倒木を椅子代わりに用意し、各々そこに腰を下ろす。
チェスターから、ミントの危機についての厳しい言及があったが、いずれも黙殺されるか、露骨な話題転換で乗り切り、終ぞ理由ついて話す事はなかった。
ただミントに対しては、二人でしっかりと謝罪した。
ミントはまるで気にした様子もなく、ただ黙って受け入れた。
それどころか、自分よりも二人の心配をする程だった。
せめてもの償いに寝ずの番を引き受け、アーチェとウィノナがその任に着く。
夜は二人で交代で火と周辺の警戒をし、朝陽が昇ると軽めの朝食の後、すぐに出発となった。