【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

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白樺の森と一角獣の杖 その2

 

 ミッドガルズ近郊の港から、船の出航が再開していたのは幸いだった。

 そこでヴェネチアまで渡航し、大幅な旅程の短縮ができた。

 徒歩なら三ヶ月掛かる道のりも、船ならば一月あれば到着するし、この時期の海は荒れ辛い。

 

 順調に航路の予定が半分過ぎた頃、チェスターがある事に気がついた。

 

「なぁ、そういや……ユークリッドには寄ってかねぇの?」

 

 それは男三人、甲板で手摺に身を預けながら、海を見ている時の事だった。

 

「別に、その予定はないな」

 

 クラースは海を背にして手摺に肘をつき、ボーッと空を見上げて言う。

 

「いいのかよ、クラースの旦那? 顔ぐらい見せに行けばいいじゃねぇか」

 

「世間じゃ、魔王を倒してめでたしめでたし、かもしれんが、我々には、まだやらなければない事がある。寄り道している暇はないよ」

 

「……それで、本音は何です?」

 

 クレスが笑いながら訊くと、クラースはげんなりとして言う。

 

「村にいるとバレてみろ。ミラルドから飛んで来る小言は、きっと尋常ではないぞ」

 

 クレスとチェスターは、声を揃えて笑う。

 ウィノナはそんな男連中を、後ろから無感動に見つめていた。

 

 その隣では、アーチェがミントに指導されながら、手袋の修繕を行っている。

 

 それは肘から二の腕辺りまでの長さを持つ、オペラグローブと呼ばれる手袋だった。

 防塵、防寒目的というよりも、おしゃれ目的で身に付ける類いの物だ。

 

 このところ暇な時間を持て余しているので、その空いた時間を利用しようと、アーチェは裁縫に夢中だった。

 

 いや、夢中というには語弊がある。

 楽しんでいる様子は皆無だった。

 

 アーチェが裁縫に手を付け始めた日に、それとなく訊いてみたのだが、その時ははぐらかされてしまい、具体的な内容は聞けなかった。

 

 もう一度訊けば教えてくれるだろうか、と物は試しに、ウィノナはアーチェに顔を向ける。

 

「前にも訊いたけど、アーチェって裁縫とかする人だった? 突然、そんなこと始めてみたりして……」

 

「いやー、全くそんなつもりなかったんだけどねー」

 

 アーチェは手元の作業に、悪戦苦闘しながら返答する。

 

「前にミッドガルズでさ、イイ感じの手袋見つけたんだけど、このままじゃチョット使えなくてさ」

 

「ふぅん? 穴でも空いてたのを掴まされた?」

 

 アーチェは手元から目を離し、ウィノナの顔を見て苦笑した。

 

「そう言うんじゃなくって。元々見た目だけで決めて買ったからさ、そのままじゃ使えないから、手直ししたくて……」

 

「それでわざわざ、ミントに教えて貰いながら?」

 

「うん、こういうのは自分でやらないと意味がないから」

 

 ふぅん、と相槌を打ちながら、アーチェの手元に目をやる。

 どうやら継ぎ布を当てているようだが、まさかそれを一回り大きくしようと試みているのだろうか。

 

 チェスターにでも渡す為かとも思ったが、それにしてはデザインが女性的に過ぎた。

 かといって、アーチェが使うには調整の必要はないように見える。

 

 何にしても、これをアーチェの望む形にするのは、大変な苦労が伴うだろう。

 既に気分転換と称して、わざわざ甲板で作業しているのが、その証拠だとも言えた。

 

 幸いにして、この航路が無事到着するまで、自由に出来る時間は余るほどある。

 到着までに完成の目処が立てばいい、と思いながら、ウィノナは視線を上に向けた。

 

 空はどこまでも青く、流れる雲は白い。

 遮るものがない海の先に、水平線が見えた。

 

 ……どうやら。この時代における、旅の終わりも近い。

 ウィノナはそれを予期して、満足感に近い充足と、これから起こるだろう出来事に思いを馳せた。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ベネツィアに到着してからは、ひたすら南下を続け、ベルアダムより南にある精霊の森へと歩を進める。

 

 ユークリッドには立ち寄らないとの事だったので、その手前にあるローンヴァレイで、アーチェの顔を見せる目的も兼ねて、宿を借りる事にした。

 

 ベッドの数が圧倒的に足りないので、男連中は床の上で寝ることになるが、我慢してもらうしかない。

 ローンヴァレイの小屋には、アーチェが先頭となって一応、形だけはノックした。

 

 返事を待たずに飛び込む様に入り、ウィノナ達もそのすぐ後に着いて行く。

 

「お父さん、ただいま!」

 

 元気よく挨拶する様子は、長い間、家を留守にしていたと感じさせない自然なものだった。

 

 突然の闖入者にバートは驚いたものの、すぐ破顔してアーチェを抱きしめる。

 お互いの抱擁を十秒程続けてから、ようやくウィノナ達に気が付いた。

 

「おお……! 随分、久しぶりだ。元気だったかい?」

 

「お蔭様でね」

 

 クラースが代表して答え、軽く会釈して笑う。

 その後は、クレスを始めとする面々が順に挨拶していき、再開を祝して握手をしたり、肩を叩いたりと様々な方法で喜び合った。

 

 ダオス討伐の報は、通った町や村では広く知られていたが、どうやらこの辺境の小屋までは届いていないようだ。

 

 だが、アーチェも自慢したいわけでも、労われたいわけでもなかったから、そのような煩わしさがない事は、むしろ嬉しいぐらいだった。

 

 知らないなら知らないでいい。

 少なくとも、今のところは……。

 

「しかし、随分急な帰宅だったな! ぼちぼち、ゆっくりできるのか?」

 

 バートが問うと、アーチェは申し訳なさそうに首を振る。

 

「ごめんね、お父さん。実は明日にでも、またすぐ出かけなきゃならないんだ。──でも安心して、今度はすぐ帰ってこれるはずだから」

 

 そうか、とバートは寂しげな笑みを見せたが、すぐに表情を取り直す。

 

「それじゃ、今日はせめても豪勢な食事にしなきゃな。……肉もいるか」

 

 クレスとチェスターが意を得たりと動いて、扉に手を掛ける。

 

「そういう事なら、少し行って狩ってきますよ。大物、期待していてください」

 

「慣れない土地での狩りも、旅の間、嫌って程やってますんで大丈夫。──ほら、行こうぜクレス」

 

 その背を押して出て行くチェスターを、ウィノナは見送る。

 相変わらず、仲の良い兄弟のようなやりとりは、見ていて微笑ましい。

 

 クレス達を待っている間、バートは他の料理の準備や、下拵えを手慣れた様子で済ませていく。

 ウィノナ達も手伝うと申し出たが、お客人にはさせられない、と固辞されてしまった。

 

 仕方ないので、お茶を飲みながら、何をするでもなく待つ。

 

 女性三人は、それなりに会話に華を咲かせていれば良かったが、クラース一人だけ取り残され、どうにも居心地が悪そうだ。

 

 何時間もの間、女性達のかしましい口撃の的にされ、ようやくクレス達が帰ってきた頃には、クラースはへとへとになっていた。

 

「肉は既に血抜きしてありますから、すぐに解体しますね」

 

「ああ、ありがとう。助かる」

 

 料理の準備で手一杯のバートは、素直にその好意に甘え、すぐに竈の前へ戻っていく。

 それを見ながら、チェスターは呆れるような溜め息をついた。

 

「おい、女連中三人も──二人もいて、何で誰も手伝ってねぇんだよ」

 

「……ねぇ、なんで一人減らした? 誰をカウントから外したのさ、言ってみ?」

 

「アタシも凄く興味があるわね。今、チラッとこっち見たのと、何か関係ある?」

 

 アーチェが眉をひくりと動かしながら椅子から立ち上がると、ウィノナも悪戯めいた笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

 チェスターは形成の悪さを即座に感じ取り、サッと小屋の外へ逃げていった。

 

「――あっ、俺も解体の手伝いしねぇと!」

 

「ホントにもー! いっつも、あぁなんだから!」

 

 ウィノナとミントが、お互い顔を見合わせ笑う。

 そしてその様子を、厨房からもバートが微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 夕食はバートが言った通り、大変豪華なものになった。

 

 船の上では基本的に保存食に向いたものであったり、塩で保存した物を水で戻したものを使ったりで、とにかく食事を楽しめる内容のものではなかった。

 

 今は新鮮な野菜のサラダや、今日解体したばかりの猪肉の鍋、そしてふかふかのパンと、船旅を抜きにしても、ちょっと豪華な内容だ。

 

 ウィノナ達は大いに舌鼓を打ち、旅の最中にあったことを、面白おかしくバートに伝えた。

 

 アーチェは親に甘えられる時間を過ごし、酒の入ったクラースは精霊自慢が留まる事を知らず、皆が思い思いに楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 翌日、ウィノナ達が目覚めると、クラースは案の定、二日酔いだった。

 夜中になっても精霊談義を止めなかったからだが、アーチェは自業自得だ笑った。

 

 当然、休みの時間を取るでもなく、の二日酔いの頭に鞭打つように出発の準備を進める。

 幾らかの保存食をバートから分けて貰い、本日の昼食まで用意してもらって恐縮の至りだった。

 

「なに……、アーチェにいつも良くしてくれてるみたいだからな。その礼とでも思って欲しい」

 

「もー、本人がいるところで、そういうのやめてよ!」

 

 アーチェがバツの悪そうな顔をして、箒を上下に振る。

 照れ隠しだと分かってはいるが、こういうのも親の特権なのだろうな、とウィノナは羨ましく思う。

 

 あまり見つめていても変に思われると、クラースの遅々として進まない準備を手伝い、そうしてようやく出発の時間となった。

 

「どうも、お世話になりました」

 

「また来ますよ、今度はこちらから、何か用意しないとな」

 

 それぞれの礼にバートは笑顔で返し、そして再び別れる時になって、アーチェの頭に手を置いた。

 

「それじゃ、行っておいで。身体に気をつけて──まぁ、これまでの事を考えれば、大丈夫そうだけどな」

 

 その言葉に、フフンと鼻で笑いながら、アーチェは首を縦に振る。

 

「うん、今度はすぐだよ。多分だけど、きっとね。そいじゃ、行ってくんね!」

 

 既にアーチェとバート親子を遠巻きに見ていた面々に、アーチェが駆け寄る。

 踵を返して小屋から離れていく途中、アーチェが一度振り返り、小屋に向かって大きく手を振る。

 

 離れていくアーチェ達にバートも手を振り返しながら、その背が見えなくなるまで、いつまでも飽きる事なく見送っていた。

 

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