【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
精霊の森が見える距離まで来た頃には、既に陽の傾きは大きくなっていた。
しかし、少しでも早く、という気持ちがあり、ウィノナ達はベルアダムの村には立ち寄らず、そのまま森に向かう。
森の中は相変わらず生気に溢れ、空気の清涼感というものがまるで違って感じられた。
長い間ミッドガルズにいたからこそ、その歴然の違いに啞然とする。
あの大地のマナが、いかに希薄だったか、ようやく実感させられた思いだ。
森の中には動物達も多く、ウィノナ達を見つけては元気よく逃げていく。
魔物の陰はなく、ここにいるのは獣ばかりだ。
世界中を見渡しても、そうはない平和に満ちた森――。
それが、この精霊の森だった。
世界樹の前まで一つの障害もなく到達すると、場所を譲ってミントを前に出す。
ミントはユニコーンホーンを掲げながら、世界樹を下から上までゆっくりと眺めた。
蔦の絡んだ樹肌は、確かに生命に溢れるようには見えない。
これが枯れる寸前の姿かというと、それも疑問に思えた。
ただし、それはあくまで外見に出ていないだけで、瀬戸際で耐えているだけなのかもしれない。
「いえ、下手な考察など、今は……」
ミントは首を小さく振り、ユニコーンホーンを世界樹の目の前、木の根の間に突き刺した。
そのまま先端の石を目標にヒールを唱えると、すぐさま封をするイメージでバリアーを張る。
杖の中で循環するエネルギーが感じられ、外に拡散されるような気配はない。
ミントからすれば、至極あっさりと達成できてしまって、拍子抜けする思いだった。
しかし──。
これでは杖の中のエネルギーを守護できても、杖そのものを守護できているとは言えない。
クレス達が言うには、触れれば弾かれる程だったというから、これで作業の完了とはいかないだろう。
しかし、これ以上バリアーの範囲を拡大させれば、その分強度が落ちてしまう。
そして、少ない強度では、増幅されるヒールの圧力に、耐えることは出来ないだろう。
「とりあえず、ヒールを杖の中で循環、強化する事は叶いました。ですが、まだまだ不安が残ります……」
「明日また、様子を見て来ればいい。ぶっつけ本番で解除する必要はなし、何も急ぐことはない」
クラースがそう提案すれば、反対する者は居なかった。
日は既に大きく傾き、茜色に染まっていた。
幾らもせず、夜の帳が降りるだろう。
身体を冷やす前にベルアダムの村へ戻り、一泊しようという提案にも、皆が賛成した。
久方ぶりのベルアダムに、クレス達は元より、ウィノナもまた、懐かしい気持ちが溢れた。
前回の訪れは一年以上前であるのと同時に、その時には隣に、別の男が居て、それを自然と思い出させる。
じんわりと、目頭に熱が生まれそうになるのを必死に抑えて、ウィノナは村の中を見渡すと、緊張した空気が狭い村を覆っていた。
どういう事かと思って、すぐに思い至る。
ぞろぞろと大人数の旅人が村を訪れるのは珍しい事で、時にそういった旅人を装う山賊もいる。
だから、明らかに警戒を強めた村人達が、遠巻きにウィノナ達を見つめていたのだ。
下手に刺激するのも不味いと思っていると、村の奥から一人の男がやって来る。
見事に禿げ上がった頭、立派な口髭を生やしているのは、この村の村長である、レニオスに間違いなかった。
どうやら危険を察知した誰かが、レニオスを呼びに行かせたらしい。
クレスは破顔して近づき、それから礼節を以て一礼した。
「レニオスさん、お久しぶりです。覚えておいでですか、クレスです」
「……おお、おお! お前さん達じゃったか。実に久しい!」
レニオスもまた破顔すると、村人達の緊張も目に見えて解けた。
レニオスはクレス達に近付き一通り見渡すと、老人特有の柔らかい笑みを浮かべる。
「無事、合流できて良かったの」
「……はい、お陰様で。色々、大変でしたけど」
レニオスはカッカと笑い、次にウィノナへ顔を向けた。
「それも旅の醍醐味よの。……うん、嬢ちゃんも無事じゃな」
ウィノナもまた一礼して、レニオスに感謝を伝えた。
「伝言もしっかり伝えて貰えていたみたいで、ありがとうございました」
「いやいや、半分近く忘れておったからの。礼など逆に申し訳ないわい。ところで──」
レニオスは今一度クレス達全員を見渡し、それからウィノナに視線を戻す。
「あの金髪の美丈夫は、一緒ではないのかの?」
「ああ……」
ウィノナは一度面を伏せ、それから無理にでも笑顔を張り付かせ、顔を上げる。
「今はただ、別の場所にいるだけです。これから再会する予定なンです」
「そうかそうか……。一時の別れや、その再会もまた、旅の醍醐味よな」
レニオスが何度か頷いた後、クレスが間を見計らって、ウィノナの隣に立つ。
ウィノナに断りの視線を向けてから、村に着いた時より気になっていた、ある事をレニオスに問うた。
「アランという人物が、ここの出身だと思うんですが……。まだ帰って来てませんか?」
「ふむ、また懐かしい名前が出てきたの……。昔、飛び出して行ったきり、それからとんと見とらんなぁ……。帰って来たという話も聞かん。何じゃ、あやつを訪ねてきたのかの?」
「ああ、いえ……。それだけの為、という訳でもないんですが……」
ゆっくりとした旅路だったとはいえ、いつの間にやら、アランを追い抜いて、先に着いてしまったらしい。
クレス達はベルアダムの村まで、特に用事というものも、障害となるようなものもなかった。
だが、アランには出資者を募る、という難題があった。
村や町を巡る度、根気よく説得したり、拝み倒しなどして、遅れに遅れているのかもしれない。
アランもまさか、この慎ましく生活している村から、出資者が現れるとは思っていないはずだ。
また、あったとしても、道場建設にどれほど寄与するものか……。
帰郷への距離が近づくほど、その説得に粘りが生まれていると考えても不思議ではなかった。
そうなると、アランについては、気長に待ってみる方が良いのかもしれない。
「それじゃ、レニオスさん。アランが帰って来る予定だと聞いているので、それまでこの村でご厄介になってもいいですか?」
「無論、構わんよ。好きなだけ滞在なさるといい」
レニオスが鷹揚に頷くと、クレス達も頭を下げて感謝を示す。
どれだけこの地で足止めを食うのかはアラン次第だが、まだこちらの目的も達成できたとは言えない。
世界樹復活については、こちらもまだ、目途が立ったとは言えないのだ。
その日は早くに休み、翌日に備える事にした。
◇◆◇◆◇◆
ウィノナ達は翌日、朝靄が晴れるのを待って、精霊の森へ赴いた。
世界樹の前には、変わらず突き刺さった杖が鎮座しており、その前にミントが立つ。
込めた法術の様子を検分しているその後ろでは、ウィノナ達が少しの距離を取って見守っていた。
「……本当に微かではありますが、ヒールの法力は増幅されています」
ホッと息をつく気配もあれば、喜びに声を漏らす気配もある。
だがミントは、同時に申し訳なさを感じていた。
杖の効果が期待できるのは喜ばしい。
このまま増幅が続けられたなら、時が経つ程に、その力は膨大な物となるだろう。
しかし、同時に問題もある。
如何なる努力を行ったところで、バリアーには効果時間があり、そしてそれは、長く保つものではなかった。
バリアーは一度使用すると、不可視の壁となって対象を守ってくれる。
だが、今見てみたところ、それが薄っすら色付いているように見えた。
ミントはそのバリアーに、そっと手を触れる。
指先で触れただけで蜘蛛の巣状のヒビが入り、たった一日の経過で膨れ上がったヒールが、バリアーを割って飛び出した。
ヒールの治癒力に指向性は与えていなかったが、すぐに世界樹へ向かい、溶けるように消えて行く。
「そんな……」
これでは百年もの間、法術を維持し続けるなど、とても不可能だ。
現代では、この杖に触れようとするだけで、弾かれる程の強度を持ち、しかもそれが世界樹全体に及ぶ、という。
ミント自身、自分がまだ未熟者である事は承知しているが、だからといって成長すれば可能かと言われれば、無理だと言うしかなかった。
「一体、どうしたら……」
眉根を寄せ、黙考しているその時、突如眼前に光が溢れた。
空間に穴が開かれ、その中から精霊マーテルが現れる。
ミントは両手の平を胸の前組み、祈りのような姿勢を取って頭を下げた。
「──精霊マーテル、ご無沙汰しております」
「貴女方は……。では、今の温かな光は、貴女がしたことだったのですね?」
ゆっくりと瞼を持ち上げ、辺りを確認したマーテルは得心がいったように頷く。
ミントは敬虔な信者のごとく、そのままの姿勢で両膝を突き、頭を下げた。
「はい、私が行いました。……何かご不快なことがあったでしょうか?」
いいえ、とマーテルはやんわりと笑む。
「先の急激なマナ減少により、この姿を顕現させるのも最早不可能と思っておりましたが……。貴女の光で幾ばくかの時間、こうして話す事が出来るまでになりました。感謝します」
「……勿体無いお言葉です」
「それで……、此度はどのような用向きで参られましたか? この世からマナが失われる事は、もはや避けられないでしょう。最期に話す事が出来て良かった、と思うべきなのでしょうが……」
ミントは顔を上げ、悲し気に伏せるマーテルの視線と合わせる。
「──いえ、今回の用向きは、まさにその事なのです」
「と、申しますと?」
「私達は世界樹が枯れるのを阻止する為に、こうしてやって参りました」
マーテルは笑みを浮かべる。
それは儚い……、とても儚い笑みだった。
それはミント達に対する気遣い、あるいは思いやりの為に見せた笑みに違いなかった。
「残念ながら、それは不可能です。人が水なくして、生きられないのと同様……。五年と経たずにマナは消えてなくなり、私も共に滅ぶでしょう」
「いえ、私達はそれを防ぐ手立てを持つからこそ、ここに来たのです。先ほどの温かな光を思い出して下さい。その力を法術と呼んでいますが、それを以てすれば、世界樹の復活も不可能ではない、と私達は考えております」
まぁ、とマーテルは顔を綻ばせる。
あどけない笑みは、その見た目に反して、少女のようにも見えた。
「それは大変、素晴らしい事です……。先ほどの光は確かに、この身を癒すに相応しいもの。しかし──決して、貴女を侮辱するつもりはないのですが、……あの癒しの力を以てしても、滅びを免れる事は不可能でしょう」
「それはよく存じております」
ミントは再び頭を下げる。
己の力不足を恨めしく思うが、今は嘆く時ではなかった。
「私に母のような強い法力があれば、世界樹を救う事もできたかもしれませんが……今すぐ身に付く力でもありません。ですので、この杖──ユニコーンホーンを使い、私の法力を増幅させ続けようと考えていました」
マーテルは根元に突き刺さったままの杖を見て、首を傾げる。
「一時の強化ではなく、長い間、それを続けるということですか?」
「仰るとおり、ユニコーンホーンに掛けたヒールを強化させ、それをバリアーを使って封じ込める事で、増幅・循環を繰り返そう、と試みていました……。そうすれば、いずれ世界樹を癒せるだけの法力を蓄えるだろうと……」
ミントはそこまで説明して、力なく息を吐く。
「しかし、それも二日と保たない有様で、困っていたのです」
なるほど、とマーテルは首肯する。
足元にある杖に触れ、次いで黙考するように目を瞑る。
「これは……ユニコーンそのものが、形を変えた物なのですね。であれば……」
マーテルは再び沈黙し、ミントは固唾を呑んで見守る。
その後ろでクレス達もまた、様子を黙って見つめていた。
そうして、森の中には鳥の囀り、動物たちの鳴き声のみが響き渡る。
一体、どれほどそうしていただろうか……。
ただ待つのに苦痛を感じ始めた時、マーテルが瞼を開き、ようやく杖から手を離した。
「私にも協力できることが、あるかもしれません」
「それは……つまり、どういう事なのでしょう?」
「私には法力のような癒しの力を持ちませんが、それを補助する事は出来ると思うのです」
ミントは首を傾げ、それから恐る恐ると言った風に口にする。
「……例えば、張ったバリアーを拡大させ、それを維持し続ける事も可能に……?」
「拡大を……? それが何を意味するか分かりませんが、試してみなければ、確かな事は何一つ言えません……」
マーテルが困ったような笑みを浮かべ、それからふわりと宙に浮いた。
「さぁ、始めてごらんなさい。こちらでユニコーンと共に、事に当たりましょう」
「……はい! よろしくお願いいたしします」
ミントはその場から立ち上がり、ユニコーンホーンの前まで移動すると、杖の先端を包むように両手を添えた。