【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

77 / 96
精霊の森、深部にて その1

 

 精霊の森が見える距離まで来た頃には、既に陽の傾きは大きくなっていた。

 しかし、少しでも早く、という気持ちがあり、ウィノナ達はベルアダムの村には立ち寄らず、そのまま森に向かう。

 

 森の中は相変わらず生気に溢れ、空気の清涼感というものがまるで違って感じられた。

 長い間ミッドガルズにいたからこそ、その歴然の違いに啞然とする。

 

 あの大地のマナが、いかに希薄だったか、ようやく実感させられた思いだ。

 森の中には動物達も多く、ウィノナ達を見つけては元気よく逃げていく。

 

 魔物の陰はなく、ここにいるのは獣ばかりだ。

 世界中を見渡しても、そうはない平和に満ちた森――。

 

 それが、この精霊の森だった。

 世界樹の前まで一つの障害もなく到達すると、場所を譲ってミントを前に出す。

 

 ミントはユニコーンホーンを掲げながら、世界樹を下から上までゆっくりと眺めた。

 

 蔦の絡んだ樹肌は、確かに生命に溢れるようには見えない。

 これが枯れる寸前の姿かというと、それも疑問に思えた。

 

 ただし、それはあくまで外見に出ていないだけで、瀬戸際で耐えているだけなのかもしれない。

 

「いえ、下手な考察など、今は……」

 

 ミントは首を小さく振り、ユニコーンホーンを世界樹の目の前、木の根の間に突き刺した。

 そのまま先端の石を目標にヒールを唱えると、すぐさま封をするイメージでバリアーを張る。

 

 杖の中で循環するエネルギーが感じられ、外に拡散されるような気配はない。

 ミントからすれば、至極あっさりと達成できてしまって、拍子抜けする思いだった。

 

 しかし──。

 これでは杖の中のエネルギーを守護できても、杖そのものを守護できているとは言えない。

 

 クレス達が言うには、触れれば弾かれる程だったというから、これで作業の完了とはいかないだろう。

 しかし、これ以上バリアーの範囲を拡大させれば、その分強度が落ちてしまう。

 

 そして、少ない強度では、増幅されるヒールの圧力に、耐えることは出来ないだろう。 

 

「とりあえず、ヒールを杖の中で循環、強化する事は叶いました。ですが、まだまだ不安が残ります……」

 

「明日また、様子を見て来ればいい。ぶっつけ本番で解除する必要はなし、何も急ぐことはない」

 

 クラースがそう提案すれば、反対する者は居なかった。

 日は既に大きく傾き、茜色に染まっていた。

 

 幾らもせず、夜の帳が降りるだろう。

 身体を冷やす前にベルアダムの村へ戻り、一泊しようという提案にも、皆が賛成した。

 

 

 

 久方ぶりのベルアダムに、クレス達は元より、ウィノナもまた、懐かしい気持ちが溢れた。

 

 前回の訪れは一年以上前であるのと同時に、その時には隣に、別の男が居て、それを自然と思い出させる。

 

 じんわりと、目頭に熱が生まれそうになるのを必死に抑えて、ウィノナは村の中を見渡すと、緊張した空気が狭い村を覆っていた。

 

 どういう事かと思って、すぐに思い至る。

 ぞろぞろと大人数の旅人が村を訪れるのは珍しい事で、時にそういった旅人を装う山賊もいる。

 だから、明らかに警戒を強めた村人達が、遠巻きにウィノナ達を見つめていたのだ。

 

 下手に刺激するのも不味いと思っていると、村の奥から一人の男がやって来る。

 見事に禿げ上がった頭、立派な口髭を生やしているのは、この村の村長である、レニオスに間違いなかった。

 

 どうやら危険を察知した誰かが、レニオスを呼びに行かせたらしい。

 クレスは破顔して近づき、それから礼節を以て一礼した。

 

「レニオスさん、お久しぶりです。覚えておいでですか、クレスです」

 

「……おお、おお! お前さん達じゃったか。実に久しい!」

 

 レニオスもまた破顔すると、村人達の緊張も目に見えて解けた。

 レニオスはクレス達に近付き一通り見渡すと、老人特有の柔らかい笑みを浮かべる。

 

「無事、合流できて良かったの」

 

「……はい、お陰様で。色々、大変でしたけど」

 

 レニオスはカッカと笑い、次にウィノナへ顔を向けた。

 

「それも旅の醍醐味よの。……うん、嬢ちゃんも無事じゃな」

 

 ウィノナもまた一礼して、レニオスに感謝を伝えた。

 

「伝言もしっかり伝えて貰えていたみたいで、ありがとうございました」

 

「いやいや、半分近く忘れておったからの。礼など逆に申し訳ないわい。ところで──」

 

 レニオスは今一度クレス達全員を見渡し、それからウィノナに視線を戻す。

 

「あの金髪の美丈夫は、一緒ではないのかの?」

 

「ああ……」

 

 ウィノナは一度面を伏せ、それから無理にでも笑顔を張り付かせ、顔を上げる。

 

「今はただ、別の場所にいるだけです。これから再会する予定なンです」

 

「そうかそうか……。一時の別れや、その再会もまた、旅の醍醐味よな」

 

 レニオスが何度か頷いた後、クレスが間を見計らって、ウィノナの隣に立つ。

 ウィノナに断りの視線を向けてから、村に着いた時より気になっていた、ある事をレニオスに問うた。

 

「アランという人物が、ここの出身だと思うんですが……。まだ帰って来てませんか?」

 

「ふむ、また懐かしい名前が出てきたの……。昔、飛び出して行ったきり、それからとんと見とらんなぁ……。帰って来たという話も聞かん。何じゃ、あやつを訪ねてきたのかの?」

 

「ああ、いえ……。それだけの為、という訳でもないんですが……」

 

 ゆっくりとした旅路だったとはいえ、いつの間にやら、アランを追い抜いて、先に着いてしまったらしい。

 クレス達はベルアダムの村まで、特に用事というものも、障害となるようなものもなかった。

 

 だが、アランには出資者を募る、という難題があった。

 村や町を巡る度、根気よく説得したり、拝み倒しなどして、遅れに遅れているのかもしれない。

 

 アランもまさか、この慎ましく生活している村から、出資者が現れるとは思っていないはずだ。

 また、あったとしても、道場建設にどれほど寄与するものか……。

 

 帰郷への距離が近づくほど、その説得に粘りが生まれていると考えても不思議ではなかった。

 そうなると、アランについては、気長に待ってみる方が良いのかもしれない。

 

「それじゃ、レニオスさん。アランが帰って来る予定だと聞いているので、それまでこの村でご厄介になってもいいですか?」

 

「無論、構わんよ。好きなだけ滞在なさるといい」

 

 レニオスが鷹揚に頷くと、クレス達も頭を下げて感謝を示す。

 どれだけこの地で足止めを食うのかはアラン次第だが、まだこちらの目的も達成できたとは言えない。

 

 世界樹復活については、こちらもまだ、目途が立ったとは言えないのだ。

 その日は早くに休み、翌日に備える事にした。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆

 

 

 ウィノナ達は翌日、朝靄が晴れるのを待って、精霊の森へ赴いた。

 世界樹の前には、変わらず突き刺さった杖が鎮座しており、その前にミントが立つ。

 

 込めた法術の様子を検分しているその後ろでは、ウィノナ達が少しの距離を取って見守っていた。

 

「……本当に微かではありますが、ヒールの法力は増幅されています」

 

 ホッと息をつく気配もあれば、喜びに声を漏らす気配もある。

 だがミントは、同時に申し訳なさを感じていた。

 

 杖の効果が期待できるのは喜ばしい。

 このまま増幅が続けられたなら、時が経つ程に、その力は膨大な物となるだろう。

 

 しかし、同時に問題もある。

 如何なる努力を行ったところで、バリアーには効果時間があり、そしてそれは、長く保つものではなかった。

 

 バリアーは一度使用すると、不可視の壁となって対象を守ってくれる。

 だが、今見てみたところ、それが薄っすら色付いているように見えた。

 

 ミントはそのバリアーに、そっと手を触れる。

 指先で触れただけで蜘蛛の巣状のヒビが入り、たった一日の経過で膨れ上がったヒールが、バリアーを割って飛び出した。

 

 ヒールの治癒力に指向性は与えていなかったが、すぐに世界樹へ向かい、溶けるように消えて行く。

 

「そんな……」

 

 これでは百年もの間、法術を維持し続けるなど、とても不可能だ。

 現代では、この杖に触れようとするだけで、弾かれる程の強度を持ち、しかもそれが世界樹全体に及ぶ、という。

 

 ミント自身、自分がまだ未熟者である事は承知しているが、だからといって成長すれば可能かと言われれば、無理だと言うしかなかった。

 

「一体、どうしたら……」

 

 眉根を寄せ、黙考しているその時、突如眼前に光が溢れた。

 空間に穴が開かれ、その中から精霊マーテルが現れる。

 

 ミントは両手の平を胸の前組み、祈りのような姿勢を取って頭を下げた。

 

「──精霊マーテル、ご無沙汰しております」

 

「貴女方は……。では、今の温かな光は、貴女がしたことだったのですね?」

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げ、辺りを確認したマーテルは得心がいったように頷く。

 ミントは敬虔な信者のごとく、そのままの姿勢で両膝を突き、頭を下げた。

 

「はい、私が行いました。……何かご不快なことがあったでしょうか?」

 

 いいえ、とマーテルはやんわりと笑む。

 

「先の急激なマナ減少により、この姿を顕現させるのも最早不可能と思っておりましたが……。貴女の光で幾ばくかの時間、こうして話す事が出来るまでになりました。感謝します」

 

「……勿体無いお言葉です」

 

「それで……、此度はどのような用向きで参られましたか? この世からマナが失われる事は、もはや避けられないでしょう。最期に話す事が出来て良かった、と思うべきなのでしょうが……」

 

 ミントは顔を上げ、悲し気に伏せるマーテルの視線と合わせる。

 

「──いえ、今回の用向きは、まさにその事なのです」

 

「と、申しますと?」

 

「私達は世界樹が枯れるのを阻止する為に、こうしてやって参りました」

 

 マーテルは笑みを浮かべる。

 それは儚い……、とても儚い笑みだった。

 

 それはミント達に対する気遣い、あるいは思いやりの為に見せた笑みに違いなかった。

 

「残念ながら、それは不可能です。人が水なくして、生きられないのと同様……。五年と経たずにマナは消えてなくなり、私も共に滅ぶでしょう」

 

「いえ、私達はそれを防ぐ手立てを持つからこそ、ここに来たのです。先ほどの温かな光を思い出して下さい。その力を法術と呼んでいますが、それを以てすれば、世界樹の復活も不可能ではない、と私達は考えております」

 

 まぁ、とマーテルは顔を綻ばせる。

 あどけない笑みは、その見た目に反して、少女のようにも見えた。

 

「それは大変、素晴らしい事です……。先ほどの光は確かに、この身を癒すに相応しいもの。しかし──決して、貴女を侮辱するつもりはないのですが、……あの癒しの力を以てしても、滅びを免れる事は不可能でしょう」

 

「それはよく存じております」

 

 ミントは再び頭を下げる。

 己の力不足を恨めしく思うが、今は嘆く時ではなかった。

 

「私に母のような強い法力があれば、世界樹を救う事もできたかもしれませんが……今すぐ身に付く力でもありません。ですので、この杖──ユニコーンホーンを使い、私の法力を増幅させ続けようと考えていました」

 

 マーテルは根元に突き刺さったままの杖を見て、首を傾げる。

 

「一時の強化ではなく、長い間、それを続けるということですか?」

 

「仰るとおり、ユニコーンホーンに掛けたヒールを強化させ、それをバリアーを使って封じ込める事で、増幅・循環を繰り返そう、と試みていました……。そうすれば、いずれ世界樹を癒せるだけの法力を蓄えるだろうと……」

 

 ミントはそこまで説明して、力なく息を吐く。

 

「しかし、それも二日と保たない有様で、困っていたのです」

 

 なるほど、とマーテルは首肯する。

 足元にある杖に触れ、次いで黙考するように目を瞑る。

 

「これは……ユニコーンそのものが、形を変えた物なのですね。であれば……」

 

 マーテルは再び沈黙し、ミントは固唾を呑んで見守る。

 その後ろでクレス達もまた、様子を黙って見つめていた。

 

 そうして、森の中には鳥の囀り、動物たちの鳴き声のみが響き渡る。

 一体、どれほどそうしていただろうか……。

 

 ただ待つのに苦痛を感じ始めた時、マーテルが瞼を開き、ようやく杖から手を離した。

 

「私にも協力できることが、あるかもしれません」

 

「それは……つまり、どういう事なのでしょう?」

 

「私には法力のような癒しの力を持ちませんが、それを補助する事は出来ると思うのです」

 

 ミントは首を傾げ、それから恐る恐ると言った風に口にする。

 

「……例えば、張ったバリアーを拡大させ、それを維持し続ける事も可能に……?」

 

「拡大を……? それが何を意味するか分かりませんが、試してみなければ、確かな事は何一つ言えません……」

 

 マーテルが困ったような笑みを浮かべ、それからふわりと宙に浮いた。

 

「さぁ、始めてごらんなさい。こちらでユニコーンと共に、事に当たりましょう」

 

「……はい! よろしくお願いいたしします」

 

 ミントはその場から立ち上がり、ユニコーンホーンの前まで移動すると、杖の先端を包むように両手を添えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。