【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
「……ヒール!」
ミントは最初に、世界樹回復の為の法術を杖先に掛けた。
そして、間髪置かずに、次の法術を発動させる。
「バリアー!」
杖の先端に留まる治癒の光は、霧散する事なく留まり続けた。
そこまで終えて、ミントは窺うように、マーテルへと顔を向ける。
マーテルは心得ているとばかりに頷くと、その手の平を杖先の赤石に向けた。
それで治癒の光は消失したが、ミントにはそれが、石の中に吸い込まれたからだと理解した。
時折淡く光を発するところを見ると、当初の予定通り、癒しの法力を強化し続けることが出来ていそうだ。
「これでよろしいでしょう。次に──」
向けていた手の平をくるりと回転させ、その後、指先を立てて、頭上で一振りさせる。
それだけでバリアーの光が拡大し、世界樹全体を覆い尽くす。
一度小さく発光すると、すぐに光は見えなくなった。
透明化させたのか、それとも別の要因によるものか、ミントには判別がつかない。
しかし、マーテルの表情を窺う限り、満足の行く結果に終わったようだ。
バリアーが消えたように見える事で、不安に思ったクレスが、そろりと近づき杖に触れようとする。
しかし、杖に触れるよりも早く、その手が大きく弾かれた。
「こ、これだよ……! 僕らが現代で弾かれた時、確かにこんな感じだった……!」
興奮気味にクレスが言うと、ミントは明らかにホッとした様子でマーテルに頭を下げた。
クレスも、そして、その後ろにいる面々も、慌ててそれに倣う。
「お力添えに感謝いたします」
「感謝など……。世界樹を癒すという、貴女達の試みに助力をするのは、世界樹に宿る精霊として当然の事。この結界一つを取っても、私個人で行使する事は出来ませんでした。助けられているのは紛れもなく、私達の方です。こちらこそ、感謝しますよ」
恐縮です、とミントは頭を下げる。
「それで……、法力を循環させ続ける期間についてなのですが……。世界樹を癒すのに、どれ程の癒しが必要か分からない以上、少しでも長めの方が良いのでは、と思うのです……」
「そうですね、ここまで衰えてしまった世界樹を癒す……。これにかけるべき法力となれば、途方もないものになるだろうという事しか、私にも分かりません」
はい、とミントは頷く。
続く言葉を探して、口を開いては閉じを繰り返し、遂には手で手を握って黙ってしまう。
八の字に曲がった柳眉は、見ている方が申し訳なる様な有様だった。
だからという訳ではないだろうが、クラースが一歩前に出て頭を下げ、ミントの傍に立つ。
「精霊マーテル、私の方から説明する無礼を、お許しいただきたい」
ミントから視線を移し、どうぞ、とマーテルは笑む。
「先に結論から申し上げます。──これを維持していただきたい時間は、百年です」
「百年……」
マーテルは目を瞬かせる。
何を言われたのか分からない、というより、一瞬の動揺が表に出た様に見えた。
そうしてから、杖に視線を移動させ、そして直ぐに理解した表情で頷く。
「だから、結界の拡大を望んだのですね?」
今度はクラースが、目を瞬かせる番だった。
拡大させる事の意味は、誰にも触れさせない、という意味だと思っていたし、クレス達の話を聞く限りは、それ以上の疑問の余地はないはずだった。
しかし、マーテルには確かな理解の色がある。
こちらの無理難題を快く引き受けるとも思っていなかったので、クラースとしても、疑問をぶつけない訳にはいかなかった。
「失礼を……。それは、どういう……?」
「違うのですか? 百年も待てば、その間に世界樹は枯れ果てるが道理……。枯れた後に、如何なる癒しの法力を当てたところで、全くの無意味でしょう。だから結界を拡大し、生まれてくるマナの発散を食い止めると同時に、杖から漏れ出る癒しの法力で、世界樹を維持しようと思ったのでは?」
クラースは頭を殴られたような衝撃を受けた。
クレスが言っていたではないか。
現代ではむしろ、今より世界樹の姿が元気であると。
言われるまでもなく、滅びかけた世界樹がこの先百年も、無策で維持される筈がなかった。
百年後にも枯れずに存在していると聞かされたから、そう思い込んでいたに過ぎなかった。
だから、『触れれば弾かれる壁』の存在意義について、そこにあるという以上に深く考えもしなかった。
これでは順序が逆だ。
クレス達の言葉を聞かなければ、バリアーの拡大をしなかったが、そもそも拡大するという発想が、過去にはなかった。
因果の逆転、それをまざまざと見せつけられた思いだった。
マーテルは、我が意を得たりと頷く。
「いずれにしても、マナが世界からなくなる時期については誤差程度だったでしょう。この結界の中でならば、百年待つのも可能だろうと思います」
「しかし、こちらの都合で勝手に付き合わせてしまっても良いのでしょうか……。申し訳が立ちません」
ミントが顔を伏せて言うと、マーテルは笑顔で顔を振る。
「既にこの命を諦めていました。それがどのような形であれ、救われるというのです。私に否はありません。百年という時間は、人にとっては長くとも、精霊にとっては実に短い一時。……貴女が悔やむような事ではありませんよ」
マーテルは笑んで宙を滑るように近づき、ミントの頬を優しく撫でた。
「貴女方の救う努力に感謝を」
「ありがとう、ございます……っ」
ミントは感情の波に押されて、声を震わせ感謝した。
両手を胸の下で組んで、恭しく頭を下げる。
そんなミントを優しく見つめながら、マーテルはふわりと離れ、世界樹の幹近くへと浮かんで行く。
そして、それを見つめる面々の中で、一人そこからアーチェが前に飛び出た。
「あの! ちょっと聞きたいことがあるんだけど──あるんですけど、いいですか?」
「如何しましたか?」
不躾とも思えるアーチェの闖入にも、不快な姿勢を見せることなく、マーテルがおっとりと顔を向ける。
「えっと……。その世界樹を守る結界ですけど、それのせいでやっぱり、世界からマナが枯渇するんですよね?」
マーテルは少しばかり考えるような仕草を見せたが、すぐさま首を横に振った。
「いいえ、枯渇する訳ではありません」
「えっ、しないんですか!?」
驚きの声はクレスから上がった。
確かにクレスの生きた現代では、魔術という形態はなくなっているのだ。
これが枯渇でないというのなら、自分の知る未来とは矛盾してしまう。
マーテルはゆったりとした仕草で、話を続けた。
「枯渇ではなく、極端な希薄状態になるのだと、お考えなさい。このバリアーではマナの流出、その全てを堰き止めることはできませんし、出来たとしても致しません。そもそも、それでマナが枯渇するというのなら、他の精霊たちが死んでしまいます」
そのような事は本意ではない、とマーテルは締めくくった。
それを聞いて、なるほど、とクレスは思う。
確かに世界樹の精霊として、その存在が第一ではあるのだろうが、だからといって世界樹の為に、他の精霊を犠牲にしても良い、とは考えないだろう。
バリアーによるマナの流出を防ごうと考えた時点で、そうした外の配慮も、同時に含めて考えていたに違いない。
それで納得したと思いきや、尚もアーチェは再び問う。
「じゃあ、魔術はどうなる……のでしょうか?」
「それは間違いなく、使えなくなるでしょう。マナは精霊の存在が危ぶまれない程度に拡散しますが、それだけです。とても魔術に転用できるほど、マナは広がらないでしょう」
「そっかぁ……」
期待した答えではなかったものの、アーチェにさしたる楽観はなかった。
それよりも余程心配なことは、他にある。
そして、それこそが聞きたい事だった。
「あのー、あたしってば、箒で空を飛んでたりするんですけど……。もしかして、それもやっぱり難しかったり……?」
「箒で、空を……」
マーテルは再び考えるような仕草を見せたが、やはりそれは一瞬のことで、すぐに頷き返してくる。
「それぐらいならば、不可能ではないでしょう。しかし、簡単にはいかないと予測できますし、また出来たとしても、今とは全く勝手が違っているはず……」
「いえ、それならいいです! 飛べるなら、それで!」
アーチェは笑顔で頷いた。
空を飛ぶことは、アーチェにとってごく自然なことで、それを失うということは、例えば両足を失うに等しい。
その足が無事だったことは、素直に嬉しいことだ。
だが、それだけを喜んでいる訳でもなかった。
これから先……百年先には、空を飛ばなければ達成の難しい使命がある。
それを思えば、マーテルからの返事は、アーチェにとって十分過ぎるものだった。
「聞きたいことは、以上ですか?」
「はい、ありがとうございました!」
アーチェが笑顔で大きく頭を下げると、マーテルはおっとりと頷く。
それから、改めて一同を見渡した。
「それでは私は百年間、この結界を維持、守護し続けましょう」
「──はい、よろしくお願いします。それと、不躾ながら、またもお願いが……。バリアーを解いて欲しいタイミングも、こちらから指定してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
クレスがマーテルへ一歩踏み出し、顔を上げる。
「そのタイミングは、大きな振動を感じた時。ダオスが蘇った時に莫大なエネルギーが、近くの地下墓地から解放されます。それが合図です」
「……分かりました。百年後、莫大なエネルギーと大きな振動、それを合図に結界を解きましょう」
皆が口々に感謝の言葉を述べ、マーテルが母を思わせる慈悲に溢れた笑みで返す。
その笑みを見るだけで、実に晴れやかになり、ウィノナはマーテルが世界樹の中へ帰っていくのを、最後まで見送っていた。
そのマーテルが消える寸前、目と目が合う。
マーテルの感じる感謝の気持ちが、その瞳に映っているかのようで、ウィノナは感激とも、感謝とも取れない気持ちで頭を下げた。