【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
達成感を胸一杯に、意気揚々と村に再び戻った時、丁度アランが帰郷したところを発見した。
村人の幾人かと親しげに会話していたが、ウィノナ達の存在に気が付くと、こちらにもまた親しげに手を挙げる。
村人との会話は早々に切り上げ、アランはこちらに近寄って来た。
「よう、ミッドガルズで別れて以来だな。どうも先に着いていたらしいな、すまんすまん」
「なに、誤差の範囲内だろう。こっちは用事が済んでから、ここまで一直線だったしな」
クラースが事も無げに言うと、アランは困ったような笑みを浮かべて頷く。
それは単にこちらに対しての申し訳なさというよりは、ここまでの道のりにあった、苦労を思い出しての事だろう。
ではやはり、出資の件は上手くいかなかったに違いない。
クラースは心の底に同情と笑みを隠したまま、それと察せられないように尋ねる。
「不躾なことを訊くようだが……、出資はどうだった」
アランは一瞬だけ息を止め、それからすぐに、堪り兼ねた大き息を吐いてみせた。
「何となくは分かってんだろ? どこからも良い返事は貰えなかったよ、チクショウ。もう借金するしか手はないぜ……」
それならば、とクラースが目配せする。
視線を受け取ったウィノナは、何を言いたいのか察し、一歩前に進み出る。
「アラン、良ければだけど……。アタシが出資してもいい──」
全てを聞き終える前に、アランは顔を跳ね上げた。
肩を震わせ一気に飛びつき、身構えたウィノナの手を、喜悦満面に両手で握る。
「本当か!?」
確認というより、念押しに近かった。
取った手を何度も上下に振りながら、顔を近付け聞いてくる。
ウィノナは成すがままにさせながら、ぞんざいに頷いた。
「……あなたには、世話になったから」
ウィノナもいよいよ手を振り解き、顔を顰めながら言う。
そんなウィノナの様子には目もくれず、アランは腕を組んで幾度も頷いた。
人が良いと言うべきか、そんなだから出資を受けられなかったというべきか……。
とにかく、ウィノナの言葉に何の疑いも持っていないようだ。
「──でも、条件がある」
付け加えられた一言に、アランの動きが固まった。
ウィノナはそんなアランに頓着せず、話を続ける。
「幾つかあるから、よく聞いて。……まず、感謝してくれるなら、出資者の名前を後世に伝えて欲しい、ということ。苗字まではいらない、名前だけでいいから」
「なんとも奇妙な頼みだな。感謝しなけりゃ、伝えなくていいって意味か?」
ああ、とウィノナは、どこか凄みのある表情で微笑む。
「あなたの良心が、それを許すならね。条件はまだあるの、いいから聞きなさい。──精霊の森を守り、特に大樹の近くには、誰にも近寄らせないこと」
「昔っからある、あの大きな樹の事か? ……まぁいいけど、レニオスの爺様に相談してみるか」
「それはいい考えね」
思い返してみれば、トーティスの村にはレニオスと名の付いた教会と、地母神信仰があった。
恐らくは──世界樹の根元にある杖や、決して触れる事の出来ない神秘が、そういった信仰が生まれる要因になったのだろう。
地母神については、あるいは昔からある自然信仰の一つだったかもしれない。
それが改めて強調され、現代の様な形になった可能性もある。
いずれにしても、その信仰が失われない限り、大樹に近づいてはならない、という教えも忘れられはしないだろう。
「そして最後、これが一番重要よ。必ずあなたの子に、剣術を継承させていって。そして……、ダオスの封印に協力して」
空気が一瞬、固まったような錯覚を覚えた。
アランは眉根に深い皺を作り、渋面を作る。
「……いいのか?」
「その為に、モリスンも遠からず越してくる予定よ。連絡を取り合って協力して、それを代々の使命として。封印には頼りになる前衛が必要になる。そしてそれはアタシの知る限り、──あなたの流派しかない」
「褒められて悪い気はしないがよ……。そっちの坊主だって、剣の腕は確かなもんだぜ。弓使いのソイツが一緒なら、尚更頼りになるだろうさ。何故、そいつらを使わない? それとも最初から、組み込まれる予定なのか?」
訝し気な問いに、ウィノナは首を横に振る。
「いえ、この二人は使わないわ。……彼らには彼らの都合がある。この件には関われない」
「そうかよ……。ダオスはいつか、必ず戻って来るんだな?」
「来るわ、必ず」
ウィノナが僅かな逡巡も見せずに頷いてみせると、アランは口の端から息を吐く。
そして、数秒の黙考の後、素直に頷いた。
「ま、いいぜ。……何にせよ、断るつもりなんて、最初からねぇしな」
ニッカリと笑って、アランは組んでいた腕を解く。
ウィノナはホッと息を吐いて、それでようやく笑みを見せた。
「これで契約成立ね。約束通り、あなたの道場建設に出資するわ」
ウィノナはクレスに顔を向けると、目配せの必要もなく得心顔で頷き、一つの皮袋をウィノナに渡した。
既にメンバー全員との話し合いで、どれ位の額を渡すべきかは検討されている。
今まで稼いで来た額に報奨金を加えたもの、これから先に掛かる旅費と、雑費を大まかに計算したものを引いた分だけが入っている。
実に現財産の八割以上になる計算なのだが、頭金しか用意できていない、というアランの言を信じるならば、これぐらいは用意しておかなければ道場は建たない、という見解だった。
また、これだけの大金を用意したのは、他の企みも混じっている。
そして、道場が建たないで困るのは、ここにいる全員なのだ。
ウィノナはアランに、その皮袋を投げて渡す。
敢えて投げたのは、その質量を感じて貰うためだ。
ガルド硬貨がみっちりと詰まった袋を受け取ったアランは、目の色を変えて口を開ける。
皮袋に視線が固定され、その両手に収まる袋から手を離せない。
まるで皮袋に。そうした魔力を宿っているかのようだった。
「こ、こんなに……!? これだけありゃ、道場だけじゃねぇ! 隣接して自宅まで作れちまうし、それに訓練用の木剣や木人形──ああ、そんだけじゃねぇ! アレやコレだって買えちまう!」
最早嬉しさを飛び越えて悲鳴すら上げたアランに、ウィノナは流し目を作って薄く笑った。
「それで……もちろん、感謝してくれるんでしょうね、アラン?」
◇◆◇◆◇◆
「俺はお前の銅像を建てる! 感謝の証として、また後世に伝える為にだ!」
「──やめて。本当にやめて」
流石に薬が効きすぎたか、とウィノナは今更ながらに後悔した。
企みは結実したが、アランとくれば、ウィノナを拝み倒すような有様だった。
終いには、ウィノナの事まで偶像崇拝しようというのか、先程の口上が飛び出る始末だ。
ウィノナは大いに呆れたし、クレス達も本気で止めた。
何しろ、そんなものトーティス村には存在しない。
時の流れに矛盾するという、その一点を以てしても看過できることではないし、それに何よりウィノナが自らを模した銅像など見たくもなかった。
「殴ればいっそ、記憶が飛ぶんじゃねぇかな……」
物騒なことを口走ったのは、チェスターだった。
だが、ウィノナは本気で採用しよう、と考えた程には、アランは本気に見えた。
最終的には銅像を諦めさせる事に成功し、ウィノナ達は逃げるように村を立った。
そして再び北上し、数日での到着を目標に、ベネツィアを目指していたのだが……。
ある日の夜営の最中に、アーチェが達成感と疲労感の入り混じった声を上げた。
「かんせ~い!」
焚き火を前に、喜びも露に頭上で掲げているのは、船旅の最中から始めた、修繕された手袋だった。
その白いオペラグローブは、二の腕までの長さがある。
丈夫そうには見えるものの、本来、装飾目的で使うべき物で、実利的とは言えない代物だった。
更に左右で大きさの違いがあり、右の方が一回り大きくなって見える。
アーチェがやっていたのは、この右手の方の拡張作業で、元の手袋にあるデザインをそのままに、使えるよう調整していたのだった。
今回のように夜営があれば、寝るまでの時間であったり、あるいはふと沸いた暇な時間で、アーチェはひたすら裁縫に勤しんでいた。
僅かな時間を見つけコツコツと続けていたのだが、すぐに飽きると思っていたチェスターも、これには素直に感心する。
「よくやったなぁ、お前。ぜってぇ途中で匙を投げると思ってたのになぁ」
「アーチェさん、おめでとうございます」
裁縫の師匠であるミントも我が事のように喜び、ウィノナもそれを横で見ながら、祝いの言葉を送る。
「おめでとう。よく頑張ったね」
「へっへー、そうでしょお? ……という訳で、はいどうぞ」
アーチェは二つ揃いの手袋を丁寧に重ね、それをウィノナの前に差し出す。
しかし、差し出された方のウィノナは固まってしまい、アーチェの顔を凝視してしまった。
自分使いの為か、プレゼントの為だろうと予想はしていたが、それがまさか、自分の為だとは夢にも思ってもいない。
それに、そもそも貰う理由もなかった。
今日は誕生日や、他の何かの記念日でもないはずだった。
「え……、どうして?」
そりゃあ、とアーチェは指を一本立てて頬を掻く。
「だってさ、ウィノナの義手を見てると、やっぱ辛いよ……。不自由しているみたいじゃないけどさ、それでも女の子だもん。普通は無理でも、オシャレ出来ればちょっとは変わるかなって」
ウィノナはアーチェの気遣いに、胸が温かくなるのを感じた。
ミントの方を窺えば――事前に相談に乗っていたのだろう――ごく柔らかい笑みを浮かべて、ウィノナとアーチェを見つめている。
「でも、ウィノナの義手って、左手に比べてちょっと太めでしょ? どっちかに合わせて買えば、どっちかに不満がでちゃうし。それなら、自分で作ろうと思ってさ。……だから、受け取って欲しいんだ」
ウィノナを正面から見つめ、手袋を差し出すアーチェに、それ以上の動きはない。
ウィノナが受け取るまで、テコでも動かない、という様にも見えた。
ウィノナはそっと手を伸ばし、手袋を丁寧に受け取る。
そうして、胸の前で抱き込むようにして頭を下げた。
「ありがとう……。大事にするから……!」
「大事にするのはいいけど、仕舞ったまま使わないとか、ナシにしてよ~? 身に付けてもらう為に用意したんだから」
それもそうだ、とウィノナは頷き、早速手を通す。
シルクとは違うが優しい手触りのする丈夫な布が、義手を包むように嵌めていく。
両手共に着けてみると、太さが違う筈の両手に、驚くほど違和感がない。
素肌と木製の手が、ウィノナの外見と違和感を顕著にしていたのだが、それが随分と緩和された。
少し離れていれば、見分けがつかないかもしれない。
ウィノナは両手を表にしたり、裏に返したりと、矯めつ眇めつ眺める。
「ありがとう、アーチェ! 何だか自分の手が帰ってきたみたい……!」
ウィノナの笑みが、はにかむものから、満面の笑顔に変わる。
アーチェはその笑顔が見れただけでも、ここ何十日と掛かった苦労が報われたと感じた。
ウィノナの事をよく知るクレスとチェスターも、その様子を見て、思わず涙ぐむ。
ようやくウィノナが帰ってきた、と胸中で思った。
ウィノナは感極まりアーチェを抱きしめ、アーチェもウィノナを抱き返す。
しかし、感極まってあまりに強く抱いたせいで……。
アーチェが悲鳴を上げるのは、それから三秒後の事だった。