【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
翌日、昼より早くベネツィアに到着し、休憩を挟むことなく港へ向かった。
トールへ向かう船上では、十分な休息時間が取れることもあり、宿で一泊するのは避けたのだ。
港に停泊しているガレオン船に、クラースは淀みなく歩を進める。
ウィノナにとっては全くの初対面だったが、クレス達にとっては勝手知ったる仲のようで、ズカズカと船上に上がっていく。
「おや、あんたらは……。またどこか変な所に、行きたいって言うのかい?」
「またって……、こう言う事をするの何度目なの?」
ウィノナが隣にいたアーチェに訊くが、乾いた笑みを浮かべるだけで答えをはぐらかされる。
髭面で強面の船長が、訝しげな表情でクラースを見ていたが、久々の再開に喜びも束の間、挨拶もそこそこに本題を切り出す。
「ああ、また一つ、どうか頼まれて貰いたい」
船長は仕方ないと苦笑するばかりで、断るつもりはないようだ。
腕を組んで顎をしゃくり、続きを促す。
「目的地は海の上。……洋上に船を出して欲しい」
◇◆◇◆◇◆
「ベネツィアより北東、海上百キロ地点……。まぁ、まずまずこの辺りだろう」
最初はクラースの要求に目を剥いたものの、結局いつもの延長線上……頼まれた通りに船を出した。
危険手当を込みにした、過剰な料金の請求しても、難なく支払いを済まされてしまえば、船長としても否とは言えなかった。
そもそも船とは、馬車のように扱うものではない。あそこに行け、あちらに行けではなく、決まった道のみ──航路を行き来する為に使われる物だ。
それでも、嫌な顔一つするだけで送り届けてしまうのは、やはりクレス達の事が気に入っている、という理由からだった。
「ありがとうございます、船長。ここまでで結構です」
クレスが頭を下げると、船長は首を傾げる。
ここは見渡す限り海の上だ。孤島がある訳でも、或いは珊瑚礁が見える場所でもない。
「本当にここで? 何もない海の上だぞ? 何がしたいんだ?」
「我々の目的は、海中に潜る事だからな……。では、世話になった」
クラースもまた帽子のツバを摘まみ、頭を下げる。
「まぁ、あんたらみたいな突拍子のないこと言う客なんて他にいないが、金払いの良い客なら、こっちも文句はないしな」
他の面々も続いて礼を言うと、それを見計らってクラースが船上に手をかざした。
「では、ウンディーネを召喚するぞ」
詠唱の終了と同時、宙に不思議な紋様が現れると、次いでそこから絶世の美女が現れる。
大きな剣を持った、波打つ青い髪を持つ女性は、辺りを一瞥してからクラースに目を向ける。
「我が主よ、用件は何か?」
「私達を海底深く沈んでいる、超古代都市トールまで導いて欲しい」
「承知した」
またも突拍子もない事を言う奴だ、と船長は思った。
しかし、精霊は事も無げに頷くと、大人十人が入ってなお余裕のありそうな、大きな泡を作り出す。
「この泡の中に入るがよい」
クラース達は言われるまま、泡の中へと入っていく。
その糞度胸は何なんだ、と船長はまたしても苦い顔をする。
普通、精霊が作り出したものとは言え、少しは躊躇するものだろう。
考えている間に、その泡は宙に浮き上がり、船上を離れて海底に沈んでいく。
後には沈黙と、風の凪ぐ音だけが残された。
「何とも不思議な連中だったが……。まぁ、今更だな。よし、引き上げだ!」
◇◆◇◆◇◆
海の中は静かで暗かった。
入った泡の中は問題なく呼吸が出来たし、透明な膜の中から見える海の世界は、新鮮で楽しかった。
ただし、ふわふわと頼りない足場だけが不満で、転んだ拍子に泡の表面から飛び出してしまいそうで、安定感がない。
だが、下へ下へと進むにつれ、建築物らしい何かが徐々に見えてきた。
海中を進むほどに光の差し込みも薄くなり、視認性も悪くなっていたが、建築物だけは嫌にハッキリと確認できる。
そうして更に近づいた時、それが都市であると分かった。
今まで見て来た、どの建築様式とも違う家が幾つも連なり、苔むした地面のせいで、都市全体が緑に覆われて見える。
ウィノナ達は都市の地面に降り立つ。
すると、泡はそれと同時、弾けるように消えてしまった。
海中に沈んだはずの都市なのに、そこには問題なく空気があって、水に溺れる心配もない。
海上から差し込んでくる光が、カーテンのように都市を照らし、都市のすぐ傍を、多くの魚影が通り過ぎていく。
「ここは本当に……、海の底なのでしょうか?」
「わぁお! 上に海がある!」
「──勝手に離れるんじゃねぇよ」
ミントが周りを見ながら呟き、ふらふらと歩いていくアーチェの襟首を、チェスターが掴む。
ウィノナは呆気に取られぽっかりと口を開け、視界に広がる異常な光景を見上げていた。
クレスはそんなウィノナの顎を、そっと押し上げてやる。
クラースはというと、ごく冷静にトールという都市を観察していた。
「目では確認できないが、水圧に耐えられる壁のような物で、都市全体を覆っているようだな……」
「僕たちには想像もつかない技術ですが、それでも時間転移装置なんて、本当にあるんだろうか?」
「トールが沈んでいるのは本当だった。モリスン殿から聞いた話は嘘じゃなかった。これ以上は、信じて進むしかないだろう」
クラースの言う通り、後は信じて進むより他はない。
決意と共に、挑む気持ちで足を進めたのだが――。
そこからが問題だった。
何しろ、この都市では自分達の常識が、まるで通用しない。
不可解な建築様式から来る、ドアの開閉にしてもそうだった。
そもそも、ドアノブが存在しない。
近づくだけで開くので、その必要がないのかとも思ったが、全く反応しないドアもある。
そうなると手も足も出ないので、とりあえず叩いてみるのだが、殴っても蹴っても開かない。
試しに入り口脇にあった、細長いスリットに拾ったトランプらしきものを差し込めんでみると、これが何と開いてしまった。
しかも、人の気配がないのに、誰かが話しかけて来さえする。
早々に理解するのを諦め、とにかく無視して奥へと進めるだけ進んだ。
その中の一つ、大量のドアを横一列に貼り付けた大部屋があって、これが理解不能の極致だった。
ドアには鍵が掛かっているのに、鍵そのものは部屋の中に置いてある。
その鍵をドアに使えば、単なる倉庫とも思える部屋に繋がっていたのはいいとして、その隣の部屋も先程と同じ部屋に繋がっていた。
よく似ただけの別の部屋かとも思ったが、同じ事が繰り返されれば嫌でも気付く。
全く別の部屋に入った筈なのに、全く同じ部屋へと繋がっているのだ。
どういう事かと頭を悩ませながら、とにかく次々と別のドアに入り続ける。
そうして何度も繰り返していると、いずれ全く別の部屋を引き当てた。
これまでと、全く様子が異なっている。
使われている床の石材からして違うのは勿論、その先に続く細長い通路の先には、見た事もない特殊な装置がある。
もしも、時空転移装置という物があるのなら、これがそうなのかもしれなかった。
ウィノナ達は装置の前まで足を進めると、円形に広がる舞台のような場所で立ち止まる。
そうして一望してから、やはりそこで頭を悩まされた。
「さて、使おうにも、一体どうすればいいのやら……」
装置を下から上へ眺めつつ、クラースが呟く。
すると、どこからか不思議な声が聞こえてきた。
「メインシステム起動。バイオロムチェック」
「な、何だ!?」
空間そのものに響くような声質は、今まで聞いた事もない物だった。
思わずクレスが身構え、同じくウィノナとチェスターも武器を構える。
部屋全体が薄暗くなると共に、ウィノナ達の目の前に、人の顔とも仮面とも取れる、半透明で巨大な幻像が現れた。
「これは!?」
クラース同様に身構え、警戒を露わにする。
しかし、攻撃してくる気配はなく、それどころか感情を感じさせない音声で、こちらに話し掛けて来た。
「マザーコンピュータールームへようこそ。私はトールシティの全機能をサポートする、マザーコンピューターシステム・オズ。使用目的を選択して下さい」
「え、なに……? 何を言ってるの?」
ウィノナは困惑して浮かぶ幻像を見返す。
しかし、無機質な表情がただ浮かんでいるだけで、それ以上の返答がない。
どうしたものか、とクラースの方へ顔を向ければ、顎の先を摘んで具に観察していた。
「使用目的……、と言うからには、こちらがここに来た目的を話せば、理解してくれるのか?」
「言ってみますか?」
「……まぁ、物は試しか。いきなり豹変して襲ってくる事もあるまい」
クラースは一度咳払いをしてから、改めてオズへ顔を向ける。
「時間転移をしたいのだが、頼めるか」
「──音声認識。タイムワープ・デバイスドライバー起動」
オズの周囲に半透明の板のような物体が複数表示され、そこに何らかの文字の羅列が、凄まじい勢いで流れていく。
「反重力エネルギーチェック。……時間転移に要するエネルギーの蓄積を確認。……転移相対年数を述べよ」
クレスが困惑してクラースに顔を向けると、少し難しい顔をしてからクレスに顔を向ける。
「クレス、お前達が来た、正確な年代はいつだった?」
「え、えぇっと……。A.C4304年です。五月二十一日から来ました」
なるほど、とクラースは頷いてからオズに向き直り、ハッキリと声を張ってオズに伝えた。
「今から百一年後、五月二十一日を指定する」
「精霊の森より南にある地下墓地、その最奥へ!」
クレスがクラースの言葉に補足を入れると、オズはその姿を消した。
部屋が明るさを取り戻し、それからしばらくすると、またどこからかオズの声が聞こえて来る。
「時間転移先空間座標、安全条件クリア。メインプロセスを開始します。乗員は所定の位置に移動して下さい」
クラースが振り返り、一同を見渡しながら言う。
「どうやら始まるようだな……。準備はいいか? 一度向こうへ飛べば、すぐにダオスと相見えることになるだろう。準備不足と感じたなら、今ならまだ引き返せる。──どうだ、行けそうか?」
口々に大丈夫だと返す中、クラースは最後にウィノナに目を向けた。
その視線は、他のものとは明らかに種類が違う。
そしてウィノナもまた、クラースが何を言いたいのか理解していた。
──ついにここまでやって来た。
ウィノナにとっては邂逅の時であり、ダオスにとっては再会の時が、あの時代とあの場所にはある。
「失敗はしない。今度こそ、ダオスを救ってみせる……!」
ウィノナの力強い決意と宣言に、皆が頷く。
「行こう、みんな!!」
クレスの掛け声で全員がオズの直下にある、円形の舞台らしき台に立った。
「いよいよだ……」
チェスターが言って、クレスが頷く。
「僕らの時代に帰るんだ……。ようやく」
その呟きと同時に、タイムワープが開始する。
電流のような光が辺りを切り裂き、舞台を中心に集まっていく。
それらは時と共に合わさると、クレス達全員を中心として、円形の光の空間を作り出した。
光の奔流が始まると、それらが一層、激しさを増す。
光が最大限に収束、輝き始めたと思った瞬間、唐突に弾け飛んだ。
──そして、次の瞬間には、全員の姿がない。
後には奔流の名残りと、静寂だけが残された。