【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
精霊の森に入り、世界樹の根本まで辿り着くと、その樹幹の正面に光が集まった。
一瞬の輝きと共に現れたマーテルは、その目元を涙でしっとりと濡らし微笑みかける。
「ありがとうございます……。かつて交わした約束の通り、封印を解いてみれば、莫大な癒しの力が溢れ……。かつての姿を取り戻させてくれました。感謝の言葉が見つかりません……」
「それは何よりです……!」
ミントが両手を胸の前で組んで、喜びも露わに笑みを浮かべる。
ウィノナも同様に喜んで、もっとも気になる事を尋ねた。
「それじゃあ、大いなる恵みは……?」
マーテルはまるで少女のような、無垢な笑顔を浮かべて軽やかに答えた。
「……いずれ、必ずや実ることでしょう」
マーテルのその言葉に、ダオスは思わず、皆を掻き分け前に出る。
そこからマーテルの正面まで歩を進めると、きっちり三歩手前で足を止め、片膝をついて頭を下に向ける。
「唐突かつ、無礼を承知で、お願い申し上げる。その実りが生まれた暁には……是非、私に授けて欲しい。……我が故郷は死に行く大地。大いなる恵みを求めて、長くの時を旅してきた。魂削る旅を耐えてこられたのは、まさしくこの恵みを手に入れる為。……どうか!」
血を吐くような思いで言い終えると、ダオスは改めて深々と頭を下げた。
見るに見かねたウィノナも横に立ち、膝を付くと一緒に頭を下げる。
「アタシからもお願いします! どうかダオスに、大いなる恵みを授けてください!」
「……頭をお上げください。元より、断るつもりはありません」
ダオスが顔を上げ、そうしてもう一度、感極まった仕草で頭を下げる。
ウィノナもまた顔を上げると、ぱぁっと花開くような笑顔を浮かべた。
「ですが……、もちろん今すぐにというのは無理です。世界樹は今まさに、活力を取り戻したばかり。実りを得るには、多くの時間が必要です」
「それは、ごもっともだと思います」
「実りを得るのに必要な時間は、百五十年は後になるでしょう」
その膨大な時間に、ウィノナは思わず瞠目した。
マーテルの顔を窺えば、その端正な顔を申し訳なさそう歪めている。
しかし、ダオスは逆に笑みさえ浮かべて、事も無げに
「時間は私にとって、敵ではありません。百年の歳月とて、私には瞬きに等しい。だが、気掛かり──というよりは懸念が一つ」
何でしょう、とマーテルは微かに首を傾けた。
「いえ、これは世界樹やマーテルとは、直接関係のある話ではありません。それとは別の──」
ダオスは真摯に向けていたマーテルへの視線をずらし、幾らか剣呑の混じったそれを、クレスらへ向ける。
「貴様らの言う通り、確かにこの時代にマナはなかった。だから魔科学も用を成さず、衰退したと言われれば納得もする。しかし、これより先の時代は別だ。かつての技術を掘り起こし、あるいは新たな技術として生まれて来る可能性は常にある……」
それは確かに、ないと断言する事はできない事柄だった。
むしろ、当然あり得る未来だと推測できる。
マナの復活と共に魔術の復活を察知し、研究研鑽の再会が行われ、それに伴い魔科学への関心が深まっていく可能性は高かった。
それは十年、二十年という短い時間でならば、杞憂に過ぎないかもしれない。
しかし、百年以上先の未来では、何が生まれて、何が衰退しているのか、それを想像する事は難しい。
これから百五十年先の未来へ行っても、魔科学の発展と共に、またもや大樹が枯れているかもしれないのだ。
これを防ごうと思えば、ミッドガルズ同様また戦争を持って技術を捨てるよう脅すか、より過去に戻り発明者を殺すかだ。
だが、これは完全にいたちごっこで、成功したところでまた別の誰かが、新たな理論を構築する可能性が付きまとう。
未来へ小刻みに飛び、魔科学の兆候があれば説得する、納得しなければ殺す。
そんな事は、とても現実的とは言えなかった。
大いなる実りが、得られる希望はある。
それは確約して貰えたが、その実を得ることは、簡単なことではなさそうだった。
「──人間によるマナの大量消費。それによる大樹への被害、この懸念がどうしても消えぬ……」
ダオスが吐露すると、意を得たりとミントが頷く。
「では、ユグドラシルに再びバリアーを張り、マナの流出を防ぐというのは如何でしょう。世界は依然変わりなくマナは希薄、魔術が使えるほどにはなりません。バリアー内のマナは、大樹の周りだけに限定して循環します。実りの時も、より早く訪れるのではないでしょうか」
ダオスは顎の先を摘むようにして考える仕草を見せ、しばらくして、マーテルへ窺う視線を向ける。
マーテルも少し考える仕草を見せ、そして厳かに頷いて見せた。
「……問題はないと思います。そうであれば、実りの時期も早まり、五十年の時で現れることでしょう」
「懸念は取り除かれた」
ダオスはようやく表情を和らげる。
丸く収まりそうな気配に安堵しながら、それえもミントは自らを戒めるつもりで口を開いた。
「私達も、ただ手をこまねいている訳にはいきませんね。魔科学の危険性、マナの重要性を説き、世界樹があるがままに生きられるよう、尽くす必要があるのではないしょうか」
「ならばそれは、私にも協力できるな」
クラースが胸を張って力説を始めた。
「こと魔術の研究となれば、私の右に出る者はそうはいないぞ。それに、魔科学そのものが悪という訳でもない。マナの大量消費こそが悪だという論説でいけば、世間の賛同も得られるかもしれない。我が研究所にも召喚術だけではなく、スポンサーの得られ易い研究の一つも設立してみるのもいいかもしれない」
「そして、それに乗っ取られるわけか……」
チェスターがボソリと言うと、クラースは目を剥く。
「恐ろしい事を言うんじゃない! 我が召喚術の可能性は無限! 魔術にも、魔科学にも、決して劣るものではない。──そうとも、十年先には立派な学問として、世間に認めさせてみせる!」
決意を胸に秘めるクラースを横目に、とりあえずクレスは胸を撫で下ろした。
「何はともあれ、これで安心できるって事なのかな……」
良かった、と息をつくクレスに、他の面々も笑顔で頷く。
そうして緊張していた空気が幾らか弛緩する中、ウィノナがぽつりと寂しそうに呟いた。
「じゃあ、会うのはこれで、最後になるのかな……」
え、とクレスはウィノナに身体を向け、そしてダオスは目を伏せる。
「別にいいじゃないか、一緒に着いて行っても……」
「……出来ないよ」
朴念仁のクレスでも、流石にウィノナがダオスに向ける感情は分かる。
だから、その何気ない提案に、ウィノナが断るとは夢にも思わなかった。
「いや、でもよ……」
悲壮なウィノナの表情を見て、チェスターは言いよどむ。
その表情からは思いつきで言っているのではない、既に決意した心情が窺えた。
あれだけ尽くして来たというのに、ウィノナは共に行く気がない、と言ったに、チェスターも意外に思った。
しかしそれでも、決めたのはウィノナなのだ。
それをチェスターが何かを言えるはずもない。
一時考えるように眉根を寄せ、しかし説得するのも何かが違うと思い直した。
そして、すぐに無理して笑い飛ばす様に言う。
「まぁ、なんだ……、着いて行かないまでもさ。──ホラ、五十年先には会えるだろ。そりゃ老けた顔を見せるのは、抵抗あるかもしれないけどよ……!」
「過去は変えちゃいけない。──でしょ?」
ウィノナの寂しげな表情から出された唐突な一言に、チェスターは困惑を隠せなかった。
ウィノナはそんなチェスターを見つめてから、次に全員を見渡した。
「まだ一つ、やり残してることがある。それを思い出した。地下墓地を脱出する時に気づいたンだ、それが目に入ったから……」
「もう埋まっちまったろ、何があったっていうんだよ」
「……お墓」
「そりゃあ墓ぐらい、幾つでもあったさ!」
溜まりかね、苛立つように返答するチェスターに、クレスがハッとする。
ここに至って、ようやくウィノナが何を言いたいのか、分かった気がした。
「──違う、ウィノナの墓があった!」
「ウィノナの墓……? どういうことだ。ウィノナはここにいるのに、一体いつ死んだっていうんだ?」
クラースも困惑を隠せず、ウィノナとクレスの間に視線を行き来させる。
クレスの言った事に驚きはしたものの、まず納得できる内容ではなかった。
その名が刻まれた墓があったとして、だからそれが、ここにいるウィノナと関係があるとは限らない。
いや、とクラースは思う。
事ここに至って、全く無関係の同姓同名だと考える方が無理があった。
帽子のツバを下ろし眉根を寄せ、思考を加速させる。
「まさか知らずに、時間の流れ変えてしまっていた、とでも言うのか……?」
だとすれば、抜本的な改善が必要となってくる。
一体どこで何を間違ってしまったのか、改善を行うにしても、それで何が変わるかの検証も重要だろう。
頭が痛くなって額に手を当てた時に、チェスターが声を上げた。
「なぁ、ちょっと待ってくれよ。確かにさ、ウィノナの名前を彫った墓石はあったさ。……でもよ、その墓石、年号が変だったろ! だから……なんだ、オマエとは関係ねぇって!」
「いや、……それだよ。むしろ、だからこそじゃないかな」
クレスが得心が言ったように頷いた。
だが、その表情は決して、晴れやかなものとは言えなかった。
「確か……そう、死没の年が、生年よりも先になってたんだ。だから、きっと間違えて彫ったんだろうって。その時はまるで気にしてなかったけど……」
「でも、それには勿論、意味があった」
ウィノナは目を伏せて息を吐く。
「時を越えて旅をしてきたアタシたちに、時に関した矛盾が、無関係だとは思えない」
それまで現代の事情に疎いが故に、口を挟めないでいたアーチェが、会話に割って入って声を上げた。
「ねぇ、待って待って。だったらさ、そのおかしかった年号って、大事なことなんじゃん? 死没の年号ってやつ、覚えてなきゃマズいんじゃないの?」
「いや、流石にそこまでは……」
アーチェに指摘をされて顔を顰めたクレスは、ウィノナはどうだと顔を向ける。
だが、そこには諦めにも似た表情で、首を振る姿があった。
「もちろん覚えてない。アタシにとっては二年近くも前のことだし……」
一気に空気が重くなる。
しかし、それを払拭するように、チェスターがわざと明るい声を上げた。
「いや、でもよ! 墓さえあればいいってんなら、過去に戻ったクラースの旦那が、墓石だけ立てちまうとか!」
「没年まで正確に合わせて、立てるのは無理だ。そんな必然を作り出せるわけがないだろう?」
「……ああ、クソッ。何だよ。それって、そんなに大事なことか!? 年号なんて適当に刻んで、墓さえ用意すりゃ良いじゃねぇかよ!?」
チェスターは怒鳴り散らして地面を蹴る。
憤懣やるかたないといった表情で、その内から湧き出る感情を持て余していた。
クラースは冷静さを取り戻すのを待って、出来るだけ感情を込めずに理を説く。
「必要なのは、刻む数字の方じゃない。その地でどれだけ生き、影響を与えたかという方だ。人が営みの中で生きていれば、誰かに影響を与え、そして与えられるのは当然のことだ」
「でもよ、そんなに大それた人生送るとは限らねぇだろ」
「影響を与えるというのは、何も人生を左右する大きな出来事を、誰かの人生に起こす、という話ではない。本人にとっては些細なことでも、他人にとっては価値のある出来事、というのは往々にしてあるものだ。その些細なことが、百年後の世界にどういう影響を与えるかとまで考えると、もはや予想は不可能だ」
チェスターは黙って唇を噛む。
「過去で生きたウィノナの人生が再現されなかった場合、今とは全く違う時間の流れが生まれる可能性は高い。それを無視して、こちらに都合よく変えた結果が、最悪な事態を引き起こすかもしれないんだ。……過去にウィノナの墓があったというなら、それを限りなく正しい方法で再現する必要がある」
「──ウィノナはここまで、あんなに苦労して来ただろ! それなのに、なんだ……? ダオスに付いて行く事もできず、現代にも残れず、過去に戻って寿命で死ねって!? そんな可笑しな話があるかよ!」