【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
その時のトーティス村は、凄まじい混乱で、上へ下への大騒ぎだった。
一つ小さな振動が村を揺らし、地震かと警戒してた矢先に、それより遥かに大きな振動が襲った。
これが単なる地震であったとしても、村は騒ぎになったのは間違いないが、今回の振動は村が守護する聖樹に関する事だった。
眩いばかりの光と振動は、まさに聖樹そのものから発せられたものであり、ともすれば精霊の怒りだと。勘違いしてしまう者も出る程だった。
近年、次第にその姿が萎れつつあり、寿命も間近なのかと憂いてさえいた時に、この現象だ。
何が起こるか固唾を呑んで見守り、この世の終わりと悲観する者さえいた。
しかし、振動が収まってみれば、出て来たのは立派な姿を取り戻した聖樹だった。
――様子を見に行くべきだ。
――いや、危険かもしれない。
――今はまだ静観しよう。
そう、村人達が言い争っている間に、森の方角から何者かがやって来た。
それも一人二人ではなく、明らかに五人は超す集団が近づいてくる。
ミゲールはこの時、ユークリッドから帰ってきたばかりだった。
だが、その警戒と対処に当たって欲しい、と村人たちに頼まれて、その先頭に立っていた。
妻マリアとの話し合いを中断させ、腕の立つ門下生数人に声を掛けて、森から出て来る何者かを待ち受けた。
この騒動と関係のある一団を睨み付けていると、その先頭に立っているのは少年だと気付いた。
しかも、ただの少年ではなく、ミゲールのよく知る人物──。
自分の愛息子、クレスがそこにいた。
「クレス! 一体なにが、どうなってるんだ! どうして森からやってくる!?」
村人であっても、立ち入りが制限されている森。
しかも未成年は、入り口までしか許可されない。
外部の人間となれば近づく事さえ許されず、気付いたならばすぐにその旨を伝えて、退去させねばならないし、場合によっては力ずくで追い出す事もある。
それが聖樹を守護する者たちの務めだ。
その事を知らない筈もないクレスが、明らかに部外者を供に連れて来ていた。
ミゲールでなくとも、慌てて詰問口調になるのも、致し方のない事だった。
「朝から姿が見えないと、母さんも心配していたところだったんだぞ。……ああ、良かった。ウィノナも一緒か」
「父さん、ごめん。色々心配かけて……。でも、大丈夫。聖樹様も元気になっただけで、もう心配いらないよ」
ウィノナは目元を腫らしていたが、ちらりと儚い笑みを見せた後、右手で顔を覆ってしまった。
白い手袋に包まれた手だったが、その手の太さに違和感を持つよりも前に、身に付けている装備に目が移った。
今まで見たこともない全身レザーを身に纏い、黄土色にも見える、ストールのようなマントを肩から掛けている。
その見覚えのない格好もあり、ウィノナに大きな違和感を覚えた。
髪の長さが違うようにも思えるが、それだけではない気がする。
しかし、考えが形になる前に、集団より前に出てくた人影によって、思考が中断された。
クレス達を遮るようにして出てきた人物は、旧知の仲でもある、モリスンその人だった。
「どうか、クレス君たちを責めないでやってくれ。部外者を森に入れようと言ったのは、この私なのだ」
「……どういう事だ? 先程までの異変と、何か関係があるのか?」
モリスンは緊張を滲ませて頷く。
神妙な表情で、後ろの者達を気遣わしげに窺ってから、改めてミゲールに顔を向けた。
「まさしく、言いたいのはその事だ。まず、最初に気になっている事から話そう。──精霊の森の振動は、聖樹がかつての活力を取り戻したが故だ。心配する事は何もない。それは約束する」
話を聞いていた村人達は、それを耳にして明らかに安堵した。
中には脱力して、座り込んでしまう者さえいる。
「そして、それを事前に察知したのが……。紹介させてくれ、こちらの二人だ」
モリスンはそう言って振り向き、背後に黙って成り行きを見守っていた者達の中から、二人を手招く。
一人が帽子を取って礼をして、その隣に立ったピンク髪の少女も、窺うように小さく礼をした。
「クラース・F・レスターです。精霊に対する研究をしてまして……、今回、その事でモリスン殿からお呼びが掛かりましてね」
「アーチェ・クラインです。魔術に詳しいハーフエルフって事になってて──ああ、いやいや、詳しいんです。何か役に立てるかなぁって思って来ました。ウィノナとは親友です!」
愛想笑いを盛大に浮かべた少女を見て、ミゲールは首を傾げる。
ハーフエルフはともかくとして、ウィノナと遊んでいる姿は見た事がない。
一体、いつからの友人なのかと疑問に思ったが、ここでする質問ではないだろう、と気を引き締めた。
「では、そちらの精霊の研究家……さん? クラースさんの見解でも、心配はないと?」
「ええ、それは間違いありません。そちらの村でも、地母神として信仰されているそうですが、あの大樹には精霊が宿っている事が確認出来ています。枯れ行く大樹を救う為、長い間溜め込んでいたエネルギーを開放し、かつてあった姿まで回復させた。これが今回の顛末です」
「即興にしてはよく考えた──フガッ!」
アーチェと名乗った少女があっけらかんと呟いたのを、背後からチェスターが羽交い絞めにして口を塞いた。
ジバタバと暴れるアーチェを無視して、チェスターはミゲールに乾いた愛想笑いを向けながら、更に強く締め上げる。
ぐげっ、という乙女として出してはいけない声を上げて、アーチェは沈黙した。
それを確認すると、愛想笑いを固めて、チェスターはずるずると背後へ引き摺っていく。
場の空気が、少しおかしくなった。
モリスン咳払いを一つして、場を取り成しながら口を開く。
「まぁ、とにかくそういう訳で、今後危険が生まれる心配はない。それどころか活性化したことで森も、水も、空気までが清浄になって行くだろう。外部から人がやって来る可能性は高まるが、これからも変わらず、守り人とやってくれればそれでいい」
ふむ、とミゲールは頷き、腕を組む。
納得できるような、出来ないような……。
そうした不安はあるものの、危険がない事だけは確かだろう、とミゲールは結論付けた。
何より旧知の仲であるモリスンが、ミゲールとトーティスに対して、害になる嘘を吐く筈がないという信頼もある。
「それについては分かった。安心していいのだと、後で他の村人にも伝えさせよう。それより……」
ミゲールが気になったのは、クレス達の姿だ。
ウィノナが気になったのも勿論だが、クレスやチェスターとて、その姿には大きな違いが見える。
土や埃で汚れているのは、まだいい。
また訓練でもして、盛大に地面を転がったのだろうと想像が付く。
しかし、汚れはともかく鎧についた大小の傷は、単に訓練で付いたというには年季がありすぎる。
更に、傷だけではない。
磨耗して擦り切れた鎧の淵や、剣柄の握りに染み付いた痕が、それを長時間の使用を物語っている。
また、その体格。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うものの、これには理解の範疇を越えていた。
訓練だけではなく、実戦にて鍛えられたかのように見える筋肉と、剣の柄に手を当てた隙のない立ち振る舞い。
見れば見るほど、見違えた、という言葉がしっくり程に逞しい。
実は別人と入れ替わっていると言われても、納得してしまいそうな変化ぶりだ。
「……クレス、お前に何があった? 一体どうすれば、たった半日でそうなる?」
ミゲールの口から出た問いに、クレスは口をぽかんと開けた。
意味が分からないのでも、誤魔化したいのでもない。
クレスは単に、ミゲールの言葉で虚を突かれたのだ。
頭のどこかでは、確かにそれを理解していたのに、多くの冒険、多くの苦楽、そして多くの時間を過ごしたせいで、それが全く麻痺してしまっていた。
トーティスという小さな村で過ごし、そして何事もなく生きていたなら、きっと遭遇しなかった多くの出来事があった。
信頼できる仲間達と共に魔物と戦い、己が力量を示す為、精霊と力比べをし、人類の存亡を賭けた魔王軍の戦争への参加──。
どれもこれもが、作り話だと笑われる冒険ばかりだった。
誰かに話しても、幻想的な冒険譚だと感心されるか、あるいは面白い作り話だと馬鹿にされるか、だろう。
それでもクレス達は、確かに、間違いなく、過去の時代を生き……そして、駆けた。
道場を継ぐため剣を振るい、時として森に獲物を狩りに出かけるような平和な毎日――。
その頃との落差を考えると、まるで別の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚える。
実は夢だったと言われても、信じてしまいそうだった。
チラリとチェスターを見ると。どうやら同じような事を考えていたらしい。
互いの目が合うと、どちらからともなく笑い出した。
「そうか……。まだ半日しか経っていないんだ」
たった半日に凝縮された大冒険は、今ここに終わった。
空を見上げれば、青い空と疎らに浮いてる白い雲が見える。
風が髪を撫でつけ、小さな花びらが空を舞った。
視線の向こうには、青々と繫る葉、力強く大地に立つ樹幹、そして堂々と聳え立つ世界樹が見えていた。