【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
そうして五日余りの日が、あっという間に過ぎていった。
陽もすっかり上がった昼頃、クラースは村を出立すると言って来た。
これに驚いたのはクレスで、早々に帰るという話こそ聞いていたが、こんなにも早くなるとは思ってもいなかった。
大体、ウィノナの準備だって必要になる。
そう言って止めたのだが、そのウィノナが準備を万端整えてしまっていて、引き止める口実を失ってしまった。
その様な事だったから、クラースとアーチェは旅支度を整え、家の前でクレスの両親に挨拶する。
「随分と、お世話になりました。あまりに長居するのもご迷惑となりますので、これにて失礼させていただきます」
「まぁ……、大したお構いもできませんで……。もっとゆっくりなさっても、全く歓迎ですのよ?」
一礼したクラースに、マリアは心に思ったままの言葉を口にしたが、それには心遣いだけ、と固持した。
アーチェもそれに倣って、礼をして背を向ける。
家から出るとチェスターが待っており、クレスとウィノナも後に続いて数歩進む。
そこで一度振り返り、玄関前まで見送りに来ていた、マリアとミゲールにもう一度頭を下げた。
「お世話になりました」
マリアは肩口まで上げた手をゆっくり振って、その横に寄り添うミゲールが、その肩を抱いた。
アーチェが大きく手を振りながら歩き出し、それに着いていくようにして全員が歩き出す。
クレス達は見送りの為で、ウィノナもまた、それに付いて行くという
村の出口に着くと、ウィノナの荷物を持っていたアーチェが持ち主に返す。
偽装と言う程の事ではないが、ウィノナが持っていたら、それは何のつもりだ、と咎められてしまう。
アーチェに持って貰っていたのは、不審がられない為の措置だった。
ウィノナは出立するならアーチェと一緒に、と決めていた。
いよいよお別れだが、今わの際になっても、クレスの不満は消えなかった。
「まだ、いいじゃないですか。もう少し、ゆっくりしていっても……」
「それだと、何日でも居ついてしまうよ。別れが惜しくなる。いつまで経っても旅立てない」
クラースが頭を振ると、クレスは元より、チェスターも落胆して見せた。
返って来る言葉は、そういうものだと分かっていた。
引き止めたいが、クラースの意志は固い。
仕方ない事は分かるが、それでももう少し、と思わないではいられなかった。
「ごめんね、クレス……。早い方がいいって言ったのアタシだから……」
「本当に行くのかい……」
クレスが寂しげに眉尻を下げた。
クラースには今後二度と会えないことと同様、ウィノナとも今生の別れになる。
同じ別れでも、一緒に過ごして来た時間は、ウィノナの方が遥かに長い。
それを思えば、やはりまだ残っていて欲しい、とクレスは思った。
「クラースさんはまだしも、ウィノナは故郷を出るんだ。もう少し居ても……」
クレスは寂しげな表情を隠さぬまま、自分の心からの気持ちを伝えた。
しかし、ウィノナの決意は、クラース以上に堅かった。
「これを機会と考えないと、一年経ってもふんぎりは付かないよ。……だから、行く」
ウィノナはまだ、ミゲールとマリアに別れを言ってなかった。
しかしこの旅立ちを、そもそも言う気がない。
ここから離れます、二度と帰れませんが行ってきます、などと言っても頷いてくれるとも思えない
かと言って、そもそも本当の理由を言った所で、通じるものでもないだろう。
――我ながら薄情だと思う。
実の両親以上に愛を注いでくれ、ウィノナもまた実の両親以上に、二人を慕い……そして愛した。
その感情に嘘はないし、血の繋がらない自分を、ここまで育ててくれた恩義を感じない日はなかった。
もし、何も起こらず平和なまま、このトーティスで過ごしていたら……。
きっとそのまま、村の中で生き続けていたに違いない。
骨を埋める事になっても、それに不満を一切感じず、それこそ二人の最期を看取るまで暮らしていただろう。
──しかし、ウィノナはダオスと出逢った。
ダオスを故郷に帰す為、出来る事なら何でもする、叶えてみせると決意した。
その決意が薄れない限り、ウィノナは立ち止まることなく進み続ける。
だから、せめてこの五日の間は、親孝行を尽くした。
唐突な行動に思えただろうが、マリアはすっかり花嫁修業に取り組みだしたのだとはしゃぎ、父は寂しげに笑いつつも、その孝行を喜んで受け入れていた。
マリアは時折、ウィノナを見て寂しげな笑みを見せる事があり、それがウィノナをドキリとさせた。
それでも数秒後には直ぐ元に通り、いつもの笑顔を見せてウィノナに接する。
普段からおっとりしているマリアには珍しく、時に厳しい指導すら見せた。
もしかしたら――。
事情を知らずとも、ウィノナが何をするつもりか察した上で、全て呑み込んでくれたのかもしれない。
「寂しくなるな……」
その意思を変えられないと悟ったチェスターは、悲しげに目を伏せた。
ウィノナとは物心ついた時からの友人だ。
お互い親を失った者同士、分かり合える事も多かった。
異性の友人というよりは兄妹という方が、チェスターとはしてはしっくり来ている。
身内に向ける愛情は人一倍強いチェスターだからこそ、この別れもクラースとのもの以上に辛かった。
行くな、とチェスターは言いたかったが、あの日森で見た姿を思い出してしまうと、何も言えなくなる。
ウィノナがダオスをどれだけ強く想っているのか、チェスターはあの光景を見て強く実感した。
「……ただ、風邪には気をつけろよな」
だから、チェスターは当たり障りのないことだけを言い、他の言葉を飲み込む。
言いたい事は山ほどあったが、決意の込められた瞳を見るだに、野暮だと思って口を結んだ。
「皆も、元気で……」
震える声を呑み込んで、ウィノナは深く頭を下げる。
「今まで沢山、数え切れないくらい、助けてくれてありがとう。数え切れないくらい、素敵な思い出をありがとう……っ」
頭を上げたウィノナの瞳は、大粒の涙で濡れていた。
クレスの目端にも涙が溜まる。
「アタシの机の上に手紙を置いてあるから、お母さんとお父さんに渡してね。本当の事は書けないけど……。でも、アタシの本当の気持ちが綴ってあるから……!」
「ああ、必ず渡すよ……」
「ごめんね、損な役回りで」
「いいさ、両親には僕の方からも、上手くフォローしとく」
「ごめんね。ううん、ありがとう……っ!」
「……いいんだ」
二人の顔は涙で濡れて、それでも拭おうとはしない。
ただ感謝を言い、あるいは受け取り、お互いを見つめて静かに頷く。
それに触発された訳でもないだろうが、アーチェもチェスターに、ジト目で何か言いたそうにしていた。
視線に気付いたチェスターが、何だよ、と訝しむ。
それでもアーチェは、やはり何も言わない。
クレスとウィノナの二人と違って、素直になれない二人に、ついに焦れたミントがチェスター達の間を取り持つ。
「何か言ってあげてください。このままは行っては、少し寂しいと思います……!」
「……俺は別に寂しくねぇし」
チェスターはぶっきらぼうに言い放ち、顔を背けてそのまま一顧だにしない。
そうとなれば、アーチェも面白くなかった。
たちまち仏頂面になり、腕を組んでチェスターとは逆方向へ、身体ごと顔を逸らす。
「あ、そういうこと言うんだ。いーですよー、あたしだってせいせいするし!」
「──アーチェさんまで! チェスターさん、アーチェさんは一度帰れば、百年も私たちと会えないんですよ! 何とも思わないんですか!?」
目端に涙を溜めながら訴えるミントに、チェスターも流石に後悔の念が生まれた。
実感は持てないながらも、百年という年月の重さは理解できる。
実際にその時を過ごさねば会えないというのは、確かに茶化すような事ではないだろう。
それでも簡単に素直になれないチェスターは、仕方なし、やむを得ず、という雰囲気を感じさせるまま言葉を吐く。
「待ってるからよ……。必ず、会いに来いよな」
やはり視線は向けず、身体は横を向いたまま。
それにも関わらず発せられた言葉に、アーチェもとうとう堪えきれずに笑みを浮かべた。
「うん、会いに来るよ。──約束だかんね」
それらを見守っていたクラースは、喧嘩別れにならずに済んだか、と安堵の息を吐いた。ここまで来て関係が拗れるなど、笑い話にもなりはしない。
とりあえず良い方向に空気が流れだしたのを切っ掛けに、クラースが最後の挨拶のつもりで前に出た。