【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
「トールへ行って、時間転移装置を使ったら、今後使用されることがないよう、責任を持って封印するつもりだ」
「それがいいと思います」
クレスが頷き、ウィノナも頷いた。
他の面々も、それに続いて追随して頷く。
時間転移がどれだけ危険のある行為なのか、それは自分たちがよく知っている。
しかし今後、それを悪用しようとする者、あるいは何も知らず偶然使用してしまう者、それらが現れないとも限らない。
クレス達がウィノナやクラースと再会できる唯一の装置だが、それよりも、いつ何時悪用されるか考えれば、その懸念は消した方が良い。
だから、きっとこれでいいのだ。
全員の賛同を得られた事に、クラースは安堵して胸を撫で下ろした。
これで憂いを残す事もない。
「……私たちは、本当なら出会う筈がなかった。いや、出会うことが出来た」
クラースは帽子のツバを上げて微笑む。
「感謝するよ」
「僕らの方こそ、ありがとうございました。あの……」
感謝の後に、何か言おうとして、言葉に詰まる。
クラースの横に立つウィノナに、バツの悪そうな顔を向けた。
「いや、やっぱり止めとこう。ウィノナに怒られるな……」
クレスは頭の後ろを掻いて、照れくさそうな笑みを浮かべる。
それから、しばしの沈黙があった。
だが、苦痛になる沈黙ではない。
クラースは何か気の利いた事でも言おうかと思い、しかしこの沈黙ほど雄弁に語るものはない、と考えを改めた。
沈黙を楽しむように空を見上げ、流れる雲を楽しむ。
他の面々も同じく空を見上げては、頬を撫でる風を楽しんだ。
しかし、続いた沈黙も鳥の囀りで終わりを迎える。
我に返ったようにクレスは鼻の下を人差し指で擦り、クラースは顎の下を撫でてから別れの言葉を放つ。
「……それじゃあ、そろそろ行くな」
ふわりと笑って一度、手を振る。
クラースが踵を返すのを見て、ウィノナとアーチェも背を向けた。
「お元気で!」
クレスも手を振り、続いてミントとチェスターも、同じ言葉をめいめいに三人に送った。
その言葉に弾かれるようにウィノナは向けた背を翻し、再びクレス達の元へ走り寄って来る。
どうしたと思うも束の間、ウィノナはクレスに抱き着いた。
何を、と思う暇もなかった。
クレスの両腕が宙を彷徨う中、ウィノナの方は背中の後ろまで手を回し、強く抱きしめる。
「……ありがとう。クレスも元気で」
そこにあるのは、純粋な感謝の抱擁だ。
それでクレスも力を抜いて抱き返す。
ああ、と小さく返すと、ウィノナはすぐにクレスから離れ、隣のミントにも、同様に抱きついた。
「ありがとう。ミントがいなければ、アタシは死んでたかもしれない。命の恩人だよ」
「いえ、そんな事は……」
「クレスのこと、お願いね」
「……はい。怪我や病気は、私が責任を持って癒してみせます」
そう意味じゃない、とウィノナは思ったが、改めて言うのも野暮かと思って、そのまま身体を離す。
それに敢えて言うまでもなく、クレスと気持ちは通じているように見えた。
アミィという強力な恋敵がいる事は知らないだろうが、それでも旅の間に育んだ二人の絆が、早い内に芽吹いて成就させるだろう。
ウィノナは意味深な笑みをミントに向けた後、チェスターにも同じように抱きしめる。
その肩に額を押し当てれば、チェスターは痛いほどに抱き返した。
「いつだって、アタシの為に怒ってくれて、叱ってくれた。ありがとう……」
「まぁ……、出来の悪い妹の為に、苦労するのが兄貴の役目だ」
「これからは、しっかりする……」
「ああ……。オマエはいつだって馬鹿やるし、危なっかしい。心配だよ、俺は……」
家族に対してしか向ける事のない、偽りない心配をウィノナは受け取る。
クレスと同様、常に傍にあって、そして常に気を配っていてくれた親友。
だが、それももう今日で最後なのだ。
ウィノナの方からも一度、締め付けるほど強く抱きしめ、それでようやく離れて、クラースの元へ帰る。
「──アタシは幸せ者だ! それだけで、これから頑張っていける!」
大きく手を振り、今度こそ背を向けた。
アーチェの背を押しながら、クラースの横に着く。
遠退いて行くウィノナ達の背中を、クレス達は手を振り返しながら見送る。
その背がいよいよ小さくなりかけた頃、クレスが一歩を踏み出して、大きな声を上げた。
「……クラースさん、やっぱり一つだけ!」
その遠退いていく背に届くように、より腹に力を入れて声を出す。
「辛い事もあったし、大変な旅でしたけど……! けど、やっぱり楽しかったです! ありがとうございました!」
クラースは振り返り、一度だけ大きく手を振る。
「──ああ、楽しい旅だった!」
隣のアーチェがぴょんぴょんと飛び跳ね、やはり大きく手を振った。
何事かを言っているようだったが、こちらに声までは届かない。
クレス達は涙を流しながら――それでも笑顔のまま、その背が見えなくなるまで手を振り続けた。
そうしてついに、稜線からその姿が消えてしまう。
惜しむように振っていた手を下げ、もう誰もいない平原を見つめる。
この余韻を楽しむか、それとも気分を切り替えて村の中に戻るか……。
迷っている内に、サッと上から影が降ってきた。
敵か、と咄嗟に身構える。
それは旅の間に身に付いた、賜物とも言える反応だったが、実際に武器を手にする前に声がかかる。
その、ぶっきらぼうにも聞こえる明るい声が、クレス達の耳朶を打った。
「──よっ! 約束通り、会いに来てやったよ」
その人影は地面に降り立ち、箒の柄を地面につける。
確信を持って目を向ければ、そこには素知らぬ顔を横に向け、視線を合わせないアーチェがいた。
呆れたように戦闘態勢を解いたチェスターが、思わず食って掛かる。
「来るのが早過ぎんだよ! オマエ、余韻ってもんを考えろ!」
「何よ! あたしだって精一杯待ったんだからね!」
アーチェは怒りも露に箒を振り回し、だがチェスターは、それを縦に横にと回避する。
口では文句言いながらも、お互いその顔に笑みを隠し切れていない。
クレスが顔を上げて笑い、ミントも口元を綻ばせ、手を当てる。
ギャーギャーと騒ぐ二人を見て、先ほどの空気が嘘のようだ、とクレスは思った。
旅の中、幾度となく見てきた光景が、そこにある。
クレスにとっては昨日まで──あるいは今日まであった当たり前の光景だったが、これこそアーチェが求め、百年待ち望んだ瞬間だった。
その光景をしばし眺めた後、ハッとして、クレスはアーチェに詰め寄る。
「そうだ、アーチェ! ミントのお母さんは!?」
「やっべ、すっかり忘れてたぜ! 悪ぃ、ミント!」
チェスターがミントに顔を向け、両手で拝むようにして頭を下げた。
ミントはゆっくりと首を横に振る。
「いいんですよ、チェスターさん。私はずっと、気になっていましたけれど、アーチェさんを信頼してましたから」
そう言って、ふわりと微笑む。
アーチェはそれに応えて、右手で指を二本立てて掲げる。
「ふっふーん! 誰かさんと違って、百年先のことでも覚えているのが、このアーチェさんなわけよ」
自信満々の言葉に、クレスは顔を綻ばせる。
「それじゃあ……!」
「ばっちり助けてあるよ! 今もモリスンさんの屋敷にいるんだから。──ほら、今から会いに行こうよ!」
「……はいっ!」
ミントが輝くような笑顔を見せて、胸の前で手を合わせる。
それを合図にクレスは歩き始めた。
そして、アーチェはチェスターの肩をバシバシと叩きながら、それに続いて村を出る。
途中まではウィノナ達が通ったであろう道を、なぞるように進んでいたが、山道が見えた辺りで西へ曲がる。
ウィノナ達は、この先の山道をそのままユークリッド方面へ進んでいっただろう。
一瞬、哀愁のような感情が浮かんで、咄嗟にクレスは首を横に振る。
アーチェの浮かべる笑顔が実に眩しい。
百年の間に、積もりに積もった何かを吐き出すかのようだ。
それを証明するかのように、アーチェのお喋りは止まらない。
それに逐一ツッコミを入れるチェスターも、それに一つ一つ丁寧に頷くミントも、実に表情が明るかった。
温かな陽の光を浴びながら、クレス達はウィノナとは、また違う道を進んでいく。
今のクレスの心の中には、希望が溢れている。
ウィノナ達もそうでありますように、と願いながら、クレスはモリスン邸を目指して行った。
とりあえず、再会を果たした親娘に、どういった言葉を掛ければ良いかを考えながら──。