【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
ウィノナ達は夜を徹して移動し続け、ユークリッドへと続く山道より、西方にある海沿いの漁村ヴィオーラまでやって来た。
屋敷がある場所はここから近くの筈で、騎士団のような目立つ存在が出入りしているなら、村人の誰かが目撃している可能性は高い。
食糧の買い付けにと、途中で寄った可能性もあった。
そうして話を聞いてみると、騎士団はこの辺に住んでいないと言う。
しかし、つい最近村の前を横切って行くのを見た、とも聞くことが出来た。
――奴らのマントの裾を掴んだ。
そう思った時、横合いから風変わりな男に声を掛けられた。
布を頭にグルリと巻き付けた学者風の男は、自らをトリニクス・D・モリスンと名乗った。
しかし、何しろ危険に身を寄せようとしているところだったから、この男を信用しても良いものか、ウィノナには判断が付かなかった。
「君たちは何故、こんな時間に? それも騎士団のことなど尋ねて。余程の事があったのだと、推察はできるが……」
クレスはウィノナの耳に口を寄せ、小さく何か知っているかと聞いた。
だが、ウィノナは小さく首を横に振るだけだ。
少なくとも、覚えている限りで、この男が予知夢に出たことはない。
敵だとしたら、そう易々と自分達を逃がさないだろう。
あるいは味方だと誤認させ、警戒を解いたところで背後から襲いかかる、ということもあり得る。
何と答えたものか考えあぐねていると、向こうの方から何かを察したような顔をした。
「いや、怪しい者じゃない。……と言っても、素直に信じられないか。君達のお父上とは古い友人だし、トリスタンのじい様とは茶飲み友達だ。アルベインの二粒星のことは、よく話に聞いているよ」
ホッと息を吐いたクレスとは反対に、チェスターはクレスに腕で遮って息巻いた。
「アルベイン家に誰が住んでるかぐらい、調べりゃすぐに分かることさ。それだけじゃ、信用するにはまだ早いぜ」
それもそうだとクレスは思い直すと、チェスターに軽く顎を引いて感謝を示す。
すると、今度はモリスンが参る番で、どうしたものかと唸り始めた。
「じゃあさ、トリスタン師匠と頻繁に話してるなら知ってるかもしれない問題。クレスとアタシ、どこまで修練が進んでるか分かる?」
意地悪な質問のつもりだったが、むしろモリスンの顔は明らかに綻んだ。
「あぁ、勿論知ってるとも。クレス君が第三修練を終えて、ウィノナさんは第二を終えた頃じゃなかったかな?」
それを聞いて、クレスとウィノナは顔を合わせて頷いた。
疑い出したら切りがないが、少なくともこんな事を情報収集しないだろう。
クレスは頭を下げて謝罪し、気が抜けない状況でしたから、と言い訳をした。
「詳しく聞こう。何があった?」
「それが……、何から話したらいいか……」
クレスは唸って首を捻る。
ウィノナの予知夢の事など、下手に話せばその説明だけでも一日掛かりになりそうだ。
しかも、それは主題ではない。
あれこれと頭を悩ませていると、ウィノナが先に説明を始める。
クレスが考えをまとめてから話そうと思えば、どれほど時間をかけたか分からない。
ウィノナのこういう機微は有り難い、と素直にクレスは思った。
「簡単に言うと、ユークリッド独立騎士団が、クレスのペンダントを持って逃亡しました」
「いや、それはざっくり言い過ぎじゃないかな」
クレスはもっと他に言うべきことがあるはずだと思ったが、モリスンの変化は劇的だった。
「まさか、アルベイン家に受け継がれるべき、あのペンダントを奪われたのか!」
モリスンの剣幕に、三人は思わず姿勢を正した。
「は、はい! そうです!」
「多分、こっちの方に逃げたンじゃないかと思い、追いかけてきました!」
「君たちだけで? ミゲールはどうした!?」
「いや、そっちはユークリッドの方に直談判して、ペンダントを返してもらうとかで……そっちに行きました」
「なんたることだ! すっかり奴らの後手に回されている! 私は行かなければ!」
「行くって、どこに行くんです!?」
今にも駆け出しそうなモリスンを留め、クレスは両手を広げて行く手を遮る。
それだけでは心許ないと思い、ウィノナもクレスに倣って両手を広げた。
そこまでされては、流石のモリスンも立ち止まり、焦る様子を隠す事なく話し始める。
「騎士団がこの道の先を進んだというのなら、狙いは一つ。そこにあるのは地下墓地だけだ」
「じゃあ、今からそこに?」
クレスが問うと、違う、とモリスンは短く答えた。
「最悪の事態だが、まず確認がいる」
モリスンは顔に苦渋を滲ませて、額に拳を当てる。
「どちらを優先するか迷う所だが、 ミゲールのペンダントが奪われたのであれば……順番的には、恐らく二番目だ」
順番とは何か、と訊きたかったが、モリスンの迫力がそれを許さない。
「彼女の物も同様に奪われているか、あるいは隠し場所を知るため拷問しているか……。どちらにしても、ろくでもない目に遭っているのは間違いない」
ウィノナはとりあえず頷く。
彼女の物もということは、ペンダントは二つあった、ということだろうか。
「囚われているのなら、少し心当たりがある。私はまずそこへ向かうから、決して勝手に地下墓地へは近づくな」
そうは言っても、その為にここまで来たのだ。
家族に秘密で来たのは単に止められるから、という理由ばかりではない。
夜が明ければ全てが元通りになっている、それを実現させる為に来た。
だがモリスンには、まるで一人で全てを片付けようとする雰囲気がある。
「地下墓地へ向かったのが先行部隊だとしても、あっちの守りは手薄になってるだろう。チャンスはある……」
終いには、こちらを無視して自分に言い聞かせているような口振りを始めた。
そうかと思えばこちらへ振り返り、頼みたいことがある、とモリスンは言っ放った。
「夜が明けてからでいいから、自宅に来てくれ。ここから見て、山側にある。他に屋敷と呼べるような家はないから、すぐに分かるだろう」
そうとだけ言うと、慌しく二人の横を通り過ぎて駆け出していく。
では、初めから黒騎士の屋敷だと思って向かっていたのは、モリスンの屋敷だったのだ。
あるいは知らずに突入し、モリスンに迷惑を掛けていたかも知れない。
それを思うと、ここは素直に従っておいた方がよいかもしれない、という気持ちになってくる。
「どうする……?」
「どうするってなぁ、ウィノナ……。ここまで来たもんを……」
「じゃあここは、アタシ達の財布の紐を握ってる、クレスに任せるよ」
「ええっ、僕かい!?」
突然、水を向けられて、クレスは面食らって一歩身を引く。
だがすぐに考え込み、視線を下へと向けた。
「……やっぱり、準備は必要だと思うよ。地下墓地っていうのが、どれほど深いのかも分からないんだし。まずはモリスンさんの言う通り、明日屋敷に向かおう」
協力者が出来れば、ペンダントの奪還も無事に済む可能性が高まる。
そういうことで、村で一泊することになった。
それは良いのだが、床に就いても聞き慣れない波の
これから行うことが全て上手く行く保障は、勿論ない。
今まではそれでも、何とかなるだろう、何とかしてみる、という気持ちでいた。
それなのに、その気力を波が引いて行くのと同時、一緒に持っていかれるような感じがする。
これでは果たして安眠させてくれるかどうか。
しかし、それは全くの杞憂だった。
実際は、目を閉じた次の瞬間、既に眠りに落ちていた。
◇◆◇◆◇◆
一夜明けた早朝……。
まだ完全に日が昇りきる前に、三人は言われた通り、モリスンの屋敷へと向かった。
辺りには屋敷どころか、民家の一つすらない。
山際に近づくにつれ見えてくる建築物が、モリスンの屋敷でなければ、他の屋敷など見つけるのは不可能に思えた。
そうして屋敷の門を通り、正面玄関に向かう途中、クレスは二階の窓に人影を見た。
「あれ……?」
恐らくは三十代と思しき女性で、もしかしたら母マリアと同年代かもしれない。
長く伸ばした金髪は肩まで掛かるほど長く、耳には何やら白馬とよく似た動物の、不思議なイヤリングをしていた。
クレスの視線に誘われて、チェスターも顔を上げる。
そこにいる金髪の女性が目についたが、モリスンの奥さんだろう、と特に深く考えずにチェスターは思った。
耳には白馬のイヤリングが見えるが、何故
そのような馬は聞いたこともない為、チェスターには強く印象に残る。
女性にしても瞳の色が同じ緑だったので、尚更そう思ったのかもしれない。
見るともなく見て、観察している自分に気がついたチェスターは、今はそんな場合じゃなかった、と我に返る。
そうして、クレスの肩を叩いて屋敷の中へと入っていった。
すると、そこでは既に、今や遅しとモリスンが待ち構えていた。
その隣には、貞淑そうな少女もいる。
長い金髪は腰まで伸び、普段は芯が強いだろうと感じさせる瞳だが、しかし今は悲しげに伏せられていた。
娘さんですか、とクレスが訊く前に、モリスンもまた悲しげに口を開く。
「彼女だけは無事、保護できた……」
「彼女……、保護……とは、つまり?」
「クレス君、昨晩言った通りだ。拉致され拷問されている可能性があると。誤算だったのは親子共々、拉致されていたことだった」
「え……。でも二人共、助け出せたンですよね?」
ウィノナが問うと、モリスンは慙愧に堪えない、といった様子で首を横に振る。
「この子――ミントしか居なかった。彼女の母も一緒に囚われ、別の牢にいたと言うから、探してみたんだが……。誰もいなかった」
「そんな筈はないんです……! ずっと私のことを励ましていてくれました……!」
伏せていた顔を上げたミントの顔は、泣き腫らした目に涙を溜めていた。
ウィノナは痛ましい物を見る目でミントに顔を向けたが、目が合う前に慌てて伏せる。
ここで同情するのは容易いが、安易な慰めもミントは求めていないだろう。
ウィノナには、掛ける言葉が見つからなかった。
しかし、自分達がすることは変わらない。
戦う理由が、また一つ増えたというだけだ。
ウィノナは強く拳を握った。
「ミントの母親を見つけようよ! 別の場所に移されただけかもしれないンだしさ。一緒にクレスのペンダントだって取り返すンだ!」
「おうよ、俺たちだって戦える! 全員倒すなんて、大口は叩かねぇ。だがよ、ひと一人、物一つくらい、かっさらってみせるぜ!」
「――いいや、君達では無理だ」
きっぱりと言ったモリスンに、チェスターは元よりクレスまで気色ばむ。
「……納得できないって顔をしているから尋ねるが、君達は本気のミゲールと戦って勝てるのか? いっそ、三人掛かりの想定でもいいが」
クレスは言い返せず、息を詰まらせた。
手加減された稽古の中で、一本取った事ならばある。
ウィノナもやはり、同様に取った事があった。
しかし、実力の半分程まで力量を上げてもらった立ち合いでは、全く手が出ないのが事実だ。
モリスンの口振りからして、黒騎士の力量はミゲールと同等、と推定しているのだろう。
少なくとも、三人掛かりでミゲールを足止め出来なければ、参戦する資格すらない、と判断されていた。
モリスンが、にべもなく断る理由については、確かに納得がいく。
だとしても……。
「私はもう行く。ミントのことは、しばらく面倒見てやってくれ」
返答なく押し黙るクレス達を見て、モリスンは一瞥をくれるだけで出て行った。
せめて即座に反応し、言い返せていれば、また違ったかもしれない。
だが今、玄関に残った四人は、その背をただ黙って見送るしかなかった。
漁村ヴィオーラは矢島さら女史著、紺碧の絆に登場します。
実際あの辺り、モリスンの屋敷以外なにもありません。
作中では、行商だけで生活必需品を賄っている様子でした。
でも、本当にそれだけを頼りに生きているとも思えなかったので、近辺に村ぐらいあるだろうと思い、使わせて頂きました。