【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~   作:鉄鎖亡者

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新たな生活 その3

 

 視界の奥に海が見えて、太陽はもうすぐ、その水平線に接しようとしていた。

 海岸沿いには桟橋が幾つも作られていて、その上に平屋が幾つも建っている。

 

 漁師として生活を営む者達が暮らしていて、船が自宅に係留できるようになっているようだった。

 

 家があるのは、何も桟橋の上ばかりではない。

 海岸沿いの砂場近くに家を建てて暮らす者達もおり、浅瀬に作った養殖場を管理したりと、そういった住み分けが出来ているようだった。

 

 ウィノナは村の中をちらちらと眺め、海とは反対側へと目を向ける。

 目と鼻の先という訳ではなかったが、近くには森があり、その奥には山が見えた。

 

 山林からの恵みも期待できそうだったが、その近くに住居は見当たらない。

 この村と交流がある他村などは、目に見える範囲にはないようだった。

 

 ウィノナはしばらく歩いて、見つけた村人に声を掛ける。

 網の手入れをしていた、良く日に焼けた男性は、ウィノナに気付いて顔を上げた。

 

「おや、どうなすったね?」

 

「この村に移住をしたい者なのですが、住める土地はあるでしょうか」

 

 なるべく丁寧に愛想よく尋ねたつもりだったが、村人の表情は動かなかった。

 少し不躾過ぎたか、と思っていると、すぐに驚愕とも、歓喜とも取れる表情に変わる。

 

「なんだ、ウチみたいな所に、自分の方から住みたいなんて人が来るとはなぁ! 勿論歓迎だが、そういう事は村長に言ってもらわんと! ──早い方がいいだろうね。どれ、着いてきんさい」

 

 村人は破顔して、網を丁寧に片付けると立ち上がる。

 手招きに応じるままに背中を追い、桟橋の先へと向かった。

 

 踏むだけでギシギシと板が鳴いて、人がすれ違うだけの幅しかない、細い板張りの道を歩いていく。

 潮の香りが漂い、板張りの隙間から水辺が見えた。

 

 その見慣れない雰囲気に身震いする。

 この様な不安定な所で暮らして、不安にならないのだろうか。

 

 そうして着いた先は、他の民家と変わらぬ大きさの、平屋のような家だった。

 戸が開き放たれた家に、村人はそのまま入っていく。

 

 田舎の家はどこもそうだな、という感想と共に、ウィノナも続いた。

 

 村長には挨拶もそこそこに、先ほどの村人と同様移住したい事を伝えると、二の句もなく了承を貰えた。

 

 常々村の人口を増やしたいと思っていたそうで、近くユークリッドにも、移住希望を募る為に出かける予定があるという。

 

 一年ほど前に流行の病がこの村にもやってきて、薬もろくに用意がなかった家は病床に伏し、そして帰らぬ人となる者が多かった。

 

 一度に多くの人口が減少し、漁をするにも、保存食を作るにも、まるで人手が足りていない。

 

 働ける健康な者は、今はどんな人でもありがたいという事情も助け、ウィノナは驚くほど簡単に、受け入れを叶えた。

 

 多くの村は余所者を嫌うので、そこをどう切り崩すか、あるいは信用を得る為の努力をどう払うか――。

 それを考えていた身としては、肩透かしを食らった気分だった。

 

 だが、もちろん簡単に済むのならば、それに越した事はない。

 空き家が多く出来ていたので、その一つ、森に一番近い家を譲ってもらえた。

 

 無料で、というのがこの村の逼迫さを物語っているようで、ウィノナも少し不安になる。

 

 しかし、その家の掃除を、手隙の村人が総出て手伝ってくれたりと、その人情にも助けられ、ウィノナはすぐに打ち解けられた。

 

 小さな家だったので、掃除はあっという間に終わり、それで食事はどうするか、という問題になった時……。

 

 村の方から、ありがたい申し出を受けた。

 ウィノナは当然、旅の間に食べていた、保存食で済まそうと思っていたのだが、村長が夕食をご馳走してくれると言う。

 

 その日は歓迎の記念というということで、宴というほど豪勢なものではないが、海の幸をふんだんに使った漁師料理を振舞ってくた。

 

 鮮魚の類いに余り慣れていないウィノナは最初、料理の多くに面食らったが、最終的に大変満足する食事となった。

 

 だが、漁師の町の夜は早い。

 日が沈みきる前に解散となり、ウィノナもその日は早くに就寝した。

 

 

 

 翌日、ウィノナは保存食で朝食を済ますと、早速森へ出かける準備をした。

 狩りはボウガンだけで済ませるつもりだが、もしもの時の為に、義手剣も用意しておく。

 

 この辺りの準備は手馴れたもので、ものの数分で済ませると、さっそく家を出る。

 

 遠くに見えていたつもりの森も、案外早く足を踏み入れる事になり、初めての狩場ということで、慎重に行動する。

 

 まだ獲物の種類も分からず、獲物の癖と縄張りの範囲など、把握すべき事は沢山ある。

 なので、今日の所は収穫ナシ、を覚悟していたのだが──。

 

 昼前に帰宅する時には、猪一頭の狩猟に成功していた。

 

 これは完全に運が味方したせいだったが、昨日の宴のお礼に、何か小さくても獲物を、と考えていたウィノナからすれば、僥倖と言えた。

 

 ウィノナが単身、獲物を森で捕らえて来た事を村人が知ると、誰もが喝采して喜んだ。

 魚は豊富に手に入るが、肉類は手に入らない。

 

 村に漁師はいても、猟師はいないのだ。

 今までは獣肉が欲しければ、遠くの村まで魚と交換で商いの旅を行わなければならなかった、

 

 しかし、これからはそれが村の中から手に入る。

 これを喜ばない村人はいなかった。

 

 女一人で何とも見事なものだ、と村の誰もが絶賛した。

 只でさえ歓迎の気持ちが強かった中で、この特技により、ウィノナは完全に村人の一員として迎え入れられたのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆

 

 

 しばらくして──。

 

 手に付けた職も馴染み、ウィノナの生活は順調そのものと言って良かった。

 週に一度ならば少しの贅沢をする事も出来たし、僅かながらの蓄えも作れた。

 

 その頃になるとアーチェにも連絡を取り、お互いの再会を喜び、近況を報告し合った。

 それからというもの、アーチェは三日と置かずに遊びに来る。

 

 山を挟み、人なら辟易とする道のりも、箒に乗って移動できる魔術師にとっては無関係だからだ。

 

 時として一緒に狩りへ出ることもあれば、時として水難事故の救出を行うこともあり、アーチェまでも村に歓迎されつつある。

 

 それが、ここ半年の出来事だった。

 

 

 

 ある日、ウィノナは自宅で椅子に座り、ここ最近のお気に入りである紅茶を飲みながら、今後のことを考えていた。

 行儀悪く椅子の上で片膝を立て、その上に頬を乗せ、顎を乗せと、忙しなく姿勢を変える。

 

 思考に没頭し切れないのは、いま最も頭を悩ませている金銭面について、解決案がまるで見えて来ないからだった。

 

 今の仕事は性に合っているが、実入りは少ない。

 このまま仕事を続けていって、果たして地下墓地の工事着手はいつになるだろう。

 

 どれほど時間が掛かろうと、ウィノナは達成するつもりである。

 しかしこのままでは、十年経とうとも、十分な額は貯まらないと分かってしまう。

 

 何か別の金策を考える必要があった。

 クラースならば、何か考え付いたりするのだろうか。

 

 そう考えて、ウィノナは(かぶり)を振った。

 本当に金策について明るいなら、あの研究所とは名ばかりの自宅には、もっと研究費用があるはずだ。

 

 ミラルドが文字の読み書きを子供に教えて、その月謝を貰うなどという、涙苦しい努力も必要ないに違いない。

 ウィノナは溜め息をついて、そっと紅茶を啜った。

 

 いっそ貿易を始めてみようか――。

 そう、考えてみた事もある。

 

 だが、商才について自信があるのかと自問すれば、否と答えるしかなかった。

 

 将来の赤字を予想して身震いした時、家の扉が叩かれて、ウィノナは顔を上げた。

 その特徴的な叩き方で、誰がノックしたのかすぐに分かる。

 

 ウィノナは椅子から立ち上がって扉を開けると、果たして外で待っていたのは、期待していた通り、アーチェだった。

 

「いらっしゃい、どうぞ上がって!」

 

「お邪魔するよー!」

 

 元気よく声を上げて、勝手知ったる様子で椅子に座る。

 ウィノナと対面になるように座ったアーチェは、やはり勝手にポットから紅茶を注ぐと喉を潤す。

 

 ウィノナ自身が、家の中では好きにして良いと許可しているから、お互い遠慮のない関係が続いている。

 特に用事がなくても、お茶だけ飲んで帰る日もあって、丁度今日はそういう気分でやって来たようだ。

 

 アーチェは沈黙を好まずよく喋るが、時に何をするでもなくボーッとする日もある。

 ウィノナはそうした気兼ねない関係を、とても好ましく思っていた。

 

「今日はどうしたの?」

 

「いやー、別に何の用がある、って訳じゃなくてさー。ここってば、居心地いいし。……ウィノナは、何してたの?」

 

「金策を考えてたンだけどね。いい案は浮かばないね、やっぱり」

 

「そっか、そうだよねぇ……」

 

 悩ましく返事をして、アーチェはベッドに移動する。

 そうして遠慮なく仰向けになって、その上で寝転んだ。

 

 頭だけベッドの縁から落として、天井を見上げては何を言うでもない。

 ウィノナはそれを特に気にも止めず、昨日していたやりかけの作業を再開する事にした。

 

 金策について思考を巡らせても良かったが、どうせ急いで考えても、良案は浮かばないだろう。

 

 ウィノナはボウガンに使う、矢の手入れ道具のある場所に移動する。

 そうこうして作業に没頭していると、不意にアーチェが声を上げた。

 

「ねぇ、ウィノナー」

 

「んー……?」

 

 アーチェの声を聞くともなく聞きながら、矢尻を研いだ。

 時折目線の高さより上に持ち上げ、研ぎ目が綺麗か確認する。

 

「あたし達、出会ってそろそろ一年経つっけ……?」

 

 どうだったろうと考えながら、ウィノナは次に矢を持ち上げ、シャフトが曲がっていないか、上から横からと真剣に検分する。

 

 ここが少しでも歪曲していれば、矢は真っ直ぐ飛んでいかない。

 

「ンー……」

 

 小さな歪みを見つけたので、小刀を使ってシャフトを薄く削り、修正する。

 少し削り過ぎたかもしれない、と眉をしかめながら、アーチェに言われた事を反芻した。

 

「多分、もう過ぎたと思うけど……」

 

「そっかぁ……」

 

 アーチェは言って体勢を直し、うつ伏せの状態になる。

 

「最近、予知夢の方は?」

 

「見てないなぁ。でも、見ない時は平気で数ヵ月くらい見ないから……。どうしたの、急に?」

 

「いやー、別に……。ウィノナは気にしないでいいよ」

 

 含みのある言い方が非常に気になる。

 ウィノナは顔を上げると、視線を手元からアーチェに移した。

 

「そんな言い方されると、かえって気になるンだけど」

 

「ううん……。でも、そっか。経ったかぁ、一年……」

 

 アーチェは言葉を濁して、窓へと顔を向ける。

 つられて見た四角く区切った景色の向こうには、砂と海と空だけが見えた。

 

 アーチェはベッドの上で、上体を起こして胡座をかく。

 その表情には、何か決意めいた、不思議な力強さが宿っていた。

 

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