【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
それから、約百五十年の月日が流れた──。
ユークリッド大陸南に位置する精霊の森、その世界樹の根元に一つの光が現れる。
それはやがて形を変え、人の姿を取ると、その場に膝をつく。
流れ波打つような長い金髪、鍛えられた健康的な肉体、彫刻のように整った容姿の美丈夫。
時を越えて現れた、ダオスがそこにいた。
その姿を認めたマーテルが、世界樹から姿を現す。
そうして挨拶の一つも交わさぬまま、その両手を広げ空に向ける。
向けた先、世界樹の頂点から眩い光が溢れ、その光が一極に集中していくに連れ、次第に形を作る。
光は時間と共に輝きを増し続け、遂にそれが弾けると、一つの結晶が現れた。
蓮のように幾つもの花弁に覆われた、金剛石のような輝きを持つ、特大のマナの結晶だった。
世界樹の頂点で実ったそれは、ゆっくりとした速度で降りてくる。
マーテルの元まで来ると、赤子に接するような優しさで受け止めた。
そうしてマナの結晶を慈しむように眺めた後、その両手をダオスへと向ける。
「約束の恵みはこちらに。どうぞ、お受け取りください」
「感謝いたします、マーテル」
ダオスは深々と礼をして、その手に大いなる実りを受け取った。
実と言っても決して小さくないそれは、ダオスが触れると溶けるように消えてしまう。
だが、何がと思うよりも先に理解できた。
今はダオスの身体の中に保管され、場所を選ばず、好きに取り出せるようになっている。
これもマーテルの配慮なのだろうか。
そう思いながら顔を向けると、マーテルの得心のある笑顔で、頷きが返って来た。
「……多大なる配慮、誠に痛み入ります、マーテル」
「気にしませんよう。長い旅路の果て、無事帰れることを祈っています」
「地母神からの祈り、これほど心強い事もありません」
改めて深々と礼をしダオスが顔を上げた時、マーテルは大樹の中に帰って行くところだった。
その一切の見返りを求めない心根に、感謝をしつつ見送ると、改めて一礼してダオスも踵を返す。
そして、そこに初めて人がいることに気が付いた。
ピンク色の髪を持つ魔術師、アーチェが箒の柄を地面に突き立てこちらを見ている。
あれから随分時が経つというのに、容姿の変化は見られなかった。
ただその服装に、幾らか小さな変化は見られる。
ダオスの視線を受け取ったアーチェは、小さく手を挙げて言った。
「どうも。念の為に一月前から待ってたけど、きっと会えると確信してたよ」
その言い分には些か妙な引っ掛かりを覚えたが、それより気になったのは、約束を違えた部分だった。
確かにあの時、約定を交わした訳ではない。
単なる口約束に過ぎないが、ウィノナに関わる約束事を反故にされた気分で、ダオスは自然と眉に皺が寄ってしまうのを感じた。
「ここには誰も来ないと聞いた筈だが、違ったのか」
憮然とした口調になってしまったのは、この際、仕方のない事だろう。
アーチェもそれを知ってか、気にする風でもなく、いや、と手を振る。
「それで間違いないよ。クレスたちはまだまだ健康で元気だけど、ここには来てない。チェスターなんてヒゲ生やしてんの。これが似合わないったら……!」
アーチェはそう言って、愉快そうに笑う。
話題をわざと逸らされた気がして、ダオスの機嫌は更に悪くなった。
「用がないのならば、もう行く」
ダオスが斬って捨てる物言いをすれば、アーチェは少し蔭のついた笑顔を向けた。
「お願いがあってきたんだ。……ウィノナが過去に向かった後はね、順調だったよ。全て上手くいった」
「……そうか。それは……、良かった」
唐突に話題を切り替えられ、それもウィノナのものとなれば、塩らしくもなる。
何て言って良いものか、ダオスの顔にも翳りが差した。
だが、それが彼女の言うお願いと、どう繋がるのか……。
訝しげに思った疑問だったが、それはすぐに氷解した。
「七年だよ。クラースが精霊に助力を頼んでくれたお陰で、僅か七年で地下墓地は完成した。そして、それからすぐ……ウィノナの墓石も作ることになったんだ……」
ダオスの眉根にグッと皺が寄る。
「あれから、たったの七年か……」
「そう。だからさ、せめて墓石の所まで、会いに行ってあげてよ。ちょいっと過去まで飛んでさ。誰かに迷惑かける話じゃないんだし、それぐらいいいでしょ、お願い」
くっと小さく呻いて、アーチェは頭を下げた。
「ダオスが過去に行かない理由は知ってるよ。でもさ、百四十年以上も待たせるなんて、あんまりだよ。出来たばかりの墓地の最奥だし、当時は無関係な人の出入りだって禁じてる。だから、お願い。……ウィノナの墓の前に行ってやって」
「……そう、そうだな。せめて、そうさせてもらおう。──それで、いつだ?」
ダオスの問いを正確に理解して、まるで最初から答えを用意していたかのように、アーチェは素早く答えを返した。
「今から百四二年前、七月十七日」
それを聞くや否や、ダオスは姿を光に変え、次には一瞬の発光と共に掻き消える。
消え行く姿を見送るアーチェの顔は、まさしく悪戯に成功した子供のようだった。
既に誰もいない空間に指を突きつけ、高らかに告げる。
「──嘘は一つも言ってないかんね!」
そうして腕を下ろし、息を一つ吐くと、そこには儚い笑顔に変わった表情があった。
「ウィノナ……。手紙を残して行ったのは正解だったね。流石に今日まで忘れずにいるなんて不可能だったから……。でも──遠い約束、ようやく果たせたよ」
それから顔を上げて空を見る。
この百五十年の間に忘れた事は多くあった。
それでも、不思議と親友の笑顔は忘れず、今も鮮明に思い出すことが出来た。
晴天の向こう側に遠い過去の想いを馳せながら、アーチェは万感の思いを込めて呟いた。
「──いってらっしゃい、ウィノナ」